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■■本能寺の変を徹底考察するスレ■■

1 :サイコメトリー:2008/04/02(水) 08:27:11 ID:Uf2sKyx2

戦国板には、いくつか本能寺スレがあるけどイマイチなので自分で立てました。
戦国マニア同士で本能寺の変を語りましょう。(なるべく名を入れましょう)

叩き台として→ http://www.ksbooksheif.com/HJ/Why.htm ←を用意しました。

大学教授や小説家にも負けない我々戦国マニアで、新たな本能寺の変の断片を
考察して行きましょう。ちなみに自分は昔から桑田忠親説を支持しています。

2 :サイコメトリー:2008/04/02(水) 08:32:59 ID:Uf2sKyx2

スマン一文字間違えた。→ http://www.ksbookshelf.com/HJ/Why.htm ←が叩き台です。

3 :人間七七四年:2008/04/02(水) 08:51:02 ID:C7EN+qsu
>>1


4 :人間七七四年:2008/04/02(水) 10:44:14 ID:ufzWz7en
俺は藤本説を支持する。
最もリアリスティックだね。

5 :人間七七四年:2008/04/03(木) 10:24:37 ID:Gc59vztj
信長が光秀を虐めていたと云うのは今は否定されているけど…

衝動的に今しか無いと思ったからやった。

それだけじゃない?

6 :人間七七四年:2008/04/03(木) 10:34:32 ID:pUOmQ7l+
だね。用意周到な準備をしての行動とは思えないね。
でも、なぜ衝動的な行動をとったのかを焦点にしてるスレじゃね?ここ?

7 :人間七七四年:2008/04/03(木) 10:52:14 ID:Gc59vztj
井沢元彦氏は、長曽我部に対する外交の転換を挙げているけど…

俺個人の意見は、信長の朝廷に対する態度の横暴、または朝廷が信長は何を考えているか分からない不気味な奴とみていた。
で、光秀を唆した。
今しか無いぞってね。


8 :人間七七四年:2008/04/03(木) 13:48:38 ID:wjnyAdNM
秀吉やら家康黒幕説は作家の創作以外なにものでもないと思う。やっぱ高柳説が無難と思うが。

9 :人間七七四年:2008/04/03(木) 15:30:50 ID:8K1yrV1H
藤本+高柳

10 :人間七七四年:2008/04/03(木) 19:37:06 ID:87l4I01t
秀吉黒幕はないとしても家康黒幕は可能性があると思う
後の歴史は徳川家なわけだしな
歴史は常に勝者のもの

ま、朝廷が黒幕ってのが真相だろうけどな
光秀単独にしては後の計画が杜撰すぎる

11 :人間七七四年:2008/04/03(木) 21:16:27 ID:IrYTTZg8
単独で、しかも突発的な行動だったから
事後処理に失敗を重ねたんじゃないか?

12 :人間七七四年:2008/04/03(木) 22:38:30 ID:8K1yrV1H
経験するまで判らないセックスと、決定的な文献が発見されるまで真相が判らない本能寺

童貞達が必死にアンテナ伸ばして受信した情報のみでセックスをテーマに語り合うのと何が違うんだろう
と、ふと思った

結局、本能寺の真相もこんなもんかーで消化出来ちゃう程度の理由なんだろうな

13 :人間七七四年:2008/04/04(金) 08:17:27 ID:PUR62zX9
>>11
朝廷に信長を殺したらそれなりの待遇するとそそのかされたけど。
結局は朝廷から何も待遇が貰えず使い捨てされたという考えもあるし。
主君の信長殺しのレッテルで光秀に味方するものも全くいなかったわけだし。


14 :人間七七四年:2008/04/04(金) 08:30:30 ID:Ah4wPnu6
朝廷黒幕説も小説の世界だけの事だよ。信長と朝廷の関係はむしろ良好だった訳で。

15 :人間七七四年:2008/04/04(金) 09:03:03 ID:Ajo3OW2E
>12
本能寺の変とは日本史史上でも最大と言える分岐点だよ。あなたの童貞話を持ち込むのは控えたまえ。
私は桑田+藤本説がかたいと考えてます。

16 :人間七七四年:2008/04/05(土) 00:58:30 ID:cXgxScc/
ほらな童貞話だろ

17 :人間七七四年:2008/04/05(土) 05:57:04 ID:ads5eaVi
というか小説やドラマのキャラじゃないんだし、単純に誰々の説だけの理由って事は無い。
むしろあり得なさそうだけ消して、残った説のハイブリッドが真相に近いんじゃないかな。

18 :人間七七四年:2008/04/05(土) 10:19:33 ID:l36jwG3L
誰も説論のみにこだわってないし、スレ立者も叩き台って言ってんじゃん。しかもハイブリットって・・。

19 :人間七七四年:2008/04/05(土) 10:34:06 ID:mfll/B4z
朝廷も一枚岩じゃないだろうしな。

20 :人間七七四年:2008/04/05(土) 10:43:56 ID:sO92Bl9W
「だれが信長を殺したのか」桐野 作人
「信長は謀略で殺されたのか―本能寺の変・謀略説を嗤う」鈴木 眞哉・藤本 正行
「検証本能寺の変」谷口 克広

これだけ読んでりゃ十分だろ。

21 :人間七七四年:2008/04/05(土) 16:56:02 ID:l36jwG3L
あなたには十分だろうな。

22 :人間七七四年:2008/04/06(日) 12:20:25 ID:dEttOANW
野望をとるか精神論を取るかだな。

23 :人間七七四年:2008/04/06(日) 13:10:58 ID:Tw2eKegq
>>22
保身が一番大きいんじゃないかな?
保身といっても自己のではなく自家の。

24 :人間七七四年:2008/04/06(日) 15:14:14 ID:fc7XVXbV
他人の指図で九州からはては海外遠征まで使われ続けるぐらいなら…
てのは少なからずあっただろうな
惟任?日向守なぞ御免被るってね
家臣団から裏切りが出なかったのも、誰しもそんな遠くまで行きたくなかったから
というのはあるだろう

25 :人間七七四年:2008/04/06(日) 17:58:18 ID:dEttOANW
↑だね。
光秀の人柄もあるね。

26 :人間七七四年:2008/04/07(月) 16:48:04 ID:hrNt0P+M
そんなこといってたら今の会社員はみんな社長に本能寺の変を起こさないといけなくなるぞ。

27 :人間七七四年:2008/04/07(月) 16:52:20 ID:d4Y0acfb
>>26
当時と今を一緒にするなよ。

28 :人間七七四年:2008/04/07(月) 18:13:47 ID:w7XYcayE
26
ちみは下剋上の塵と消える斷なり。

29 :人間七七四年:2008/04/08(火) 20:44:24 ID:ebuMjTTr
朝廷関与説を支持。

30 :人間七七四年:2008/04/09(水) 03:15:55 ID:xs19tTUr
つーか、支持するならその支持する論拠を示せよ。でないと議論にならないし。

31 :人間七七四年:2008/04/09(水) 16:25:22 ID:S2nUMqOS
当時、光秀に意見や指示を出来たのは信長以外、朝廷しかいない、消去方で考えたら一番可能性が高い。
つーか30はなんで上から物を言ってんだ?

32 :人間七七四年:2008/04/09(水) 18:50:46 ID:eMJQvk/S
光秀は細川や筒井が味方になってくれず協力してくれる勢力を欲しがってるにもかかわらず朝廷の力を利用していない。
しかも、山城の混乱を何とかしてくれという朝廷のお願いに100日程度我慢しろと返答してる。

これで朝廷が黒幕にいると思うヤツは相当おめでたい。

33 :人間七七四年:2008/04/09(水) 18:55:56 ID:xs19tTUr
>>31
上から目線も何も、自分の考えを語るのに、「何故そう思うのか、どうしてそう考えるのか」をきちんと説明するのは
議論の基本中の基本だろうに。

34 :人間七七四年:2008/04/10(木) 03:22:30 ID:A12YkG5p
33!
おまいも自説語りながら、人に意見せい。それこそ議論にならん。
ちなみにおいらは、桑田説支持。人の気持ちに今も昔もない。虐げられれば、人として反発する。信長を殺る直接の動機はそれ。野望云々はすべて後付けに過ぎないと思うが。

35 :人間七七四年:2008/04/10(木) 08:27:56 ID:rDH5L1WQ
怨恨説の根拠とされる逸話はほとんど創作じゃないか……

36 :人間七七四年:2008/04/10(木) 12:39:20 ID:7nRsPmnI
明智軍記

37 :人間七七四年:2008/04/10(木) 14:45:34 ID:A12YkG5p
怨恨説の逸話は後世の創作だというが、ならば、それ以外の説の方が確実に創作だろう。明智軍記やらは信憑性が薄いとも言われるが、内容全てが嘘ではない。様々な文献を見ても、信長からの折檻やら無理強いがあった武将が多数いた事は容易に想像出来る。

38 :人間七七四年:2008/04/10(木) 14:53:46 ID:rDH5L1WQ
>>37
> 信長からの折檻やら無理強いがあった武将が多数いた事は容易に想像出来る。

具体例を。

39 :人間七七四年:2008/04/10(木) 15:11:19 ID:TMmPTD/4
いつも通りに、悲しき隻眼リーチハズレ後
次回転パワーボタン
伊達「貴様ーーー!」

何?逆ギレ?
手に負えんガキだな。

40 :人間七七四年:2008/04/10(木) 15:29:20 ID:gavwrITD
まず折檻想像できる文献から詳しくレスしてくれ

41 :人間七七四年:2008/04/10(木) 15:32:44 ID:sqtNBPSg
資料的裏つけ無しで、陰謀説を唱える厨が大杉w

>>24
今と当時の価値観を混同するな。

42 :人間七七四年:2008/04/10(木) 18:36:55 ID:iFheOoQS
珍説はあって状況証拠だけだしな。

43 :人間七七四年:2008/04/10(木) 18:41:15 ID:rDH5L1WQ
しかも実際の動向とつじつまが合わない。

44 :人間七七四年:2008/04/10(木) 21:53:31 ID:A12YkG5p
信長の横暴さは皆、知ってんでしょ。佐久間や林の件を見ても明らか。信長は希代の才人で絶対的なカリスマだったが、英雄は時代に淘汰される。

45 :人間七七四年:2008/04/11(金) 00:17:47 ID:JuXvAK/n
>>44
よく調べろ

46 :人間七七四年:2008/04/11(金) 08:01:09 ID:J+IFi9uY
>>45
調べれば調べるほど信長の猜疑心の強さばかりが目に付く訳で

47 :人間七七四年:2008/04/11(金) 08:29:37 ID:nyl+Zqf+
そうさせる環境にあったんじゃね?

48 :人間七七四年:2008/04/11(金) 13:04:23 ID:JuXvAK/n
>>46
頼む、史料から具体例出してくれ
他の大名に比べ、どれくらい猜疑心が強かったと言えるのかもね

49 :人間七七四年:2008/04/11(金) 14:30:16 ID:J+IFi9uY
信長が家臣、もしくは服属した者に対して誅殺、暗殺した例ちょっと調べてみた

北畠具教(および3歳と1歳の子供)
長野具藤
北畠親成
坂内具義
大河内教道
波瀬具祐
津田一安
神戸具盛
山路弾正忠
関盛信
樋口直房
林員清
遊佐続光
遊佐義房
伊丹孫三郎
寺崎盛長
水野元信
寺崎盛永
寺崎喜六郎
高宮右京亮(および一族)

この辺は猜疑心で殺したと言っていい。
無論追放や放逐はもっと多い。

50 :人間七七四年:2008/04/11(金) 15:48:05 ID:JuXvAK/n
北畠具教、長野具藤、北畠親成は武田の上洛戦の時に内通してる
坂内具義 、大河内教道(具良?)、波瀬具祐は北畠の一門粛清だろ、北畠が内通した以上、当たり前なんだが
織田忠寛の理由は不明、猜疑心からと断定するものなし
神戸具盛と関盛信は信長にいつ殺されたのか?
山路弾正忠は神戸家重臣
樋口直房を殺せと信長が指示した根拠は?どう考えても秀吉なんだが
林員清は朝倉との関係
遊佐続光、遊佐義房、伊丹孫三郎、寺崎盛長は信長に味方していたのを裏切って上杉に寝返ってるが・・・
水野元信?信元の事だろうか?そうならば今川との桶狭間や武田の上洛戦の苦しい状況に置いて、思いっきり裏切ったり、
日和見したりする態度と尾張三河国境に置いての影響力の大きさ
寺崎盛永、寺崎喜六郎などもそうだが、最前線に置いてどっちにも通じてるような国人勢力は粛清されてる
しかも信長の命令という根拠がないんだが・・・
高宮右京亮なんて本願寺と通じてたりしてる

どこが猜疑心で殺したんだ?

51 :人間七七四年:2008/04/11(金) 15:56:56 ID:J+IFi9uY
>>50
> 北畠具教、長野具藤、北畠親成は武田の上洛戦の時に内通してる

‥え?

52 :人間七七四年:2008/04/11(金) 16:14:13 ID:JuXvAK/n
>>51
鳥尾屋石見守を調べてみれば?

53 :人間七七四年:2008/04/11(金) 19:18:42 ID:YlxORoiG
>49で上がっているのは、ほとんどが裏切ったり内通したりといった理由があるものだな。
少なくとも、根拠のない猜疑心のみの処断とはいえないね。

津田一安はほんとに理由不明の処刑だけど。

あと神戸とか関は実権を奪われて軟禁はされたけど殺されてはいなかったような。

54 :人間七七四年:2008/04/11(金) 20:52:40 ID:7GHQs9dH
自信過剰に因る油断があった為、信長は本能寺に倒れた。だが『是非に及ばず』と言った信長が好きだし、信長にそう言わせた光秀も好きだ。

55 :ショーケン:2008/04/12(土) 03:02:36 ID:Qk2VcpTu
武田攻めでの御折檻、徳川様接待不首尾のお叱り、近江坂本、丹波領地を召し上げ、
出雲・石見を切り取れとの冷たきご沙汰、また丹波で足の不自由な母を見殺しにされた仕打ちなど、語り尽くせぬ恨みあれど!

新羅三郎義光候お許しいただきたい!もー我慢ならぬ。両刃の剣を抜く!

56 :人間七七四年:2008/04/12(土) 03:10:33 ID:a+YJb+eS
55。
テレビ見すぎ。

今時そんな事言ってる奴はお前位だよ。


もうちょっと信憑性のある説を紹介してる本を読めよ。

57 :人間七七四年:2008/04/12(土) 03:44:24 ID:397iuxQC
確かに信長折檻の件は江戸期の講談創作が多いとは思う。でもね、信長が穏和な人物と伝える書物よりも、そうでないと伝える書物の方が多いのも事実。

光秀の謀叛の起因が怨恨だとすると、信長の人となりの判断が重大な要素だね。

58 :人間七七四年:2008/04/12(土) 04:05:44 ID:bhJFmefT
>>31
光秀は少なくとも本能寺直前まで信長の忠臣だった訳で。
そんな人物に暗殺依頼して信長にそのまま伝えられたら朝廷はどうなっちゃうの?
リスク高すぎじゃね?

59 :人間七七四年:2008/04/12(土) 04:06:37 ID:45HhizU5
>>57
光秀が本能寺の変を起こした原因を信長の苛烈な性格に求めるのであれば、それは怨恨より不安の方がしっくりくる。
何かしらの具合的な事実がないと怨恨は生じないのだから。

60 :人間七七四年:2008/04/12(土) 04:12:22 ID:45HhizU5
>>58
本能寺の変に黒幕がいる説を唱える人はそういう事を考慮しません。

61 :人間七七四年:2008/04/12(土) 04:49:02 ID:S2X+C2No
昔昔、黒田カンベェを黒幕と頑なに言い張っていた馬鹿がいてな。。。。。
焙煎火矢とか厚賀とか本田正勝とか色々わらかせてもらったんだ

62 :人間七七四年:2008/04/12(土) 06:26:11 ID:c1FcGTqr
徳川家康は日本の恥、アホ、馬鹿

63 :かっぱハゲ:2008/04/12(土) 12:29:49 ID:We/DNOFh
日本の植民地化をもくろむポルトガル王が黒幕
実際はイエズス会の宣教師が動いた

根拠?
あるわけ無いじゃん♪

どうせ今の所は皆想像をそれらしく語っているだけなんだし

64 :人間七七四年:2008/04/12(土) 14:06:08 ID:397iuxQC
想像以外どうやって推測すんだよ。お前の死にネタは別だがな・・。

65 :人間七七四年:2008/04/12(土) 14:45:50 ID:B19cS4dA
>>63
まじレスするとそれは無理。
1580年、フェリペUによりイスパニアとポルトガルは同君連合。




66 :サイコメトリー:2008/04/13(日) 16:33:28 ID:Wt/DVyT8

以前、野望説を別スレで議論てたけど、どうしても光秀が『天下』を欲して信長を
討ったとを思えない。理由はその時の現状。確かに信長は小勢で本能寺に居た。絶好の好機。
これは分かる。各方面軍団は当然、各方面に点在してる・・・。つまり自分の反勢力となり
える勢力が信長を討ったとしても確固軍として残ってしまう。

光秀は徹底した現実主義者だと思う。流浪時代、足利時代、義昭時代、足利将軍でさえ利用する。
その光秀が、あの時点で信長殺して天下は我が物って考えるとは到底思えない。

67 :人間七七四年:2008/04/13(日) 17:05:19 ID:aLvpAyuT
>>58
どうもならないだろ
怖い顔でたしなめられて終わりだよ

68 :人間七七四年:2008/04/13(日) 17:08:16 ID:4f6tUVyX
>>66
自分含め明智家が将来どうなるかわからなくて不安だったのでやった。味方してくれる人が少ないので後悔してる。
こんなところだろ。

69 :人間七七四年:2008/04/13(日) 22:31:35 ID:PNN51m4U
>>67
それで済むなら信長殺す必要ないんじゃね?

70 :人間七七四年:2008/04/14(月) 02:07:21 ID:LQEEZyAC
平手みたいに信長をいさめて死ねばよかったのにな。
なぜそれをしなかったのか?

71 :人間七七四年:2008/04/14(月) 05:45:06 ID:tRwP0OKY
>>61
お前馬鹿だろwwww
多角的な考察によると、黒田官兵衛が黒幕になるんだよ。
お前には歴史のロマンがわかってない。


こんな感じのレスでよかったですか?

72 :人間七七四年:2008/04/14(月) 11:58:17 ID:0x/v80tJ
武田攻め:折檻て?
坂本召上げ:隣の長浜城主が堀に内定し城代となっていたようなのでありえるかな?
出雲石見切り取り次第:佐々の越中50万石切り取り次第な前例があるけど?
母:はぁ?
語りつくせそうじゃない

73 :人間七七四年:2008/04/14(月) 15:22:14 ID:ICDyHkDn
>>71
> 多角的な考察によると、

その多角が、どういう角度から見ているものなのか、いくつか上げていただけないだろうか?

74 :人間七七四年:2008/04/15(火) 02:57:54 ID:CA4t8AHG
羽柴秀勝
織田信孝

75 :人間七七四年:2008/04/15(火) 03:27:51 ID:CA4t8AHG
柴田勝家の縁組が明智って本当なのですか?
信長と光秀は赤の他人のはずだ?
織田氏と縁組でもある柴田が明智と縁組とは考えられん
おかしいぞ


76 :◆VqSh5C7CR6 :2008/04/15(火) 03:33:14 ID:/KEls9/T
個人的にはやっぱ野望説かな・・長宗我部救援説が今のところ残ってるけど、
これはあくまで長宗我部を味方につけるための大義名分だと思うんだよ。
光秀からすれば親類でもあり織田家では外様の筒井、細川や、以前の荒木謀叛の時に村重についた中川、高山も
でかい他戦力が来なければいずれ自分に味方すると思ったんじゃないかな?
信孝や長秀が主力とする四国征伐軍は他国の牢人衆も多かったらしく、霧散するのも計算していたのかもしれない。
さらに今まで信長に押されっぱなしだった勢力や様子見の勢力が織田領を切り取ろうと反撃に出てくるから各軍団の膠着あるいは時間稼ぎにはなるだろう。

とまあこう考えていたのかな、と。




77 :人間七七四年:2008/04/15(火) 16:26:32 ID:nc9w7wCw
>>76
変を起して、光秀が天下を狙ったって事?

78 :人間七七四年:2008/04/15(火) 16:34:14 ID:G1T8EHRp
>>76
変後の細川宛ての手紙からは積極的な野望というより緊急避難的なものが多分に含まれてたと見るべきなんじゃないかなと思う。

79 :人間七七四年:2008/04/15(火) 17:26:23 ID:l0E7IqPS
まあ、光秀がこの乱を思いついたのも、その前日、信忠が急に予定を変更して京に一泊するって事を
聞いてからだろうしなあ。根回ししているヒマなんか無い。

80 :人間七七四年:2008/04/15(火) 17:27:48 ID:8Le5xVLb
たとえ本心でそう思ってたとしても
「俺、昔から天下盗りたかったし
信長の野郎もむかつくから、殺っちまいましたw」
なんては、絶対に協力求める手紙に書かないよな。
世間体というやつもあるし。

81 :人間七七四年:2008/04/15(火) 17:51:36 ID:nc9w7wCw

だから信長を葬る事が最大の目的で、天下を望むのはその後の状況次第って
所でしょ。畿内をおさえ、細川・筒井だけでも組下に出来れば、天下に覇を
望める状況には出来るだろうって考えでしょ。


82 :人間七七四年:2008/04/15(火) 17:57:08 ID:l0E7IqPS
光秀は、三好長慶における松永久秀を自身のモデルとして考えていたんじゃないかな?

83 :人間七七四年:2008/04/15(火) 18:05:50 ID:lC1J9jQU
それにしてもずさん過ぎるよ。
突発的な謀反だとしたら、老害でも出てたんじゃないか。
変事67歳という記述もある。

84 :人間七七四年:2008/04/15(火) 18:49:55 ID:nc9w7wCw
>>83
老害?
結果としては散々な結果に終わったけど、1582年時点で内にも外にも信長殺害を
実行出来た人間が現れるとは思えない。前にも誰かが言ってたけど、信長はいずれ
光秀以外の者に殺されたハズってね。でもそれは安国寺が『高ころびに・・・』

って言っているレベルと一緒。『あいつはいずれ、そうなるよ・・』ってね。それは
予言でもなんでもない。天下を統一せんとしてる覇者に対しての精一杯の嫉みに過ぎない。
まぁ、俺は信長が絶対者とは思ってないけど、本能寺の変がなければ100%統一は果たして
いたと言い切れる。

話それてスマン。前記したが、信長を殺し、畿内を勢力下におく事を第一の目標とし、諸将
を徐々に味方に付け、調停や足利将軍を利用し・・・そこまで考える暇ないかぁ・・。

85 :◆VqSh5C7CR6 :2008/04/16(水) 00:38:03 ID:r2XhLqsu
>>77
うん。光秀の年齢が一般的に言われている55歳だったとすると相当焦っていたのではないだろうか?
「天下とりに名乗りを上げてみたい」と内では思っていたけど、
信長と信忠廻りが厳しくてなかなかできず、二人一緒にいたところを
「これしかない」って思ったのではないだろうか?
まとめると、>>81とは全く逆の発想で、
「天下を取ることは前々から考えていたけど、本能寺のような好機は光秀の頭にはなかった」と思うんだ。
実際本能寺も予定外の信忠宿泊がなけりゃ起き得なかったわけで。




86 :人間七七四年:2008/04/16(水) 00:52:09 ID:DtKFf5+5
まあ逆に言えば、いくら天下統一目前とはいえ、戦国武将にあるまじき、隙だらけにも程がある状況を作った
信長のうっかりミスと言うか、油断が全てだよなあ。
光秀の立場にいれば、誰が見たってご馳走がご馳走の方から「食ってくれ!」って大声で叫んでる訳で。
多少なりとも野望なり何なり持っている人間なら、やってみるか、って気持ちにならない方がおかしい。

信長は平和ボケで死んだ、というのが正解だと行っていい。

87 :◆VqSh5C7CR6 :2008/04/16(水) 03:52:20 ID:r2XhLqsu
俺はうっかりミスというか、光秀の決断力に関心する。
信長=安土、信忠=岐阜に拠を構えているとおり、信忠に名目上家督を譲ってから、
信長信忠が二人一緒になるなんてほとんどなかったはず。
予定外のこととはいえ、わずか1日一緒に泊まっていただけで好機と捉え迅速に行動した光秀の決断力に驚かされる。
ちなみに軍勢は伊賀方面にいたとか、本能寺にもある程度はいたって説もあるから、信長のうっかりって責めるのはアレな気がする。



88 :人間七七四年:2008/04/16(水) 09:55:52 ID:nmGETAIc
光秀→天海なら、高野山っていってみる。
高野攻めの直前だったはず・・

89 :サイコメトリー:2008/04/16(水) 10:39:19 ID:7A6p9b5f
>>Y
確かに光秀の決断力には関心します。しかし信長父子が本能寺近辺に手勢薄で居るのが分かったので急遽、急襲したと。
さらに光秀の心中はずっと天下を望んでいた・・との事ですが、光秀がそこまでの野心を持ち合わせていたか正直、疑問。

いくら戦国の世とはいえ、光秀を召上げ所領を与えた信長の暗殺をずっと狙っていたのかな?しかも自身が高齢だから、焦る?
前に別スレでも書いたが、戦国時代だからって武将がみんな天下の覇権を狙っている分けではないと思うよ。光秀の地位は
織田家中でも確立されており、待遇面でも他将よりも厚遇と言える。人間の欲にはキリがないとはいえ、光秀が信長を忙殺する
理由が野望系説ではなく、怨恨系説の方が合点がいくと考えてます。

90 :人間七七四年:2008/04/16(水) 10:46:36 ID:U6uzqi+r
>>89
> 織田家中でも確立されており、待遇面でも他将よりも厚遇と言える。

たしかにそれまでは家中でもトップクラスの待遇をされてはいるんだが、これが怪しくなってるんだよね。変の頃には……
それに怨恨系というがその怨恨を生む事跡がほとんどないわけで。

91 :人間七七四年:2008/04/16(水) 11:00:04 ID:DtKFf5+5
つーか待遇はともかく、変の頃には光秀は、明かに織田政権の中枢からは排除されていますな。
かつては外交方針などで中心的な役割をしていたのに、それが大軍を任せられているとはいえ、
使いっぱしりの地方のドサまわり司令官に、ある意味格下げされている。

現代で言えば本社で会社の方針決定にもかかわっていた取締役が、当然次は専務や副社長!と思って
いたところで地方の支社長にされてしまったような物。待遇としては悪くないんだけど権限は話にならないほど
削られている。しかも年齢が年齢なので、すでに上がりが見えてしまった。

そう言う状況だったと考えると、乱にいたる光秀の心情は、わりと自然に理解できるんじゃないかな?

92 :人間七七四年:2008/04/16(水) 11:09:49 ID:U6uzqi+r
方面軍から遊撃に回されつつあり、その上信長が子供たちに大身を与え始めてきた。
しかも自分は老齢、跡継ぎは幼い。失地をどれだけ回復できるだろうか?どげんかせんといかん!と思っても不思議ではないなあ。
これで光秀の性格が枯れてればまだ諦めも付いたのだろうが……

まあ、野望説は光秀の本来の性格からくるものとはいえいかにも後付け風味な気がするな。

93 :◆VqSh5C7CR6 :2008/04/16(水) 12:33:16 ID:ORLrwyd/
>>89
確かに、ずっと狙っていたってのはおかしいのかもしれないな。
ただ個人的に、怨恨っていうのはちょっと弱い気がするんだよ。

高齢だから焦るってのは誤解を抱かせたかな・・・
地方の司令官で使いっぱしりにされて、自分が死んだ後領土を削られるくらいなら、
いっそ、って考えたってこと。
そしてその考えに至ったのは光秀の野望ありきだったって思ったんだけどね。
(もちろん、そんな明確には意識してなかったとは思う。せいぜい「取れればいいけど、今の情勢では・・・」って程度かな。)

その上わずか1日とはいえ、織田家を一瞬で崩壊させれるような好機に巡り合ったとなれば・・・


94 :人間七七四年:2008/04/16(水) 14:12:22 ID:U6uzqi+r
>>93
80%の不安に20%の野望といったところじゃないかな?

95 :人間七七四年:2008/04/16(水) 15:42:41 ID:wTHX2lEp
怨恨とか野望とか、一つの理由に絞らなきゃいけない必要性は何もないわな

96 :人間七七四年:2008/04/16(水) 17:02:23 ID:3r5qGxn0
むしゃくしゃしてやった
反省している

97 :サイコメトリー:2008/04/16(水) 19:30:15 ID:7A6p9b5f

Yさん、何か批判的な事言ってスマン。私論をぶつけ合う場所を自分で作ったのに・・。
>>94>>95
が仰る様に理由をひとつって事はないよね。怨恨諸説も文献的に一級資料とは言えない
以上、第一理由には出来ないか・・。ただ、伊勢長島しかり、浅井朝倉はくだみしかり、

信長の尋常でない所業をみると、臣下に対するあたりも相当厳しかったと推測してます。
同じ事をされても、平気な人とそうでない人が居るのは今も昔も変わらないだろうし、
少なからず面目を潰される様な状況があったと思われ、信長の性格がもう少し温厚なら、
本能寺の変も起こらなかった気がしてならない。


98 :人間七七四年:2008/04/16(水) 19:40:22 ID:iIDNtG10
>信長の尋常でない所業
kwsk

99 :人間七七四年:2008/04/16(水) 19:40:22 ID:DtKFf5+5
信長の性格と言えば、林や佐久間などの譜代を追放したことが、乱が集束したあとあっさりと「織田権力」が
崩壊する原因になったと考えていいでしょうな。

信長は配下大名が異常に強力だった室町幕府の反省からか、一族に巨大な領土と権限を持たせようと
したようだけど、かえってそれが信雄と信孝の主導権争いを引き起こしてしまったのも皮肉な話。

100 :人間七七四年:2008/04/16(水) 19:42:31 ID:iIDNtG10
>一族に巨大な領土と権限を持たせようとしたようだけど
これもkwsk

101 :人間七七四年:2008/04/16(水) 20:00:46 ID:W63EAutZ
心しらぬ人は何とも言はばいへ 身をも惜まじ名をも惜まじ 明智光秀

この辞世の句が後世の創作でなく光秀の本音なら、
信長の朝廷策、キリスト教にたいする策への不満からの、
捨て身の襲撃のようにも思える。

102 :人間七七四年:2008/04/16(水) 20:27:01 ID:eOWCyHcB
部下はどういう気持ちだったんだろうな…

103 :人間七七四年:2008/04/16(水) 20:32:41 ID:eBWw+KN/
部下?
誰を攻撃してるか分かって無いんじゃない?

所詮雇われ足軽だし。

104 :人間七七四年:2008/04/16(水) 20:47:13 ID:O+kWMZSS
いや武将クラスの部下

105 :人間七七四年:2008/04/16(水) 20:48:50 ID:d2o/a5yA
↑部下=雇われ足軽って発想がすごい。
間違いなく君の前世は、雇われ足軽だろうな。

106 :人間七七四年:2008/04/16(水) 20:51:01 ID:v1cXtF2q
本城と言う名の知れた武将も一揆退治くらいにしか考えてなかったらし

107 :人間七七四年:2008/04/16(水) 21:07:36 ID:iIDNtG10
本城惣右衛門は武将ではない
しかも家康を殺しに行くと思ってた

108 :人間七七四年:2008/04/16(水) 21:10:30 ID:v1cXtF2q
あー家康だったね 忘れてたよ

109 :人間七七四年:2008/04/16(水) 22:18:30 ID:/fbzfhh+
>>101
ある種の正義心が根底にある事をにじませてるよね。
協力者を得られなかったのではなく、まず自分が行動を起こす事で自発的に協力者が現れるのを待っていたのではなかろうか?

光秀は朝廷を頂点とする武家による連立政権の樹立を目指して謀反を決行。
各方面司令官・大名ともに織田家による全国支配の恐怖から開放されて賛同者が現れると、甘い構想を描いていたってのがオチで。
特に光秀の場合、足利幕府の滅亡に自ら関与した事で一武家による支配に限界を痛感していただろうし。
信長=悪意の支配者の図式が光秀の中で強過ぎた為に織田家誅殺が正義と思い込んでいたけれど、
事後の世間の反応を見て自らの思惑の見当違いを思い知って打ちひしがれた結果、
「言いたい奴には言わせておけ」という負け惜しみを含んだ辞世の句を詠むに至った と。

110 :人間七七四年:2008/04/16(水) 22:32:11 ID:/fbzfhh+
ごめ、ちと思い付きで書いたから長いわ酷いわの文になってしまいました。

111 :人間七七四年:2008/04/17(木) 14:42:14 ID:+Msxf6ns

信長さえ殺してしまえばって所は、確かに光秀にはあっただろうね。

112 :人間七七四年:2008/04/18(金) 00:00:22 ID:jEBTBbN+
105、お前の前世もな。



113 :人間七七四年:2008/04/18(金) 08:08:47 ID:RQTpNUJB
オイラの前世は『お市』と占師に言われたことがあるが本当なんじゃろか?




114 :人間七七四年:2008/04/18(金) 09:05:07 ID:+pLuwmst
光秀の最大の誤算は、世の中が

「もう戦国の世はこりごりだ」

って思っていた事だろうな。

115 :人間七七四年:2008/04/18(金) 11:00:13 ID:DTPNzIqj
114イマイチ意味分からん?

116 :人間七七四年:2008/04/18(金) 11:35:38 ID:UL2UHHVa
現代に例えると住み慣れた地に新築のマイホームを購入しローンも30年残っている状態で突然、社長からリストラされてしまった重役サラリーマンが社長を襲撃したようなもんか?WW

117 :人間七七四年:2008/04/18(金) 11:42:21 ID:/c/bhcs8
国内トップの会社の本社で重役(常務あたり)をやっていたら急にワンマン会長に
「東南アジア進出ために子会社作ったからお前そこの社長ね、給料はフィリピンの
通貨でその会社の利益の中から渡すから」って言われた感じじゃね?w

118 :人間七七四年:2008/04/18(金) 11:43:31 ID:DvmZdt1T
転勤辞令見て切れた感じだな

119 :人間七七四年:2008/04/18(金) 11:57:36 ID:UL2UHHVa
>>117
そっちのが近いかもWW
何のコネもない未開の地に左遷されるようなもんだもんな。

120 :人間七七四年:2008/04/18(金) 12:08:03 ID:PuuuDlIF
>>117
領地替えの話は史料的に確かな話なの?
代表執行権を持つ取締役だったのが、いつのまにか執行権を有しない取締役扱いになってしまっていたって感じだと思う。

121 :人間七七四年:2008/04/18(金) 12:20:30 ID:3kYC8Vrb
史料上領地変え確定してたのは秀吉だけじゃなかった?

122 :人間七七四年:2008/04/18(金) 12:59:55 ID:DTPNzIqj
坂本召し上げの文献は資料的に一級とは言えないが、統一後の信長の構想にはあったろうし、実際にもそれに近い話があったと推測出来る。それに個人的な怨みが重なれば、十分な理由だね。

123 :人間七七四年:2008/04/18(金) 14:15:52 ID:PuuuDlIF
>>122
領地召し上げならともかく領地替えが変の理由になるかねえ?
もともと信長から与えられただけで地生えの豪族という訳でもないし。
それに個人的な怨恨とは具体的になんなのか、さっぱりわからんのよねえ。

124 :人間七七四年:2008/04/18(金) 14:25:49 ID:+pLuwmst
>>123
信長個人に対しての怨恨はともかく、信長側近層に対しての怨恨はありそうだな>光秀

125 :人間七七四年:2008/04/18(金) 18:06:21 ID:DTPNzIqj
123
確かに領地替えだね。そうすると君の意見は何なの?

126 :人間七七四年:2008/04/18(金) 18:16:47 ID:PuuuDlIF
>>125
>>94

127 :人間七七四年:2008/04/18(金) 20:44:30 ID:DTPNzIqj
126
不安80%内容は何なの?

128 :人間七七四年:2008/04/18(金) 21:07:50 ID:DvmZdt1T
森や滝川等東国組も領地替えは確定してるんじゃないかい?
まあ茶器がいいと言ってる人いるし不満はあったかも知れんけどね

129 :人間七七四年:2008/04/18(金) 21:17:43 ID:dJlGqR9v
>>127
・織田家中における地位低下。
→方面軍の長から遊撃軍の一つに格下げ(?)。
→四国政策の方向転換により長宗我部家との取次ぎという一種の権益を失う。

・信長との対立。
→上で上げた四国政策の転換を巡るもの。

・失地回復の余地が少ない。
→東日本は信忠を中心に北陸は柴田、関東は滝川(ただし実質は北条との取次ぎで将来的にどうなるかは不明)、中国は秀吉、四国は信孝。
→残るは九州くらいだが光秀が抜擢されるとは限らない。
→自身の高齢。

・跡継ぎは年少。

まあ推測も含まれるのも事実だが、こんだけの要因が揃えば自身や自家の将来に不安を覚えても仕方ないと思わない?
なら信盛のように隠居という手もあるが、変を起こす程度の山っ気はあった。それが野望20%。

130 :人間七七四年:2008/04/18(金) 21:34:21 ID:+pLuwmst
それこそ軍記ものや講談なんかで光秀が信長側近、特に蘭丸とかと確執があったかのような描写があったりするが、
実際、光秀と信長側近との関係はどうだったんだろ?

131 :人間七七四年:2008/04/19(土) 00:03:13 ID:KcJIuwV/
一つ誤解があると思うが、軍団長には織田政権中枢から離れることによって成り立っている。
柴田も佐久間もそう。羽柴もそう。担当戦線というか地域に関してはある程度の権限を認め
られるが、織田家の中枢からは外される。
光秀も同じことで、これまでは遊撃軍で中枢に関わっていたが、軍功を重ねて領地を増やして
与騎も多く付けられて軍の規模を増大させた結果、軍団長就任と引き換えに中枢からは離れる
ことになった。普通に前例があることで、そのことで光秀が異心を抱いたとすると、これまで
何を見てきたんだとしか。

まあ、それによっていろんな感情がわいてくるのは仕方ないかもしれないが。
おそらく最後に軍団長に格上げされた滝川も同じような思いは抱いたかもしれないし。
四国遠征が成功していれば、次は丹羽が軍団長昇格と引き換えに中枢から外れたかな。

132 :人間七七四年:2008/04/19(土) 00:21:38 ID:6GnaFxLO
まぁなんつーか、今だに「方面軍」と言う言葉を使用して、地位低下とか言うのは、
良くも悪くも高柳光寿先生の影響がマダ残ってる証拠なんだなと思う今日この頃

133 :人間七七四年:2008/04/19(土) 00:46:25 ID:SWiDU+L3
中枢というが、何をもって中枢とし、内容をもって方面軍団長より格上とするか分からん?江戸期の側近政治じゃあるまいし、信長の近臣に実力者などいないよ。だからこそ信長が討たれた後、親族や側近達では畿内すらおさえる事も出来なかったのだから。

134 :◆VqSh5C7CR6 :2008/04/19(土) 02:19:51 ID:a8Konfjq
それこそ織田政権の中枢なんて、天正初期年間は堀、長谷川、菅屋、矢部あたりだろうが、
この4人でも堀や長谷川は出張も多く変のときすら信長と行動を共にしていなかった。
となると将来的に信忠近臣が政権中枢になるだろうと思う。

>>133
ニュアンス的には幹部と言うより秘書みたいなもんだな。
信長と各地の戦線に出ている武将達の連絡係で、朝廷の役職的には蔵人に近い。



135 :人間七七四年:2008/04/19(土) 03:21:15 ID:SWiDU+L3
だね。
つまり1582年の時点では、柴田・明智・羽柴・瀧川は紛れも無い織田家の主力であり、例え地方に遠征してたとしても、信長の側近に嫉妬するなんて事は杞憂。ましてや、本能寺の一因とはなりえないと思うよ。

136 :人間七七四年:2008/04/19(土) 07:08:15 ID:HtIERXeB
軍団長の定義って何?

137 :人間七七四年:2008/04/19(土) 07:18:35 ID:eoEAnbTX
真相って・・・?

 てっきりユダヤの陰謀説でFAかと思ってた.

ポルトガル船に乗って忍び込んで来た国際的ユダヤ総支配を
 たくらむ団体が事件直前の4月終わりに丹波にて光秀と接触,
 信長を殺すかわりに日本総支配人の地位の約束を与えいたと聞いた
 が…

 

138 :人間七七四年:2008/04/19(土) 09:26:16 ID:iZf4DhT/
ギャグとしても面白くないし
本気でそう考えているのなら君が必要とするのは心のお医者様だ

139 :人間七七四年:2008/04/19(土) 17:22:58 ID:Rmzm4fRX
軍団長の定義なんてない特に武田領地や北陸はよくわからん

140 :人間七七四年:2008/04/19(土) 19:15:40 ID:SWiDU+L3
139
何が分からんか分からんが、方面軍団長の定義など、意味がないし、本能寺の変とは何ら関連性はないよ。

141 :人間七七四年:2008/04/20(日) 13:44:23 ID:/9UQwFsc
私的怨恨や領地替えを示す信憑性が高い文献がないのは事実だが、どうも高柳説の様な天下の覇権こそが戦国武将の本懐なりとの説は説得力は薄いと思う。

142 :◆VqSh5C7CR6 :2008/04/20(日) 14:13:02 ID:dk6ZZBck
>>140
そもそも織田家の場合チームというか、軍団が解体されやすいようにできてるからな。
滝川みたいに一度別方面の指揮執りながら、長らく遊撃軍として戦ってたヤツもいるしね。

>>141
怨恨説の否定は、ルイスフロイスの日本史の人物評も一つの要因とされてるな。
煮ても焼いても食えない人間だとか書かれてるし>光秀


143 :人間七七四年:2008/04/20(日) 14:52:13 ID:IDsfdh5C
信長配下の第一世代の武将なんて、そりゃあ煮ても焼いても食えない奴ばっかりだろうけどねw
律儀なんていわれた利家すらそうだし。
第二世代になると単純馬鹿が多くなってくる印象があるが。

144 :人間七七四年:2008/04/20(日) 16:00:58 ID:rBexbIFC
フロイスの目線が一番客観的であり、他者に影響を受けていない見解で
信用度が高いと言われる場合があるが、戦いや状況面の見聞は信用度が

高いと思うが、人物評などは私的見解以外にない。だって異教徒を良く
言うはずがないじゃんね。
彼奴らは高山右近と大友宗麟が日の本最高の武将と言わざるをえないのでは。

145 :にゃんこ:2008/04/20(日) 18:15:09 ID:B9kzHc8a
将来、恩知らずで自信家の人工知能を造って、1582年当時のデータを入力して、
光秀の立場に立たせば、必ず、本能寺の変を起こすよ。

1,わずか10日ほどで、光秀は若狭や近江の国人衆の多くを引き込んでいる。
 筒井もいったんは、光秀側で河内に侵攻している。秀吉が早く帰って来なかったら
 光秀側でいた。
2,当時の「軍団」は寄親寄騎制と言う制度。秀吉「軍団」の家臣達の多くは、
 秀吉の家臣ではない、信長の命令で秀吉に付けられた者ども。
 信長が急死すると、解体しやすい。特に譜代のいない秀吉「軍団」は。
3,秀吉の「大返し」の実態は、多くの脱落者を出した「中返し」。過半の脱落者
 を出してでも強行したのは、「時間が光秀の味方」だと、秀吉が考えていたから。
 急がなければ、摂津衆1万の多くは光秀側に併存されるし、四国遠征軍も危うい。


つまり、秀吉のまさかの大逆転「はったり大返し」が無ければ、光秀は、畿内を
制覇して最大の戦国大名になれた。




146 :人間七七四年:2008/04/20(日) 18:58:37 ID:3Q3xi7KZ
成功しない可能性もあるからやらないだろう

147 :人間七七四年:2008/04/20(日) 19:39:55 ID:3Q3xi7KZ
そもそも、光秀に無理があるのはもし信長が前に出てきた場合や信長が察知して逃走した場合、
そして信孝軍がいるので負ける可能性を考えた場合は本能寺など成功するものではないと考えられる。

148 :人間七七四年:2008/04/20(日) 21:03:09 ID:/9UQwFsc
147
言いたい事、よく分からない。補足説明求む。

149 :人間七七四年:2008/04/20(日) 22:39:11 ID:priynIQh
147、良く分からん。
信長が前に出る? 信孝軍がいるので負ける可能性?
いくらなんでもって気がするのだが・・・

150 :人間七七四年:2008/04/20(日) 22:42:35 ID:IDsfdh5C
つーか、ID:3Q3xi7KZは、歴史を語る前に、そもそも日本語がおかしい。

151 :人間七七四年:2008/04/20(日) 23:17:01 ID:/9UQwFsc
あまり卑下したくないけど、147はちょっと幼さを感じるね。

152 :人間七七四年:2008/04/21(月) 00:27:57 ID:4NhopiAf
>>145は本能寺の変は必然で光秀の行動に隙はなかったのに対し
>>146は成功したのは偶然で危険性が高く
145の前提であっても必ず変が起こるとは限らないって意味じゃないの?

153 :人間七七四年:2008/04/21(月) 01:10:21 ID:JFxDarbp
どうやって寝静まる深夜に2万の行軍が本能寺に辿り着けたんだろう?
遠征の挨拶に来ましたって時間じゃないし、
実際にその口上が通用していたのなら既に本能寺にもその報は入ってるだろうし。
京のど真ん中に物見がいない訳がないしね。



154 :人間七七四年:2008/04/21(月) 01:20:41 ID:ruExgQk6
みんな寝てたんだろ

155 :◆VqSh5C7CR6 :2008/04/21(月) 02:25:46 ID:i/zGHRse
>>153
バラバラに出陣しつつ遠巻きに包囲したが、事の異常に気づいて信長が小姓に命じて
寺を脱走させようとしたところ、脱走した小姓は捕まって殺された。
そして寺の中の信長が異常に気づいたということを推測した明智方が攻撃を開始・・・って異戦国志ではなってたがな。

まあバラバラに本能寺に辿り着いたってのは本当じゃないか?
変の時、明智軍の動向はともかく、光秀本人がどのように動いたかまるでわかっていない。
信長の本能寺には斎藤利三、信忠のいる妙覚寺(二条御所)には明智光忠が攻め入っているが、
果たして光秀はこのときどこにいたのだろうか・・・

あと京都に対する道筋では、門番が6月2日の馬揃えのものだと思い特に警戒しなかったらしい。



156 :サイコメトリー:2008/04/21(月) 08:50:54 ID:zJKoJLlr
>>144
自分もフロイスの人物評は様々なベクトルが入ったものだと思います。
>>145
以前から、にゃんこさんの意見は勉強になってます。今回の@〜Bのご意見、
戦国最大の大名となれた、全く同意です。ただ冒頭の人工知能の件が若干気
になりました・・。
>>153
>>155
光秀は6/1、陽が落ちるのと同時に天野某に先発隊を率いさせ、行軍道ごとに掃除
をさせ、事前に疑わしきは排除したとの本を読んだ事がある。まぁ後世の創作本だった
と思うが、それに近い事を光秀はやっていたと思う。

戦なれしている京童に不穏に思われる事無く、事を実行出来たのは光秀と光秀軍の緻密
さにほかならないと思うけど、6/2に馬揃えの予定があったのは知らなかった。

157 :人間七七四年:2008/04/21(月) 10:05:02 ID:Qb1CiyoF
そもそも信忠を討つとは考えてなかったみたいだよな。

これがどうかなあ

158 :人間七七四年:2008/04/21(月) 10:21:26 ID:u0RjWQYq
逆だろ。「信忠も討てる」から乱を起こしたような物だ。

159 :人間七七四年:2008/04/21(月) 10:22:39 ID:Qb1CiyoF
なんで?信忠は逃げられたよ。

160 :人間七七四年:2008/04/21(月) 15:01:23 ID:TTTangOr
信忠が逃げなかったのは何でなんだろうね
よく言われるように有能だったてのは嘘で、本当は先見性の無い盆暗息子だったのかね?

161 :人間七七四年:2008/04/21(月) 15:06:25 ID:Qb1CiyoF
盆暗じゃなくて判断ミスだろ。


162 :人間七七四年:2008/04/21(月) 15:15:22 ID:TTTangOr
んー、判断ミスにしてはでかすぎる失策だよ
信忠が逃げてさえいればその後の織田家の惨状は無かったわけだし
そういう意味では織田家を滅ぼしたのは光秀でも秀吉でもなく、信忠とも言えると思うんだ

163 :人間七七四年:2008/04/21(月) 15:16:25 ID:Qb1CiyoF
加害者じゃなくて被害者にそれを言うのは酷だな。
それならば泥棒に入られたほうが悪いといってるようなもんだ。
緊急事態だから仕方が無かったんだろ。

結構優秀なのは間違いないんじゃないか?
優秀ではないにしろ。

164 :人間七七四年:2008/04/21(月) 16:09:29 ID:jsxHh7oU
信忠より光秀の方が優秀だったって事でしょ。
それと>162信忠が健在だからといって織田家問題なく存続するとはとても思えないけど・・。

165 :人間七七四年:2008/04/21(月) 18:33:52 ID:yfL90rdw
>>153
実は部下が勝手にしでかし光秀は本能寺後、御輿に担ぎ上げられたとか(部下が計画的に)
光秀にしてみたらもう言い訳しようもない状況に追い詰められて仕方なしになかば脅迫されて御輿になったという妄想

166 :人間七七四年:2008/04/21(月) 18:35:55 ID:yfL90rdw
訂正、165は>>155に対するレスです

167 :人間七七四年:2008/04/21(月) 19:41:09 ID:zJKoJLlr
>>165
脅迫・・う〜ん・・。小説にしたら少し面白いかも・・。

168 :人間七七四年:2008/04/21(月) 19:42:31 ID:Qb1CiyoF
>>150
ははは。
正しい日本語なんてこの板の連中は書いていないんだから
まともに意味を考えろ馬鹿。

そもそも明智の本能寺を見てみれば穴だらけだ。
成功する可能性はゼロに等しい。

169 :人間七七四年:2008/04/21(月) 20:21:11 ID:2BMVcWy/
武田征伐以降、信長の周りに人が少なくなった・・・

170 :人間七七四年:2008/04/21(月) 20:23:55 ID:u0RjWQYq
後付でしかも2番煎じ3番煎じの知識満々の「オレだけが正しい」君が現れたから、このスレはしばらくダメになるな。

171 :人間七七四年:2008/04/21(月) 22:42:37 ID:jsxHh7oU
169
同意。あの辺りから、信長は変わってきた。
170
誰の事を言ってるの??

172 :人間七七四年:2008/04/22(火) 03:13:23 ID:GubNMuyL
にゃんにゃんお

173 :人間七七四年:2008/04/22(火) 04:57:22 ID:JF+zeckg
>>171
ID:Qb1CiyoFの事じゃね?

174 :人間七七四年:2008/04/22(火) 09:08:10 ID:QvFFy08q
>>173
そうだね。>>147>>168は言いたい事の本質がよく分からんね。
まぁそれはいいとして、最近ブログ等でネット上で良く出てきてる、『本能寺
コードが存在した、黒幕は朝廷で光秀の協力者は柴田勝家だった』ってやつ誰か
読んだ事ある?

かなり際物の匂いが漂うけど、何か新たな文献の発見があったのならば、是非とも
読みたいと思っているのだが。

175 :人間七七四年:2008/04/22(火) 09:10:10 ID:+CFs4VjL
ははは

ほんしつがわからなければ意味が無いのか。

くだらんな。

ほんしつなんてわからなくてもある程度理解すればいいだけ


176 :人間七七四年:2008/04/22(火) 09:24:49 ID:OSmvGR0C
>>174
そいつの専用スレは↓

日本史二千年最大の謎、本能寺の変の真相!
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1201741450/

いつもボコボコにされてるよw

177 :サイコメトリー:2008/04/22(火) 18:18:06 ID:itlLymOi
174
さっきそのスレに書き込んできたよ。

178 :人間七七四年:2008/04/22(火) 19:09:29 ID:oUchgbVb
>>177
実質、著者の大庭博の宣伝スレだから、まともな議論は期待しちゃだめだよw

179 :サイコメトリー:2008/04/22(火) 19:22:09 ID:itlLymOi
了解。ありがとう。
ちょっと見たけど、書籍内容より自我の強さが印象に残ったのが率直な気持ち・・。

180 :人間七七四年:2008/04/22(火) 19:53:16 ID:7v+MSy/w
たぶん今みんなテレビで本門寺の信長公首塚見てるんだろうなー

181 :人間七七四年:2008/04/22(火) 20:10:19 ID:15p6pzwk
韓信が?通の進言を聞き入れずに後年、粛清された故事にならったのでは、

 膠着状態の秀吉軍への援軍要請が
 劉邦への援軍に赴く韓信を彷彿し余計に意識したのでは。



182 :人間七七四年:2008/04/22(火) 23:03:59 ID:USVK2wIN
信長が特に変わった様には感じないし
不明な点が多い本能寺の変の対応で信忠を評価するのはどうかと思うが
柴田勝家の共謀説はかなり古くからあり、津田信澄らとの記述がある点に
柴田勝定の存在や林秀貞の去就などが挙げられているね。

183 :人間七七四年:2008/04/23(水) 00:46:28 ID:7Kj2P0Od
想像になるんだが、光秀は信忠の所在を知らなかった、信長と一緒に本能寺に宿泊していたと認識していたのではなかろうか?

もともと信忠の京滞在は予定外のことで、当然宿泊所だって事前に用意されていたとも考えられない。
だったら、当時信長の京における出張所のような本能寺に信忠もいると考えるのはそうとっぴなもの
でもないと思うのだがどうだろう?光秀は本能寺を落としてから信忠が別に宿泊していたことを知って、
慌てて行動を開始したと。

この想像が正しかったと仮定すると、朝廷であれ公家であれ京の勢力が黒幕として変に関わった、光秀
の背後にいたとする説は否定される。何故なら、彼らが光秀に与しているのなら、当然絶対に逃がして
ならない政権のVIPの所在地は知らされているだろうから。

184 :人間七七四年:2008/04/23(水) 01:53:05 ID:lFpRaZV8
公家たちがそれと知らずに結果的に協力してしまった、なんて可能性はなかろうか?
光秀が変を起こすとは想像も出来ず、光秀に尋かれたからそういった重要な情報を流してしまったみたいな感じで。
そうすれば日記の問題も解決するんではなかろうか?

185 :サイコメトリー:2008/04/23(水) 08:46:20 ID:PKwDVm7w

★昨夜のテレ東の信長の特集見た方、情報下さい。

186 :人間七七四年:2008/04/23(水) 10:23:15 ID:6JBg3Lpm
勝家共謀言う奴は狂ってるな

187 :人間七七四年:2008/04/23(水) 11:52:13 ID:u/ZXsMC5
なぁ、光秀の後ろに黒幕が居たとするのなら、
何故に光秀は、各方面に合力要請の書状を出すときに
その旨を書いていないんだ?
朝廷など勢力が付いているのなら細川や筒井などに出すとき
普通はそういう風に書いてないか?

それともそう言う書状は破棄されたと?

188 :人間七七四年:2008/04/23(水) 11:55:10 ID:droHnif/
>>187
証拠が無いからこそ「実はあったが処分されたのだ!!」と言い張れるのが陰謀論の便利なところです。

189 :人間七七四年:2008/04/23(水) 21:17:48 ID:xGoLZ0/e
陰謀論の証拠を求めたら、
「謀略は秘中の秘だから、証拠なんて残すはずないだろ。そんなこともわからんのか?」
と開き直られたことがあるw

190 :人間七七四年:2008/04/23(水) 21:59:46 ID:MBfKqBFc
>>187
昨今のゆとりは、自身の認識を相手も共有してるのを前提でメールしてきたりするから、光秀もゆとりだったんだろ
whyとhowを省く馬鹿なんて、いつの時代どの地域にもいたはず

191 :人間七七四年:2008/04/23(水) 22:00:55 ID:u/ZXsMC5
謀略も何も、信長を本能寺で討った時点で作戦の第一段階は成功してるんだよね?
だとすると、別にその時点で黒幕が手を引くのはおかしくない?
そのまま作戦遂行じゃないの?
なので、各方面に出す書状にその事が書かれるのが普通なのが・・・。
自分の行いが正義であると言うことを宣伝するためにもね。
それが1枚も無いのはどういうことなのさ?
まったく無いのも変じゃないか?

それに謀議をねるのも光秀一人と黒幕で行われたのか?
加わる人間が多ければ多くなるほど、もれると言う危険性が増すのだが。

また、信長が本能寺に少人数で泊まると言うこともかなり前からわかってたことなのか?
それを見越しての謀議なのか?
いつくるかもわからない、何処に移動するかもわからない行動をとる信長だよ?
どう考えても行き当たりばったりの行動じゃん・・・・。
運よくその時信長が少人数で本能寺に泊まった。
この時しか討つ時がない!ってなタイミングだったんじゃないの?

192 :人間七七四年:2008/04/23(水) 22:19:52 ID:ksjNfPGF
明智の謀反の理由は案外単純かも。
朝廷説、羽柴がらみ説などは空想夢想。
今時代でも「あいつ気に入らん、偉そうに文句いいやがった」などの理由で簡単に殺っちまう。
考えて見れば意見が合わない、方針が違うなどの理由で足利、荒木も謀反した。明智の場合は信長殺害が成功してしまっただけ。


193 :人間七七四年:2008/04/23(水) 22:31:32 ID:3O67j13N
コテでトリップをつけずに批判する時は名無しで後にIDチェンジて…

194 :人間七七四年:2008/04/23(水) 23:32:23 ID:MBfKqBFc
安価すらかけられない子の事か

195 :人間七七四年:2008/04/24(木) 00:26:31 ID:2sJ5tETE
http://blog.m.livedoor.jp/nobunaga_1534/index.cgi

196 :人間七七四年:2008/04/24(木) 01:21:06 ID:HhZpviTM
実は本能寺の変なんて無かったんだよ

197 :◆VqSh5C7CR6 :2008/04/24(木) 02:51:10 ID:fXZJZrl0
個人的には、朝廷が光秀を利用したというより、光秀が朝廷を利用した感じだな。
光秀としては信長誅滅の大義名分が欲しいし、朝廷としても信長が死んで京一帯が光秀の勢力圏になったなら
別に光秀と敵対する気もならんだろうし、手厚く保護してくれるなら誰でも大歓迎ってことで、
両者利害が一致しって考えたらおもろいと思うんだけどね・・・・


証拠が残ってないからイマイチおしに欠けるなぁ・・・
意外と「誠仁親王襲ってゴメンね(まあ実際信忠が逃がしたけどさ)、でもうちは朝廷と敵対する気なんかさらさらないから。」
って感じだったのかもな。



198 :人間七七四年:2008/04/24(木) 04:16:44 ID:sfm/yyY6
>>197
朝廷の主体とは何をさして言ってるか知らんが、天皇や公家連中が京に混乱を引き起こしてまで信長より光秀を選択する理由が皆無。

199 :人間七七四年:2008/04/24(木) 10:32:51 ID:98Jn6R66
正親町天皇に対し信長が譲位を迫ったってのが朝廷黒幕説の根拠の一つだよね?
でも、この説自体が結構怪しいんでしょ?
譲位を迫った、迫らなかった、いやむしろ天皇自らは譲位を望んだが信長が反対した。
って2通りある。
今はどちらの説が有力なの?

200 :人間七七四年:2008/04/24(木) 12:38:18 ID:yM+YFDPu
http://news24.2ch.net/test/read.cgi/news2/1192185408/14
人権派左翼の女の子たちもエッチのときはアンアン喘ぐんだなw


201 :人間七七四年:2008/04/24(木) 17:21:59 ID:xyh33EhV
>>197
朝廷の関与がどの程度あったのかもわからないし
主導権がどちらにあったかは現状では難しいね。

>>199
正親町から誠仁親王譲位の費用負担に信長が賛同しなかった説が無難じゃない。

朝廷関与は三職推任に閏月の提案なども含めた信長、信忠の対応に
朝廷がどう受け取り対応し、光秀の書状は誰を指すのかなどだね。

202 :人間七七四年:2008/04/24(木) 21:13:15 ID:VcnWojmn
帝位簒奪や失墜を恐れて、朝廷側が策を巡らす・・。鎌倉〜幕末まで天皇はただの一度も矢面には立たない。つまり、そういう事。

203 :人間七七四年:2008/04/24(木) 21:24:45 ID:IYFXm4El
いや朝廷陰謀説言ってる人も帝や親王が裏にいるなんて誰も思ってない
安土で蘭丸におちょくられた公家のあいつだよ

204 :人間七七四年:2008/04/25(金) 00:10:58 ID:YTHi8up9
>>200
激しくスレ違いだが、おっぱいデカいな

205 :◆VqSh5C7CR6 :2008/04/25(金) 01:24:22 ID:+1GV0+24
>>198
いやそうじゃなくて、光秀が朝廷と交渉したのは変の後で、
朝廷からすれば「信長もう死んじゃっていないし、光秀が保護してくれるんならそれでいいか。」
って思ったってこと。
当然光秀を破って誰か別のヤツが京都を支配すればそいつに保険かけるだろうけど。


206 :人間七七四年:2008/04/25(金) 07:42:36 ID:aJKKNyfX
>>205
なんだそりゃ?そんな都合のいい黒幕なんて存在しない。

207 :人間七七四年:2008/04/25(金) 08:22:12 ID:zUM2gAHE
>>205
変後の処理の話か。
まあ、それに関してはその通りだろうな。
実際に光秀に山城の混乱を何とかしてくれと懇願してるし。

208 :人間七七四年:2008/04/25(金) 11:00:35 ID:fBt/MLyC
「信長の首が見つからなかった」というのが本能寺の変最大の謎!!!
 ↑最も後世の創作クサい


随分古めの戦国時代の合戦記には 明智配下の者が「信長の首と振袖を取って光秀に差し出そうとしたが、重臣が首を隠し振袖を証拠として差出し首は僧侶に密葬させた…」とある
「以前信長公が武田勝頼の首を取った時、諸将の前でこれを罵倒した。世間はそのことを未だ謗っている…もしこの首を光秀様に見せれば長年の恨みが連なり信長公と同じことをするだろう」と
うーむ気の利いた家臣が明智にはいたもんだな。

明智の心中の話ばかりで 信長の首を捜索する人がおらんな〜昔出版された本には首は取られたが気の利いた配下に隠されたとあるよ。
焼けたというが大きな寺でなかったという説が有力だし。
隠す暇ないだろう。
首が見つかって欲しくない信長ヲタの願望とコーエーの信長の野望でも首は見つからなかったということになってるからな。信長ヲタも少しは真相を究明しようぜ!

209 :サイコメトリー:2008/04/25(金) 12:12:52 ID:4eO/YYGI
>>202
基本的には同意します。朝廷側が三職推任を断られ、信長をより脅威に感じ
自己防衛的に信長暗殺を画策したなんてのは、限りなく作家の創作だと思わ
れるよ。流浪の身〜朝倉〜足利〜信長と立身出世して来て、最後の最後で、

朝廷の為に信長討つと単純に判断するとは思えない。光秀のイメージが格式
豊かで故事典礼に通じてる者って事が、朝廷黒幕説を後押してる様だけど、
形式的な朝廷を味方に付けるより、筒井・細川を味方にした方が良い事は現実性
豊かな光秀が分からないはずがないと思うよ。
>>208
良く言いたい事分からんけど、皆でもう少し勉強しようって事ね。

210 :人間七七四年:2008/04/25(金) 12:12:54 ID:VsG7hvma
本能寺って変の時に全焼崩壊してるの?
そうであれば、死体なんて黒焦げでわけわからなくなってないか?
屋根が落ちてきてたらペチャンコだし。
しかも、そんな遺体なんて何名分も居るだろうから。

211 :人間七七四年:2008/04/25(金) 19:05:22 ID:oQ4FzuQl
>>209
信長は三職推任を断わっていないし
朝廷関与を頑なに否定する人は表面的で極端に偏っているなぁ。
wikiや1が紹介する外部リンクの資料 本能寺の変でも良いし
>>20の薦める谷口のは入門書として良く出来ているから一読してみたらどう?

212 :人間七七四年:2008/04/25(金) 19:17:29 ID:K3WuisaK
朝廷陰謀説ってのはアレだろ、三国志の曹操抹殺説を流用したものだろう。
権力者が朝廷を上回る力を誇示した時、必ず忠臣が出て退治しようとする。
蘇我入鹿退治は成功したわけだが。

213 :人間七七四年:2008/04/25(金) 19:38:40 ID:VOCxWdS+
211
谷口氏の関係者ですか?
権威傾倒者ですか?
人様に意をとなえる時は、揚げ足を取るのでなく、せめて誰かの説を引用して、自説語ったらどうでしょう。
それに209だって三職を保留にした事は承知してると思うよ。スレ立者なんだから。

214 :人間七七四年:2008/04/25(金) 19:48:12 ID:sqbG9bVx
>>211
前にも居たよ君見たいのが、谷口知らなきゃ本能寺語るなかれってのがね。
人に入門書勧めるって事は、ばかにしてんだろう?あんたはそんな立場なの?
権威の後ろから、人を小ばかにするスネオみたいな事は止めなはれ。


215 :人間七七四年:2008/04/25(金) 19:48:31 ID:zUM2gAHE
>>213
批判と主張の区別くらい付けなよ。

それとは別に>>211は日本語でOK。何が言いたいのかわからん。
谷口のを読めと勧めてるなら「朝廷関与を頑なに否定する人は表面的で極端に偏っている」なんてこと言うとは思えん。
推敲が必要と思われる。

216 :人間七七四年:2008/04/25(金) 20:08:04 ID:sqbG9bVx
>>215
推○が必要?? 読み方と意味を教えて下され。

217 :人間七七四年:2008/04/25(金) 20:17:05 ID:zUM2gAHE
>>216
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E6%8E%A8%E6%95%B2&stype=0&dtype=0

218 :サイコメトリー:2008/04/25(金) 21:00:18 ID:4eO/YYGI
>>211
別に偏った主張してるとは思わないけど、あなたがそう思うならそれで良いよ。
三職推任に関しては、信長は留保とした事実は認識してます、それを結果的に
断ったと朝廷側は判断しているのではないかとの憶測です。補足説明不足でスマン。
>>213
フォロースマン。
>>217
博識ですな〜。自分も色々推敲してスレます。



219 :人間七七四年:2008/04/25(金) 21:15:12 ID:Os/tEb4Y
推敲を読めない、知らない>>216>>218に唖然としてしまったんだが
一般常識としてまずくないか?本能寺の入門書とか読んでる場合じゃないと思う。
それとも、今の義務教育って作文はすることないの?
いや、煽りとかじゃなくて、本気で驚いてる。

220 :人間七七四年:2008/04/25(金) 21:39:50 ID:aJKKNyfX
歴史語る前に一般教養を勉強しなおすべきだな。何歳かは知らんが、もし中学生以上ならやばすぎる。

221 :人間七七四年:2008/04/25(金) 22:20:35 ID:9TF+dsQM
>>218
字が読めない時はコピペ→変換→読み方チェック。
意味は辞書で調べましょう。

今後の健闘を祈る。

222 :人間七七四年:2008/04/25(金) 22:37:24 ID:VOCxWdS+
推敲読み書き出来ない人間は歴史語っちゃいかんし、一般常識人ではないと?
あんたらがどんな学歴持ってるか知らんが、人として対した事ない奴なのはわかったよ。

223 :人間七七四年:2008/04/25(金) 22:41:05 ID:9TF+dsQM
>>219
>それとも、今の義務教育って作文はすることないの?
以前に比べたらほとんど無いと言っても過言ではない。
それに書かせるだけで添削などは行っていないのが実情。
授業時間内に書かせること自体が困難な現場と化している。

224 :人間七七四年:2008/04/25(金) 22:46:38 ID:aJKKNyfX
>>222
> 推敲読み書き出来ない人間は歴史語っちゃいかんし、一般常識人ではないと?

その通りだ。推敲も読み書き出来ない時点できちんとした文献をまるで読んでいないか、読んでいても適当にしか
眺めていないのが丸わかりだからだ。


はっきり言えば、馬鹿だと言うことだ。

馬鹿を相手にするほど馬鹿馬鹿しい事はあるまい。わかるかね?

225 :人間七七四年:2008/04/25(金) 23:02:31 ID:Q6owivbL
推敲なんて俺小学校で習ったぞ…

226 :人間七七四年:2008/04/25(金) 23:10:21 ID:zUM2gAHE
推敲話はそろそろ切り上げようよ……

227 :人間七七四年:2008/04/25(金) 23:17:35 ID:W+OBk8ux
文献より先に小説でも読めば良いんではなかろうか、
司馬遼太郎とかちょっと難しい言い回し使うからちょうどいいぞ。

228 :219:2008/04/26(土) 00:22:10 ID:Z0R5cLxQ
なんか脱線させちゃってすまん。

>>222
別に語っちゃいかんなんて言ってないが、本能寺の変なんて語ってないで、
もっと最低限、小中学校レベルの常識を身につけたほうが、
君らにとっては遥かにましではあると、本気で思ったんだ。

>>223
ふーん、そうなんだ。たしかに作文自体やらなけりゃ、
義務教育終わるまで「推敲」なんて言葉聞かないかもね。

返す返す、脱線させてすまない。本能寺の変の話に戻ってくれ。

229 :人間七七四年:2008/04/26(土) 00:29:51 ID:iaauTseT
>>200
そんな奴は少数派。ほとんどは真面目な人達だよ。
巨乳だからってそいつ馬鹿だ。


230 :人間七七四年:2008/04/26(土) 00:46:04 ID:ArxlAft5
推敲語る輩、しのごいいから、本能寺に対する自説語れ。あとスレ違いも認識しろや。

231 :人間七七四年:2008/04/26(土) 06:40:15 ID:5CveBKp3
中学の漢文で習った記憶がある

232 :人間七七四年:2008/04/26(土) 09:27:16 ID:TiuKnCrb
>>230
黒幕説、共謀説は成立し得ない。以上。

233 :人間七七四年:2008/04/26(土) 12:08:34 ID:ZFeLmXCy
>211-212
三職推任以降の流れも突っ込みたいところはあったが
これ以外に知らないとした馬揃えも両サイトに記述されているよ。
特に外部サイトは詳細を調べた良いサイトで色々参考になる事も多いだろうし
ネットで色々調べる以外にも関連書籍から読み始める事も有用で1の為にもなるんじゃないかな。
これを助言ととるか揚げ足取りや軽視ととるか1次第だがそんな風に感じるのって空しいくない?

234 :人間七七四年:2008/04/26(土) 12:30:00 ID:ZFeLmXCy
>>213
1行目は1への注意で2行目はこのスレに対する感想で1が自ら叩き台とした
サイトから都合の良い所以外あまり興味を持たないのと同様に
ここの悪いところも0か100で結論だけを出そうとする傾向が強く自分の主張と異なる
朝廷の話になると朝廷首謀論に飛躍して実際当時の朝廷の状況や織田家との関係の話題を嫌がるよね。
3〜4行目は1にこの様にならない様、もう少し視野を広げ幅広く知識を吸収してほしいから谷口の本に
自らの行動を振り返る為にも、敢て1の紹介したサイトを薦めたんだけど
145からの流れにもあったが読解力や理解しようとする気持ちが足りないんじゃないかな。

235 :人間七七四年:2008/04/26(土) 12:49:02 ID:TiuKnCrb
>>234
> 1行目は1への注意で

>>209を読めば「朝廷側が三職推任を断られ」云々が本能寺の変に繋がったというのは「限りなく作家の創作だと思う」と言ってるだけで、「朝廷側が三職推任を断られ」たのが事実であるかどうかについてはそのレスで論じてないので的外れな注意。

> 2行目は(以下略

「朝廷の話になると朝廷首謀論に飛躍し」というが元々本能寺の変を考察するスレなんで、本能寺の変と関係しないレベルでの朝廷と信長との関係はスレ違い。
嫌がるとかそういう指摘は的外れ。

236 :人間七七四年:2008/04/26(土) 18:00:53 ID:0sYdAE6W
本能寺以外に宿所はなかったの?信長は相当気に入っていたのだな、本能寺。


237 :人間七七四年:2008/04/26(土) 18:22:22 ID:GvjRhEHj
戦国の時代のどこに他人のために危ない橋渡るバカがいるんだよ
光秀は下克上をした。それだけです
まあ、朝廷の中に自分で唆したつもりになっていたナルシストぐらいならいてもおかしくないけどね

238 :人間七七四年:2008/04/26(土) 18:43:13 ID:yqGhpiwY
信雄だよ信雄
信雄の動きが一番不自然なんだよ

239 :人間七七四年:2008/04/26(土) 19:29:57 ID:5CveBKp3
>>237
義将上杉謙信

240 :人間七七四年:2008/04/26(土) 23:26:05 ID:vdUZyTzB
>>238

思い込み。

241 :人間七七四年:2008/04/27(日) 11:52:31 ID:GRJJ6drM
推敲ネタばっかだったから、スレが停滞しちゃってるよ・・。もしかして、大庭さんの刺客だったりして。

242 :サイコメトリー:2008/04/27(日) 13:04:59 ID:YBJyIXbC

このスレはどんな人でも、どんな意見をスレっても構わない。
当然、学歴や年齢や漢字の読み書き意味を知らなくても戦国時代や本能寺に
興味がある人が私的意見を述べて良いスレだからご自由にどうぞ。

諸説に対する反対意見や反論はおおいに結構だけど、本能寺に全く関係ない
所で人にあや付けるのは止めてくれ。それでもどうしてもって奴がいたら、
せめて名前をつけてスレろ。

243 :人間七七四年:2008/04/27(日) 13:24:59 ID:RATHWRTH
>>235
1は注意を受け止めて訂正してるよ。的外れというか見当違いじゃないかな。

本能寺の変で色々な仮説がでるのは未だに詳細が不明な点が多いからで
光秀の動機を探るうえで当時の様々な状況が関係してるのに
一方的に無視、拒絶するのは表面的で偏ってないかい?
朝廷の話がそんなに嫌ならその様なスレを立てた方が良いよ。

244 :人間七七四年:2008/04/27(日) 13:37:00 ID:GE1NTWs6
>>243
変後、光秀は信長の朝廷に対する態度を非難してるのか?朝廷側が積極的に光秀を支援しようとした動きがあるのか?

245 :人間七七四年:2008/04/27(日) 13:37:53 ID:RATHWRTH
>>242
1と呼ばれるのが気に触ったみたいで悪かったね。
ただ愛着があるならトリップをつけた方が良いよ。

246 :人間七七四年:2008/04/27(日) 14:09:37 ID:RATHWRTH
>>244
朝廷側との接触は上でも挙がっている日記など詳しくはテンプレサイトにもあるよ。
信長の朝廷への対応が問題なのではなく
光秀が本能寺の変後どのような政権構想を描いていたのかが問題で
朝廷の存在が正当性の一つとして成り立つと思っていたのかでしょ。

247 :人間七七四年:2008/04/27(日) 14:31:46 ID:GE1NTWs6
>>246
だからそれが本能寺の変の原因とどんな関係があるの?

・変後、光秀は信長の朝廷に対する態度を非難していない。
→朝廷の苦境をみた光秀が一種の義憤に駆られて行動を起こしたという類の説は成り立たない。
・変後、朝廷は光秀を積極的に支援していない。
→朝廷との共謀説は成り立たない。

以上の状況で変前の信長と朝廷の関係をこのスレで語る意味があるの?

248 :人間七七四年:2008/04/27(日) 16:52:27 ID:RATHWRTH
自分の考えで頭がいっぱいでわからないのかな。
光秀が後の事を何も考えずに行動しなかった可能性があるからだよ。

例えば光秀は信長、信忠を討ち信澄を次の織田家の当主として
重臣達や朝廷などに認めさせれるなら大寧寺の変以上に
成功する可能性が高いと判断して実行したのかも知れない。

不自然な史料の記述箇所や消失に隠匿も見られ、新しい史料が制作され
全容がわからない以上、どの説も不正解とするにはまだ早すぎるし
まずは本能寺の変に光秀の前後の行動や織田家に関わる
様々な詳細を調べ整理する必要があるんじゃないかな。

249 :人間七七四年:2008/04/27(日) 17:02:27 ID:GE1NTWs6
>>248
本能寺の変の「真相」wとは無関係に直前の状況を整理したいということかな?

250 :人間七七四年:2008/04/27(日) 17:50:23 ID:RATHWRTH
自演といい人を疑う前に>>211を少しはしてみたら。

251 :人間七七四年:2008/04/27(日) 17:53:00 ID:GE1NTWs6
>>250
誰が自演してるの?
人を疑うって誰が誰の何を疑ってるの?

252 :人間七七四年:2008/04/27(日) 18:01:37 ID:RATHWRTH
すでにコテは174と177で自演してるんだよ。
君は日本史板のと疑っているんじゃない?

253 :人間七七四年:2008/04/27(日) 18:08:38 ID:GE1NTWs6
>>252
たまにコテを外してたら自演なのか?
それにたまたま>>175の紹介で向こうを覗いた可能性も考えられなくもない。
真相は本人に出てきてもらうとして、勝手に決め付けすぎてないか?

ちなみに>>175はオレだけど、それは関係ないとして、オレが何を疑ってるんだ?
あなたの考えてることはよくわからないことが多いので、もっと具体的に言ってくれると助かる。

254 :人間七七四年:2008/04/27(日) 18:28:34 ID:RATHWRTH
174の間違いと思うが慶次スレで検索すると良いよ。
わざわざIDと名前を変えてやりとりしてたらどう考えても自演でしょ。

それに本能寺の変の真相といったら日本史板のでしょ。
良くわからない事なのに自説が絶対とし、それ以外を否定するのは日本史板のと同じだよ。

255 :人間七七四年:2008/04/27(日) 18:45:41 ID:GE1NTWs6
> 慶次スレで検索すると良いよ。
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1196293747/714
か。
もったいつけずズバッと言ってくれよ。いけずw
で、これは単にこっちのスレではコテが外れてただけじゃないの?
自演の意味わかってるか?
それともサイコメトリーが大庭博であり自説を紹介したいがためコテをわざわざ外して>>174のレスをしたという意味で自演と言ったの?
どうも思い込みの決めつけが多いような……
まあ、その辺はサイコメトリーの答えを待つとして
>>254
> それにたまたま>>175の紹介で
> ちなみに>>175はオレだけど

訂正。>>175>>176ね。
は、恥ずかしいw

で、オレが何をどう疑ってるのか具体的に言ってくれ。
さっぱりわからん。

256 :人間七七四年:2008/04/28(月) 04:49:11 ID:q3B2LLDz
なんかわけわからんが
ID:RATHWRTHは、自分の意見を聞いてもらえなかったから
誰彼かまわず噛み付きだした、ということでOK?

とりあえず、177は、名前欄が違うが、174だと自分で名乗ってる
「すでにコテは174と177で自演してるんだよ。」
とか、意味不明の八つ当たり。

痛い子だったということで、以後スルー推奨。
引き続き、本能寺の変の話題をどうぞ。
ということで片付けてどうだ?

257 :人間七七四年:2008/04/28(月) 05:28:36 ID:9FRd8QU2
>>200
左翼思想は良いんだけど、わざわざ自分の性器を男に舐めさせたり、
おちんちんをしゃぶったりする姿を見せながら「ウヨ」を批判する芸風はおかしい。

258 :サイコメトリー:2008/04/28(月) 09:56:46 ID:lsAMLXfm
みんなスマン。申し訳ない。
俺が別スレに書き込んだ事により、とんでも輩を呼び寄せてしまった。

自分をかばってくれた方も居るので、>>255に返答します。まぁ問われてる本人
も何を問われてるか良く分からないのが本音だけど、スレへの書き込みは会社PC
自宅PC、携帯の3パターンで察しの通り、『花慶』も自分がスレたてました。

戦国板へのスレはすべて ”サイコメトリー” の名前で書き込んでいます。でも
その時の状況により、名前の入れ忘れって事もあるよ実際。 自分は静岡県在住の
サイコメトリーであり、大庭さんの事はつい最近ネット知った程度。関係などある
はずもない。>>256の指摘通り、今後、このテのカキコはスルーしましょう。

4月頭にスレ立てて、余計なのも入ったが250スレ。本能寺への関心の高さがうかがえる。
自分は対した知識も学ないし、自己主張も強い所も確かにあると思う。だけど、自分
はここでみんなのスレるのが楽しくて、嬉しくてしょうがない。今まで自分の好きな分野
をここまで話せたり、議論したり、批判したりした事はない。

今後もたくさんの意見や議論をして、2chなりの方向性を示せたら、おもしろいんじゃ
ないかなって所です。

259 :人間七七四年:2008/04/28(月) 11:36:11 ID:Xr1Q1cNl
2ちゃん初心者だろうけど、"スレる″なんて造語作るな
スレとレスの区別もつかないなら半年ROMってろ

260 :人間七七四年:2008/04/28(月) 16:28:19 ID:16G42Tjq
スレる
・・。
アンカ
名前の入れ忘れ
みんな(笑)

261 :人間七七四年:2008/04/28(月) 16:50:38 ID:YADNgcWJ
サイコさん、259や260などスルースルー。
ところで、光秀は信長の動向を常に探っていたのだろうか?また信長も本能寺周辺に乱波等を配置してなかったのかな?

262 :人間七七四年:2008/04/28(月) 17:08:01 ID:4afxtQTJ
>>261
五月十四日、信忠、上洛。
五月十五日、光秀、安土で家康の接待。
五月十七日、光秀、坂本に帰城。
五月二一日、家康、上洛。
五月二六日、光秀、亀山城入り。
五月二八日、光秀、西坊・紹巴らと連歌。
五月二九日、信長、上洛。
六月一日夜、光秀、中国地方へ出んとする軍を返す。
六月二日明け方、本能寺の変。

「信長公記」によるとこういうタイムスケジュール。
光秀が信長の上洛のスケジュールをあらかじめ聞いていた可能性もあるし、京の連中から普通に情報を得ていた可能性もある。
ただその場合、京の連中に光秀の謀反に加担する意図はなかったんじゃないかな?
そんな謀議に関する事を日記に書いたともも思えんし。(謀議を日記に書きとめてた例ってある?)
ただ後で日記を見直してみると光秀の謀反に加担した、あるいは変後光秀に積極的に加担したと取られるのが怖くて改竄した。
日記の件の真相はこんなところではないのかなあ。

263 :人間七七四年:2008/04/28(月) 18:39:01 ID:YADNgcWJ
なるほど。
家康接待の時はすでに謀反計画をしてたのだろうか?講談では、接待時の不手際が変の直接の起因だというが、別文献では接待は滞りなく終了したとある。そうなると、秀吉援護命令がきっかけか?
どちらもあてはまらないとのかなぁ?

264 :人間七七四年:2008/04/28(月) 18:43:44 ID:v4Ts8Eg3
つーか光秀が、信忠が家康と一緒に堺に行く予定を変更して京に滞在することになったのを知ったのが6月1日だぜ。
その瞬間まで計画が立てられる訳無いだろ。

265 :人間七七四年:2008/04/28(月) 18:50:09 ID:PWIuQeX+
光秀が信忠の予定を変更させるきっかけを作ったと考えた方が
納まりよくない?

266 :人間七七四年:2008/04/28(月) 18:52:15 ID:4afxtQTJ
>>264
光秀が謀反を決心したのは直前だろうとオレも思う。
状況を前以て予想することもコントロールすることも難しいだろうし。
思いがけず千載一遇のチャンスが来た!だからそれに乗った。
もちろん理由はそれだけじゃないだろうけど、最後に光秀の背中を押したのはチャンスに出くわしたことだった。
そういうことだったんだろうと思う。

267 :人間七七四年:2008/04/28(月) 19:08:01 ID:zcrIGw7Z
謀反という手段に気がついたのは武田征伐以降の人事発表と四国征伐の人事発表の頃か?
滝川一益・河尻秀隆らは東に丹羽長秀・蜂屋頼隆らは西にと軒並み京から離れたからね。

だからといって長曾我部を援護するための本能寺の変とは思わないが。
それでは長曾我部は助かるかもしれんが明智が助かる可能性は低い。
柴田勝家や羽柴秀吉がすぐに転進するという考えは抜きにしても、
主家殺しという謀反をしてしまったわけだから快く味方に付く近隣諸兵は少ないと考えるだろう。
何はともあれ主家殺しを犯した時点で光秀はチェックメイトだろう。

268 :人間七七四年:2008/04/28(月) 19:15:03 ID:v4Ts8Eg3
>>265
納まりを良くしてどうするんだよw
そういう行為を牽強付会と呼ぶんだぞ。

269 :人間七七四年:2008/04/28(月) 19:20:14 ID:zcrIGw7Z
267です。
追補
謀反という手段に気がついた…という言葉を使った理由は、
明智光秀自身が京や近江などを守備し織田信長を守る立場にありましたから、
いつでも仮想危機を想定して対策を考えていたと思ってこういう言葉を使いました。

270 :人間七七四年:2008/04/28(月) 19:34:15 ID:YADNgcWJ
約13000といわれる明智軍
、この軍勢を一両日で動かす事は可能なのかな?
確かに信長・信忠の動きは直前まで探っていて信忠の動きを知ったのだろうけど、小数でない行軍は自前準備なくては厳しいしと思われる。
少なからず、本能寺周辺には光秀の配下の者が数多く配置されていたに違いない。

271 :人間七七四年:2008/04/28(月) 19:40:00 ID:zcrIGw7Z
距離的には問題無いんじゃないかな?
準備も中国援軍のために出発するわけですからこれも問題無い。
あとは士気ですが「徳川家康を討つ!」とか何とかでいいかと。

織田信長側の索敵行動は無かったんじゃないかと考えています。

272 :人間七七四年:2008/04/28(月) 19:40:26 ID:4afxtQTJ
>>270
秀吉の援軍として丹波勢を率いていくんだから13000くらい不思議じゃないだろ?
本庄惣右衛門は何処の人だっけ?

273 :人間七七四年:2008/04/28(月) 19:42:13 ID:zcrIGw7Z
271の追補
基本的に京の治安守備防衛は明智光秀の仕事だったと解釈しています。

274 :人間七七四年:2008/04/28(月) 20:15:04 ID:YADNgcWJ
そうか、そうだよね、光秀は遠征準備をしてたんだよね。すまん。
これについてだが、秀吉援護は光秀が秀吉の組下扱いとされ更に奮戦しても秀吉の手柄となるのが我慢ならん!って書物もあったが、実際どうなんだろうか?

あと、京都守護は村井貞勝だと思ったが。

275 :人間七七四年:2008/04/28(月) 20:53:16 ID:zcrIGw7Z
>>274
>あと、京都守護は村井貞勝だと思ったが。
仰るとおりですね。
村井貞勝は京都所司代のような地位にいたと思いますが、
仕事の内容は京の行政と朝廷との折衝が中心と解釈しています。
村井貞勝の様子を見ますと本能寺の変の時に兵士を集めることができていません。
状況が状況ですから逃走した兵士も多かったんでしょうが二条新造合戦でも短時間で決着しますし。
これらを考慮して軍事的には少数の軍勢で堅牢な城も無いとあれば京の守備に不向きかな。
(二条新造は村井貞勝の城ではありませんし)
だからといって行政を携わるわけですから多少の警察権はあったと思いますよ。

それに対して明智光秀の方は丹波は勿論、山城・近江に影響力を持っていたわけですから、
軍勢規模から考えた場合、京の防衛に関与していたと推測しています。

276 :人間七七四年:2008/04/28(月) 20:55:28 ID:v4Ts8Eg3
光秀の立場は近畿管領に近いと言えるかもね。

277 :人間七七四年:2008/04/28(月) 21:12:57 ID:dFjQnX40
>>274
>秀吉援護は光秀が秀吉の組下扱いとされ更に奮戦しても秀吉の手柄となるのが我慢ならん!

そんなに人間小さくないだろう・・・・。
それに援軍的な出陣はこれに限ったわけでもないだろうし。

278 :人間七七四年:2008/04/28(月) 21:17:28 ID:zcrIGw7Z
>>274
>これについてだが、秀吉援護は光秀が秀吉の組下扱いとされ更に奮戦しても秀吉の手柄となるのが我慢ならん!って書物もあったが、実際どうなんだろうか?
これは完全に憶測ですからスルー奨励で。
明智光秀が丹波を拝領した時まで遡りますが、
このこと自体は波多野を討伐した働きであるため何の問題もありません。
その後、畿内の行政を携わる内に中央に残ることの重要性に気がついたのでは?
摂津平定、伊賀平定、武田討伐と明智光秀は援軍に勤しむものの所領獲得はありません。
だからといって天正九年の馬揃えでは準備・運営という大役をこなします。

柴田勝家や羽柴秀吉のように戦をし続けることも重要ですが、
光秀の目には中央の駆け引きで生き残ることに魅力を感じたかもしれません。
その延長線に己自身が権力を握るために本能寺の変があったのかも。

279 :人間七七四年:2008/04/28(月) 21:21:04 ID:zcrIGw7Z
278の追補
徳川家康の饗応役を入れ忘れていました。

280 :人間七七四年:2008/04/28(月) 22:00:27 ID:YADNgcWJ
278の中央の駆け引きの魅力。分かる気がする。
光秀は有能な武将だが、気位が高い事は想像に難くない。ただ単に織田家の中での軍事的地位へのこだわりでなく、自らが自負する立場を求めてたのではなかろうか。

281 :人間七七四年:2008/04/28(月) 22:21:12 ID:g70s8+Oq
>276
丹波と丹後と大和に関係してるだけで近畿管領?
山城支配からはとっくに離れているし、どこが近畿なの?
そもそも「近畿」という言葉自体につっこむべきだろうけど。

282 :人間七七四年:2008/04/28(月) 23:35:07 ID:fvwPJ953
惟任日向守だっけ?
いずれは九州転封みたいな内意があってそれに嫌気がさした?


283 :人間七七四年:2008/04/28(月) 23:47:37 ID:QU8i39ZO
>>282
直接本能寺の変とは関係ないけど、丹羽は信孝に付けられたが、四国平定の後は九州に向けられたのだろうか……?

284 :人間七七四年:2008/04/28(月) 23:48:34 ID:Xr1Q1cNl
なるほど、誰が自演してるのかよくわかるな

285 :人間七七四年:2008/04/29(火) 01:30:52 ID:cQTKj1U5
>>281
近畿管領とは、そもそも>>276の発案した用語でなく
高柳センセが明智軍を「近畿管領軍」と呼称していたもの。
この呼び名自体は、後の学者も問題を感じ、色々呼び名を考えてるみたいだね。
276は、ただ知ってる用語を専門家気分で使ってみたかっただけじゃない?

あと、谷口さんの方面軍編成の研究によると
山城衆も明智軍に編成されてるみたいだけど。
山城国全域を支配してるわけじゃあないけど、
山城支配から離れてると断言しちゃっていいのかな?

286 :人間七七四年:2008/04/29(火) 04:42:49 ID:bnCi/GG/
丹羽も惟住姓を拝命したらしいが、羽柴の筑前守や
あと数人九州縁の苗字や官職いるんじゃないか?
それらが将来的な家臣団の配置に
そのまま繋がるかは定かではないけれど

287 :人間七七四年:2008/04/29(火) 05:02:44 ID:1/PUKq4X
村井貞勝も長門守ですからね。
都落ちと嘆くなら彼が一番でしょう。

288 :281:2008/04/29(火) 06:43:13 ID:v2Vmg4sk
>>285
馬揃で上山城衆が明智に従っていたのを忘れていました、失礼。
具体的に上山城衆って誰なんだろ?佐竹氏かな?
愛宕山に参詣したのは自分の管轄地域だったからかな?

谷口さんは高柳先生の弟子だからね。
高柳先生は摂津衆を明智の組下と考えて「近畿管領」と呼んだけど、
摂津衆と明智の関係はお弟子さんですら否定しているくらいだから、
そろそろ「近畿管領」という呼び名に引きずられるのは宜しくないかと。

289 :人間七七四年:2008/04/29(火) 06:58:32 ID:o/sIQ3RM
>>284
誰?

290 :人間七七四年:2008/04/29(火) 11:21:45 ID:cW+VGRS/
光秀は269の指摘通り、他軍が京へ攻めのぼる、または信長襲撃の様なシュミレーションを何度もしていて、要所を熟知していた。
もしかしたら、自分が信長を襲撃するシュミレーションも何度かやっていたかもしれない。そこに信忠の情報が入る・・本能寺とは、必然と偶然のコラボだね。あっ世の中みんなそうか。

291 :人間七七四年:2008/04/29(火) 11:26:25 ID:yr7atcxC
近畿管領という呼称はたしかに誤解も生じかねないのでやめたほうがいいとは思うが、
ただ本能寺の時点で、畿内において最大の軍団をもっていたのが明智であることには
変わりはない。佐久間軍団の解体以降ね。

292 :人間七七四年:2008/04/29(火) 11:42:22 ID:1/PUKq4X
>>290
妄想を働かすと明智光秀は織田信長に「空白の畿内」の状況を進言していたかもしれません。
しかし合理主義者の信長は謀反を起こす者の出現を認めず、
また、その時のための明智光秀であるとか言って進言を退けていたかもしれません。

そもそも浅井長政や松永久秀、荒木村重らが謀反を起こした時、
合理主義者の信長は彼らの心境を理解していなかった節がありますしね。
理解できなかった故に烈火の如く怒り残虐な行動にでてしまったと推測しています。


まあ妄想の世界ですから話半分でよろろん。

293 :281:2008/04/29(火) 11:42:47 ID:v2Vmg4sk
>>291
丹波は畿内ではないし、大和で軍事活動をしているわけではないからね・・・
そもそも筒井を組下扱いできるのかな?

294 :人間七七四年:2008/04/29(火) 11:44:25 ID:1/PUKq4X
ごめん、浅井長政は謀反じゃなく離反ですね^^;

295 :人間七七四年:2008/04/29(火) 11:50:35 ID:1/PUKq4X
>>293
天正九年の馬揃えでは三番入場の明智光秀の組下に筒井順慶がいます。
馬揃えの組下がそのまま明智光秀の指揮下というのは少々乱暴ですが。

まあ、細川藤孝が明智光秀の指揮下よりは可能性は高いかな?

296 :人間七七四年:2008/04/29(火) 12:33:38 ID:AgCR6+gp
前にテレビでやってたんだが、13000の軍団が深夜に行動すると鎧の音等を含めるとかなりの轟音になるらしい。
自分の領地内で外敵からの襲撃の可能性はないとしても、物見を行かせるなどの処置はできなかったのか?
その際に逃走は可能ではなかったのか?
そう考えると逆に、光秀の方も先に物見を使わして情報をカットしてまず少人数(100名程度)で襲撃後順を追って最終的に13000に達した。
信忠の所在も確認していたら、同時攻撃も可能だけどそうじゃなかったのかな?(ドラマ等を見る限り・・笑)
襲撃方法スレじゃないですな・・スマソ

297 :281:2008/04/29(火) 12:39:03 ID:v2Vmg4sk
>>295
細川藤孝は一緒に備中へ行く予定だったけど、
筒井順慶は違うみたいだから、よくわかんないですね。

298 :人間七七四年:2008/04/29(火) 12:39:24 ID:9PtoQtra
>>296
> 13000の軍団が深夜に行動すると鎧の音等を含めるとかなりの轟音になるらしい。

移動する時に鎧着ていくわけ無いだろ。
戦闘地域で始めて武装するんだよ。
だいたい織田軍団くらい戦慣れした連中は、「なるべく物音を立てず隠密裏に」行動することくらい出来て当然。

299 :人間七七四年:2008/04/29(火) 12:43:35 ID:wLuw1irx
この時期、山城に接し独力で大きな兵数を動かせるのは丹波の光秀くらいなのかな?あとは大和の筒井?
摂津、河内あたりは秀吉あるいは信孝に兵を提供してるのでムリ、近江は全体を動かせるような人間は信長自身くらいでムリ。
ってな感じなのかな……?

300 :281:2008/04/29(火) 13:34:35 ID:v2Vmg4sk
畿内周辺に所領があったり、組下がいるのは確かだけど、
丹後平定以後は畿内周辺で軍事活動してないんだよね。

301 :人間七七四年:2008/04/29(火) 13:55:30 ID:1/PUKq4X
>>297
備中に派遣予定の明智、細川、池田たちに序列があるかは分かりません。

柴田勝家には対上杉のため、羽柴秀吉には対毛利のため、大規模な軍団が必要不可欠ですが、
明智光秀の場合、敵対勢力が畿内近隣に存在したわけではありませんので、
強固な軍団制は必要なかったのではと解釈しています。

柴田・羽柴が方面軍的な存在に対し、明智は近衛軍的な役割を担ったのではないかと推測しています。

302 :人間七七四年:2008/04/29(火) 14:00:55 ID:wLuw1irx
軍事活動してない=近畿管領的存在ではないと思うが。
もっとも、畿内にかぎらず統治区域に関してはどの地方にも管領的存在はなかったんじゃないかって気がするけど。

303 :281:2008/04/29(火) 14:02:24 ID:v2Vmg4sk
>>302に一票

304 :人間七七四年:2008/04/29(火) 14:06:57 ID:1/PUKq4X
301の追補
明智は近衛軍的な役割を担ったという表現を使用しましたが、
織田信長が出陣した有岡合戦、武田征伐には明智光秀の姿があり、
高松合戦も信長・光秀の出陣が決まっていたとのことなので、
近衛軍という言葉を使用しました。

305 :281:2008/04/29(火) 14:12:44 ID:v2Vmg4sk
>>304
丹羽長秀と役割が交替したイメージがあります

306 :人間七七四年:2008/04/29(火) 14:30:04 ID:1/PUKq4X
織田信長が安土城に本拠地を移転した後、
丹羽・蜂屋・羽柴・明智たち(近江領主)が信長の周辺を固めて、
佐久間・柴田が方面軍的な存在だったからね。
さらに越前が安定した後は明智や羽柴みたいな有能な武将を前線に投入し、
その結果、丹羽と蜂屋が近江に残るという形に。(丹羽や蜂屋が無能というわけではないよ)
明智の丹波平定が成功するまでは丹羽と蜂屋がその役目だったんでしょう。

307 :人間七七四年:2008/04/29(火) 14:35:19 ID:wLuw1irx
>>304
近衛軍は馬廻り連中じゃないかな?

天正十年武田討伐の時の信長の触れは「信長公記」によると以下のとおり。
・大和筒井は出陣せよ。
・河内衆は高野・雑賀方面の警護。
・和泉衆は紀州方面の防備。
・三好康永は四国へ出陣。
・摂津池田は恒興は留守居、元助と輝政は出陣せよ。
・中川・多田は出陣せよ。
・上山衆は出陣の準備。
・秀吉は中国全域の経営せよ。
・細川は藤孝は丹後の警護、忠興と一色義有は出陣せよ。
・光秀は出陣の準備。

また同じく「信長公記」の武田討伐の記事で信長の近くに陣を取らさせた軍兵は、
織田信澄、菅屋、矢部、堀久太郎、長谷川竹、福富、氏家、竹中、原、武藤、蒲生氏郷、細川忠興、池田元助、蜂屋頼隆、阿閉、不破、高山右近、中川、光秀、長秀、順慶。
とある。
光秀を特別視し近衛軍的存在だったという見方はどうなのかなあ?

308 :281:2008/04/29(火) 14:54:21 ID:v2Vmg4sk
>>307
筒井や上山城衆が明智の指揮下にあれば、明智への指令と別にする意味がないよね。
ここで言う上山城衆は村井の指揮下の連中かもしれないけど。
筒井の大きさを考えると、明智の指揮下というのは違和感があります。

309 :人間七七四年:2008/04/29(火) 15:02:40 ID:M0zOP5O2
信澄、菅屋以外の面子はなんだかあれだな

310 :人間七七四年:2008/04/29(火) 15:25:20 ID:mvCvtCyB
本能寺の変直前、信長は朝廷の招きに応じて殆ど丸腰で入京。
しかも変の前日、主だった公家衆勢揃いで信長を歓待。
すっかり上機嫌で就寝した信長を完全武装した光秀軍が襲撃。
客観的状況証拠から見れば、朝廷の関与は真っ黒だ。

他に有力な説があるなら、お聞きしたいな。

311 :人間七七四年:2008/04/29(火) 15:38:05 ID:mvCvtCyB
>>14
>朝廷黒幕説も小説の世界だけの事だよ。信長と朝廷の関係はむしろ良好だった訳で。

では君の意見をお聞きしたいものだな。

信長は朝廷を無視した独自の政権構想をもっていて、
朝廷にとって信長は極めて危険な存在だった。
朝廷は毛利が滅ぼされる前に、どうしても信長を消す必要があったわけだ。
毛利攻めに向かう光秀を信長襲撃に利用したのは、朝廷にとって一石二鳥、渡りに船だったにちがいない。





312 :人間七七四年:2008/04/29(火) 15:41:25 ID:o95WKilv
>>297
>細川藤孝は一緒に備中へ行く予定だったけど、
>筒井順慶は違うみたいだから、よくわかんないですね。

天正10年に入り甲州出陣あたりから、順慶は光秀の指揮下を離れ信長直臣としての
性格を強めているようだね。

『多聞院日記』によると5月20日に「西国へ出陣」の噂があった様で、その場合、
光秀らとの同一行動が窺われるものの、6月2日の上洛は信長への面会の為と
見られる(※信長が西国出陣の準備の為、安土へ戻ったので、順慶自身も奈良へ
戻ったと説明?していることから)ので、その場合、別行動であったと考えられる。
そのことからも、前年の馬揃えを境に、織田政権での光秀の権限、地位が後退
していったことが窺えるんじゃないかな。

信長の気好しであった妹の「妻木」も死に、それまで取次ぎを務めていた四国攻め
からも外されたことで不安が募り、その様な中に巡ってきた魔の時に、突発的に事を
起こしてしまったというのが真相じゃないかな。

もちろん、光秀のそうした微妙な立場の変化や苦悩を斉藤利三や明智秀満らも察しており、
信長への 不満を募らせていたと考えられる。
特に利三は長宗我部の関係が深かっただけに、なお更、光秀の決意=謀叛を後押しした
んじゃないかな。


313 :人間七七四年:2008/04/29(火) 15:48:04 ID:9PtoQtra
>>310
家康の上洛まで含めて朝廷の陰謀かよw
しかもだーれも「丸腰で来い」なんて、一言も言っていないのに。

> 客観的状況証拠から見れば、
おまえのは「主観的状況証拠」
つまり自分の切に都合の良いものだけを見た、インチキ証拠収集だ。

314 :人間七七四年:2008/04/29(火) 15:50:07 ID:1/PUKq4X
>>307
馬廻衆はどちらかというと親衛隊的存在かな。
物理的に信長周辺という意味で。
明智光秀の方は役職的に信長周辺という意味で。
合戦時は明智光秀が本陣の前で指揮を取り本陣の中ので馬廻衆が警護という方向で。


光秀だけ特別視は確かに疑問視すべきでしょう。
そのような資料があるわけでもないですからね。

近衛的な役割と考えれば信忠・信孝・柴田・羽柴以外は全員でしょうね。
前にもレスしましたが明智軍自体が方面軍と同等の軍事力が必要というわけではない。
せいぜい小規模の反乱・謀反を掃討する程度でかまわないと考えています。
それに立地条件も京と近江の両方に影響力を持つことが重要と考えていますので明智光秀を選びました。


あと、私的にですが選ばなかった理由は以下の通り。
馬廻衆は部隊の規模が小さいし役割も秘書的な仕事のために出張が多いので外しました。
本能寺の変では堀・長谷川・矢部の三人が京にいなかったわけですから。
蒲生と津田は織田親族という立場だし信雄や信孝を補佐する役目がありそうなので外しました。
武藤、氏家、稲葉、中川、高山も部隊の規模が小さいので外しました。
丹羽と蜂屋は四国征伐という大役のため外しました。(それまでは同等と考えていますよ)
池田の評価は難しく何とも言えません。
細川は立地条件的に合わないので外しました。
筒井は京や近江に比較的に近く南山城への影響力もあるし、
部隊も大規模であり条件は合格していますが、
京の警察権は持っていなかったでしょうし近江への影響力は皆無かと。
それに信長の心情的にはどうなんでしょうね?(この二人の逸話を知らないので^^;)

別に根拠があって明智を特別視しているわけではありませんからよろろん。

315 :人間七七四年:2008/04/29(火) 15:54:43 ID:mvCvtCyB
>>312
>光秀のそうした微妙な立場の変化

四国問題に関しては、織田家の戦略上、たまたま秀吉が有利に光秀が不利になっただけであり、
光秀が信長に疎んじられた訳ではない。


>利三は長宗我部の関係が深かっただけに、なお更、光秀の決意=謀叛を後押ししたんじゃないかな

波多野の八上城攻めで、身内まで差し出して戦功を欲した光秀が、
家来の個人的事情を優先して、これまで織田家で積み上げてきた実績全てを棒に振る決断を下すかな。


316 :281:2008/04/29(火) 15:57:51 ID:v2Vmg4sk
>>314
>近衛的な役割と考えれば信忠・信孝・柴田・羽柴以外は全員でしょうね。
こちらに同意。
池田は明智と同じような役回りではないかと思います。

317 :人間七七四年:2008/04/29(火) 15:59:01 ID:o95WKilv
>波多野の八上城攻めで、身内まで差し出して戦功を欲した光秀が、

本気で言っているの?それとも釣り。
出典は『織田軍記』だったか軍記物であり、そうした事実はありません。


318 :人間七七四年:2008/04/29(火) 15:59:09 ID:1/PUKq4X
314の追補
天正九年の御馬揃
一番入場・・・丹羽長秀
二番入場・・・蜂屋頼隆
三番入場・・・明智光秀
四番入場・・・村井貞勝
この四人が天正九年時点での京・近江の中心人物と解釈しています。

319 :人間七七四年:2008/04/29(火) 16:01:02 ID:o95WKilv
何か、mvCvtCyBクンは小説やドラマで歴史を学んだつもりになっているタイプなのかな?

320 :人間七七四年:2008/04/29(火) 16:05:00 ID:mvCvtCyB
>>313

>家康の上洛まで含めて朝廷の陰謀かよw

家康は信長の招きに応じて安土城を訪れたのであって、朝廷は何の関係もない。
ここで「家康」を持ち出す事自体ナンセンス。全く意味なし。


>しかもだーれも「丸腰で来い」なんて、一言も言っていないのに。

信長が丸腰で入京しなければならなかった理由があった訳だろ。
しかも明智軍が備中戦線に向かう前に。


>おまえのは「主観的状況証拠」
 つまり自分の切に都合の良いものだけを見た、インチキ証拠収集だ。

ペテン師は根拠なくレッテルを張り、人を批判する。
無知な人間からすれば、どんな正論も「インチキ」に見えるらしい。




321 :人間七七四年:2008/04/29(火) 16:07:17 ID:1/PUKq4X
煽り文句を使わない方がいいよ。

322 :人間七七四年:2008/04/29(火) 16:10:34 ID:mvCvtCyB
>>317

>出典は『織田軍記』だったか軍記物であり、そうした事実はありません。

君こそ釣りじゃないの?
波多野兄弟の投降と引き換えに、
光秀が身内の女性を八上城に差し出した件を否定する文献にお目にかかった事はないんだがな。


323 :人間七七四年:2008/04/29(火) 16:17:44 ID:o95WKilv
>>322
>光秀が身内の女性を八上城に差し出した件を否定する文献にお目にかかった事はないんだがな。

mvCvtCyBクンにとっての「文献」とは小説なんだろうね。
もし本気でそんなこと言っているのなら、帰りに魚屋で買って帰る釣り師だね。

324 :人間七七四年:2008/04/29(火) 16:18:06 ID:KK/LFjBj
変当時、畿内に近い位置で大軍を動かせるお方が一人いるではないか

325 :人間七七四年:2008/04/29(火) 16:18:12 ID:wLuw1irx
親衛隊だって近衛の一種じゃないの?
王城守護軍という意味での近衛軍は存在しないんじゃないかな?

326 :人間七七四年:2008/04/29(火) 16:25:54 ID:mvCvtCyB
>>323

では誰がどこで八上城の一件を否定した所見を述べているのか、
君の意見の根拠をお聞かせ願おうか。

ちなみに小説だからといって、
その全てをフィクションと決め付ける浅はかさは愚かの一言。

327 :人間七七四年:2008/04/29(火) 16:29:10 ID:9PtoQtra
>>326
お前は「小説」をなんだと思ってるんだよw

328 :人間七七四年:2008/04/29(火) 16:34:14 ID:mvCvtCyB
>>327
論旨不明。
一部の作家が部分的にフィクションを織り交ぜたとしても、
それで他の作家の作品の内容全てを否定する愚かさに言及しているだけ。

君の論法は、数人の警察官が不正や犯罪に手を染めたら、
他の全ての警察官も同類だと決め付けているようなもの。

こんな幼稚な考え、世間の誰も相手にしない。

329 :人間七七四年:2008/04/29(火) 16:35:15 ID:1/PUKq4X
>>325
言葉がお気に召しませんならどんな言い方でもかまいませんよ。

馬廻衆・・・身辺の警護の意味で使用。
近衛軍・・・本陣の前衛の意味で使用。

こんな感じの意味合いで区別しています。

330 :人間七七四年:2008/04/29(火) 16:39:42 ID:o95WKilv
>>326

逆に、まともな研究者で誰がそれを肯定しているのかを挙げてごらん。
一世代も二世代も前の故人ならいざ知らず、今更そんなことは論じるまでも
無いというのが事実なんだけどね。

331 :人間七七四年:2008/04/29(火) 16:49:59 ID:mvCvtCyB
>>330
ちっとは本読んだら。
もしくはネットで検索して自分の目で確認してみたら。
妄想の殻の中に閉じこもっているようではどうしようもない。

332 :人間七七四年:2008/04/29(火) 16:51:46 ID:88VnxcW7
>>326
>ちなみに小説だからといって、
>その全てをフィクションと決め付ける浅はかさは愚かの一言。

今は亡き馬鹿殿(黒田官兵衛黒幕説)を思い出すなあ……

333 :人間七七四年:2008/04/29(火) 16:52:17 ID:1/PUKq4X
話題がそれてきたから終わるまで静観しています。

334 :人間七七四年:2008/04/29(火) 16:57:40 ID:o95WKilv
同意。彼は完璧な釣り師ですね。

335 :人間七七四年:2008/04/29(火) 16:59:04 ID:M0zOP5O2
小説が史料と思われてるなんて書いた作家も驚くだろうな

336 :人間七七四年:2008/04/29(火) 17:03:10 ID:88VnxcW7
四月二十九日、ID:mvCvtCyBの乱起こる
「本能寺の変を徹底考察するスレ」はこれにより混迷を極め
諸将の対応は、ID:mvCvtCyB撃破を目論む者
事態を静観する者など、様々ではあるが、
無謀な乱を起こした彼を支持する者は現れず、
孤立無援の戦いを強いられることとなる。

337 :人間七七四年:2008/04/29(火) 17:09:47 ID:mvCvtCyB
>>335
その「小説」自体がきちんとした歴史考証の上に執筆されている事実も知らんらしい。

>>336
低能クン達の支持なんていらんよ。悪いけど。

338 :人間七七四年:2008/04/29(火) 17:52:23 ID:AgCR6+gp
真実は小説より奇なり

339 :人間七七四年:2008/04/29(火) 18:20:04 ID:mvCvtCyB
結局朝廷黒幕説を否定できるだけの説得力ある論拠を提起できる奴は誰一人いないってことか・・・

340 :人間七七四年:2008/04/29(火) 18:41:19 ID:88VnxcW7
>>339
うん、そうだね。君の勝ちだね。よかったね。
じゃあ、さよなら。もう結論でたから、来なくていいよ。

341 :人間七七四年:2008/04/29(火) 18:47:09 ID:1/PUKq4X
それでは話を元に戻させてもらいますね。

>>316
>池田は明智と同じような役回りではないかと思います。
何か理由付けが欲しいところですが。
結論だけではなんともし難く。

342 :人間七七四年:2008/04/29(火) 19:05:38 ID:mvCvtCyB
>>340

>もう結論でたから、来なくていいよ

君に指図される筋合いはない。



343 :281:2008/04/29(火) 19:07:51 ID:v2Vmg4sk
>>341
(親衛隊ではなく)いわゆる近衛軍の有力者という意味です。
池田は荒木討伐後に攻略対象が無く、明智に似ているかと思いました。
池田は信忠付属→荒木担当→近衛軍で、
近衛軍→信忠付属の滝川と交替というイメージです。
明智は丹羽と交替というイメージです。
丹羽は大坂に在城するようになり、
そこから四国へ向かい、信長が出陣する毛利攻めにも参加しない
というように「近衛軍」的要素が無くなったからです。
根拠が弱くてすみません。


344 :人間七七四年:2008/04/29(火) 19:22:17 ID:o95WKilv
向こうスレでは、大庭博クンがマイナーな佐久間道徳の謀叛なんて事件を持ち出したものの、その実、
安部龍太郎の小説をパクったことが露見したけど、それと言うのも、自分では原典=『兼見卿記』を
読まずに、安部の誤った解釈に基ずく小説のストーリーを史実と思い込んでいたからなんだよね。

結局、ニッチもサッチも行かなくなって有耶無耶にし、無かったことにしちゃったけど(笑

345 :人間七七四年:2008/04/29(火) 19:23:54 ID:1/PUKq4X
>>343
返レス、ありがdd。
根拠が弱いのはお互い様ということで。
池田の件、了解。
近衛軍の定義は十人十色でいいと思いますよ。

>近衛軍→信忠付属の滝川と交替というイメージです。
滝川が出てきましたからそちらも少しだけ。
よく本なんかに方面軍の話が出ていますが私的には柴田・羽柴・信忠・信孝だけと考えています。
滝川については方面軍とは解釈していません。
信忠の補佐役として滝川・河尻を位置づけています。
信孝の補佐役として丹羽・蜂屋を位置づけているのも同様です。
史料なんか見ますと滝川一益の序列って意外と高いよね?

346 :281:2008/04/29(火) 19:32:50 ID:v2Vmg4sk
>>345
同意です。
他に方面軍があったとすれば佐久間信盛くらいかと思います。
徳川を加える考えもありえますけど。
信雄は微妙ですね・・・

347 :人間七七四年:2008/04/29(火) 19:45:10 ID:LG2bBtr3
織田のおける近衛的な役割は馬廻衆だと思うが、どうもここでは違うらしい

348 :人間七七四年:2008/04/29(火) 19:49:45 ID:1/PUKq4X
>>346
解体したものも含めれば佐久間も入ります。

信雄の方は連枝衆から抜け出すことはありませんでしたが、
軍団を設立するなら蒲生賦秀は入るかと。(思案中)
信孝軍で言うところの津田信澄に当たるかな?

信雄─蒲生賦秀・池田恒興・あとは武藤か?
信孝─津田信澄・丹羽長秀・蜂屋頼隆

池田はありかなとも思いますが武藤は適当。



まあ、明智光秀の近衛軍(京・近江の守備防衛)についての私の考えはこんな感じですかね。

349 :人間七七四年:2008/04/29(火) 19:51:40 ID:1/PUKq4X
>>347
私がそう考えるのであってスレの見解ではないよ。
それに何度も書いていますが近衛軍と親衛隊と使い分けていますから。

350 :奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM :2008/04/29(火) 19:52:17 ID:UB9oKm0A
信雄と信孝を同格に考えるのは現実的じゃないように思う。

351 :人間七七四年:2008/04/29(火) 19:54:19 ID:LG2bBtr3
>>349
親衛隊は小姓衆じゃない?
馬廻衆とは明らかに役割違うし

352 :人間七七四年:2008/04/29(火) 20:00:16 ID:wLuw1irx
何をもって近衛軍と定義づけるかによって違ってくるから、論ずるならそこのところを明確にした方がいいんじゃない?
で、滝川だけど方面軍ではないにオレも同意。
将来的にどうなるかはわからないけど武田討伐後の処置としては関東取次ぎ兼越後侵攻軍以上ではないと思う。

353 :人間七七四年:2008/04/29(火) 20:03:55 ID:1/PUKq4X
>>351
前にも書きましたが馬廻衆は秘書的なお仕事として出張が頻繁にあります。
本能寺の変の時にでさえ堀・長谷川・矢部は信長の元にいません。
あと、信長の身辺警備は当然でありますが、
京の警護までやっているとは到底思えません。

こんな状況を考慮したら近衛軍としては脆弱かと。
さらに馬廻衆は近衛軍というよりは信長直属の本軍と解釈しています。


まあ、私的の定義ですから根拠はとか言われてもありませんよ。

354 :人間七七四年:2008/04/29(火) 20:11:03 ID:1/PUKq4X
>>352
伊賀平定以降、北伊勢に滝川一益を配置しておくことはないですからね。
平定地の統治や前線への投入や外交折衝に使うべきでしょうね。
それに軍団というには上野・信濃(佐久・小県)ですから、
柴田や羽柴と同等と考えるのが難しいような気がします。

355 :人間七七四年:2008/04/29(火) 20:11:14 ID:LG2bBtr3
>>353
>馬廻衆・・・身辺の警護の意味で使用。
>近衛軍・・・本陣の前衛の意味で使用。
君の私的定義で書いたつもりなんだが・・・


356 :人間七七四年:2008/04/29(火) 20:25:57 ID:1/PUKq4X
>>355
馬廻衆も小姓衆も本陣に配置でいいよね?
敵にぶつかる方は明智でいいよね?

357 :人間七七四年:2008/04/29(火) 20:32:01 ID:wLuw1irx
>>356
スレ違い気味になるが、やっぱり光秀は近衛ではなく部将に分類されるべきなんじゃないかな?
例えば時代は遡るけど天正元年に撤退する朝倉を追撃した時に諸将を置き去りにして信長直属の兵だけで先陣を切ってるが、この直属の兵が親衛隊であり近衛に当たるんだと思う。

358 :人間七七四年:2008/04/29(火) 20:38:55 ID:1/PUKq4X
>>357
言葉がまずいなら違う言葉でもかまいませんが、
京の守備防衛とかも馬廻衆がやることになるの?

359 :人間七七四年:2008/04/29(火) 20:46:45 ID:wLuw1irx
>>358
当時の信長の体制において京の警備=近衛という概念はなかったと思われる。
よってその問いは意味をなさないと思う。
変の直前は村井貞勝とそれに付けられた兵が守備防衛の任を負ったんじゃないかな?
この辺は確認してないので違ってたら悪しからず。

360 :人間七七四年:2008/04/29(火) 20:54:40 ID:1/PUKq4X
>>359
たぶん言葉が駄目なんじゃないかな?
近衛軍の代わりの言葉を出してもらえるとありがたい。

このままだと近衛軍という言葉が良い悪いで終わりそう。

361 :人間七七四年:2008/04/29(火) 21:05:05 ID:wLuw1irx
京都守護(代)?

362 :人間七七四年:2008/04/29(火) 21:11:03 ID:1/PUKq4X
>>361
>>274>>275で既に使用してしまっています。
そちらも見ておいて下さるとありがたい。

363 :人間七七四年:2008/04/29(火) 21:16:21 ID:wLuw1irx
ごめん、質問の趣旨がわからない。
本能寺の変直前の光秀の役割のことを聞いてるの?

364 :人間七七四年:2008/04/29(火) 21:17:51 ID:LG2bBtr3
村井貞勝に京都所司代という立派な役職与えてるだろうに・・・

365 :人間七七四年:2008/04/29(火) 21:24:07 ID:wLuw1irx
>>364
歴代の京都の警備や折衝に当たってた人が京都所司代に任命されていたわけではない。
ということを念頭に置いて京都所司代ではなく、実際には使われなかったが言葉を使ってみた。

366 :人間七七四年:2008/04/29(火) 21:34:12 ID:1/PUKq4X
>>365
それじゃ振り出しに戻りますよ。

レス(>>357)で光秀の近衛がダメで馬廻衆が近衛に当たる。

レス(>>358)で馬廻衆が光秀の代わりに京の守備防衛をするの?(←ここに戻りましょう)

367 :奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM :2008/04/29(火) 21:35:53 ID:UB9oKm0A
柴田を除いて、信長は配下に序列を付けていた意識があっただろうか。

368 :人間七七四年:2008/04/29(火) 21:40:05 ID:wLuw1irx
>>366
>>359の1行目と2行目。ソースは無い。
ただ馬廻衆の中にはそちらに付けられてた人もいるかもしれない。

369 :人間七七四年:2008/04/29(火) 21:41:28 ID:LG2bBtr3
>>365
村井貞勝は所司代に任命される以前から、京で寺社公卿の折衝に当たっていたよ

>>367
無いんじゃないの?柴田に対しても優先順位を付けていたとも思えないけどね

370 :人間七七四年:2008/04/29(火) 21:43:04 ID:wLuw1irx
>>369
だけど上洛当初、柴田や塙、佐久間なんかもそういった任に当たっていたはず。

371 :人間七七四年:2008/04/29(火) 21:52:30 ID:wLuw1irx
義昭追放後、天正年間に入ってからの京都の治安を任されていた人に限定するとまた違ってくるのかな?
ちょっと資料不足。

372 :人間七七四年:2008/04/29(火) 22:05:05 ID:1/PUKq4X
>>368
了解。
ソース無いのはお互い様ですからかまいませんよ。

>当時の信長の体制において京の警備=近衛という概念
信長の概念で言葉を使っていたわけではなく近衛軍という言葉は私の概念で使用しています。

近衛軍の使用理由…京を守備する&信長(近江)を守るも含む。

>変の直前は村井貞勝とそれに付けられた兵が守備防衛の任を負ったんじゃないかな?
ここの解釈ですが村井は治安維持程度の警察権しかなかったのではないかと考えています。
そのため大規模な反乱・謀反に対応できるような部隊ではなかったと思います。

そのお仕事は明智が行っているのではないかと推測しています。
明智の場合、京・近江と影響力があり、しかも畿内近隣では大規模な部隊を有しています。
京・近江の有事の際の仮想防衛とかを任されていたと推測しています。
それらを考慮して近衛軍という言葉を使用しました。

まあ、近衛軍も方面軍も当時の言葉として使われてはいませんからね。



最初からこう書いておけばよかった。スマソ。

373 :奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM :2008/04/29(火) 22:09:20 ID:UB9oKm0A
つまり村井は明智に欺かれたわけね。

374 :人間七七四年:2008/04/29(火) 22:10:38 ID:1/PUKq4X
京で寺社公卿の折衝は村井貞勝の他に島田秀満もいます。

375 :人間七七四年:2008/04/29(火) 22:11:51 ID:1/PUKq4X
織田家臣の序列は茶会とかで推測できそうですが。

376 :人間七七四年:2008/04/29(火) 22:14:49 ID:1/PUKq4X
>>373
村井はおろか信長も欺かれていたと妄想しています。
詳しくはレス(>>292)を参照。

377 :人間七七四年:2008/04/29(火) 22:20:37 ID:LG2bBtr3
島田秀満は信長の京における宿泊施設改装の奉行を村井と務めていただけでは?

378 :人間七七四年:2008/04/29(火) 22:27:54 ID:wLuw1irx
> 明智光秀は織田信長に「空白の畿内」の状況を進言していたかもしれません。

うーん、なんとも言えんなあ。
例えばいつごろどういう形で光秀が信長に進言したのか想像も付かない。
何かしらの状況証拠、例えば信長はそれ以前はこういう政治形態を志向していたがある時を機会にそれが変わったとかみたいなのでも上げてくれれば別だけどねえ。
正直、「ふうん。それで?」としか反応できん……

379 :人間七七四年:2008/04/29(火) 22:37:06 ID:1/PUKq4X
>>378
それはそうでしょう。
書いてある通り妄想なんだし。
状況証拠とか言われてもね。
まともに対応はできませんよ。

いつについては四国征伐の人事が決定した時かな?

380 :人間七七四年:2008/04/29(火) 23:00:43 ID:yr7atcxC
方面軍の定義にもよるんじゃないですかね?
谷口氏の定義では、自身と与騎合わせて数万の軍勢を動員出切る事を条件にしています。
つまり、役割よりも、軍団の規模によって線引きされているわけです。
この条件なら、明智や滝川も方面軍団長になります。

一方で、特定の大名や地域を支配征服するために編成された、ある程度の裁量を認められた
軍団と定義すれば、言われるとおり、信忠柴田羽柴に、新編成で信孝くらいになりましょうか。
こちらは役割ですね。

ただ、信忠を除けば、柴田羽柴と明智の地位身分にそれほどの格差が無いことも事実。
結局、後世の人間の区分けの仕方の違いくらいにしかならないかと。

381 :人間七七四年:2008/04/29(火) 23:59:47 ID:o/sIQ3RM
本能寺の変の時にある貴族が光秀の旗印を見て、布地の破き方がいつもと違い
雑なのを不審に思ったらしい。

382 :人間七七四年:2008/04/30(水) 03:51:41 ID:DH8cyGol
どうも「近衛軍」なんて妙な言葉を、
定義も曖昧なまま恣意的に使われて、スレの流れが混乱してるな。

>>372
>まあ、近衛軍も方面軍も当時の言葉として使われてはいませんからね。

多くの研究家が使用し、ある程度の共通の認識を共有できる「方面軍」と、
全くそうしたものが共有されてない、
自分の中だけの定義づけで使ってる「近衛軍」を同列に並べた
この開き直り方はなんなんだろうか?

383 :人間七七四年:2008/04/30(水) 04:45:53 ID:DrmBGOSW
固有名詞じゃあるまいし何が言いたいかわかれば良いだろ
わからないんだったら「もう少しわかりやすく教えてください」とお願いしとけ

384 :人間七七四年:2008/04/30(水) 05:34:43 ID:GHwhaovH
>>381
小説厨かよ。




385 :人間七七四年:2008/04/30(水) 05:41:56 ID:R+sMFF++
ドッキリのつもりがマジギレして反撃してきたんで引っ込みつかなくなってやっちゃったらしい

386 :人間七七四年:2008/04/30(水) 05:47:37 ID:2zd+GYpM
>>382
たいそうなことを書いているが結果的には文句言ってるだけかよ!

387 :サイコメトリー:2008/04/30(水) 08:20:41 ID:CMhiOI6n

1日見なかっただけで、これほどレス伸びてるとは・・。
話の流れ変えてスマンが、数日前にTVで外国の学生やマニアの中で日本の戦国史
人気だと、更に本能寺の変に付いても熱い議論がなされてると言っていた。

外国人達がどんな資料を読んで、どんな見解を持ち、どんな議論をしてるかが非常
に気になる。日本人では出ない様な発想もあるのだろうか?



388 :人間七七四年:2008/04/30(水) 09:27:16 ID:8SnBZZtG
↑外人の方があっさり真理ついたりするかもね。

389 :人間七七四年:2008/04/30(水) 09:31:11 ID:DH8cyGol
日本人だって、異様な熱意で三国志語ってたりするわけだし、
外国人のマニアが戦国史を戦国史を熱く語ってても不思議はない。

ただ、外人さんの戦国時代の研究論文とかは、
そういわれると、見たことないなあ。

390 :人間七七四年:2008/04/30(水) 11:21:02 ID:HKsaj6XP
385が正解です。

391 :人間七七四年:2008/04/30(水) 12:36:37 ID:4QDo8qBw
引っ込みつかなくなったは重要なキーワード

392 :人間七七四年:2008/04/30(水) 13:03:40 ID:8SnBZZtG
389
そうか。日本のマニアなら確かに中国人以上に三国志に詳しいかも。

393 :人間七七四年:2008/04/30(水) 14:00:18 ID:7XmbV6jI
>>379
昨日のID:wLuw1irxだけど、よく考えたらその考えはほとんど成立しないと思う。
義昭を戴いての初上洛時以来、信長は山城方面になにかあったら岐阜から駆けつける方針を取っており、山城に大兵力を置くという事を、余裕がないからかもしれないが、していない。
また、義昭を放逐してさらに畿内をほぼ平定し終える頃には山城に侵攻するような外的が存在しなくなるので大きな兵力をおく必要自体がなくなる。
よって光秀に唆されて山城を軍事的に空白地帯にしたというのはまずありえないと結論づけたい。

仮に光秀が山城を空白地帯にする事を進言したのなら義昭を戴いて上洛を果たした時であると言えるかも知れないが、その時点で信長を討つことなどこれっぽっちも念頭になかったろう。
いずれ山城の勢力を討って自分が取って代わる機会があるかもしれないという遠大な野望を抱いていたというなら別だがw

394 :人間七七四年:2008/04/30(水) 19:52:46 ID:R+sMFF++
京は補給絶たれて干上がりやすいから大部隊は駐屯させたくなかったんじゃね

395 :人間七七四年:2008/05/01(木) 07:51:42 ID:akalHoWY
>>387
割れで無双やってるぐらいの知識

396 :人間七七四年:2008/05/01(木) 11:47:52 ID:ce83FJMS
次代に切り替わって中枢家臣・側近たちが入れ替わって権限の縮小を恐れて
家臣上層部の合議で信長の排除を目指すも、ついうっかり信忠まで死なせちゃって
「話が違う」と秀吉他から袋叩きされたと妄想してみるw

397 :人間七七四年:2008/05/01(木) 13:55:37 ID:nymtNTR8
明智八兵衛

398 :サイコメトリー:2008/05/01(木) 14:59:06 ID:dXchsh34

本能寺wikiにある、三重大学教授・藤田達生氏の(足利義昭黒幕説)について、
皆はどう思う?

本能寺直前に光秀が上杉景勝と雑賀の土橋重治に送った使者が「上位」という
言葉を使っている事に着目し、光秀のバックには義昭が存在したと主張している。
確かに光秀と義昭の繋がりは間違いなくあったけど、その義昭を利用したのは
光秀であり信長のはず。その光秀が裏で義昭と繋がっていて、足利幕府再興の為、

画策し機会を伺っていたのだろうか? 事実上の明確な立場もなく毛利に庇護されて
いた義昭に光秀が尽力するとは思えない。仮に義昭と繋がっていたとしても、庇護して
いたはずの毛利方が変を知らされていないハズがない(wikiでも指摘有り)この事実
だけみても、義昭黒幕説は削除出来ると思われるが。


399 :人間七七四年:2008/05/01(木) 15:11:06 ID:pA7YoM/r
>>398
光秀が誰かのために事を起こした。誰かと共闘してやった。
そういうことは前後の行動から見てまず考えられない。つじつまが合わなすぎる。

陰謀論として成立するためには、
1.光秀を悟られないよう唆す=光秀に光秀自身の考えで変をおこしたと錯覚させる。
2.主目的は信長は滅ぼすことであり、信長が滅んだら光秀がどうなろうと構わない。
この2項を満たさなければならない。

こりゃあ仮に陰謀があったとしても立証することは限りなく不可能だなw

400 :人間七七四年:2008/05/01(木) 15:16:33 ID:rSfJGHgY
>398
勝家やその他武将が手紙で信長の事を上様と書き記しているので
それは信長の指図と受け取るのが普通ではないでしょうか?

401 :サイコメトリー:2008/05/01(木) 15:36:48 ID:dXchsh34
>>400
この場合の上位とは足利義昭を指してます。
詳しくは本能寺wiki見てみて下さい。でも信長配下の家臣は信長の事を上様
と書き残してる文献は確かにあるね。ただ『上位』とは違うよ。

402 :人間七七四年:2008/05/01(木) 16:12:37 ID:WRKAxvpD
藤田説の中身と、その評価の経緯をお手軽に知りたけりゃ

藤田達生『謎とき本能寺の変』(講談社新書)
   ↓
鈴木眞也・藤本正行『信長は謀略で殺されたのか』(洋泉社新書)
谷口克広『検証本能寺の変』(吉川弘文館、歴史文化ライブラリー)
   ↓
藤田達生『秀吉神話をくつがえす』(講談社新書)

の順に読むといいよ。
藤田説の叩かれっぷりと、藤田氏の反撃時のキレ具合がかなり笑える。
全部手頃な値段の平易な一般書で、簡単に流れが追えるから、一通りよんでごらん。

403 :人間七七四年:2008/05/01(木) 16:17:39 ID:QDFeKx0R
>>402
関係ないが

> 藤田達生『秀吉神話をくつがえす』(講談社新書)

これは酷い本だったなあ。秀吉神話なるものの定義すら自分の中できちんと出来ていないじゃん、って
感想しか涌いてこなかった。牽強付会って言葉がぴったりな本だったな。

404 :サイコメトリー:2008/05/01(木) 16:33:26 ID:dXchsh34
>>402
了解です。

405 :人間七七四年:2008/05/01(木) 16:38:05 ID:97mkCmIy
>>401
それは「上意」の間違いでは?ということで話をすすめますが。
上意とは文字通り「上の意(命令)」であり、当時信長こそが義昭に代わって
「上(天下人、執権者)」として認められていた以上、上意が信長であること
は否定できないと思われます。
むしろ、何故ここで義昭が出てくるのか?

406 :人間七七四年:2008/05/01(木) 16:39:21 ID:97mkCmIy
追加。
それから、光秀が上杉に出した書状は時期について不確定だったとかなんとか?

407 :人間七七四年:2008/05/01(木) 16:46:06 ID:WRKAxvpD
>>403
俺も、一冊の本の評価としては、かなり低いね。
朝廷黒幕説への反論の方が、主たる目的になってる印象だし。
終章の飛躍っぷりも酷かった。

単独としてはオススメできない本だけど、
上記の流れの論争をふまえて読むと、別の意味で愉快な本w

408 :人間七七四年:2008/05/01(木) 16:57:01 ID:rSfJGHgY
>401
自分はこの時既に義昭の立場が(御上)である筈無いと思っただけですが
義昭の身分や世の中の認識がよく分らないのよね

409 :サイコメトリー:2008/05/01(木) 18:08:30 ID:dXchsh34
>>405
上意です。スマンです。変直前の上杉は分からんけど、少なくても直後に土橋
に送った使者は信長の上意を伝えるハズがない気がするよ。上杉にしても勝家
や利家ならまだしも、あの時季に光秀が使者を送る理由が見当たらない気がする。
>>408
そうですね。1582年の時点で義昭は京にすら居ないもんね。ただ朝廷の人事録には
天正16年(1588年)1月までは正式な征夷大将軍として扱われ、それまでは献金収入
があったらしいよ。

410 :人間七七四年:2008/05/01(木) 18:15:59 ID:MRdgZqoh
鞆幕府ってヤツだね、御内書を発給してるし、義昭は変当時も将軍としてのある程度の権威は有していたと思われる
けどね、オチで言うなら「上意」という言葉にしろ、光秀が義昭が関わっているかに関係なく、
義昭の権威を利用しただけともとれる
結論言えば、「上意」という言葉があるだけで義昭が関係していたとは到底言いがたい


411 :人間七七四年:2008/05/01(木) 18:29:57 ID:GraDrj6C
義昭藤田説の目はないね。

412 :人間七七四年:2008/05/01(木) 18:59:50 ID:WRKAxvpD
『謎とき本能寺の変』も、鞆幕府についての話だけは結構面白かったのにね。

413 :人間七七四年:2008/05/01(木) 19:18:25 ID:97mkCmIy
>>409
必ずしも 征夷大将軍=御上(天下人) というわけではないよ。

あなたが言っている通り義昭は天正十六年までは公式に将軍の地位にあったが、
だからって秀吉を差し置いて御上なんて扱いにはない。
信長も同様で、彼は無位無官の身で御上の扱い。

414 :サイコメトリー:2008/05/01(木) 19:42:20 ID:GraDrj6C
413
藤田氏が取り上げてる上意使者の上意にあたる人とは信長って事?

415 :人間七七四年:2008/05/01(木) 22:20:54 ID:d58o/Vit
上様(信長)の意で「上意」だろ

416 :人間七七四年:2008/05/01(木) 22:24:04 ID:/zEcTpJG
景勝宛も土橋宛も変後だから信長って事は無いと思うが……

417 :人間七七四年:2008/05/01(木) 22:59:11 ID:WRKAxvpD
元になる史料も、論も読まないまま、
断片的な情報だけで話を進める人が多いから、おかしなことになる。
だから、議論の経緯を知りたけりゃ、まず>>402を読めと。

で、話題にあがってる「上意」の文書は
六月十二日付け、土橋平尉宛て光秀書状。
ここで出てくる「上意」自体が義昭を指すのは、
義昭黒幕説否定論者側としても異論はでてない。

問題は、藤田氏はこの書状から、変以前から光秀と義昭のつながりがあったとするが、
変後に、義昭が土橋を通じて、光秀と交渉しようとしたことがわかるにすぎない、
という反論がなされているということ。

418 :人間七七四年:2008/05/02(金) 00:01:15 ID:Iz4eF+3Z
>>237
>戦国の時代のどこに他人のために危ない橋渡るバカがいるんだよ
 光秀は下克上をした。それだけです
光秀や細川藤孝・・・は流浪の足利義昭のため奔走尽力していた事も知らんらしい。


>>399
>>光秀が誰かのために事を起こした。誰かと共闘してやった。そういうことは前後の行動から見てまず考えられない。つじつまが合わなすぎる。
 陰謀論として成立するためには、
 1.光秀を悟られないよう唆す=光秀に光秀自身の考えで変をおこしたと錯覚させる。
 2.主目的は信長は滅ぼすことであり、信長が滅んだら光秀がどうなろうと構わない。
 この2項を満たさなければならない。
君のご意見こそつじつまが全く合っていないのだが・・・
それに気付かない浅はかさが哀れだw








419 :人間七七四年:2008/05/02(金) 07:04:23 ID:7aUKWyr5
>>418

義輝の側近(義弟とも)であった藤孝は、三好・松永勢に誅される可能性があったし、
光秀はステップUPの為に義昭に賭けただけ。
義昭が信長と反目すると、サツサと逃げただろう(知行返還や謹慎)。
そんなことも知らないらしいね。

悲しいね。


420 :人間七七四年:2008/05/02(金) 09:26:10 ID:OZ8OUMXw
変後の織田重臣達も国外への手紙は全て上=信長だね
成政が越後新発田宛てに小牧長久手以降に送った手紙ですら織田の跡目は信雄と
説明しながらも亡き信長を上様と書いている
光秀軍に混ざっていた本城も上様は信長
明智光秀ただ一人が上=義昭とはちょっとない気がするね

421 :人間七七四年:2008/05/02(金) 09:47:23 ID:vnfYcCpO
>>420
質問が三点
変後も名目上織田家の臣下であった連中と、
織田家に謀叛を起こした立場の光秀を、同列に扱っていいの?
光秀書状の「上意」は、信長ととって、文意はちゃんと通じるの?
変後、光秀が織田家臣以外に宛てた書状で、
上=信長と明確に判断できる実例はあるの?

422 :サイコメトリー:2008/05/02(金) 11:10:50 ID:dnTSmZaE
義昭黒幕説では「上意」=義昭にならないと黒幕にならないからね、
とりあえず、義昭藤田説は取り入れる所がないという事で良いのかな・・。

423 :人間七七四年:2008/05/02(金) 11:26:35 ID:vnfYcCpO
>>422
もっかい>>417をちゃんと読んでくれ。
「上意」=義昭ととること自体は、黒幕説否定論者でも一致してる。
それ自体は一連の議論の中で問題視されてない。
「上意」=義昭なだけでは、なんら黒幕説の根拠にはなりえない。
問題は、その書状の内容の解釈。

だから、文書の内容を読みもせず「上意」の語ばかり云々言っても
何の意味も無いと言ってるのだが。

424 :人間七七四年:2008/05/02(金) 11:55:30 ID:9DYlNxDk
>>423
そういう解釈じゃないんじゃないの>>423は。
しかも、藤田氏の話をしていて、藤田氏が上意に着目してんじゃん。
あんたが何を言いたいかが分からんよ。
その上意が何だとしても、義昭黒幕説つまり藤田説は削除で良いと思うよ。

425 :人間七七四年:2008/05/02(金) 13:11:11 ID:OZ8OUMXw
>>421
光秀に限らず関係の深い相手には分りやすい内容の書を送ります
そうでない相手には様々な表現を使い所謂釣り針を含ませたどうとでも受け取れる内容の
物を送り返事で心底を探るのですよ。釣り針の意味を説くのは大変です
景勝宛の手紙は変の前から褒めたり馬鹿にしたり世間話伝えたり様々な物が送られています。その中の一つ
しかも変前後の光秀発信ならなおの事偽称も混ざると思われます
織田関係から出たその手紙以外は内容的に信長=上である事は確実
上杉史文章とか歴史的には面白いけど本能寺の真相に繋がるとは思えないかな

426 :人間七七四年:2008/05/02(金) 14:41:19 ID:0cCDCo4a
そんな事じゃなく光秀の書状がいつのものか裏付け取れなくて
突っ込みようが無いだけだろ

427 :人間七七四年:2008/05/02(金) 18:39:51 ID:DeiYTzmH
ちと確認してきた。
景勝宛というのは正確には河隅の兼継宛の書状で、大雑把に言うと「一昨日、光秀より馳走しろという使者がやってきたと須田から伝わった云々」というもの。
この上意という文言は無い。
ただし藤田氏の著作そのものを読んだわけではなく、引用されてる書状にも(中略)とされてるところがあったので断定は出来ない。
で、藤田氏はこの「馳走」を受けるのは義昭であり、書状の日付から変以前から義昭の意向を受け光秀は景勝と通じていたとしている(ようだ)。
しかし、「馳走」を受ける相手を義昭に限定する根拠は無く、また日付に関しても他の物は「宛名・日付なし」「六月四日付け」「五月四日付け」などがあり、また使者の経路や変前後の景勝の行動からみて六月三日という日付は疑わしい。

土橋宛の書状の「上意」に関しては義昭で問題ない。が、これも変前から義昭と光秀が通じていたとするには根拠として乏しい。

428 :人間七七四年:2008/05/02(金) 18:41:11 ID:DeiYTzmH
あ、上は谷口氏の「検証 本能寺の変」で確認したものね。

429 :サイコメトリー:2008/05/02(金) 18:49:48 ID:dnTSmZaE
>>427>>428ありがとうございます。
藤田説はすでに信憑性薄いと結論ずけられてるという事ですか。

430 :人間七七四年:2008/05/02(金) 19:22:45 ID:vnfYcCpO
>>427
問題となってるのは、そういうことね。
関連書籍を全く読みもせず、自分の想像だけで話進める人があまりにも多く
少々うんざりしてた。

河隅書状の方は、藤田氏の著作の方読んでも「上意」という語句はでてこない。

431 :人間七七四年:2008/05/02(金) 19:53:30 ID:KDljYm1M
430
なんか勘違いしてね?
あなたが発端で始まった話じゃないのに、なんで上から目線なの?

432 :人間七七四年:2008/05/02(金) 19:55:38 ID:0cCDCo4a
今日来てる人は皆ある程度話し通じるてるかと
手紙読む奴は俺と同じオタ決定だがな
変な本読んで染まるのだけは勘弁

433 :人間七七四年:2008/05/02(金) 20:09:20 ID:QBu42zAn
京都・亀岡で明智光秀サミット

 戦国時代、主君の織田信長を討った「本能寺の変」で逆臣のイメージが強い明智光秀を再評価しようと、
居城・亀山城があった京都府亀岡市で2日、「亀山城光秀サミット」が開かれた。

 亀岡市などが主催。信長の居城・安土城の跡がある滋賀県安土町の津村孝司町長や、信長に焼き打ちされた
ことがある比叡山延暦寺の関係者ら約200人が集まった。

 津村町長は、本能寺の変(1582年)について「戦国の世の常だ」と一定の理解を示しながら、変の後に何者かが
焼失させた安土城について「悔やまれるのは、当時最大の文化遺産がなくなったこと」と恨み節。

 しかし、亀岡市の栗山正隆市長と「互いの発展を誓う」として“和解”の握手をし、会場から拍手が起きた。

 また上田正昭京都大名誉教授(歴史学)が講演で、諸説ある本能寺の変の原因について「光秀の公武(朝廷と
武家)合体論が背景にある」と述べ、参加者は真剣な表情で聞き入っていた。
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20080502-OHT1T00226.htm

434 :人間七七四年:2008/05/02(金) 20:57:51 ID:e8GCuYr7
このスレを発見し、初めて書き込みますので、ずれていたら失礼。
私としては、明智光秀の老いが本能寺の変の発端になったと思います。
四国情勢の変化等で、専務取締役ともいえる地位にあったのが、平取締役に格下げされそうになっていました。
若ければ、また持ち直せる目もありますが、50歳を過ぎた当時としては初老の光秀としては、もう下がり目しかありません。
更に可愛い子どもの光慶は10歳代で、まだ功績をあげておらず、自分が死んだら、能力主義の信長に追放される可能性もありました。
そんなことから、本能寺の変は起きたと私は思います。

435 :人間七七四年:2008/05/02(金) 21:32:53 ID:KDljYm1M
434
ズレてないよ。
将来を悲観的に考え、自己防衛的に変に踏み切ったとの説は有るよ。ここで問題となってくるのが光秀の性格的問題。光秀の人柄は故事典礼に通じた温厚な人間との風評が多いけど、フロイス的な見解も有るからね。

436 :全板トナメ戦国板の投票日は5/3!:2008/05/02(金) 22:25:12 ID:NFfon+AX
【第3回2ちゃんねる全板人気トーナメント】
明日5/3日は戦国板の投票日だよー

選対スレ
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1205796433/
投票方法
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1205796433/477

437 :人間七七四年:2008/05/03(土) 02:09:26 ID:dgWXuVwM
>>419
>義輝の側近(義弟とも)であった藤孝は、三好・松永勢に誅される可能性があったし、
 光秀はステップUPの為に義昭に賭けただけ

要点は、「他人のために危ない橋渡るバカ」がいたかどうかだ。
背後の事情など、どうだっていい。
一見関係ありそうで、全く関係ない事例を挙げる詭弁手法は見苦しい限りだ。


>義昭が信長と反目すると、サツサと逃げただろう

信長の存在がなかったら、彼らは義昭を見捨てたのか?
そんなことも知らないらしいね。
思慮が浅い。

438 :人間七七四年:2008/05/03(土) 06:39:36 ID:ex4n86Bw
>>434
谷口克広さんは、『明智軍記』などを根拠とする、
通説的な55歳説(本能寺の変の時ね)に対し
『当代記』をもとに67歳説を主張し、
より光秀の年齢的な不安という要素を強調してるよ。

439 :人間七七四年:2008/05/03(土) 07:48:29 ID:F1qYDM6L
>>437
トンチンカン。
下克上なんて関係ない。

440 :人間七七四年:2008/05/03(土) 07:59:29 ID:dgWXuVwM
>>439
意味分かんないんですけどw
貴殿の書き込みがトンチンカン

441 :人間七七四年:2008/05/03(土) 13:43:52 ID:NY23EKoS
>>438
光秀の性格ですが、結構、家族想いのイメージがあります。妻も、髪を売る話がある糟糠の妻ですし。
我が身よりも、家族を思う余り、老齢にできた一人息子や妻が路頭に迷う位なら、一か八かに老いの身を賭けたくなるのは分かる気がします。

442 :人間七七四年:2008/05/03(土) 15:35:46 ID:45z+wKl0
様々な不安要素があるなか、佐久間の追放。佐久間とは違うという自負はあったろうが不安要素が加速した事は間違いないね。

443 :人間七七四年:2008/05/04(日) 01:09:24 ID:ITugU9sD
信長って桶狭間で死んでるんでしょ?
それから魔王になり明智左馬助秀満が本能寺で倒したんだよ。
それから秀吉が大返しと共に魔王の意志を継ぎ同時に南光坊天海として光秀は暮らす。
そこで結城秀康が鬼となり秀吉を退治。
それを今は悪魔の退治としてデビルメイクライのダンテが受け継いでるという話でいい。
これで歴史オタ以外も入りやすいし夢があっていいっしょ?

444 :人間七七四年:2008/05/04(日) 01:40:34 ID:DshEx+TA
>>443
そこまでやるなら柳生一族とか松平忠輝とかにしても面白そうだ
徳川御三家も出せばw

445 :人間七七四年:2008/05/04(日) 02:22:46 ID:gGtnvz9S
山田風太郎を降ろして自動書記で書いてもらいたいストーリーだな

446 :人間七七四年:2008/05/04(日) 03:36:11 ID:z2C5C6e9
>>443
秀吉は石田三成が呼び出した幻魔に操れてて最後に淀君に吸収されたんじゃ無かったっけ


447 :人間七七四年:2008/05/04(日) 10:41:11 ID:ylHADNjW
本能寺変の理由って四国攻めによる信長と明智の意見の相違が理由じゃないの?
変の当日は四国攻め軍団の渡航の日だったような。変の前に会議途中に光秀が退席したという記述がフロイスの日記にあるみたいだし。
光秀は信長に対していろいろ意見を言ったんだろうな。もともと信長は自身に対し意見されたりすると激烈に怒り、ずっと後に追放手段を取るような執念深い一面もあるようだし。
光秀は織田幕僚からの疎外感と先輩達の追放(林なんて信長自慢の安土城天主までみせてもらっているのに追放)、譲れない四国問題に対して「あ、信長ダメだ、全然分かってねぇーよ。
あいつ人格障害と思い込み激しいわ。いろんなベクトル高いけど知識は低いわ。スゲームカついてきた、弑逆しかねぇな」
ってな訳で本能寺の変になったんだと思う。思えば信長に対して結構反旗を翻した奴いるよな。光秀の場合はたまたま京都にのこのこと小勢で来ていた信長を殺せる確立がグンと高かっただけ。


448 :人間七七四年:2008/05/04(日) 11:26:29 ID:tMR9PI1d
>>447
そうそう。
加えて、光秀も下剋上を知る戦国武士だったってコト。
条件が揃ってる、勝算も有りそう、ってなったら、そりゃヤるよ。

449 :人間七七四年:2008/05/04(日) 13:53:01 ID:gGtnvz9S
もっとも通常の政権なら、長宗我部を切るのは当然の判断だがな。

450 :人間七七四年:2008/05/04(日) 15:15:29 ID:L9IWOzIR
結局2chもリアル同様野望説以外は論破されちゃうんだな

451 :人間七七四年:2008/05/04(日) 15:55:45 ID:og1oYEGw
>>450
2ちゃんに変な幻想抱いてねえ?

452 :人間七七四年:2008/05/04(日) 16:11:31 ID:aC8bKF4x
>>447
>変の前に会議途中に光秀が退席したという記述がフロイスの日記にあるみたいだし。

んなもん無いよ。小説読み杉だ祢。

>>448
でたぁ〜、下剋上厨。
馬鹿の一つ覚え。

453 :人間七七四年:2008/05/04(日) 16:57:15 ID:L9IWOzIR
451
ここは基地外多いからトンデモ説でもないか期待してんだよ
多少小説家に洗脳された野史が大杉る

454 :人間七七四年:2008/05/04(日) 18:04:22 ID:VHEH/6dy
453
その基地外がお前だがな。

455 :人間七七四年:2008/05/04(日) 19:04:48 ID:ylHADNjW
朝廷とか秀吉が真犯人とかありえない事もないのだろうが違うと思う。


456 :人間七七四年:2008/05/04(日) 22:57:21 ID:DshEx+TA
スレの主旨から外れるかも知れんが

当時の人物評を聞く限り、光秀みたいなタイプは大将には向かんと思う
本人も薄々分かってたんじゃないかなぁ

457 :人間七七四年:2008/05/05(月) 00:29:53 ID:w0O5hIBL
福知山に行くと善政を布いた領主として慕われている。
大将としても知事としても結構いい線いくんじゃないの?

458 :人間七七四年:2008/05/05(月) 00:33:26 ID:9VKwlJmC
456
結果的には天下人の器じゃないと言われる事が多いだろうが、あの戦国時代で、あの出生から万軍を指揮し天下に名を馳せる事が出来た事実をどうとらえるの?

459 :人間七七四年:2008/05/05(月) 00:52:28 ID:xCLth02s
明智光秀って名門土岐家の出じゃないの?

460 :人間七七四年:2008/05/05(月) 01:13:41 ID:uHMi9Kg1
一応、土岐の一族だよ。

461 :人間七七四年:2008/05/05(月) 02:39:54 ID:9VKwlJmC
名門出身だからって、どうにかなる時代じゃあるまい。出生はある程度の立場になって始めて生かす事が出来るんじゃないの?
戦国期に名門格家がどうなったか知らない戦国マニアはいまいて。

462 :人間七七四年:2008/05/05(月) 04:04:48 ID:+EbXuydi
>>461
「旧き権威は一切通用しない、己の実力だけがものをいう、下克上の戦乱の時代」
なんて信じてる戦国マニアは多そうだな。

463 :456:2008/05/05(月) 04:29:57 ID:bDwFKlzS
言葉選びを間違えていた、スマソ


天下人。

464 :人間七七四年:2008/05/05(月) 08:24:53 ID:6TFWR3hE
>>459
土岐一族となっている資料が多いが、どこまで信用できるか、というと疑問視されることが多い、と思っていたのですが、違うのでしょうか。
土岐氏から分かれてから明智光秀に至るまでの家系図が、資料によって相違していたと思います。
そして、明智氏でも、出生地等から、遠山氏から分かれた明智氏の方ではないかという異説もあったと思います。

465 : ◆fQuAzHGA9s :2008/05/05(月) 13:26:17 ID:7CtE/9r9
あげ

466 :人間七七四年:2008/05/05(月) 15:14:12 ID:9VKwlJmC
462
戦国時代は日本史上で最も実力主義世界であった事は疑うべきもあるまい。君が戦国マニアはそう幻想してると言うなら、織豊戦国時代以上の時代を上げてみな。

467 :人間七七四年:2008/05/05(月) 15:16:54 ID:+XT1MTnP
>>466
どう考えても実力より、家柄血統地縁血縁の論理の方が強い。
江戸中、後期の方がよほど実力主義的だ。

468 :人間七七四年:2008/05/05(月) 18:00:38 ID:QHMg8MZx
本能寺の変は、実力主義にも限度があるという例のような気がします。
織田信長が、実力主義の人材登用により、力を伸ばしたのは事実ですが、佐久間信盛、林秀貞等と重臣をいきなり追放です。
しかも、かなり昔のことまで持ち出す等、追放理由も何故、今さらというものまであります。
明智光秀が不安に駆られるのもやむを得ないのではないでしょうか。
専務取締役から平取締役への格下げならまだしも、いきなり懲戒解雇処分が下される可能性もあるのです。
私が専務取締役なら、失策を犯したら、懲戒解雇される前に、とクーデターを画策します。

469 :人間七七四年:2008/05/05(月) 18:17:05 ID:zyAykIfU
>468は本能寺の変で何を学んだのだろうw
専務がビジネス失敗してクーデターなんて起こせる訳が無いだろ

470 :奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM :2008/05/05(月) 22:08:05 ID:cbNnRV9f
取締役の支店長が会長の宿泊先を襲っただけだよな。

471 :人間七七四年:2008/05/05(月) 22:24:48 ID:+XT1MTnP
自派以外の取締役が全員どこかに出張していて、会長も一人でのこのこやってきた定例の取締役会議中に
突然会長の解任動議出して強引に可決。実権を手にする。

まあ本能寺は、形式的にはこう言う事だな。
その後株主総会で旧会長派の逆襲を受ける(山崎の戦い)と。

472 :人間七七四年:2008/05/06(火) 03:57:58 ID:IGgGG/I9
>>468
>私が専務取締役なら、失策を犯したら、懲戒解雇される前に、とクーデターを画策します。
それ、明智光秀の立場とは関係無いと思うんだが……

大体、自分がミスしといて、責任追及されそうになったら、
その上司を潰しにかかるって、
単にお前が、自分の責任も認めれず逆ギレする、最低な人間なだけだと思う。

473 :人間七七四年:2008/05/06(火) 04:33:09 ID:6V+yLfQC
信長はまだ社長だろう

474 :人間七七四年:2008/05/06(火) 10:07:04 ID:lZZZsi+H
下克上馬鹿。







475 :人間七七四年:2008/05/06(火) 10:11:31 ID:gK5CxGn/
>>473
家督はもう譲ってるじゃん。業務(前線)にも出て来なくなってたし。

476 :人間七七四年:2008/05/06(火) 10:36:14 ID:vF7mGhJE
代表取締役会長兼CEO信長
社長兼COO信忠

477 :人間七七四年:2008/05/06(火) 10:53:58 ID:vF7mGhJE
副社長信雄
専務執行役員信孝
専務執行役員(社外)家康
専務執行役員勝家
専務執行役員秀吉
常務執行役員一益
常務執行役員長秀
常務執行役員光秀

478 :人間七七四年:2008/05/06(火) 11:12:35 ID:vF7mGhJE
執行役員・河尻、佐々、前田、蜂屋、信澄、池田、
理事 蒲生、氏家、稲葉、
部長・菅屋、堀、長谷川、矢部、福富、野々村
秘書室長・森
参事 森(兄)、毛利、水野、佐久間、金森、原、溝口、宮部、高山、中川、・・・

穴山、姉小路、三好、宇喜多は保留

479 :人間七七四年:2008/05/07(水) 04:39:55 ID:SLjQGBBa
アウチ!!

480 :人間七七四年:2008/05/07(水) 07:33:00 ID:9KeGpLaI
すまん、反省する

481 :人間七七四年:2008/05/07(水) 07:38:21 ID:Cy46bu5z
どこで聞けばいいのかわからん
何処から来たのか不明なこの人(織田造酒丞)誰なの?
菅屋長頼の父?兄?

482 :サイコメトリー:2008/05/07(水) 09:11:58 ID:pB/wutea

GW中に大分、本線からズレて来てますので修正します。

義昭藤田説は一応、信憑性薄いという事で終了します。次に取り上げたいのは
静岡大学教授・小和田氏の説ですが、基本的には複合説ではありますが、源氏
将軍継続の為、光秀が平姓織田信長の将軍任官は許しがたいって事なんだけど
どうでしょうか? 

自分としては現代的解釈で申し訳ないが、源氏将軍持続させる事が光秀の他の事
よりも優先するとはとても思えない。当時の政治的観念がどの程度の物なのかは
分からないが、いくら故事典礼に通じた光秀だとしても、それが理由になるのであ
ろうか?


483 :人間七七四年:2008/05/07(水) 10:05:25 ID:Zd0DRdAy
別に将軍職は源氏のモノって決まっているわけではない。

484 :人間七七四年:2008/05/07(水) 10:15:18 ID:awqVpmEJ
源平意識が戦国時代にどこまであったのだろうかね。俺的には昔の事はいいじゃんって感じ。

485 :人間七七四年:2008/05/07(水) 13:32:45 ID:z/dewnLG
「源氏でなければ征夷大将軍になれない」とか「源平交替説」とか、
後の時代に作られた与太話なんじゃなかった?
戦国時代にそんなこと言われてたなんて聞かないけど
当時の史料にあったりするの?

486 :人間七七四年:2008/05/07(水) 14:36:22 ID:yYjGyPmF
どう考えても黒膜は家康だろ。
明智も個人的な思いもあったし、家康がその後を保証するとか言えば即OKでしょう。
家康もそろそろ難癖つけられる順番が来るのもわかってただろうし、そもそも天下人にしては信長は危険人物過ぎだ。

487 :人間七七四年:2008/05/07(水) 16:17:41 ID:KSXOPqJr
>>482
> 源氏将軍継続の為、光秀が平姓織田信長の将軍任官は許しがたい

仮に当時そういう概念があったとしても、そのことと実際に変を起こすこととの間には飛躍がありすぎる。
また光秀の思想としてそういうものがあったとしても根拠に乏しい。(光秀がそう喧伝したという記録はあるの?)
バカバカしいとしか言いようがない。

488 :人間七七四年:2008/05/07(水) 17:17:32 ID:hdvoXY4T
>>486
そうだねソースだね

489 :人間七七四年:2008/05/07(水) 17:55:54 ID:yYjGyPmF
>>488
家康の心情はあくまでこれからの事だから、単なる予想ダス(スマソ)
で、家康がそれを書きとめる可能性はないと思う。
可能性というより、必要性がない(ブラックで反感を後々買う可能性があるし)

490 :人間七七四年:2008/05/07(水) 18:21:42 ID:ZWyC8dBm
そもそも光秀が土岐源氏なのかすら信憑性ないしな

491 :人間七七四年:2008/05/07(水) 18:22:25 ID:yYjGyPmF
家康は従属でもない、同盟者だから微妙な立場に段々なってきたんじゃないかな?
信康の件もあるし信長の嫡男の出来がよくない等目に付いてくる可能性はある。
・・・書いてて穴が出てきた気がする。
以上でやめます、失敬失敬。

492 :人間七七四年:2008/05/07(水) 18:23:51 ID:ZWyC8dBm
>>487
君は噛みつく方向を間違ってると思う

493 :人間七七四年:2008/05/07(水) 18:25:02 ID:Cy46bu5z
旦那、最初から穴だらけですぜw

494 :人間七七四年:2008/05/07(水) 18:35:04 ID:yYjGyPmF
ばっきゃろう、泣かすなよ。

495 :人間七七四年:2008/05/07(水) 18:39:40 ID:yYjGyPmF
例の会食会の失敗後に半蔵を使わして、そそのかしたんだよ。
そろそろ苦情がでるな・・

496 :人間七七四年:2008/05/07(水) 18:47:15 ID:hdvoXY4T
山田風太郎先生が小説で、織田軍の伊賀虐殺の時の生き残りが
光秀に暗示かけて裏切らせた、って話やってたなw

497 :人間七七四年:2008/05/07(水) 18:50:23 ID:yYjGyPmF
お!いい線いってんじゃないの!

498 :人間七七四年:2008/05/07(水) 18:55:53 ID:yYjGyPmF
直接会ってないと仮定したら、半蔵が何処までの炊きつけ+その後の保証の話までしたかだけど。
比叡山にしばらく居てくれ的な内容かな・・・

499 :人間七七四年:2008/05/07(水) 18:57:34 ID:hdvoXY4T
つーか、根本的な問題として、

服部半蔵は、忍者ではない。

500 :人間七七四年:2008/05/07(水) 18:58:40 ID:yYjGyPmF
ある程度ほとぼりが冷めたら、何らかの形で幕府の政治にかかわってもらう。
それに明智桔梗の使用(日光)明智の仕事への謝礼。

501 :人間七七四年:2008/05/07(水) 18:59:23 ID:yYjGyPmF
499
あら?・・・そうなの?

502 :人間七七四年:2008/05/07(水) 19:00:48 ID:ZWyC8dBm
伝奇小説ぽいのだと半村良の産霊山秘録もなかなかよい

503 :人間七七四年:2008/05/07(水) 19:00:58 ID:yYjGyPmF
ってか、半蔵に限った話じゃないけど。
多分半蔵は政治も関わってたっぽいから・・・
半蔵門とかあるし・・

504 :人間七七四年:2008/05/07(水) 19:02:38 ID:yYjGyPmF
家康は会食時にかなり光秀を評価してたんじゃないかな?

505 :人間七七四年:2008/05/07(水) 19:05:17 ID:yYjGyPmF
この後の石見切り取り次第の件も当然知っていた。

506 :人間七七四年:2008/05/07(水) 19:06:13 ID:ZWyC8dBm
まとめて書けよw

507 :勇魚 ◆CsjAhHKDcQ :2008/05/07(水) 19:07:35 ID:DAL5bhoy
えっと。源氏将軍云々と考えた説は、坂上田村麻呂はなかった事になっているのかな?
流れをぜんぜん読まずにカキコ(。_。)

508 :人間七七四年:2008/05/07(水) 19:07:41 ID:yYjGyPmF
考えながら書いてるもんで仕事中に・・
そろそろ帰宅するんですみません。

509 :人間七七四年:2008/05/07(水) 19:08:26 ID:yYjGyPmF
507
こちらもまったく流れを読んでません!

510 :人間七七四年:2008/05/07(水) 19:09:56 ID:yYjGyPmF
産霊山秘録
なんか怖そうですな・・

511 :人間七七四年:2008/05/07(水) 19:13:32 ID:yYjGyPmF
家康は正確に滞在場所、時間を知っていた(有頂天に近い精神状態も)
メチャ怒ってる光秀の心境、立場、実力を評価している事。
散らばった勝家、秀吉らが空中分解したら相手じゃないし(全員シバける自信あり)

512 :人間七七四年:2008/05/07(水) 19:15:10 ID:ZWyC8dBm
>>510
戦国時代から始まって太平洋戦争後までなかなか面白いよw
光秀と天海が兄弟だったり猿飛左助が同族だったり

513 :人間七七四年:2008/05/07(水) 19:17:12 ID:yYjGyPmF
光秀と天海の部分が実は一番興味あるけどスレ違い・・
見つけれたら読んでみますわ。

514 :人間七七四年:2008/05/07(水) 20:11:16 ID:awqVpmEJ
妄想珍入者は家路についた様なので・・。
秀吉がすんなり征夷大将軍になれなかったのも源平云々が関係あるのか?まぉ秀吉の場合、それ以前の問題か・・。

515 :人間七七四年:2008/05/07(水) 20:17:25 ID:z/dewnLG
>>496
俺、まさにそれと同じような内容を、
でまかせで、今は亡き馬鹿殿スレに書いたことがあるな。
山風先生チックなネタとして。

まさか、ほんとに書いてたとはw
山風先生凄いし、先生と同じ発想にたどり着いた俺自身に感激だw

516 :人間七七四年:2008/05/07(水) 20:29:41 ID:KSXOPqJr
>>514
何故秀吉は将軍にならずに関白になったのか? 2
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1160617713/

517 :人間七七四年:2008/05/07(水) 21:03:58 ID:hdvoXY4T
>>514
まあ秀吉の時は、まだ義昭が名目上将軍だったし、義昭の養子になって後を継ぐような真似すれば
それは結局室町幕府の復興だから、色々めんどくさいことになったからだろうな。

518 :人間七七四年:2008/05/07(水) 21:17:52 ID:z/dewnLG
>>517
その「義昭の養子になって後を継ぐような真似すれば」という前提自体が
源氏じゃなきゃ将軍になっちゃダメ、という俗説に根ざしてるわけで、問題なんじゃない?



519 :人間七七四年:2008/05/07(水) 21:24:01 ID:hdvoXY4T
>>518
いやだから、摂関家と同じように、「将軍職の家」としての足利家が純然として存在した訳で。
源平云々は別にして、当時「家職」って概念は強烈にあった事は疑いないよ。
秀吉も関白職を受けるに当たり、近衛家の養子に入っているわけで。

520 :人間七七四年:2008/05/07(水) 21:43:10 ID:hdvoXY4T
あと、征夷大将軍が源氏の家職である、って概念は室町時代に成立した物と考えていい。

足利尊氏が征夷大将軍に任命される時「鎌倉幕府を開いたのは源氏の棟梁である頼朝であった。
それ以降将軍職は源氏の家職であり、我ら足利氏が今の源氏の代表である以上、将軍任官は
当然である」って理論で任命してもらった模様。

実際、室町幕府は新しい政体を作ったと言う意識は希薄で、鎌倉幕府体制を復興した、くらいの気分だったようだ。
何せ法律すら、鎌倉幕府の御成敗式目をそのまま(全くそのまま)使っていた始末。そのため法律と社会の実体の
乖離が時代が進むにつれどんどん激しくなり、それが室町幕府を弱体化させ、社会実体に合わせた法を執行する
戦国大名の出現を社会が求める一因となった。

521 :人間七七四年:2008/05/07(水) 21:48:22 ID:awqVpmEJ
やはり、何らかのしがらみはあったのだろうね。だからと言って秀吉自体が弱体化する分けじゃないけど、秀吉政権の弱体化には繋がった感じ。まぁ光秀の変の起因とは繋がらんと思うが。

522 :人間七七四年:2008/05/07(水) 22:06:02 ID:VstMXXy4
んな概念あったら三職推任で征夷大将軍を推したりしないよーな
それと猶子と用紙は全く違うぞー

523 :人間七七四年:2008/05/07(水) 22:12:46 ID:KSXOPqJr
「征夷大将軍は足利家の家職」という概念は当時の常識としてあったんじゃないかな?
ただ時代の流れでその常識が弱くなっていたし、公家衆から見れば所詮武家の話なので重視しなかった。
なんてことはありうると思う。ソースは無いけど。

524 :人間七七四年:2008/05/07(水) 22:13:55 ID:hdvoXY4T
>>522
三職推任が朝廷側の提案ってのも、今じゃかなり怪しいことになっているからなあ。

まあ信長は足利政権を滅ぼした立場だから、新体制の樹立って言う意識は満々だったので
前例に捉われる事はあまり無かったとも思うけど。

525 :人間七七四年:2008/05/07(水) 22:43:54 ID:FyIRf2Kf
信長は足利幕府を滅ぼしたが、義昭父子の命は取らなかったな。
義昭は毛利に保護されたわけだが…。

526 :人間七七四年:2008/05/07(水) 23:12:08 ID:yUJoyhmM
>520
>それ以降将軍職は源氏の家職であり
鎌倉時代は、摂家や宮家の将軍が普通にいますが?
源氏の家職と認識されてたソースは?

>>524
まあ、どっちが言い出したにしろ、
源氏云々が問題になるどころか、全く話題にさえあがってないよね。

527 :人間七七四年:2008/05/07(水) 23:25:37 ID:awqVpmEJ
いくら信長でも義昭殺して、はい織田幕府ねって分けにいかんから、あえて逃がした分けだし、義昭なんざ後でど〜とでもなるって踏んでたでしょ。
そんな事より、光秀や他の大名達がその室町幕府の脈々と続く源氏棟梁継続に固執するかね?

528 :人間七七四年:2008/05/07(水) 23:37:58 ID:hdvoXY4T
>>526
>>520には「室町時代に出来た概念」とちゃんと書いているぞ?

529 :人間七七四年:2008/05/07(水) 23:58:55 ID:Zd0DRdAy
>>528
だから>520の主張が「頼朝以降の将軍は源氏だった。だから室町には将軍は源氏の家職という認識が成立した」
と主張しているのに対して、>526は「鎌倉でも摂家将軍に宮将軍がいた。頼朝以降に限っても、将軍は源氏の
独占ではなかった。なのに室町に将軍源氏家職なんて認識が成立したのか?」と前提に対して疑問を呈して
いるんでしょ。

少なくとも三職推任を認めた朝廷や天皇には、そんな意識はなかったってことではある。
足利家や他の武家庶民が勝手にそう思い込んでいたという可能性はもちろんあるけど、
そう主張する場合は、やはりソースが必要でしょ。

530 :人間七七四年:2008/05/08(木) 00:05:16 ID:h30Ts697
>>527
信長は最初藤原信長、後に平信長と署名してるからこだわりなかったろうが、
光秀や他の家臣はどうだったか分からないよな。

スレタイの事件が起きてしまったから有耶無耶だな。

531 :人間七七四年:2008/05/08(木) 00:07:47 ID:qAblqftm
>>529
ちゃんと文章を読んでくれよ…

足利家が将軍職を任官する時の根拠がその理論だったって言っているが、それ以前にその認識があったなんて
一言も書いてないだろ。おまえは「そう言う理論で尊氏が朝廷にゴリ押ししたんだよ!」って書いて貰わないと
そんな事も読み取れないのか?

532 :人間七七四年:2008/05/08(木) 00:17:20 ID:K+LIpmFr
>>531
だからさあ
「そう言う理論で尊氏が朝廷にゴリ押ししたんだよ!」
の「そう言う理論」のソースをあげてくれって、散々言われてるんだよ。

533 :人間七七四年:2008/05/08(木) 00:21:14 ID:Gb9HS7iA
>>529ではないけど、足利尊氏が征夷大将軍任官の理由がそうだとして、それが当時に概念として存在したとは別問題なのを、
あたかも同じ様に書いてるから、「征夷大将軍が源氏の家職」という概念の存在の証明をしてくれってなるんじゃないのか?

三職推任も持ち出したのは、信長側か朝廷側かで議論が分かれてるのは知ってるが、どちらが持ち出したにしろ、
朝廷は三職の中で、信長に征夷大将軍に就任するよう望んだのは間違いないので、
少なくとも朝廷の中でそうだったとは言いがたいとは言える訳だし

534 :人間七七四年:2008/05/08(木) 00:21:33 ID:qAblqftm
>>532
お前は何を言っているんだ?もしかして本当に読解力ゼロなのか?

535 :人間七七四年:2008/05/08(木) 00:43:00 ID:K+LIpmFr
自分の意見がうけいれられず、ソースを求められてキレだす子は
これ以上何を聞いたとこで、中身のある議論をすることは不可能だから、
ID:qAblqftmは以後スルー推奨かな?

536 :人間七七四年:2008/05/08(木) 00:54:11 ID:K+LIpmFr
>>534
ごめん、ひょっとして「ソース」の意味がわからなかった?
つまり、君が主張してる概念は、どこの史料に実際に見えるのか教えてね。
ということだよ。
誰かの本の影響なら、誰々さんの本に書いてありました、とか。

君が出典もださず「そういう概念があったはず」と言い張るのは、
ソースとはいわないんだよ。

537 :人間七七四年:2008/05/08(木) 01:17:48 ID:sUhmq3Jn
もう誰が将軍で誰が源氏でソースでも醤油でも良いから、あんたら別スレに移動してくれ。

538 :人間七七四年:2008/05/08(木) 01:23:58 ID:fdZ6O0Dv
>>531
いいたいことは判ったが。

足利尊氏の認識が「頼朝以降将軍職は源氏の家職」という認識で将軍位を要求していたのだとしても、
実際には摂家将軍も宮将軍もいたのだからその認識自体が間違っているってことになって、尊氏の
将軍位要求も根拠がないから却下されかねない摩訶不思議な主張になるんだが。

だいたい尊氏って、普通に征夷大将軍が源氏じゃない時代に生まれて成長した人間。そんな人物が
「征夷大将軍は源氏の家職」なんて認識抱くようになるかあ?

ぶっちゃけ尊氏の時代までに限っては、征夷大将軍経験者って源氏よりも非源氏の方が多いのでは。

539 :人間七七四年:2008/05/08(木) 01:46:44 ID:sUhmq3Jn
538!
いい加減にしろ!別スレ立てろや!

540 :人間七七四年:2008/05/08(木) 04:25:33 ID:K+LIpmFr
>>482がお題にあげてる小和田説の是非を問うなら、
源氏(足利氏)と征夷大将軍の問題は、議論のひとつの核となる部分なんだけどな。
全然スレチでもなんでもないし、必死にお前さんが追い出しにかかる意味がわからん。

本能寺の変というと、もっとトンデモな陰謀論や黒幕説で、
お互い史料や学説を無視した妄想を垂れ流しあうのをお好み?

541 :サイコメトリー:2008/05/08(木) 12:53:41 ID:V5r4NuQ8
小和田教授の源平史観でここまで荒れるとは思わなかった・・。
歴史的事柄を話す時は、どこまで掘り下げるかって事と、どこまでの脇道を
許容範囲とするかが難しい所ですな・・。

ところで源氏棟梁にこだわる光秀説に肯定的な意見が見られなかった様ですが、
皆さん他にご意見ありますでしょうか?

542 :人間七七四年:2008/05/08(木) 13:04:43 ID:krfrMzjY
チャンスがあったからやった
秀吉があんなに早く帰ってくるとは思わなかった

543 :人間七七四年:2008/05/08(木) 13:39:40 ID:myUnnP4s
本能寺の変、当日にタイムスリップしない限り真実は誰にも分からない。


544 :人間七七四年:2008/05/08(木) 13:42:51 ID:fdZ6O0Dv
>>541
そもそも源氏棟梁に拘るのなら、なんで足利義昭を切ったのよって話になるから。
少なくとも光秀は元亀の時に、自分の意思で源氏棟梁で征夷大将軍を捨てている。

545 :人間七七四年:2008/05/08(木) 15:36:05 ID:h30Ts697
光秀が義輝に仕えていたって話しは信憑性あるのかな?

546 :人間七七四年:2008/05/08(木) 17:13:52 ID:/XDCG9La
亀レスでスマンが、

>>427
>「馳走」を受ける相手を義昭に限定する根拠は無く、

義昭は「馳走」という言葉を以前から口癖の如く文書で使いまくってる↓
http://homepage3.nifty.com/yoshiaki/gozasyo/letter.html

参考まで。

547 :人間七七四年:2008/05/08(木) 18:40:29 ID:41Eu5RGE
妄想珍入者扱いの雇われマスターです、こんにちわ。
100%の内容を今世紀までに伝える書物がある確率は限りなく少ないでしょ。
あー、また帰宅時間が迫る・・

548 :人間七七四年:2008/05/08(木) 19:01:48 ID:I8scv0k/
>>546
光秀が「馳走」という言葉を使った時、その対象が義昭のみに限定される根拠が無い、という文脈なんだが……?

もっとも正確に言えばその書状は「光秀の使者を迎えた須田からの知らせを受けた河隅が兼継に送った」ものなので、光秀が馳走という言葉を本当に使ったかは不明。
むやみに疑う必要もないかと思うけど、一応ね。

549 :人間七七四年:2008/05/08(木) 22:03:43 ID:rnSTlnQj
>>545
>光秀が義輝に仕えていたって話しは信憑性あるのかな?

ありません。
従来その根拠とされてきた史料は、義輝と義昭の代の記録が繋ぎ合わされたものであり、
光秀とされる「明智」は後者に属する人物となっています。

550 :人間七七四年:2008/05/09(金) 06:43:23 ID:KZRtDp01
本能寺の変直後の河内国について教えてください。

変直後、河内国の有力者は誰がいたのか?
また、それらの人物・勢力は、秀吉側についたのか?光秀側についたのか?
それとも静観・中立を保ったのか?

551 :人間七七四年:2008/05/09(金) 23:27:16 ID:Ml3oIb3t
池田等他も秀吉についたよ。中川・高山が秀吉にならったからね。

552 :人間七七四年:2008/05/09(金) 23:58:35 ID:wWXJXss5
質問は、摂津衆の動向じゃないよ


553 :550:2008/05/10(土) 07:27:00 ID:qgDgTJwR
三箇氏が光秀についた。
池田某・多羅尾某等の河内衆?が秀吉側?
三好康長が本能事後は河内にいたらしい。

これくらいしかわかんなかったんですよね…

554 :人間七七四年:2008/05/10(土) 08:19:24 ID:t101zKHx
三箇頼照(三箇城−大東市)と津田正時(国見山城−枚方市)は明智方
池田教正(八尾城−八尾市)と結城如安(岡山城−四条畷市)は羽柴方

烏帽子形城(河内長野市)城主だった甲斐庄正治は家康と同行して
伊賀越えをしたという話もあります。


555 :人間七七四年:2008/05/10(土) 08:33:20 ID:qgDgTJwR
三好康長はどこにいたの?河内にいたらしいんだけど
1人でいただけ?どっかの城に勢力は有していなかったのかな?
当時の河内に三好氏の拠点は無かった?

556 :人間七七四年:2008/05/10(土) 10:23:29 ID:muDoa5fT
本能寺と言えば、信長のそばには弥輔と呼ばれる黒人奴隷が最後まで戦ったという。
本能寺で信長が倒れた後も戦い続け、二条御所でも信忠と最後まで戦うもとらわれてしまった。
こいつは人間ではないと言う理由で命は助けられるもその後の行方は知れず。

だが16世紀にモザンビークにてオダヤスケと名乗る人物がポルトガルと戦い続け、日本式の砦を
築いて立てこもり、最後まで降伏せずに徹底抗戦するも、仲間は全員逃がしてオダヤスケなる人物は
砦の中で一人割腹して死んでいたという。
この男こそその後の弥輔ではないかと言われている。
赤いビロードマントがトレードマークと言われている。

557 :人間七七四年:2008/05/10(土) 12:09:00 ID:HEYMRmtO
ヤスケのソース教えて下さい

558 :人間七七四年:2008/05/10(土) 13:34:15 ID:3a2zOhsL
>>556
それ本当だったら凄いな。出典はなんですか?

559 :人間七七四年:2008/05/10(土) 13:43:04 ID:DrbrFUob
ソース以前の問題だろ

560 :人間七七四年:2008/05/10(土) 15:32:46 ID:WuTTju+h
ソースがあれば弥助っちを大河の主役に抜擢してもいいな

561 :人間七七四年:2008/05/10(土) 22:49:37 ID:M6EvJxNs
へうげもの でも弥助はカッコ良くかかれてたね。

562 :人間七七四年:2008/05/10(土) 22:53:12 ID:rqmUqe86
BBC辺りと共同制作で日本に来るまでの部分も作るとか

563 :人間七七四年:2008/05/11(日) 14:33:28 ID:r8jvgZKl
フロイスなんなより、弥助の方が織田家中の事、詳しいに違いない。

564 :人間七七四年:2008/05/11(日) 14:41:12 ID:uxTq4hJC
初めて会った時、信長がシャボンでゴシゴシ擦ったが、肌は黒いままだったので、
気に入って近習の一人に召抱えたあの「ヤスケ」のことか


565 :人間七七四年:2008/05/11(日) 15:39:22 ID:X1EsKIDn
どういうつもりだったか知らんが「人でない」は人として最悪な発言だよな

566 :人間七七四年:2008/05/11(日) 18:03:07 ID:1QCplj7e
>>565
誰のことを言っているのか知らんが、戦国時代の事だとすれば、時代的に特段非難されるような発言ではない。
日本だけじゃなく世界的にな。

567 :人間七七四年:2008/05/12(月) 10:24:54 ID:0DIpjh4e
確かイエズス会への本能寺の変事後報告書の中に、光秀がヤスケについて
「動物同然で何もわからないから教会の前に置いとけ」
と言ったという話があったんでしたっけ。何となく光秀の性格がうかがえますね。

568 :人間七七四年:2008/05/12(月) 11:21:02 ID:tqwVJE++
信長と光秀の想像力の差か
それとも光秀の温情か

569 :人間七七四年:2008/05/12(月) 11:28:26 ID:QoYqaOtO
光秀は信長と会った時点である程度金持ちだったとする説もあるからな
血筋のよさげな教養ある金持ちなんてえてして屑だよな

570 :人間七七四年:2008/05/12(月) 11:37:05 ID:UVIEnk1O
信長はおそらく奴隷や黒人の意味がわからないまま人として受け入れ家臣にした
光秀の場合は自分の知識で理解できない人種は単なる動物なんでしょう
新しい物を受け入れれる人とそうでない人の分りやすい例だな
知らない事を人に聞くような真似を光秀がするとは思えないし根本的な性格の違いが・・・

571 :人間七七四年:2008/05/12(月) 12:05:29 ID:e99A+fe1
さあ、思い込みの上に空想と妄想を重ねる展開になってまいりました!

572 :人間七七四年:2008/05/12(月) 12:05:36 ID:QoYqaOtO
頭よさげに振る舞ってるわりに考え事してて粽を葉っぱだか笹ごと
食っちまったらしいしな
どうしてこんな奴が織田家で重用されたか分からんな
織田家では魔でも差したのだろう

573 :人間七七四年:2008/05/12(月) 14:34:54 ID:UVIEnk1O
そうチマキの食い方知らないのに聞きもしないで笹ごと食った印象が大きすぎるよね
真偽はともかく知識には絶対の自信があったんじゃないかな

574 :人間七七四年:2008/05/12(月) 14:42:20 ID:Zseuykk/
自分達の政争には全く無縁な存在だから
殺すには及ばないって事だと思ってた

575 :人間七七四年:2008/05/12(月) 15:00:28 ID:tqwVJE++
>>573
その解釈は無理ある

576 :人間七七四年:2008/05/12(月) 16:01:24 ID:vIWm3dVW
まがりなりにも信長の傍にいたんだし、
なにか要らないことを見知ってる可能性もあるから、
できれば殺したかったんじゃないかと俺は思うけど。
例えば、備中にいた秀吉が信長存命を訴えても半信半疑に
思われるけど、ヤスケが生き証人となれば、秀吉に付く将は
ぐっと多くなるだろう。
だけど、わざわざ殺さなくても宣教師に預ければ
国外へ追いやれると考えてそうしただけじゃないかと。

577 :人間七七四年:2008/05/12(月) 16:04:33 ID:tqwVJE++
それはむしろ信長が死んだことの生き証人になるんじゃないか?

578 :人間七七四年:2008/05/12(月) 16:05:17 ID:QoYqaOtO
>>574
喪前らどこで清掃してるんだ?
現在進行形になってるぞ

579 :574:2008/05/12(月) 16:16:57 ID:QoYqaOtO
あぁ、弥助のことか、電波入って悪かったなw

580 :人間七七四年:2008/05/12(月) 16:19:03 ID:QoYqaOtO
578だったww

581 :人間七七四年:2008/05/12(月) 16:30:42 ID:Zseuykk/
愉快な奴w

582 :人間七七四年:2008/05/12(月) 17:33:40 ID:M9xB3JKI
>>569
>血筋のよさげな教養ある金持ちなんてえてして屑だよな

あまりにわかり安すぎる、持たざる者のひがみに噴いたwww
もっと、前向きに、強く生きろよ。

583 :人間七七四年:2008/05/12(月) 19:12:46 ID:vIWm3dVW
>>577
光秀に利用されるならば、信長死去と証言するだろう。
信長の死体を得られなかったが明智軍には、信長横死の根拠にできる。
秀吉に利用されるならば、信長生存と証言するだろう。
真偽の確かめようがない余人にとって、それなりに判断材料にはなるだろう。
まあ精々史実で中川清秀に送った「福富が頑張ったから信長と信忠逃げたよ」
な書状の福富の名がヤスケに変わるくらいだろうけど、既に二条御所で死んでた
福富よりは信じるに足るかもしれない。
何が言いたいかっていうと、ヤスケだって立場によって証言を変えるだろう。
別に義に燃えて信長の仇討ちを図ろうとするとも思えないし。
というわけで、秀吉に利用されるくらいなら殺っちゃったほうがいいと
光秀が考えてもおかしくないんではないかと。

584 :人間七七四年:2008/05/12(月) 20:39:03 ID:jMmZw6Nm
チマキの食い方で光秀の人評が出来るのかい?
少なくとも、数多いる戦国武将の中で光秀が良将なのは疑うべくもないと思うが。

585 :人間七七四年:2008/05/12(月) 21:14:36 ID:VjKu9NMS
海原雄山もハンバーガーの食い方知らなかったしなw

586 :人間七七四年:2008/05/12(月) 21:51:31 ID:tqwVJE++
粽の話を知識に結びつけるのが苦しい

587 :人間七七四年:2008/05/12(月) 21:56:35 ID:YT9pcShv
孔子も桃の食い方知らなかったな

588 :人間七七四年:2008/05/12(月) 22:14:32 ID:M9xB3JKI
>>586
悪意をこめて、その人物をみれば
一見たわいの無いことでも、その人を叩く材料にしか見えなくなってくる、という好例。
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」というやつかな?
マンセー信者だと、その逆も然り。

589 :人間七七四年:2008/05/12(月) 22:23:13 ID:tqwVJE++
>>588
見えなくなってくるというか、粽の話を食べ方を知らないという風な文脈で語るのはあきらかな捏造だな
もともと粽の話自体が光秀を貶める為に流布されたものだろうけど

590 :サイコメトリー:2008/05/13(火) 11:20:50 ID:/DkMfdts

弥助話と粽話が進んでいる様ですが、また少し修正します。
小和田教授の源氏棟梁云々に関しての流れが滞ってしまってますが、肯定的な
ご意見が無い為、一教授の一説という事で変の要因としての可能性が薄いとの
結論で話は終わります。

本能寺の変は様々な要因が重なり合った結果とも言われてますし、自分もあえて
1つに絞る事もなかろうと思っていますが、様々な説の可能性や必然をより考え
て消去法を用い、説を絞っていきたいと思います。

そこで、次は高柳氏を代表とする野望説を語り合いたいと思います。高柳氏の提唱
する、ただ単純に天下を望むという観点には正直、疑問が残ります。
光秀が天下を望む事を何よりも最優先として考えて行動したってのが、野望説の原則
だと思うのだが・・、近年は後付け野望説が多くなってますが、皆さんどう思いますか?


591 :人間七七四年:2008/05/13(火) 11:34:21 ID:822ko3aw
信長の体制はその軍事力の割にいびつで不安定な物で、信長がいなくなれば簡単に解体される、って認識は
当時のある程度上層にいる人間には(願望にせよ冷静な分析にせよ)、共通して持たれていたようなにおいがある。

光秀がその、信長体制が「弱い」と言う認識に傾いていたと仮定すれば、光秀の野望は合理化できるように思うが。

592 :人間七七四年:2008/05/13(火) 13:49:44 ID:y/1dd0zt
野望説に関しては、まず、全ての大名が天下人を目指していたわけではない、って認識が必要だがね。
高柳氏の時代だと、トーナメントだとかなんだか、戦国大名による天下人レースみたいな感じで全ての
大名は天下人を目指していたみたいな認識があったから。

で、光秀には確かに立身出世を望む人柄だったと思う。それは各種エピソードや実際のこれまでの生き
ざまに現われている。しかし単に貧乏から抜け出したいという意味での出世を望むのと、天下人になり
たいというのは意味が違う。
正直、光秀の天下人野望説は無理が多いと思う。年齢的な面も特に。

593 :人間七七四年:2008/05/13(火) 13:51:35 ID:VgKEL/AO
光秀個人の野望説ではなく明智家としての野望説と思いますが

594 :人間七七四年:2008/05/13(火) 14:30:24 ID:z3YZ6l1q
野望説を肯定するためには
「あの時あの場所で」
を周到な準備の末の必然となさなければならない
天下への野望というよりは
先行き不安を感じていた所に
千載一遇の機会を見いだして飛びついた
でしょう

595 :人間七七四年:2008/05/13(火) 15:08:01 ID:+l8Sh9ZI
秀吉だって最初から天下人になるつもりがあったわけじゃないだろう。
光秀だけなんで常に天下を望んでなきゃいけないんだ?

596 :人間七七四年:2008/05/13(火) 15:40:20 ID:DvOJAEfh
天下人を殺すつー事はそう言う事なんだよ
行き当たりばったりじゃまるで光秀が浅はかな基地外みたいじゃまいか

597 :人間七七四年:2008/05/13(火) 16:05:36 ID:u4TZUFOQ
高柳説語りたければ、まず大前提として高柳氏の著作は読もうな。

598 :人間七七四年:2008/05/13(火) 16:39:44 ID:z3YZ6l1q
>>597
自分はどう感じたかぐらい書けよ
つまんない奴だな

599 :人間七七四年:2008/05/13(火) 19:43:43 ID:cxPOrytP
593
明智家の野望って、どうゆう事?

600 :人間七七四年:2008/05/13(火) 20:36:44 ID:3EOLPV11
何にしろ変当時の当主は光秀だからな…
推測は自由だが、結局全ての責任は光秀に帰結するさ

601 :人間七七四年:2008/05/13(火) 21:39:10 ID:cxPOrytP
野望説の根本は当初から、光秀が天下を目指していたか、どうかでしょ。
信長討った後に天下を視野に行動するのは自然な成り行き。高柳野望説で光秀が変を起こすとは考えにくい。

602 :人間七七四年:2008/05/14(水) 04:01:12 ID:VVZeUmSA
高柳さんの説では、「天下が欲しい」という野望を動機と考えてるが、
肝心の「天下が欲しい」という野望がいつ芽生えたかまでは言及してないように思えるんだよね。
俺の読んだ範囲でだけど。
そして、実際そこまで正確にわかるはずがないんだけど。
ただ、それがはっきりさせてない以上、様々な反論の付け入る隙を与えるわけだ。

例えば>>592を見てみよう。
「全ての大名が天下人を目指していたわけではない、って認識が必要だがね。」
と問題点をあげているが、
これは「光秀の天下への野心が相当初期からあったものとすれば」という自分の解釈によるものだよね。
しかし、光秀は信長家臣として、信長の天下統一を目指す戦争の中に身を置いている。
その間に野望が芽生えたとすれば、上記の問題提起は特別大きな否定材料にならない。

603 :人間七七四年:2008/05/14(水) 04:14:22 ID:VVZeUmSA
ちょいと訂正。
谷口さんの『検証本能寺の変』の研究史のまとめの箇所を読むと

「怨恨」説、さらに「陰謀露見」説を否定して、高柳氏の行き着くところは「野望」説なのだが
その「野望」が早期から計画されたもの、あるいは光秀が本質的に謀反人だったという説に対しては
やはり否定する姿勢である。

と説明されてるね。俺も勉強不足だわ。
高柳さんも>>595の理解のような「光秀が常に天下を望んでた」なんては思ってなかったみたいだね。

604 :サイコメトリー:2008/05/14(水) 09:27:58 ID:JbvWPQL4
>>602
野望が芽生えたって自説は通さないの?

自分は根本的に野望説否定派だけど、>>602が言う様に統一戦線の中、万軍を
率いる立場の武将ならば、様々な「想い」が巡っていたと思う。その中で光秀
が謀反を想定してたとしても、決して不思議ではないとも思う。
ただ、その謀反の原因が信長に取って変わろうというものではないんじゃない
かと自分は考えてます。



605 :人間七七四年:2008/05/14(水) 09:50:19 ID:rjjDAMbv
野望、とするには、計画性が感じられないというのが一つにあるかな自分の中では。

野望説では光秀が主体となって謀反を計画したとなるが、それにしては実行は杜撰
だったし、成功してからも泥縄のような対応に終始した。

一応これまでにでてきた史料を元にすると、まず光秀は重臣たちに打ち明けたのが
乱の直前。これでは明智家としてどこまで計画を進められたか。さらに信忠の所在も
掴んでいなかった。
そして信長を実際に討ち取ってから各地に書信を出している。計画発動と同時に出し
ておけばいいのに。おかげで与奇の細川筒井には切られるわ、大坂では娘婿が消され
るわ。大坂軍だって、自滅してくれたからいいようなもの、もし信孝が適切な対応を
取れていたら、京のすぐそばに数万の敵軍団が発生しただろう。光秀の行動を見ると、
その可能性に対する処置がない。僥倖に援けられただけ。

606 :人間七七四年:2008/05/14(水) 10:58:54 ID:VVZeUmSA
>>605
だからね、野望説とひとくくりにするけど、
その解釈は一様じゃあないと>>602-603で言ったんだよ。

君が考えるのは>>603で言うところの
「早期から計画されたもの、あるいは光秀が本質的に謀反人だったという説」にあたり
高柳さんは、これには否定的だったらしい。

畿内の空白状況と、本能寺の手薄さという絶好の状況を目の当たりにし
野心に火がついたと考える立場ならば、君が指摘する事前の計画性が薄くて当然になる。
「計画発動と同時になぜ書信を出さないのか?」という疑問は
陰謀説否定本でまず指摘される、防諜の問題と関わるね。

607 :人間七七四年:2008/05/14(水) 16:05:40 ID:xLIGv8Km
だから
チャンスがあったからやった
秀吉があんなに早く帰ってくるとは思わなかった

608 :人間七七四年:2008/05/14(水) 19:17:03 ID:HZy+yuMo
>畿内の空白状況と、本能寺の手薄さという絶好の状況を目の当たりにし
>野心に火がついたと考える立場ならば、

信長親子さえ討てば天下人になれるって場当たり的な野心じゃあ重臣たちは
付いていかないだろうし、それで反信長勢力が光秀を盟主としたとも考えられないね。
野心って言うなら、光秀も重臣たちにその先のプランを説明したはずだと思うが?



609 :人間七七四年:2008/05/14(水) 19:59:26 ID:4Z0Flt6b
608に同意。
山崎の合戦内容を見るに重臣達を納得させるだけの理由があったんだよ。趨勢見えてる戦いに玉砕覚悟で挑む理由がね。

610 :人間七七四年:2008/05/14(水) 20:20:09 ID:xLIGv8Km
肝心の畿内の空白という状況が秀吉の大返しによって崩れたんだよ
それに実際も細川は光秀を盟主としなかったわけだし場当たり的に見えたんじゃない?

611 :人間七七四年:2008/05/14(水) 22:55:45 ID:+cy5sqLM
光秀って、没落貴族みたいな
「おれさまは本来はもっと上にいる人間だ」
っていうプライドと、パラノイアの固まりで、
もう精神病一歩手前な状態。
だが、それが、奇跡的にバランス保っていて、
その○チガイ具合が、光秀の天才性と関係がある。
直感力に優れ、発想が大胆。
そのくせ、細かいことを決して忘れず、異常な執着力さえある。
そのブチキレ具合が、秀吉とは違う意味で、信長の好みにピッタリだったので、
信長は寵愛した。

けれども、光秀は信長から評価されつつも、
「おれはもっと上の人間だ」
とつねづね思っていた。
「なんたって、おれは美濃、尾張、伊勢三カ国の守護だった土岐家の出だからな」
 ↓
「おれが特別な人間だっていう証拠をみせてやる」
 ↓
 ↓
「世の人間に一番畏れられている男をぶち殺してやる」
 ↓
「おれはこわくねえ。なんたって神だからな、おれは。特別な存在だ」


・・・・これが本能寺の変の理由。




612 :人間七七四年:2008/05/14(水) 23:04:58 ID:HZy+yuMo
>肝心の畿内の空白という状況が秀吉の大返しによって崩れたんだよ

それこそ結果論だね。

>それに実際も細川は光秀を盟主としなかったわけだし場当たり的に見えたんじゃない?

当に場当たり的だったから機を見るに敏な細川は当初から同心しなかった訳で、
そんな謀叛に重臣たちが同意したのかっていうのが疑問なんだよね。
つまり、野心というより光秀や重臣たちにとって切羽詰まったものがあり、
絶好の機会に謀叛を起こしたというのが真相だと思うよ。

おそらく、先行きの不安からじゃないかな。



613 :人間七七四年:2008/05/14(水) 23:13:23 ID:xLIGv8Km
>>612
いや、結果論も何も結果の話をしてるんだが。
計画の段階では秀吉をはじめ織田家の重臣連中はすぐには帰ってこれない、
これなら謀反は成功するという判断だったんだろう。光秀と重臣連中の軍議ではね。
こんなチャンス二度とない、それに気づいた俺達スゲー、てなもんで

細川は外から見てるわけだしもう少し冷静だったんだろうね。

614 :人間七七四年:2008/05/14(水) 23:41:36 ID:VVZeUmSA
>>612
たしかに結果論であり、秀吉がああも早く戻ってくるとは思ってなかっただろうね。
そうしたことを知ってるから、それこそ結果論で無謀な謀叛と映るんであって
>>608でいう「その先のプラン」も光秀なりにあったんじゃない?
変後の光秀の行動が無能と言われてたのを再評価したのも、高柳さんだね。

最初は一応光秀に従う様子を見せてた筒井順慶が
光秀への協力をはっきり拒否するような姿勢をみせるのも、
秀吉帰還の情報が入って後だよね。

615 :人間七七四年:2008/05/15(木) 00:40:12 ID:n4kHrC7Q
秀吉が戻るのが早すぎたから〜って言っている人に質問。
大坂の軍を全無視するのは何故?
大坂の軍は結果から言えば消滅してしまったが、それは敵失に援けられたから
もたらされた幸運であって、よく言われる「畿内は軍事的に真空地帯だった」と
いうのは間違い。やや離れるが、伊勢の信雄だって一万規模の軍勢を動員して
実際に明智勢を攻撃している。こちらも敵失のおかげでたすかったが。

問題は、光秀にこれら直近の敵軍団を無力化させようとなんらかの対処をした
形跡がないということ。特に津田信澄が事情を知らされていなかった、知らせ
ようとした形跡もないのが問題。

>>606
光秀が重臣に謀反を打ち明けて賛同を得た直後に、各地の大名や味方になりそうな
勢力に使者をだしていればいい。その時点では防諜もなにもない。もしこの使者が
信澄のもとに届いていれば、本人と大坂軍の運命ももっと変わったものになった
だろうが、そういった動きが光秀に見られない。

616 :人間七七四年:2008/05/15(木) 01:05:47 ID:EF3DoGhp
>>615
その使者が信長関係者につかまる可能性は無視ですか?
その使者が情報を洩らす可能性は無視ですか?
防諜の問題理解してる?

617 :人間七七四年:2008/05/15(木) 01:15:35 ID:q8+pCTx4
>>613
そりゃぁ信長父子を討つのは容易かっただろうが、それだって結局、一か八かだよ。
本人はそれでいいかもしれないが、家臣までもが付き合う筋合いのものではないだろうに。

信長だって直接、主筋の人間には手を掛けていないのにそれをやった訳だから、相当の覚悟が
あってのことだと思うんだよね。
それを単純に「野心」の一言で済ますことは出来ないと言いたいんだよ。

兎に角、畿内を中心に勢力を固め、天命を待とう(趨勢を見定めよう)というのが計画だったと思うよ。

618 :人間七七四年:2008/05/15(木) 01:40:37 ID:n4kHrC7Q
>>616
その辺で安全策を採るあたり、黒幕説とか野望説には弱いなあと思うところ。

619 :人間七七四年:2008/05/15(木) 01:49:11 ID:efIUvsXU
>>615
もう遅いんでどうしようかと思ったけど一応指名されたんで答えようかとおもったけど
書き始めたら大坂にいたいわゆる四国方面軍の考察等と長くなりそうなんで躊躇しました
もともとそれほど専門知識も無いのでね
ただ、もし大坂の軍が光秀を討ってたら誤算は秀吉が思ってたよりも早く帰ってきた、ではなく
大坂の軍が思ったよりも強かったになってたろうね。つまり勝てると思ってのでは無いかと
信雄が光秀を討ってたら信雄が実は天才だったになるだろうし

>>617
その一か八かが五分五分、いやもっと確率が高いと思ったから決行したんでしょう
信長、信忠の領国の体制、各地の軍団の状況、そして畿内の状況いろいろシミュレーションした上でいけると踏んだ
その計算の中に筒井、細川に並んで長宗我部のことも入ってただろうし
もし長宗我部が討伐されてしまえばと考えると最大のチャンスであると同時に最後のチャンスだと

怨恨の方がよっぽど誰も付いてこないと思うんだけどね

620 :人間七七四年:2008/05/15(木) 03:07:22 ID:EF3DoGhp
高柳説の検討するんなら、それと対立した論であり
>>1が支持するという、桑田忠親の怨恨説の検討もやらなきゃいけないんじゃない?
まあ、今となっては古典的な議論のような気もするけど、
妄想全開の陰謀論語るよりかは、ずっとましだろw

621 :人間七七四年:2008/05/15(木) 06:44:29 ID:q8+pCTx4
>>619
まぁ謀叛するなら、毛利、上杉、長宗我部が健在の今しかないってこともあっただろうね。
ただそれが、天下人に成りたいという「野心」からであったら後々「主殺し」の謗りを受ける
必死で、それを承知で突っ走ったのかな?

622 :サイコメトリー :2008/05/15(木) 09:22:40 ID:ZoCnTBTm
ちょっと前にあった粽話だけど、ちょっとしらべてみたら当時は『薬食い』
っといって笹を巻いて食べるのは当然の事なんだってさ。

>>611
光秀は土岐の流れを汲む人物とされているけど、彼自身、土岐を名乗った事
はないよ。名家出を売りにするどころか、前の美濃国主・土岐頼芸が流浪の
身になっても放置してたしね。見かねた稲葉一鉄が庇護したくらい。
もし名家のプライドがあるならば、当然、光秀が庇護しててもおかしくないと思われます。

>>620
怨恨説は野望説の流れがひと段落したら、お題にしようと思ってます。
それと、どんな妄想でも暴論でも議論しましょうよ。新たな発見が有る
かも知れんからさ。でもスレ主否定は止めようね。

623 :人間七七四年:2008/05/15(木) 14:46:05 ID:2Qzf73i7
横槍失礼
今までROMってたんだけど人間関係でいえば信長と光秀の関係が主になってたよね
秀吉 家康 光秀 の信長っ子三人組の関係も考察してみない?


624 :人間七七四年:2008/05/15(木) 23:38:09 ID:Q/Rz0tbB
家康や秀吉が変に絡んでるって事?

625 :人間七七四年:2008/05/16(金) 01:45:20 ID:KB76RNNG
カエサルのような暗殺という例は沢山あるが、本能寺の変のような軍団で討ち取るというのは世界中の歴史でも珍しそう。
考えてみればよく成功したものだ。

626 :人間七七四年:2008/05/16(金) 07:30:30 ID:7SyauMxs
>>624
絡んでるというかお互いに後々あいつ厄介だとかあいつ使えるとか思ってたんかなぁってさ!
信長的にも一番信頼置いてたのだれだろとか


627 :人間七七四年:2008/05/16(金) 07:39:10 ID:sU+XWkjm
>>625
中国とかならありそう
呂布が董卓殺したのとか近くない?

628 :人間七七四年:2008/05/16(金) 08:42:26 ID:40ODlCTr
>>625
冷静に考えると、本当、良く信長を殺せたものだよね。
本能寺の変は数万の軍で数百を襲った卑劣な戦いだなんて、誰かが言ってた
けど、戦いに卑劣も糞もあるかいっつうんだよ。

話を戻すけど、野戦においても、当然籠城戦も、大将を1日で抹殺出来た事
自体が凄い。暗殺の方がよっぽど簡単に思えるけどね。
まぁ光秀も信長襲うと決めた以上、絶対に失敗は許されない覚悟はあったろ
けどね。そこに力を入れ過ぎて、その後はすべて後手に回ってしまったのだろうか?


629 :人間七七四年:2008/05/16(金) 09:34:07 ID:Udtq3y3i
怨恨が理由なら、信長と直接面会する機会なんていくらでもあるだろうから、
側に小姓がいようと刺し違う気でやる方が手っ取り早い。
それをせず、軍勢を以って信忠ごと討ったのはやはり天下を狙う気が
あったからだとはいう考えも聞くけどね。

630 :人間七七四年:2008/05/16(金) 10:01:39 ID:PJ9XWWBn
>>629
逆じゃね?信長自身が滅茶苦茶体鍛えまくってきた、武勇に関しても優れた存在で、
しかも小姓や側近はなんのためにいるのかと考えれば、単身で刺し違える気で〜と
言う方が可能性が低い。

光秀って鉄砲上手という評価はあるけど、他に武勇に関して逸話や記録がない。
さらに言えば年齢の問題もある。一説には天正十年で五十五歳だが、これは例の辞世
からの推測で、しかもこの辞世が創作の可能性ありときた怪しいシロモノ。説だけで
言えば、信憑性には疑問だが、六十を越えていたというものもある。どうあれ、信長
より年上で、もう老境に入っていたことだけは間違いない。
こんな状態で、単身で刺し違える気でやっても可能性は限りなく低いわな。

631 :人間七七四年:2008/05/16(金) 14:14:25 ID:57v6LnCj
だれぞの陰謀の手先説は、最近の研究ではどうも無いようだよ。
光秀の仕事の立場上、近畿の軍事関連は把握していたから、
(信孝・長秀がもう四国に渡っているはずだという計算違いはあるにしても)
日ごろの鬱憤・もやもやが一揆に爆発したというのが自然じゃないんだろうか。

斉藤利三が反対したが、「一度口にしたものはもはや引っ込めようが無い」
と言って説得。部将達だけにことを告げて謀反を起こした。
信長の死を知った朝廷も戸惑っているだけで光秀になにもしてやれなかった。
与力連中はみんな味方をしなかったことで、人望が無かった人だと言うことは確かだ。


632 :人間七七四年:2008/05/16(金) 14:32:16 ID:Ggg51kAh
具体的に明智軍の与力って誰が居たの?
細川は変の時期既に違う気もするけど、軍勢の中にもかなり混ざってると思うんだが

633 :人間七七四年:2008/05/16(金) 14:49:47 ID:EidmzjKT
信長も武田を滅ぼしたあとは、それまでと人が変わったように警戒感が無くなっている節があるな。
家康に接待させた富士山見物といい、織田家を継ぐ前のうつけ時代に戻ったかのように、無防備に
遊びほうけている。

信長の方にしてもそれまでの緊張感から開放され、心の箍がどっか外れたんだろうな。

634 :人間七七四年:2008/05/16(金) 22:58:56 ID:jTUhE5XC
>富士山見物

別にほうけてはいない。それよかお前、この話し本の受け売りだな。
信長関連の書籍に同じ事書いてあったぞ。

635 :人間七七四年:2008/05/17(土) 05:51:39 ID:2B4Oqw5c
本能寺の変の前に、足利義輝が殺されていますが、そのとき、松永久秀は軍勢を率いて襲っていたような覚えが。
本能寺の変ですが、私としては、織田信長の暗殺という面よりも、織田政権のクーデターという面から考えたほうがいい気がします。
暗殺ということなら、極少数の精鋭を用い、鉄砲で狙撃を図るとかした方が確実です。
軍勢を率いて、本能寺を襲う、というのは、鉄砲で狙撃等より失敗の可能性が高いと思います。
そして、細川や筒井等の与力が、明智光秀に味方しなかった理由ですが、誰も織田信長の死を望んでいなかったからです。
当時の織田政権下で、信長の死を望んだのは、光秀だけでした。
自分の希望していないことをされて、すぐ味方になる人はあまりいないと思います。

636 :人間七七四年:2008/05/17(土) 06:18:45 ID:d+pu6tqH
細川は迷ったんじゃないか?で驚く程はやく羽柴が帰って来ちゃったというわけで取り敢えず道義を重んじて羽柴についた
明智が勝ったら手のひら返したかもしんないし

筒井は完全に様子見だったけど

637 :人間七七四年:2008/05/17(土) 07:01:09 ID:dnNugG3R
筒井は最初明智に付いた
細川は信長の死を聞いて剃髪した
若狭の武田は明智に付いてるけどどれくらい勢力があったのか?
丹羽に付いていってないって事は軍事的に力が無かったのか?

638 :人間七七四年:2008/05/17(土) 09:15:16 ID:+tMOKqcX
635
逆に言えば信長支配を各将が望んでた??
信長の絶対的な権力の前に傾倒してただけでしょう。
それに光秀に諸将が付かなかったのは、信長の横死情報に確信が持てなかった事が1番。みんな荒木村重の一族がどうなったか鮮明に覚えるからね。

639 :人間七七四年:2008/05/17(土) 09:44:10 ID:BSmb3PUn
>>634
同じ事書いてあったら受け売りかよ。
さすがのものすごい粗雑な分析ですねw

640 :人間七七四年:2008/05/17(土) 10:39:45 ID:W31Knuyk
>>635
では、それ以前に謀叛を起こしたのはみな軍事演習だったのですね。
常に全体で緊張感を持ってことに当たる。
織田家の危機管理の見事さに敬服しました。

641 :人間七七四年:2008/05/17(土) 13:23:49 ID:CrEVgUvR
私はむしろ長年の研究から、実は本能寺の変は無かったのでは?と
踏んでいます。誰か同調者はいませんか?

642 :人間七七四年:2008/05/17(土) 14:38:25 ID:YnbN9vo5
>>640
危機管理見事っていうけど、最も守るべき織田信長が討たれたのに何が見事
なのか教えて下され。

>>641
いくつかの小説では読んだ事がありますが、具体的に>>641は何を言いたい
のかを教えて下され。


643 :人間七七四年:2008/05/17(土) 15:30:40 ID:BSmb3PUn
>>642
電波君は相手にしないようにしましょうや。

644 :人間七七四年:2008/05/17(土) 15:52:32 ID:frQEfqxC
>>643のIDが電波w

645 :人間七七四年:2008/05/17(土) 16:06:21 ID:W31Knuyk
>>642
いえ、史実では何度も謀叛が起こったのになと…
遠回りな軽い皮肉です。

646 :人間七七四年:2008/05/17(土) 17:37:15 ID:+tMOKqcX
645
とりあえず了解。

647 :人間七七四年:2008/05/18(日) 06:47:11 ID:0afzJji5
本能寺の変の後の明智軍の行動ですが、野望説から考えても、そんなに変でしょうか。
秀吉の大返し等の史実による後知恵からなされている非難が多い気がします。
例えば、本当に野望からなら、具体的に計画を立案しており、本能寺を襲った後、速やかに摂津方面に進撃し、秀吉軍を迎撃していたとか。
ネットでざっと検索しただけで、誤情報が混じっていたら、すみませんが。
本能寺の変の後、明智軍は、速やかに安土城を抑えています。これは畿内制圧から考えると不合理でしょうか。
まず、安土城を抑え、近江の諸軍勢を味方にしないと、北畠信雄や柴田勝家らの脅威に対応できません。
その頃に羽柴勢が向かっているのを把握し、山崎の戦いに突入という流れになります。
羽柴勢は備中戦線で足止めされるというのは、結果として誤判断になったのは否定できません。
しかし、野望説から考えても、まず畿内を制圧、というのは、そんなに不合理な行動ではないと思います。

648 :人間七七四年:2008/05/18(日) 14:13:12 ID:/OyrX87S
機内を制圧しようとあれこれ手を回したがうまくいかなかった。

決め手は朝廷からのお墨付きだったが、朝廷内に動揺が大きく(本当に死んだのか?)
まとまらないうちに秀吉の大返しが始まった。

だって、織田総兵力20万の内、光秀隊(与力含む)25,000が謀反を起こしても、
他部隊がいずれ戻ってきたら勝ち目は無い。
しかも実際謀反は光秀直属の13、000だけだし、与力衆も様子見することは当然。

安土と京を押さえ、与力衆の合力があれば少なくとも数ヶ月持ちこたえれば以後有利に事は運ぶはずだ、
というのは、その時の計画としてはそれしかなかったんだろ。

もう一つ誤算だったのは、四国方面隊が海を渡らずにまだ大坂にいたこと。
光秀の『まさか!!』は
・信長の首が無い
・与力衆が動かない
・丹羽・信孝隊が目と鼻の先にいた
・朝廷から錦の御旗がもらえない
・秀吉がいつの間にか戻っている
・世のため正義のための行動が非道の謀反人にされている



649 :人間七七四年:2008/05/18(日) 20:22:01 ID:PM5Tyqaz
>>6418
>決め手は朝廷からのお墨付きだったが、朝廷内に動揺が大きく(本当に死んだのか?)
>まとまらないうちに秀吉の大返しが始まった。

一時とはいえ、誠仁親王を危険に晒したことも影響しているんじゃないかな。
光秀もそれを負い目に感じて、積極的な働き掛けができなかったと思う。


650 :人間七七四年:2008/05/18(日) 22:26:33 ID:OJK9O8z8
@武田攻めでの御折檻
A徳川様接待不首尾のお叱り
B近江坂本・丹波領地を召し上げ、出雲。岩見を切り取れとの冷たき沙汰
Cまた、丹波で、足の不自由な母を、見殺しにされた仕打ち!など

651 :人間七七四年:2008/05/18(日) 23:25:24 ID:PM5Tyqaz
全て後代の俗説

652 :人間七七四年:2008/05/18(日) 23:32:43 ID:836Q3de/
息子を安じた野望説に一票

653 :人間七七四年:2008/05/18(日) 23:47:35 ID:AVJRy970
D.佐久間 林両名の追放による将来への不安
E.四国と外交交渉を行っていたのにぶち壊しにされての憤激

心当たりがありすぎて困るくらいだ。
動機を探すのは無理っぽい。

言っちゃなんだが信長は裏切られ続けだからな、今更な気が・・・。

654 :人間七七四年:2008/05/18(日) 23:55:06 ID:AVJRy970
ああ、後ひとつ付け加えておくと、

F.織田家の信忠への代替わりによる失脚の不安

655 :人間七七四年:2008/05/19(月) 01:37:54 ID:iQ3OkrzV
>>653
交渉をぶち壊したのは長宗我部からだしなあ。

それから、直臣から裏切られたのは実はそう多くない。少なくとも「裏切られ続け」
といわれるほどじゃあない。

656 :人間七七四年:2008/05/19(月) 02:18:54 ID:cmcJzwLa
佐久間の追放も光秀の告げ口によるもの
みたいな話もある

657 :サイコメトリー:2008/05/19(月) 10:04:00 ID:i4mTpx6b
>>650>>651
怨恨に関しては野望説が一区切り付いたら、お題にします。

>>656
ついに来ましたか〜。光秀スレや本能寺スレには必ず現れるんだよね。
以前にも佐久間信盛スレで言ったが、いわゆる『光秀の讒言』は佐久間軍記と
その家臣の書物にしか見られず、信盛追放は光秀の責とする後付論書物だよ。

信長を討つ事と畿内制圧を第一目標とする事が変の真相なのであれば、ある意味
野望説と言えない事もないと思うが、そこに将来的な不安要素が加われば、明確
な動機とはなりえるが、結果としては複合説という事になるね。


658 :人間七七四年:2008/05/19(月) 15:06:16 ID:yq+rDlos
>『光秀の讒言』
これは佐久間軍記の中でも差し替えられた痕跡の無い部分の話じゃなかったか?

659 :人間七七四年:2008/05/19(月) 18:26:55 ID:mhaUW38p
658
意味不明。
最近、珍入者来ないな〜。会社帰る前の一スレ面白かったのになぁ。

660 :人間七七四年:2008/05/19(月) 20:42:17 ID:YZXR+i5d

藤田達生「織田政権と謀反」(『ヒストリア』206号、2007年)

661 :人間七七四年:2008/05/19(月) 21:25:46 ID:mhaUW38p
いやいや藤田論は厳しいから。ちょっと前のスレの流れ見てないの?

662 :人間七七四年:2008/05/19(月) 21:48:21 ID:fgR2cFH2
結局一番最初にあがった>>3でFA?

663 :人間七七四年:2008/05/19(月) 21:49:01 ID:fgR2cFH2
あ、>>5だ。失礼。

664 :人間七七四年:2008/05/19(月) 22:53:00 ID:pUfCqTwP
太閤立志伝1の林秀貞の本能寺キター

665 :人間七七四年:2008/05/19(月) 22:59:10 ID:mhaUW38p
だから、今しかないと思った理由が問題なのよ。

666 :人間七七四年:2008/05/20(火) 00:02:37 ID:+NRDUj2G
考えれば考えるほど、変当時の光秀が、
何か疲れていたとしか思えない。
信長を殺しても、凡庸とはいえ信雄とか、
信孝や丹羽も近くにいたし、
それらと戦っている間に羽柴や柴田が来る可能性が強いなんて、
光秀が気付かないものだろうか?

オレの親父が今年で当時の光秀と同じ55歳(辞世を信じればだが)
なんだが、2年ほど前から明らかに物忘れが激しく、
体力が衰え、白髪が生え、愚痴っぽくなり、
酒びたりになることが多くなってきた。
毎日の様に職場のことで同じことを愚痴るし。
現代人で、軍も持たない親父だから酒びたりで済んでいるが、
戦国人で軍をもっている光秀なら、
あるいはふとした拍子に、それまでの苦労とか、
小さな恨みとか怒りが積み重なって、信長を殺す!
と考えたかもしれない。

667 :人間七七四年:2008/05/20(火) 01:16:05 ID:ukMGg2wY
リアルだな〜。
でも、変を起こす事自体、変質的にはなってただろうね(野望説以外の場合)

668 :人間七七四年:2008/05/20(火) 02:37:41 ID:/PIJ2y5G
あからさまな理由がないから衝動的とか発作的というのでわ?

669 :人間七七四年:2008/05/20(火) 06:12:24 ID:xE05t43v
黒幕説は、妄想を膨らませたものばかりで、まともに学問的に語るべきものがない。
怨恨やら、将来の不安やらの仮説も、結局は推測で、
光秀自身の心境をはっきり語るものは無い。
と考えると、一番単純で、一番面白みの無い野心説に、とりあえず落ち着くしかなくなるんだよな。

歴史の推理とかロマンとかの面白みに重きを置く人には受け入れがたいかもしんないけど、
別に光秀は俺らに娯楽を与えるために変を起こした訳ではないし。

670 :人間七七四年:2008/05/20(火) 06:23:06 ID:xE05t43v
まあ、こうした消去法的な考えも、単なる俺の主観にすぎないかもしれんがw

しかし、怨恨説を支持するという>>1が、
はじめにそれ以外の仮説をまず持ってきて、
否定論があがるのを見計らって、消去法で却下というパターンを繰り返し
最後に怨恨説を持ってこようとするのは、少々気になる議論の誘導法ではある。

671 :人間七七四年:2008/05/20(火) 07:33:44 ID:wmAiAN12
怨恨説をみんなでいっせいに否定してやれ

672 :人間七七四年:2008/05/20(火) 07:56:18 ID:+NRDUj2G
怨恨たってなあ……
10年以上仕え続ければ、
衝突とか、いさかいとか、「何こいつ」とか当然あっただろう。
人間だから無いほうがおかしい。
光秀の母親人質とか、そういう解りやすいものじゃなくて、
何気ないこととかでね。
そういうのが積み重なって、魔が差して……

つまらんが案外そういうものかもな。
としたら、そういう光秀なり家臣なりの日記とか、
「最近光秀はアル中になった」とか、そういう証拠でも出ない限り、
永遠に真相は闇の中かな。


673 :人間七七四年:2008/05/20(火) 08:27:12 ID:xE05t43v
>>672
信長殺した以上、大なれ小なれ「信長気に入らない」という感情はあった可能性は高いよね。
そういう程度の意味では、怨恨やら不満やらといえるのかもしれんね。

俺は本能寺の変なんて、相手が天下に手が届いてた信長という大物で、
あまりにも見事に成功してしまったというだけで、
所詮戦国時代によくある謀叛劇の一つでしかないと思っている。
現時点で、高柳氏に代表される野心説を俺はとっているが、
歴史ファンによってミステリーに仕立て上げられたこの事件を、
一番単純かつ、つまらない理由に求めている点を評価したいからかな。

674 :人間七七四年:2008/05/20(火) 09:33:17 ID:/PIJ2y5G
こういうスレは史学的に隙のない結論を追求するのではなく
面白味のある仮説について侃々諤々するから楽しいんじゃない?
織田家臣中でもかなり優遇されていて謀反など無縁そうな
明智ゆえに諸説紛々なのだろうし

675 :人間七七四年:2008/05/20(火) 11:52:32 ID:+YlO/jD4
ここで「痴情のもつれ」という別のロマンを…
いや、痴情のもつれも広い意味では怨恨かw

676 :人間七七四年:2008/05/20(火) 12:48:43 ID:+NRDUj2G
上司に怨恨を持つのは、古今東西といません。
秀吉だろうが勝家だろうが諍いゼロってことはなかろう。

信長がモチを光秀に三つしかやらなかったので、
「あ、ケチ! みっつ、ひでー!」
これが本能寺の原因!

なんてダジャレがあるが、実はこれと似たようなエピソードが、
あったりしたかもしれん。

677 :サイコメトリー:2008/05/20(火) 13:11:48 ID:JsyLUBTB
>>670
いえいえ、自分は野望説や陰謀説を完全否定してるわけではないよ。
藤田義昭黒幕説と高柳単純野望説は違うんじゃないかなと思い、お題にした
だけの事だよ。

>>673
高柳説以外は同意です。>>672にも全く同意で、長年の主従関係の中でいざこざ
が無いはずがないと思うよ。

678 :人間七七四年:2008/05/20(火) 15:15:23 ID:8gwZNDGh
ただ逆にいうと、そんな程度のいざこざは普通にあるわけで、いざこざのある部下が
全て謀反にはしるとは限らない。

すべての部下が信長と多少のいさかいがあったというのなら、どうして明智や荒木は
謀反を実行し、他の部下(例えば秀吉なんて結構ヤバイ)は行わなかったのか?という
点で、やはり異なるものがあったのでしょう。
それが人格的なことなのか、環境的なことだったのかはともかく。

679 :人間七七四年:2008/05/20(火) 15:56:56 ID:ukMGg2wY
↑なんか二人称になっていて良く分からんが、光秀のいざござは普通のいざこざじゃなかったんじゃね〜の?

680 :人間七七四年:2008/05/20(火) 16:33:39 ID:+NRDUj2G
普通のいざこざが積み重なって、
加齢による疲れとか老いとかも加わって、
ついつい、魔が差してやっちゃった……!
みたいな感じなんだろ。


681 :人間七七四年:2008/05/20(火) 19:37:40 ID:kC4aKak9
信長のお気に入りだった妹の死が転機だったんじゃないかな。
後白河法皇と清盛の関係もそれでこじれたみたいだし。

682 :人間七七四年:2008/05/20(火) 19:39:46 ID:TV6wGuEB
鈴木が新著で、光秀も信長秀吉家康と一緒の海千山千の怪物型武将なんだから本能寺の件もあんまり
理詰めで考えるなや、


見たいなこと書いてた。

683 :人間七七四年:2008/05/20(火) 20:24:53 ID:ukMGg2wY
怪物型武将・・。
秀吉はバルタン星人だった。

684 :人間七七四年:2008/05/20(火) 21:09:24 ID:XoB5dw0O
>>678
どうなんだろう。信長の場合、部下の扱いが余りにも、同時代の武将達と比較すると冷たい気がする。
一度、寝返って、状況から再度寝返ってくる、というのは戦国時代よくあることだが、信長がきちんと待遇した例があるだろうか。
また、信秀時代から仕えていた重臣で、本能寺の変の時に、それなりの待遇を受けていたのは、柴田勝家くらい。
丹羽長秀も一応は重臣といえるかもしれないが、四国軍団の中では、蜂屋頼隆や津田信澄と同格で、羽柴や明智と比較すると明らかに格下。
佐久間や林は、言いがかりとしかいえない口実で追放されている。
怨恨というよりも、織田家の組織自体の矛盾が限界に達し、破綻したのが、本能寺の変だと私は思う。


685 :人間七七四年:2008/05/20(火) 22:50:41 ID:+NRDUj2G
信長は人間の気持ちというか他人の反応を考えないところがあるからな。
少年時代にうつけ的行動をすれば敵が増えるとか
浅井に無断で朝倉に攻め入れば裏切るかもとか、
比叡山を焼き討ちすれば宗教を敵に回してえらいことになるぞとか、
そういう方面の想像力だけが綺麗さっぱり抜け落ちているような。
佐久間や林を追放すれば他の家臣はどう思うかってのは、
考えていなかったような……。

686 :人間七七四年:2008/05/20(火) 23:50:42 ID:ukMGg2wY
685
全くその通りだね。昔から阿呆と天才は紙一重っていうからね。
騙し討ち、皆殺し、焼き殺し当たり前の信長が臣下に気を使うハズないね。
秀吉あたりとは心持ちが違う光秀だろうから、やはり思う所はあったろうね。

687 :人間七七四年:2008/05/21(水) 00:24:38 ID:3U7iaDLK
>>684
きちんと、ってのがどのレベルかによるが、例えば松永とか畿内の豪族は一度
離反してからもちゃんと降伏を受け入れてそれなりに待遇している。
丹羽に関しては、所領や権限の上では明らかにその二人よりは上位に置かれて
いる。

>>685
これは、マイナス面だけをとりあげてプラス面を無視した評としかいえない。
>うつけ的行動をすれば敵が増えるとか
味方も増えてます。例えば佐久間一族などはもともと信勝に付けられてますが、
稲生のときには信勝を裏切って信長についている。
>浅井に無断で朝倉に攻め入れば裏切るかもとか
朝倉を攻めるときは一報というのは講談レベルでしか記述がなく、本当にあった
のか不明。状況や大儀名分を考えれば、事前に浅井が必ず裏切るとも断言できない。
>比叡山を焼き討ちすれば宗教を敵に回してえらいことになるぞとか
比叡山を焼いてから、改めて信長に敵対した宗教って聞いたことありませんけど?
もちろん本願寺のように、それ以前から敵対していた宗教は抜いて。むしろ興福寺
や他の寺社の記録をみると、焼き討ちを叡山に下った天罰なんていっている僧もいる。

688 :奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM :2008/05/21(水) 00:27:24 ID:y+HESuyP
役職と階級の使い分けなんだろうか。

689 :人間七七四年:2008/05/21(水) 01:07:00 ID:y90dDAiY
秀吉夫妻の痴話喧嘩の仲裁したりなんかは
人の心情を理解してそうなんだけどね

690 :人間七七四年:2008/05/21(水) 01:28:00 ID:hPlcI6AD
687
見方によっては、いくらでも肯否定出来るがな。
大前提として、信長は間違いなく戦国の覇者だよ。
でもね、いくら乱世だといえ、非情な残虐行為もしたわけじゃん。現代的に言えば、非人道的行為をね。
信長は天才だけど、サディスティックな面を持っている事は間違いないよ。

691 :人間七七四年:2008/05/21(水) 04:07:19 ID:5rYNJZKC
つか、信長公記を読む限り、信長というのは小説にありがちな不世出の天才とか、
なんか人情を理解せぬ冷血人間とかいうより、どちらかと言うと好奇心が旺盛な
体育界系の熱い男という印象が…

692 :人間七七四年:2008/05/21(水) 08:14:59 ID:Gf9+chx8
信長はクールでもあり熱血ですから。
創作の主役にしやすいのもそこが理由か。

後世の俺たちでさえ信長がなかなか理解できない、というか、
信長はこういうやつ→いや違う
を繰り返すようなら、同時代の人間はますます理解できんかったかも。

693 :人間七七四年:2008/05/21(水) 09:11:04 ID:VcfFSDs8
後世だから理解できないんだろうがw

694 :人間七七四年:2008/05/21(水) 09:29:47 ID:4SQD2nVl
同時代だろうが後世だろうが人間を丸ごと理解できることなどありえないだろうが

695 :人間七七四年:2008/05/21(水) 10:25:25 ID:Gf9+chx8
そんなにつっこまないで;;

696 :人間七七四年:2008/05/21(水) 12:27:58 ID:yHQsYDPS
誰が丸ごとなんて極端な話してんだよ。くだらん。

697 :人間七七四年:2008/05/21(水) 13:50:29 ID:5fxnzq3j
信長がやった非人道的行為って何?


ひょっとして比叡山焼き討ち?長島の一向一揆虐殺?

これは相手も武器持ってる戦闘員を殺したんだろ。
やらなければやられていたろ?
実際弟は殺されてるし。

別に非人道的行為では無い。

698 :人間七七四年:2008/05/21(水) 14:03:53 ID:O7asoarv
>>697
たまに君みたいな頓珍漢な事言うのがいるが、信長は非戦闘員の虐殺、騙まし討ち、猜疑からの粛清など
幾らでも酷いことをしている。戦国時代当時の基準で考えても、だ。
それらの血で血を洗うような地獄の住人であることを踏まえたうえでの英雄信長だぞ?

信長が残酷でも嗜虐的でもないという考えは、信長の人物像を大きくゆがませる。

699 :人間七七四年:2008/05/21(水) 14:20:31 ID:/wfY2y09
0点^^

700 :人間七七四年:2008/05/21(水) 14:44:28 ID:5fxnzq3j
698へ。
頓珍漢は君だよ。

残虐な事をやってるのは信長だけじゃ無いだろ?

非戦闘員の虐殺?一向一揆ならあいつらはゲリラだろ?現代でもゲリラは殺しても罪にならないよ。

騙し討ち?
本願寺が先に騙し討ちで織田軍に攻撃してきた事は事実だし、証拠もあるぞ。
で騙し討ちしてきた次の年の同じ日にわざと比叡山の焼き討ちをした。
これは当て付けだぞ。

別に信長批判してる訳では無いよ。

それに俺は信長好きだよ。

701 :人間七七四年:2008/05/21(水) 15:12:02 ID:O7asoarv
>>700
えーっと…


信長好きなのはよくわかるが、好きなら、もうちょっと、きちんとした文献とかちゃんと読んで、信長のことを調べてくれないか?

君は一方的なイメージと思い込みだけで信長を語っている。

702 :人間七七四年:2008/05/21(水) 16:49:51 ID:5fxnzq3j
700だが騙し討ちに関しては、「日本の歴史11天下一統」熱田公著(ここにいたって本願寺の宗主顕如は、反信長の態度をあきらかにし、9月12日本願寺から信長陣所に攻撃をかけた)

「大系日本の歴史8天下一統」朝尾直弘著(この日夜半雨の降りしきる中本願寺の宗主顕如は突如、寺内の早鐘をつかせ、信長軍に対して攻撃を開始した。信長は仰天したと、「細川両家記」はつたえている。)


焼き討ちに関しては、「国史大辞典」項目執筆者 藤井学。
の天文法華の乱、山科本願寺合戦をを読んでもらえば分かるんだが、相手は武装した宗教勢力。
やらなければやられていたろ?

9月12日に関しては「信長公記」の比叡山焼き討ちに書いてあるよ。


ちなみに、全部「逆説の日本史10」伊沢元彦著。

どうですか?

703 :人間七七四年:2008/05/21(水) 17:05:01 ID:O7asoarv
>>702
ああ、やっぱり井沢か…
んー


まあ、それで満足なら、そう思っておけばいいんじゃないかな?

704 :人間七七四年:2008/05/21(水) 17:39:05 ID:qrhUM+/4
信長の騙し討ち及び約束の反故は伊勢長島一向一揆に対してだよ。
偏った内容じゃないから、チェックしてみたらどうかね。
        ↓    ↓    ↓                  
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Icho/8151/jenoside4.html 

705 :人間七七四年:2008/05/21(水) 17:41:47 ID:Gf9+chx8
>>703
702じゃない、ただの傍観者だが、
あんまりそういう書き方は、良くないと思うなあ。

706 :人間七七四年:2008/05/21(水) 18:02:08 ID:5fxnzq3j
702だが、伊沢さんは自著の中で紹介して自分の意見を本にまとめているだけだと思うけど…

そう言われると思ったから著者も書いただろ?
ちゃんと読めよ。

707 :人間七七四年:2008/05/21(水) 18:09:02 ID:5fxnzq3j
703は伊沢批判しているだけ。
自分が資料や文献を出せと言っておいて、ちゃんとだしたんだからそれに対して反論してみたら?

708 :人間七七四年:2008/05/21(水) 19:06:09 ID:avzCNDNb
だから・・・
当時でも重鎮中の重鎮しかしらないトップシークレットを最近のおっさんが、完璧な資料として完成できるわけ無いじゃん。
小説の延長の大集合だろ。

709 :人間七七四年:2008/05/21(水) 19:10:29 ID:aKqeXH44
長島一向一揆の撫で斬りが非戦闘員の虐殺と言うなら、城に篭った非戦闘員と戦闘員の明確な区分をはっきりさせ、
騙まし討ちというなら、その事例を挙げ、他の大名とは違うことを証明し、猜疑からの粛清も同様にして、
それを証左すればいいだけ

戦国時代当時の基準で考えてと言うなら、尚更ね
勿論、一級史料になんらかの記述があっての事なんだろう
ID:O7asoarvがそれを証明してくれるんじゃね?

710 :人間七七四年:2008/05/21(水) 19:13:05 ID:O7asoarv
じゃあ一応言うけど…

井沢は研究者でもなんでもない、小説家だ、って事、そして小説家として歴史見解を言っている、って事を
一応頭に入れておいて欲しい。

図書館にもあるような本で、信長やその周辺を考える際一応読んでおいてほしいもの

日本歴史大系〔普及版〕 全18巻/ 戦国動乱と大名領国制 小林清治 永原慶二 池享 池上裕子 田中健夫
一向一揆の研究 笠原一男
日本通史 全3巻/ 封建制の再編と日本的社会の確立/ 近世
戦国期の権力と社会 永原 慶二 編
信長の戦争―『信長公記』に見る戦国軍事学 藤本 正行
信長と消えた家臣たち―失脚・粛清・謀反 谷口 克広
完訳フロイス日本史〈1〉将軍義輝の最期および自由都市堺―織田信長篇(1)
完訳フロイス日本史〈2〉信長とフロイス―織田信長篇(2)
完訳フロイス日本史〈3〉安土城と本能寺の変―織田信長篇(3)

711 :人間七七四年:2008/05/21(水) 19:40:31 ID:aKqeXH44
>>710
うん、ところでどこに>>709に書いたような事が証左されてるのかな?

712 :人間七七四年:2008/05/21(水) 19:52:30 ID:LC2q2Fi3
大して詳しくもないが個人的には公家やらの黒幕がいたのでは?と。

近衛あたりなんかは当時疑われていた節があるんじゃなかったっけ?
直接的な指示などではなく耳打ちする程度とかさ

「万が一、今畿内で謀反が起きたら危険ですね」

こんな一言でも威力があるのではないか?とか妄想スマン

713 :人間七七四年:2008/05/21(水) 20:22:57 ID:C+RYh9sj
明智光秀の母殺しは嘘らしいが。
荒木村重の一族や高野聖等の惨殺は、非戦闘員の虐殺に当たらないのだろうか。
また、城を開く際に、城兵の助命を確約しておいても、敵対していたのだから、約束を守らずに城兵を虐殺してもいいのだろうか。
井沢氏によると、いずれも当時では、当然のことで、いいことらしい。

714 :人間七七四年:2008/05/21(水) 20:32:38 ID:5fxnzq3j
710さんへ。

スレからはずれているので最後にしますが、伊沢さんは逆説の日本史の中で参考文献であげている資料や文献を考察して自分の意見を本にしている。

意見は小説家の意見かもしれないがさっき俺があげた資料や文献は伊沢さんとは何も関係無い。
例えば、信長公記とか。

あなたは、俺がそう考えた資料や文献をあげてと言った。
だから逆説の日本史に載っている資料を此処に書いた。
それに対するあなたの反論は伊沢は小説家だから。

おかしくない?
俺がそう考えた資料に対する反論は?
例えば、信長公記とか…

反論になってないよ。


もういいけどさ。

っていうかあなたはそんだけ馬鹿にした逆説の〜は読んだことあるの?
その小説家が挙げた資料や文献も偽者だと思っているのかな。



って事で、皆さんお騒がせしました。
本スレ通り、本能寺の考察に戻って下さい。m(__)m

715 :人間七七四年:2008/05/21(水) 20:43:07 ID:qrhUM+/4
>>712
妄想ありがd。 なんかホッとするよ。

流れとしては、信長の伊勢長島・本願寺攻略戦が残虐行為だったんじゃないか?
って事で荒れ始めてるんだが、再度、皆に確認したいんだけど、他国を攻め滅ぼして自領拡大をはかる乱世なんで、
大なり小なりの卑劣な手立ては、どの武将も使うでしょ。問題は信長の精神性及び性格的性について、どう思う??

様々な文献や書籍や言い伝えや小説を加味して、考えるに俺は正直、信長の異常性を感じるよ。
断っておくが、信長は稀代の英雄と認めた上での事ね。昔から言うじゃん、才能と性格は比例しないってさ。

でも当時の習いで、敵の嫡男はどんな乳飲み子でも抹殺するっていう感覚が、果たして現代人に理解出来るのかな
って考えると、戦いに於いての残虐性・非人道的行為の概念がよく分からなくなる・・。矛盾する様な事言って
スマンが正直な気持ち。よほどの精神力がないと戦国武将等は務まらないと思われ、信長の精神性も頷ける面が出てしまう。

716 :人間七七四年:2008/05/21(水) 20:55:28 ID:5fxnzq3j
人殺しが認められていない現代の考えからしたら戦国なんて全部異常だろ。

攻めこんだ国の略奪、強姦、人身売買が当たり前だったんだからそれを考えて俺は信長だけが異常なんじゃなくて戦国大名って云われる人は現代からしたらほぼ全員異常なんじゃない?

717 :人間七七四年:2008/05/21(水) 21:25:43 ID:O7asoarv
>>714

井沢経由の知識だけで、井沢が参考にしたと言う本の内容を理解したつもりになるな。
井沢の本は自分の主張に都合のいいものを資料の中からつまみ食いしているに過ぎない。
そしてそれは「小説家の作業」としては普通のことだ。

先ず井沢の参考文献に直接当たれ。その上で井沢の著述を「自分の頭で」判断しろ。

718 :人間七七四年:2008/05/21(水) 21:33:05 ID:aKqeXH44
>>717
おーい

>井沢経由の知識だけで、井沢が参考にしたと言う本の内容を理解したつもりになるな。
>井沢の本は自分の主張に都合のいいものを資料の中からつまみ食いしているに過ぎない。
>そしてそれは「小説家の作業」としては普通のことだ。
これ、小説家に限らず学者・研究家でも同じなんだが

だから君の頭で判断した経緯を説明してくれと>>711で証左してくれと書いたんだが、返答なし

719 :人間七七四年:2008/05/21(水) 21:36:44 ID:O7asoarv
>>718
>>710に上げた本を2,3冊読んでくれ。図書館に行けばあるような本だよ。きちんと読めば解るさ。

720 :人間七七四年:2008/05/21(水) 21:40:32 ID:aKqeXH44
>>719
すまんがフロイスの日本史や谷口氏・永原氏・藤本氏の著書は読んだ事がある
が、別に>>709に書いてあるような証明は一切なされていない

721 :人間七七四年:2008/05/21(水) 21:41:13 ID:5fxnzq3j
駄目だこいつ…
何を偉そうに言ってるんだか。
自分の言いたい事言ってるだけじゃん。
反論してもスルーだし…
自分の読んだ本が最高なんでしょ…


ということで俺はもう相手にしないから。


722 :人間七七四年:2008/05/21(水) 22:00:54 ID:hPlcI6AD
二人とも、変の起因について述べなよ。

723 :人間七七四年:2008/05/21(水) 22:18:53 ID:3U7iaDLK
>>713
>荒木村重の一族や高野聖等の惨殺は
荒木の一族は人質。当時の人質というのは主従契約の担保であり、契約が破棄されたら
処分される。つまり裏切られたら預かった人質を’残酷に’処刑するのは当時の習慣。
これについては個人の人格の問題ではない。
高野聖については、先に信長が高野山に派遣した使者が殺されるという事件があり、その
報復として行われたことを無視して虐殺とか言うのはフェアじゃない。

>また、城を開く際に、城兵の助命を確約しておいても、敵対していたのだから、約束を守らずに城兵を虐殺してもいいのだろうか
ケースバイケース。長島について言えば、先に一揆側が「降伏して協力します」と言って
おきながら、約束を破って降伏もせず協力もしなかったという事実があるので。

>>712
近衛説はたしかに史実として変直後に噂としてながれている。ただし秀吉や信孝は近衛を
追求はしていない。
個人的な考えだが、当時の近衛と信長の関係を考慮するとそれはないと思われる。

724 :人間七七四年:2008/05/21(水) 23:21:17 ID:LC2q2Fi3
>>723
近衛の屋根だか何だかからの狙撃?とかってなかったかな?まぁ俺も先に述べたように詳しくはないから…
他にも公家の中に怪しげなやついたような、山科か?変後逃げるように京を離れたやつとか。
光秀が理由を明らかにせずに証拠らしきものも残さなかったのが逆に表沙汰に出来ない何かが絡んでいたんじゃないか?ってのが俺の妄想

725 :人間七七四年:2008/05/22(木) 00:14:14 ID:9Zl33pW6
本能寺の変のことを考える時、信長の性質についても、よく考えこんでしまうのですが
(戦国史初心者が書き込んですいません。初心者なのでここのスレ大変勉強になります)
戦国史に詳しい方が信長の性質についてどう捉えているか大変興味があります。
自分は毛沢東関連の本を読み漁ったことがあるのですが、信長は彼に大変似ている
と感じています。強烈な自己愛、反動的人民愛。あと酒飲まないとことか。
(フロイスの記述が正しければですが。右脳が爆発してるからアルコールが邪魔なんでは
と思っているのですが)毛沢東は権力の頂点に立つと、自分が神と呼ばれ、
人々に愛されることを望むようになりましたが、信長もそうだったのか?と
簡単に関連性づけて捉えてしまうことにも抵抗があります。フロイスの言うように
信長は本当にそこまでの精神状態になってしまっていたんでしょうか?もし
そうなら身近にいる人間が「殺してしまおう」としても不思議ではありませんが。
単純にそれだけの理由とは思いませんが殺された当時の信長の精神状態は昔とどう
変化しているのか、本能寺の変の起因を考察するうえで一考してもよいと
思われたなら、是非皆さんの意見を知りたいです。もし、よければですが・・・。

726 :人間七七四年:2008/05/22(木) 00:32:05 ID:lVpZI4dl
信長はワインを好んで飲んだと思うけど。

727 :人間七七四年:2008/05/22(木) 01:22:53 ID:VugXzeI9
>>725
似ている部分もあれば異なる部分もある、としか>信長と毛沢東

それと神に関しては、信長(と当時の日本人)、フロイス(と当時のヨーロッパ人というかキリスト教徒)、
毛沢東(と当時の中国人民)、現代日本人でそれぞれに認識が異なるので、その点を無視して単純に
同じとか似ているとか言えない。

728 :人間七七四年:2008/05/22(木) 01:55:56 ID:3jw/tolQ
信長が示した残酷さって、他の戦国大名が示した残酷さと大差があるんだろうか…

729 :人間七七四年:2008/05/22(木) 05:58:19 ID:Xe7GAxMi
725
俺も信長の精神状態は高揚過多に陥ってたと思う。
また、光秀も様々な状況が相俟って一種の脅迫観念にとらわれてたんじゃないかな。11安定だった様に思える。だから高柳野望説には賛同出来ない。

730 :人間七七四年:2008/05/22(木) 10:05:57 ID:AN6bJM68
>>728
> 他の戦国大名が示した残酷さ

性格や方向性は一緒。ただ、規模が巨大。

731 :人間七七四年:2008/05/22(木) 19:44:41 ID:i0PdYfEu
http://blog.livedoor.jp/akechi10bemituhide/

732 :サイコメトリー:2008/05/22(木) 19:46:34 ID:r3WLaMo0
>>715
>>725
>>729
自分も信長の精神性には正直、異常性を感じてます。虐殺云々は別として、
自身の権力の拡大による高揚感からか、梵山と称する御神体を作り、下々に
礼拝を強要するなどの奇行が目立ち始め、重臣の追放等に発展していく。

ただ、佐久間父子追放に関してだが、信盛没後、信栄の帰参を許してる事等
を見るに、この件を信長が気にかけていた節もうかがえる。

典型的な直情型で神経過敏質とまでは言い過ぎかも知れんが、臣下皆々は常
に腫れ物に触るかの如き、状態であっただろうとも思われる。

733 :人間七七四年:2008/05/22(木) 20:57:26 ID:VugXzeI9
>>732
神の概念は現代の当時では違う
当時の記録をみると、そう異常とか奇行とは受け取られていない。

現代人からみて奇行異常なのは仕方ないにせよ、それを当時に当てはめて評価するのは
無意味な行為だ。

734 :人間七七四年:2008/05/22(木) 22:03:01 ID:Xe7GAxMi
733
んじゃさぁ、当時の神の概念とはどんなものなの?

それに今は信長個人の話をしてて、武将達の信仰イデオロギーなどの話はしてない。もっと言えば、戦国末期は洗礼を受け、改宗する者が多く、信仰や宗教に対する概念が不安定な時期だと思うよ。

735 :人間七七四年:2008/05/23(金) 00:52:49 ID:h8Br0Q5B
ありがとうございます
726
あ!そうだった。ワイン飲んでたんでした。
727
確かにそうですね。毛沢東と似ていると感じたのはあくまで自分の感覚なので、
歴史学的分析ではありませんよね。失礼しました。中近代マニアが何か面白い
提示の仕方ないかと考えた挙句の稚拙さなので・・・すんません。ご指摘
ありがとうございます。
729
自分は「光秀も天下が欲しかったのだ」というキャッチーな言葉にその時は
なるほど?と思ったのですがこの説だと思考停止になってしまうので、
今はこの説に魅力を感じてません。同意見です。
732
いつも勉強させていただいてます。やはり梵山は崇めさせるものだったとお考え
ですか?あれが信長の洒落だと言う人もいますが、、、。どう思われますか?

残虐性について現代人の視点で信長をとらえるのは確かに難しいですねえ。
不必要に、規模が大きく、無意味に殺した、とはっきりわかればやはり少し
異常か?と言えると思うんですけど。どこまでが合理性からからの行動なのか。

しかし家臣に対して長い折檻状、しかも他の武将と比べて論じる執拗さ、
重臣を足蹴にするキレ具合とかってやはり相当強迫観念的思考の持ち主?
とも思います。実際、他の戦国武将より、生き延びるために敵をかたずけるのに必死
という長い精神的圧迫を強いられる、地理的環境を勝ち抜けられるのは、常人以上の
精神力の持ち主。信長は単に運が良かったという見方もありますが、運も才能のうち、
というより、必死に生き延びようとする力が働いた結果だと思います。敵がほぼ
いなくなってほっとして、いざその状態を守ろううとする段階に入ると、精神のカタが
外れて、脅迫的観念はますます強くなった、という感じがするのですが。
・・・どう思いますか?

736 :人間七七四年:2008/05/23(金) 01:36:57 ID:DrVRfiyF
世にも奇妙な本能寺の変

737 :人間七七四年:2008/05/23(金) 01:41:42 ID:DrVRfiyF
今じゃ本能寺は笑い話として捉えられる
今の感覚で本能寺を語るなら
韓国の朴大統領暗殺とか
スターリン暗殺とか
そんなもん

738 :人間七七四年:2008/05/23(金) 02:07:39 ID:bb8r2v4m
737
意味わかんね。
ちなみに本能寺の変は暗殺じゃないからね。

739 :人間七七四年:2008/05/23(金) 03:16:22 ID:kCsnZ2e2
あくまで、明智光秀による明白な謀叛であり、
奇襲というだけで、犯人も、事件自体の経緯も明白だからな。
そこら辺、同列に歴史ミステリーとかでもてはやされる「竜馬暗殺」とは大違い。
どうしても現代語で表現したいなら、暗殺というよりクーデターになるのかな?

740 :人間七七四年:2008/05/23(金) 18:11:59 ID://6+Rs7M
>>726
ワインに関しては好んでというよりも、舶来物を好飲する事を内外にアピール
していたんでしょうな。本来アルコールがダメな人が種類変えたら好きになる
なんて事はないからね。

>>739
だね。光秀決起の理由がミステリーとされているだけだね。
今までのスレの流れを見てると、複合説だろうね。多少の野心と多少の恨みと
光秀の精神性と家臣の賛同がすべてあったので決起したんでしょう。




741 :人間七七四年:2008/05/24(土) 09:48:49 ID:RJzp9jWR
>>740
俺もそんなとこが妥当だと思うよ。
複合説というと大層に聞こえるが、そもそも様々な要因が絡み合うのが当然だよね。
別に野望説といったって、野心が主な原因とするわけで、
「主君や現状の待遇・地位には一切不満はありません。主君を怨んだこともありません。
精神的なストレスなんかも全くありません。家臣や周りの人間も全く関係無いです。
ただ純粋に己の野心のためだけに謀叛しました。それ以外の要因はありえません」
なんて訳ないだろうしw
不満やら、怨恨説やらでも同じ。

742 :人間七七四年:2008/05/24(土) 15:19:34 ID:Ugj60rYq
740
741
に同意。
後はスレ主の怨恨の件をふまえて、各説の可能性が高い所を合わせた複合説という結論にならざるえんと思う。各説の各部分の消去法が一番無難だろしね。

743 :人間七七四年:2008/05/24(土) 18:39:01 ID:33uc+j6s
話を少し戻してしまいますが。
怨恨にしても、光秀に主因があるのか、信長に主因があるのか、というのが気になります。
客観的に見て、信長は特に悪いことはしていないのに、光秀が恨んだのか。
それとも、客観的に見て、光秀は特に悪いことはしていないのに、信長が虐めるので、光秀が暴発したのか。
どちらが、主因と思われますか。

744 :人間七七四年:2008/05/24(土) 18:48:52 ID:Tx8zMlbI
ソースは忘れたが、寄騎は素直に信長反逆を受け入れ従った訳ではなく家康を始末するものとの思い込まされていた節があったんじゃなかったか?
実際従軍していた小物の日記か何かであったよな。

恨みやらは解らないよなぁ、同じ処遇でもどう受け取るか?で変わる訳だしこればかりは憶測でも難しい気がする。

745 :人間七七四年:2008/05/24(土) 21:15:02 ID:Ugj60rYq
いくら光秀軍の結束固くても、末端までは初めから伝えないよ。
変時も分散させた先発隊を情報漏洩阻止の為に送ってた分けだから。

746 :人間七七四年:2008/05/24(土) 21:32:45 ID:OFMPY+fg
客観的に見れば怨恨が理由とは思えないからそんな事聞かれてもわからない

747 :人間七七四年:2008/05/25(日) 02:16:44 ID:JIyIQeas
人間の心中なんて完全には計れないからね。

例えば、光秀の軍法には「自分は石ころのようにちっぽけな存在だったのを信長公に拾われて
今のような大身になった。その恩に報いるために軍法を定めるのである」なんて文がある。
日付は本能寺の丁度一年前。
素直に読めば、一年前までの光秀には怨恨も何も無いと思えるが、穿った見方をすれば、自分の
恨みの念を信長に見破られないよう、殊更に忠義を装ったのだ、という解釈だって出来る。

748 :人間七七四年:2008/05/25(日) 11:46:34 ID:cOiR8Ztg
>>747
佐久間みたいな目に合わないようにってのもあるかもね

749 :人間七七四年:2008/05/25(日) 20:06:36 ID:B5JPPjio
まぁ佐久間信盛と明智光秀じゃあ比較にならんがな。

750 :人間七七四年:2008/05/25(日) 20:09:56 ID:mR2bpXbH
光秀「え?もう天下平定するつもりなんですか?嫌だなあ上様。もっと戦国乱世の地獄を楽しみましょうよ…。」

751 :人間七七四年:2008/05/25(日) 20:42:58 ID:W+h8HTPd
信長は中国路で光秀に何をやらせたかったのだろう?

秀吉の中国攻めでは時間のかかる篭城戦ばかりだったから、
支城の事は光秀に兵站も兼ねて任せて、信長自身は秀吉と共に
山陽道を進んで毛利方の本城を攻めるとか?


あ〜城攻めかよ、今度もなで斬りすんのかな〜、やだな〜
ほんまに精神的に参るんだよね〜、無抵抗の人間斬るの
うなされるし・・・、という事でZIPANG 信長のノイローゼ説に一票。

「これで眠れる」

752 :人間七七四年:2008/05/25(日) 20:45:31 ID:mR2bpXbH
>>751
本能寺のころはもう、信長は前線に出てないし。後方に引っ込んで武将としては事実上引退していた。

753 :奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM :2008/05/25(日) 20:46:46 ID:lckn2bz3
「これで眠れる」は随天の台詞やん。

754 :サイコメトリー:2008/05/26(月) 18:33:40 ID:i2m2PgKf

複合説の流れが強くなって来てますが、ここで怨恨説をお題にしようと思います。

代表的な例として→ http://blog.livedoor.jp/akechi_mitsuhide/archives/51026222.html ←
上記サイトを参考にして下さい。

皆さんも周知の通り、怨恨説は専門家に最も否定されている説です。それは、
自分も自覚しています。上記サイト内でも信憑性が高いものは、稲葉一鉄と
の諍いとフロイスの日本史ぐらいかと思います。

ですが、自分としては、それだけで十分だと考えています。当初から桑田忠親
説を支持していますが、桑田氏も当然、怨恨説自体を全面的に肯定していません。
少なからず光秀の面目を失墜させる出来事が数度あったのだろうと考えています。
歴史学的には、その根拠となる文献を示せとの事になろうかとは思いますが、
信憑性が高い信長公記でも十分に信長の精神性や性格的な行動を現している箇所
が随所に見えます。

話は少しそれますが、荒木村重の謀反の件等は良い例に思います。外様も外様の
荒木を破格の厚遇にしたのにも関わらず、裏切られる。説得しに行った使者に
『信長は例え瑣末な不貞も許すはずがない』と言わしめた裏には、荒木の信長に
対する心情が如実に窺えるし、信長が家臣団の前でどう振舞って来たかが良く
分かる典型的な例ではなかろうか? 皆はどう思う?



755 :人間七七四年:2008/05/26(月) 19:09:05 ID:8ElNusHt
ただ荒木はそういっても実際信長は不祥事即処罰と言う事はなく
大概汚名返上の猶予を与えてるんだがな
荒木に関しても信長の性格と言うよりも毛利+本願寺陣営の方が有利であり
自分がキャスティングボードを握れる売り時だと踏んだんじゃないか

756 :サイコメトリー:2008/05/26(月) 19:31:16 ID:i2m2PgKf
>>755
荒木村重は本願寺や毛利との密通及び物資の横流し(家臣)があったとの
話は確かにあるね。
でも、あの時点で毛利+本願寺側有利って考えてたとは思えないなぁ。
だって叛旗翻しても、毛利や本願寺が味方する気配すらないじゃん。それとも
両家に踊らされただけ・・? それにしてもお粗末な気がする・・。

757 :人間七七四年:2008/05/26(月) 19:40:27 ID:x8IAztTA
>>754
別に信長は裏切ったもの全てを許さず皆殺しなんてしていないからな。
信長の行跡を信頼できる当時の資料を使って追っていくと、最終的には滅ぼしたり
皆殺しにしたりした場合でも、そこに到る過程では何度も交渉したり、条件付でも
助命を提案したり、いろいろとやっている。外交に関しても、相手が先に約定を
破ったからなど名分を守ろうとしてる。少なくとも、信長から一方的に問答無用で
約束を破ったという例はそんなに多くない。(全くないとはいわんが)

それからフロイスの日本史に関しては、実は信憑性という点ではかなり疑問がつけ
られる書物。なにしろこいつは、上司のオルガンティーノ(だったと思う)から「君の
文章は誇張やどうでもいいようなことばかりで、報告書として使えない」とボツにされて
いるシロモノ。
件の天正十年五月の記事にしても、現代風に言えば記事のソースというか出所にかなり
問題がある。フロイスはどうやって知りえたんだ?


758 :人間七七四年:2008/05/26(月) 20:01:53 ID:m0mWEE96
フロイスの日本史を絶対視しないが、信長と光秀の不和を嘘ついてまで、記載する理由が見当たらないよ。

759 :人間七七四年:2008/05/26(月) 20:28:24 ID:63tS9iIK
>>757
確かに若かりし頃は、そうだったのですが、晩年の1580年頃からは、信長は、裏切り者は皆殺しに近い。
谷口氏の著書を週末を利用して読み返したのですが、例えば、越中・能登の国人で、織田方から、再度上杉方についていた者は皆殺しにされている。
林秀貞の追放も、24年前の謀反が理由になっている。佐久間信盛の追放理由の一つは、7年前に口答えしたこと。
こういうのを読むと、明智光秀も元は足利義昭に仕えていたし、四国政策に反対したわけだから、少なくとも追放理由には事欠かない。
明智光秀が追い詰められるのも分かる気がする。



760 :人間七七四年:2008/05/26(月) 21:29:55 ID:LT4ZDTLr
光秀と信盛と村重って共通性があるようには全く思えないが

>757
その本、変の前に越中や能登で織田から上杉に鞍替えして皆殺しって誰の事?
呼び出して親を切腹させても子を家臣の与力にしていたりしますよ

761 :人間七七四年:2008/05/26(月) 21:31:02 ID:LT4ZDTLr
ごめんなさい >759への話れす

762 :人間七七四年:2008/05/27(火) 01:28:08 ID:L64BJgDj
>>758
あるんですよ。
フロイスの報告書簡を時系列で追っていくと、信長が本能寺で斃れる以前と以後で変わるんです。
それまでは信長のこともいろいろと褒めたりしているんですが、以後に書かれた書簡では、信長の
書き方が変わって、驕り高ぶったんで滅びるのは天命、みたいになります。
具体例を一つ挙げると、信長が自身を神に擬えてどうこうという有名な記述がありますが、あれは
実は日記のようにその時点で書かれたというものではなく、本能寺以後に記述された報告書に突然
でてくるものなんです。で、自己神格化なんて不遜なことをおこなったから、信長は部下に背かれて
滅びることになったと、キリスト教的に説明している。つまり、本能寺という事件を説明するために、
キリスト教義にのっとった説明をするために過去に遡って事件を改編捏造した形跡があるわけです。
この光秀を足蹴にしたという記事もどうよう。フロイスがもし伝聞でそれを知りえたのなら、目撃者
が他にいるわけで、そんな重大事件ならもっと日本人側史料にも出てきていいはずなのに、それがない。

763 :人間七七四年:2008/05/27(火) 10:14:45 ID:OMSIJ1q2
自己神格化しはじめる信長に対するフロイスの評価が変わるのは当然でしょ。
フロイスは日本に布教の為に来てるんだから。

過去に遡って改編捏造した形跡が見られる所はどこでしょうか?ちょうど、
フロイスの日本史を読み返してる所なので確認したいです。


764 :人間七七四年:2008/05/27(火) 10:28:14 ID:STNfUggU
「良書も妄信すれば、忽ち悪書と成す」

765 :人間七七四年:2008/05/27(火) 11:12:19 ID:/bc4Y9Cl
>>763
その「自己神格化」自体が、フロイス以外まともに記録してなく、
眉唾説も根強いんだけどな。
日本の宗教界に与えた影響もさっぱり感じられんし、無反応。

766 :人間七七四年:2008/05/27(火) 11:42:55 ID:STNfUggU
>>765
まあ単純に考えれば、信長というか、織田政権のキリスト教に対する政策が徐々に変化して
締め付けを始めて、それでフロイス達が反感を持ってああいう記述をした、と考えるべきでしょうな。

767 :人間七七四年:2008/05/27(火) 12:32:26 ID:OMSIJ1q2
>>765
宗教界に影響云々じゃなくて、信長がそういう行動とる事自体が脅威なわけで、
あとは>>766が述べる通りだと思う。

無反応と言うが、当時、信長のその行為自体に意見出来た人間がいないだけの
事でしょ。信長が行う一挙手一投足に内も外も身構えていた時代。そういう時代でしょ!


768 :人間七七四年:2008/05/27(火) 12:37:54 ID:STNfUggU
>>767
信長に意見できなくても、日記とかにそう言う物への反応は出てくるものだよ。
当時の日記、随筆の類にすら、信長の神格化なるものにに対する反応が現れていない、ということは、
少なくとも日本人の立場から見て信長は、自身の神格化というようなことはしていない、と考えるのが
自然でしょうな。

769 :人間七七四年:2008/05/27(火) 13:22:08 ID:OMSIJ1q2
>>768
日記や書物に記載がないから、その事は無いというのは極論でしょ。
神格化って言うと大袈裟だけど、実際に梵山に参拝をさせた事実は
信長公記にも見えるし、布教する立場のフロイスからすれば、絶対
に許せる事じゃなかったはずだから、特記した。

当時の日本人からすれば、信長がまさか自己神を意識してるなどと
想像すらしていなかった事でしょうし、そんは事をする分けがない
という思いから、それらしい記述をしなかったんじゃないの?


770 :人間七七四年:2008/05/27(火) 13:26:37 ID:Of2Sv9x8
糞ジジ糞ジジ糞ジジ糞ジジ糞ジジ糞ジジ糞ジジ糞ジジ糞ジジ糞ジジ
糞ジジ糞ジジ糞ジジ糞ジジ糞ジジ糞ジジ糞ジジ糞ジジ糞ジジ糞ジジ
死死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
その老いた姿気持ち悪すぎ
その老いた姿気持ち悪すぎ
その老いた姿気持ち悪すぎ
その老いた姿気持ち悪すぎ
その老いた姿気持ち悪すぎ
その老いた姿気持ち悪すぎ
死ぬとき このレスの事思い出してくれよ
ニヤニヤ(・∀・) ニヤニヤ(・∀・) ニヤニヤ(・∀・) ニヤニヤ(・∀・)

771 :人間七七四年:2008/05/27(火) 13:26:41 ID:f1rK4Rw6
家康が本能寺の変の黒幕かどうかの検証は全くの別問題として、
変を有効に利用できたとは思う。
信用できないけど粛清する口実が無い降将、穴山梅雪を処分できた。

邪推だけどな

772 :人間七七四年:2008/05/27(火) 13:41:47 ID:STNfUggU
>>769
> 日記や書物に記載がないから、その事は無いというのは極論でしょ。

極論も何も、極めて学問的な態度だよ。むしろ無いものを「有る」と言い張るほうが極論。
梵山の件も、信長公記をどう読んでも、それが信長自身への信仰を目論んでいるようには見えない。

江戸城内に東照宮があったように、城の中にある種の宗教施設を作ることは別に珍しいことではない。
それをおおっぴらに参詣させるのは珍しいかもしれないが、だからといって個人崇拝とイコールになるのは
議論が飛躍しすぎる。

つーか、信長は自分を生き神にするような気違いではないよ。

773 :人間七七四年:2008/05/27(火) 13:51:01 ID:IPSBSxG9
自身の神格化なんて仏門に入るのと同じで威厳やカリスマ性を出す為にはある程度必要なんじゃない
信長だけ意見してくれる人がいないつーレスがちょっと引っ掛かるんだけど、理にかなってる内容なら普通に話聞いてるでしょ
そもそも主君に対し行いを変えて貰う話する時には時代を問わず命捨てて物言うのが当たり前だし
それを言わなければならないのが家臣の務め
信長の場合も譜代家臣は大なり小なり御諌め話が残ってるよね?


774 :人間七七四年:2008/05/27(火) 15:24:13 ID:OMSIJ1q2
>>774
信長が自己崇拝を強要してて、現人神を自称してると言っている分けじゃないよ。
ただ『良書も妄信すれば、忽ち悪書と成す』って信長にもあてはまらない?

スレ違い方向だから、少し戻すが、怨恨説として>>1はフロイスの日本史の件をあげた
分けだが、日本史は語るに値しないって事を言いたいの?


775 :人間七七四年:2008/05/27(火) 15:34:51 ID:cHeznqu1
フロイスは信長に常々「デウスだけが唯一の神様で、日本の神仏は単なる偶像だ」
って説いていたから、盆山は彼の目には異常に見えたんだろうね。
フロイスはジャーナリストではなく単なる宣教師なんだから、日本史も話半分で
読んだほうがいいんでね?
マッカーサー風にいえば「キリスト教に迎合するジ○ップだけがいいジ○ップだ」
てな記録なんだし



776 :人間七七四年:2008/05/27(火) 18:31:44 ID:/bc4Y9Cl
>>774
「日本史は語るに値しない」というのが、それこそ極論だと思うがね。
部分否定する意見を、なぜ全否定にとるかな?

神格化の一件は、フロイスが本能寺の変という結果をふまえたうえで、
信長への天罰がくだった、とでもいいたげな因果関係として構成された可能性があり、
光秀が信長に蹴られて怨んでいた、というのも同時に変をふまえて書かれた可能性も浮上する。

神格化、光秀蹴り飛ばした件、ともに
フロイスの記述のみに見られ、それを裏付ける他の記録が存在しない。

この二点が問題視されてるわけであり、神格化の件もスレチじゃないんだよ。
>>772にも指摘されてるが、こうした重要かつ特殊な事件は
他書による裏づけを確認し、それができなければ懐疑的になるのが学問として当然。

777 :人間七七四年:2008/05/27(火) 19:03:54 ID:xA6vJt1x
ここまで考察なし

778 :人間七七四年:2008/05/27(火) 19:04:52 ID:/bc4Y9Cl
ついでに、谷口さんの本から、フロイスの記録の注意点引用しといてあげる

西洋人のリアルな観察は当時の日記や文書には現れない様相を写し出しており、
貴重な史料なのだが、キリスト教を通した偏見に注意しながら用いるべきである。
それにフロイスについては、上司のヴァリニャーノから誇張癖があると評された人物であり
表現のみならず、書かれた事柄に関しても吟味する必要がある。
(『検証本能寺の変』P27)

779 :人間七七四年:2008/05/27(火) 19:10:05 ID:TpU3pJX4
 

780 :人間七七四年:2008/05/27(火) 19:39:39 ID:OMSIJ1q2
なるほどです。
俺は偏った見かたをしていた様だね・・。>>772 >>776 ご指摘感謝。

でもね、それでも俺は怨恨に類するものはあったと思うのよ。
後世の創作として関連書物はほとんど扱われているが、そこにこそ意図的な
作為を感じてる。


781 :人間七七四年:2008/05/27(火) 19:57:00 ID:LJ+WCyfA
>>760
能登なら遊佐一族、越中なら寺崎父子、石黒一族等ですが。


782 :人間七七四年:2008/05/27(火) 19:57:59 ID:877n48Vf
第3回 2ちゃんねる全板人気トーナメント二次予選
<<戦国時代>>板は6/4日出陣
http://2ch.gepper.net/tour/t2/a9.html

詳しくは選対スレへ
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1211037643/

783 :人間七七四年:2008/05/27(火) 21:19:34 ID:a70Fm3ug
信長との諍はあったでしょう。現代人でもさうだが、同じ言動されても、受ける側のとらえ方は人により、千差万別。
少なくとも信長は温厚な性格とは言えない所は皆、分かってるっしょ。

784 :人間七七四年:2008/05/28(水) 06:46:16 ID:rYeXG35P
>>783
>同じ言動されても、受ける側のとらえ方は人により、千差万別。

この理屈は、同時に怨恨説の否定にもなっちゃうけどね。

785 :人間七七四年:2008/05/28(水) 16:27:09 ID:T0HSSHqp
いま発売されてる小学館ウィークリーブックの戦乱の日本史15「本能寺の変」見たけど
最近になってまた単独犯行説が主流になってるんだね

786 :人間七七四年:2008/05/28(水) 16:29:39 ID:wxPTlw7W
>>785
ここ10年くらいの研究結果で、各種陰謀論黒幕説が、悉く潰されたからね。

787 :人間七七四年:2008/05/28(水) 18:40:27 ID:ffDpMyz4
日本支配を企むフリーメンソンの陰謀だな
資料まで全部抹殺するアングロサクソン恐るべし

788 :人間七七四年:2008/05/28(水) 22:50:20 ID:tRZIaSXw
>>760
遊佐は同盟国の七尾城に謙信呼び込んだりして、信長にとっては大罪人でしょ
石黒道之は降伏したのではなく城攻めで捕らえた敵将
寺崎はよくわからないが
寺良崎の事だとすると神保の家臣で謙信に殺されているけど
七尾では越前のような残酷処刑方法が話しには残ってるけどね、皆殺しなのか?

789 :人間七七四年:2008/05/29(木) 14:36:13 ID:c9GoPFaU
>>784
意味わかんね? なぜ怨恨否定になるんだ?

結局は光秀と秀吉と家康と朝廷と義昭と堺衆と伊賀の里の残党と荒木村重と毛利家
すべてが話し合いをして、光秀が愛宕山の籤引きで実行者に当たってしまったので
本能寺は起こりました。

実はこの話合いに信長も参加していて、織田家中の獅子身中の虫を炙りだしたかった
のが本当の狙いだったのよ。明智家中でも信長襲撃隊と救出隊が2分されていたとの事。

790 :人間七七四年:2008/05/29(木) 15:14:13 ID:1X/oBoRh
光秀謀反の理由

@武田攻めでの御折檻
A徳川様接待不首尾のお叱り
B近江坂本、丹波領地を召し上げ、出雲、石見を切り取れとの冷たきご沙汰
C丹波で、足の不自由な母を見殺しにした仕打ち

791 :人間七七四年:2008/05/29(木) 15:19:44 ID:NtixpH7v
>>790
> 光秀謀反の理由
>
> @武田攻めでの御折檻
→後世の創作

> A徳川様接待不首尾のお叱り
→後世の創作

> B近江坂本、丹波領地を召し上げ、出雲、石見を切り取れとの冷たきご沙汰
→後世の創作

> C丹波で、足の不自由な母を見殺しにした仕打ち
→後世の創作

792 :人間七七四年:2008/05/29(木) 15:55:11 ID:SN6Pspqf
>>785
井沢元彦が書いてたな
黒幕(朝廷・秀吉・足利など)がいたなら信長政権の崩壊が目的。
なのに後継者の嫡男信忠は当時、ノーマークで京都から脱出することは可能だった
信忠も討ち取れたのは「幸運・偶然」だと。
結論として光秀の発作的犯行と位置づけてる。

793 :人間七七四年:2008/05/29(木) 15:56:00 ID:c9GoPFaU
>>791
後世の創作なのは分かってるのよ。
だからって光秀が信長に対して怨恨に類するものが無いという証明はならんでしょ。
怨恨否定派の連中は必ず書物の創作を上げ連ねるが、今までのスレでもある様に、
信長の性格からして家臣達と諍いがないはずがないと思うし、無い方がおかしい。

怨恨のみによる本能寺とは思わんが、怨恨が無いとも思わん。
頭でっかちな学者達が文献に無いものは、あったという事はならんと良く言うが、
そもそも人間間の争いなどに然したる理由など無いと思うがな。それは信長や光秀
に限った事でもないしね。



794 :人間七七四年:2008/05/29(木) 16:07:55 ID:i4VUOfE8
明確な資料がない以上は妄想でしかなく、主観の入り交じった希望的観測ばかりになる。
信長の性格ならば恨まれても当たり前と言ってしまえば考察もクソもない。

そりゃ普通は尊敬、敬愛している人物を殺害する筈はないのだが、それを上回るモノもある。

利欲。

まぁでも謀反を起こす5つの理由があるとしたならその中の1つにあってもおかしくはないかもな。


795 :人間七七四年:2008/05/29(木) 16:10:24 ID:VvYvU7N8
しかし光秀が性格の不一致って変を起こしたのなら悲しいが小さすぎだな
信長の性格が・・・ってあまりにも情けない
公私混同の極地だな

796 :人間七七四年:2008/05/29(木) 16:11:22 ID:9qcUBF1A
>>793
怨恨というか軋轢が全くなかったとは思わんが、それが反乱の原因とは限らない。
単に軋轢があったというのなら光秀に限った話じゃないでしょう。しかし、他の
もの達は謀反をおこさず、光秀は起した。

797 :人間七七四年:2008/05/29(木) 16:27:38 ID:P66D2Mdd
>>793
お前の言葉を借りると、信長の性格を問題にしたとこで、
だからって光秀が信長に対して怨恨に類するものが有るという証明はならんでしょ。
たとえ怨恨があったとしても
だからって光秀が怨恨に類するものから謀叛を起こしたという証明はならんでしょ。

お前の怨恨説に限らず、自分の妄想に凝り固まってると、
自分に都合のいい可能性だけをとりあげ、そうでない可能性を考えようとしなくなる。
>>789で、>>784に「意味わかんね」と言ってるのがその証拠。

798 :人間七七四年:2008/05/29(木) 16:57:24 ID:c9GoPFaU
>>797
>>789>>784さんの意味わかんね?は俺に対して言ってるものなの?
怨恨のみで謀反おこしたなどとは言ってない。その要素もあったんじゃないの
って事をいってのよ。

それにここは私論を述べる場所じゃないの? あんたもあんたの私論を述べな
よ。そうじゃないと話にもならん。

799 :人間七七四年:2008/05/29(木) 17:58:23 ID:DMN9XU2M
私論というか妄想だからな

800 :人間七七四年:2008/05/29(木) 19:59:38 ID:gmoUDY/f
>>798
然るべき根拠があって私論が成り立つのであって
あなたの言ってるのは全く根拠のない断定=妄想のたぐいだよ。
ここでは議論の余地なし、チラシの裏にでも書いてろってこと。

801 :人間七七四年:2008/05/29(木) 20:33:49 ID:0Zkhibl7
まぁ人の意見に肯否定するのは楽だわな。だから持論も言えって事じゃね〜の?

802 :人間七七四年:2008/05/29(木) 20:34:52 ID:VvYvU7N8
たぶん叡山攻めや佐久間林追放が信長の性格による物と思ってるんでしょ
性格は政治と関係ない話から妄想するしかないぜ

803 :人間七七四年:2008/05/29(木) 20:38:11 ID:MdsZmuH/
>>788
遊佐一族は、前田家譜等によると、天正8年7月に、信長から、正式に赦免する、と書状を受けて、七尾城を開城している。
ところが、翌年6月に、遊佐続光とその一族・従者は、長家家譜によると皆殺しに、信長公記でも遊佐続光とその弟、次男が誅殺されている。
正式に赦免するという書状は、大嘘だった。
また、寺崎父子、石黒成綱一族は、安土に歓迎するから来るよう言われ、のこのこ行ったら、殺されました。
理由は、上杉氏にかつて味方していたから。
信長の執念深さが分かる話です。

804 :人間七七四年:2008/05/29(木) 21:44:47 ID:Tts1L1C6
ほとんどのレスが俺がふざけて書いた>>787と同じレベルじゃん
無根拠な妄想

805 :人間七七四年:2008/05/29(木) 22:17:43 ID:0Zkhibl7
804
君とみんなを一緒にするな。だからみんなにスルーされてる事を自覚しなよ。

806 :人間七七四年:2008/05/29(木) 23:06:54 ID:Sbn48Ju5
近江坂本と丹波召し上げは事実じゃないのか?
信孝の命令書があるだろ?

807 :人間七七四年:2008/05/30(金) 03:58:22 ID:V7vEnFS6
考証がないのに考察スレ
妄想発表スレにすべき

808 :人間七七四年:2008/05/30(金) 08:53:42 ID:g8vOIVaN
↑明け方4時に書き込んでる奴に言われる事もないわな。

809 :人間七七四年:2008/05/30(金) 11:12:22 ID:VC2gz8GV
丹波召上げなんて話しどこにあるのです?
坂本はしょうがないだろうけど

810 :人間七七四年:2008/05/30(金) 17:36:52 ID:ZQEw5t4A
>>806
信孝の命令書とされるものは、各地から寄せ集められた将兵に対するものの一つ
であったとも考えられているね。

>>809
ソースは『明智軍記』だろうね。


811 :人間七七四年:2008/06/01(日) 20:06:58 ID:RWXb3oA4
今日、本能寺の変の際、明智軍が丹波亀山から本能寺まで行軍したルートを含め、明智光秀最期の地まで走ろう、という本能寺マラニックがあり、参加しました。
まさか、丹波亀山から京の市街地に入るまで、唐と越えの道があんなに悪いとは、本当に明智軍が通ったのでしょうか。
後世の学者の憶測ではないでしょうか、あんな道を軍勢が通れたとは思えません。
ランニングスタイルの軽装で、昼間に歩くのにも苦労するのに、鎧具足に身を固め、槍や鉄砲を担いだ武士が夜間に行軍するのは、無理だと思いました。


812 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/02(月) 09:32:06 ID:S3A+KAiQ
>>811

だから妙見寺の信忠攻めの軍が遅刻したんだろう、というのが後世の学者の主張なんだが。


813 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/02(月) 14:17:13 ID:GvVxtrki
本能寺の日だね。

814 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/02(月) 14:47:40 ID:FsIPBVc2
是非もなし

815 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/02(月) 22:03:04 ID:GvVxtrki
PCによるアクセス規制はいつまで続くんだ。

816 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/03(火) 00:13:38 ID:kecYjxnP
>>811
昔の人の体力を馬鹿にしちゃいけない。
秀吉軍団だってあんな短時間で中国から引き返したぐらいだ。

817 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/04(水) 20:36:30 ID:KPHNQoyI
敵は本能寺あれフィクションだから

818 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/04(水) 20:38:55 ID:qNkqwN1q
>817 見たのか?

819 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/04(水) 20:45:25 ID:r7dgkvXf
俺が本能寺

820 :明智光秀(萩原健一):2008/06/04(水) 21:31:54 ID:vg144wZZ
武田攻めのご折檻、徳川様接待不首尾のお叱り、また!近江坂本、丹波領地を召し上げ、出雲、石見を切り取れとの冷たきご沙汰、また!丹波で足の不自由な母を、見殺しにされた仕打ち!など!語り尽くせぬ恨み有れども!

821 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/04(水) 21:58:19 ID:C9q2HogS
age

822 :サイコメトリー:2008/06/05(木) 13:48:18 ID:aCnOI8m2

ようやくアクセス規制が解除されましたよ・・。
前スレ対応だが、フロイスの日本史に関しては自分も妄信していた様です。
特に光秀と信長の諍いの部分は信憑性が薄いって事が分かりました。ありがとうございます。

変日は過ぎてしまいましたが、本能寺の変から426年。なぜ我々は大昔に起こった
この事変に付いて、語り尽くせぬのであろうか?なんてちょっと感慨に耽ったりしてます。

このスレも800を越えてきましたので、変に起因する各説で消去しても差し支えないと思わ
れる説を確認したと思います。反論やご意見があれば遠慮なく書き込んで下さい。

『明智光秀が織田信長を京都本能寺にて討った理由に値しないと思われる説』

@ 藤田達生教授 の足利義昭黒幕説
A 小和田哲男教授 の平姓信長が征夷大将軍任官を源氏光秀が阻止したという一部説
B 高柳光寿氏 の信長も秀吉も光秀も天下が欲しかったのだとする説
C 林屋辰三郎氏 の家康饗応役不首尾を信長に咎められ、屈辱を与えられた為とする説
D 桐野作人氏 の朝廷黒幕説
E 八切止夫氏 の羽柴秀吉黒幕説
F 立花京子氏 のイエズス会黒幕説
G その他作家達 の黒幕説一式







823 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/05(木) 15:21:04 ID:/liSss8K
「本能寺」の真相

下諏訪で埋蔵金の記事を持った男が、そして京都で光秀縁者の子孫を名乗る男が奇妙な死を遂げた。
二つの死亡事件を探る卜部親子は戦国時代の大きな謎に辿り着く。本能寺の変が起きたときの秀吉と
家康の不可解な行動。そして光秀の首は彼自身のものだったのか。現代と戦国時代が交差する壮大な
歴史ミステリ。
ttp://www.7andy.jp/books/detail?accd=32053517

今日本屋で見かけて、いろいろわらたw

824 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/05(木) 20:20:58 ID:hZj/vKgk
>>822
なぜ桑田さんの怨恨説は入ってないの?これだってここで批判がでたことは、他説と一緒でしょ。
相変わらずの、自分が支持する桑田説を残すため、
都合のいい批判意見だけ選んで他説を消去法で消していくやり方。

それと、桐野さんは朝廷黒幕説なんてとっくに撤回してるんだけどね。
こうした朝廷黒幕説の代表者のような書かれ方は、本人にとってかなり不本意だろうな。

825 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/05(木) 20:34:20 ID:wYCpSsUl
不本意も何も世に出しといて『やっぱ間違いでした』でまかり通るのか!?
本気でそう思うなら自主回収せいよ。だから所詮、作家だと言われんだよ。作家の中でも懸命に研究してる人はいるよ。その人達からしたら桐野氏こそ迷惑で不本意だと思うがな。

826 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/05(木) 20:52:34 ID:hZj/vKgk
>>825
「作家の中でも懸命に研究してる人」の代表格が桐野さんなんだが……

もう少し本を読んでから批判しような

827 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/05(木) 21:41:37 ID:Zk1/ob1e
いつの間に野望説は理由に値しないとなったんだ?
大体の意見としては野望にプラスして何か理由があったのかなかったのかって流れだと思ったが

828 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/05(木) 21:54:02 ID:/liSss8K
作家といえば、立花京子氏のイエズス会黒幕説を熱心に支持してた安部龍太郎氏は今何やってるんだろ?

829 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/05(木) 22:05:09 ID:hZj/vKgk
>>827
そう、そこら辺が桑田説を支持する>>1の恣意的な選択・誘導で
なんか気分悪いんだよね。

830 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/05(木) 22:13:10 ID:wYCpSsUl
だからその意見求めてるんじゃね〜の。
それと桐野氏は研究者なんだったら自説撤回してハイ終了って分けじゃあるまい。

831 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/05(木) 22:20:07 ID:MNrj6HEY
結論は>822の書き方が悪いということだ。

832 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/05(木) 22:24:46 ID:Zk1/ob1e
書き方だけの問題か?

833 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/06(金) 04:56:55 ID:9aEr6a16
そもそもあれだ。
自分で各研究者の著作も読まず、自分でろくな考察もせず、
2ちゃんの戦国板のスレごときでいくつか批判的意見が出ただけで、
その説を「討った理由に値しない」と断定し、消去していく
>>1のおめでたい思考自体が根本の問題だと思う。

でもまあ、自分で調べるのも、考えるのも面倒だけど、
結論だけは手っ取り早くしりたい。

834 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/06(金) 05:00:43 ID:9aEr6a16
途中で送信しちまった。

でもまあ、自分で調べるのも、考えるのも面倒だけど、
結論だけは手っ取り早くしりたい。
これが普通の歴史ファンの発想だろうから、そう責めるようなものでないかもしれない。
スレタイに「徹底考察」といれてるのにアレだが。


835 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/06(金) 07:26:57 ID:Pd0MGspA
結論が知りたいというよりも自分の意見を結論にしたいように見えるが…

836 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/06(金) 09:41:35 ID:VrnW7WAH
明け方から、書き込みご苦労様です。
>>1 だって2chって事分かっててスレ立てしてると思うがな。
>>829>>833が同一人物かどうか知らんが、ここのスレに対して不満が有る
ならば来なきゃいいし、もしくは自分でスレ立てすれば良いんじゃね〜の。
しかもあなたは、ここが悪いあそこが悪いと言うばかりで、持論も言わず、
批判してるだけじゃん。前にも誰かが書いてたが、人の意見に異見する事
は簡単だし楽だけど、異論を唱えて初めて説得力を有する様になるんじゃ
ないの?

もしかして、大庭さん関係の人だったりしないよね〜〜。

837 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/06(金) 10:00:16 ID:H+cwXkbt
>>829

安部は現在、西日本の地方紙に連載しているんじゃない?
博クンがお得意のパクリで佐久間道徳事件について講釈垂れて、
結局、史料の誤読を指摘されるや、安部に責任転嫁してたよ。


838 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/06(金) 12:54:05 ID:HeqWfB9O
>>833に全く同意。

結論、>>1はとりあえず
5年ぐらい自ら研究してから出直してこいアホ

839 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/06(金) 13:07:26 ID:ijA1B+O2
>>833
>>838

またわかりやすい自演だな

840 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/06(金) 15:58:52 ID:VrnW7WAH
>>839
激しく同意。やっぱ大庭絡みだな。この執拗さは。誰も相手にしてくれんから
自作自演しかないんだろうな。

841 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/06(金) 16:57:51 ID:Pd0MGspA
>>836
829と833は別人やないか?
批判のベクトルが全然違うし
むしろ>>1が図星を突かれたので話をそらそうとして
恣意的ではないという流れにしたがってるのかと思ったが
そのあとのへんな流れ見てると違うみたいだな
833=838はまぁ同意だな

842 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/06(金) 17:12:01 ID:1tDu+Lcy
最近は自分でスレも立てねえ癖に文句ばかりな椰子が多くて困るな
自演にも程があるぜ

843 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/06(金) 18:51:50 ID:07I8xIHm
:インタビューよろしいですか?
織田  いいよ、これから切腹だからあんまり時間取れないけどね(苦笑

:謀反を起こされてしまったが。
織田  まあね、こればっかりはしょうがないよね。戦国時代だからね。

:随分サバサバしているが?
織田  いや、人間五十年みたいなとこあるからね。俺も49だし。
そろそろいいかなって気はしてるよね。はっきりいって。

:明智光秀の謀反は予想していたのか?
織田  してたかしてないかっていったら、してないよねさすがに(笑い)
まあキンカンなら是非もなしみたいなのはあるけどね、はっきりいって。

:なぜ謀反を起こされた?
織田  いや、それはわからないよね。理由まではね。
キンカンならやりかねないよねってだけで。

:今後天下は誰のものに?
織田  それも難しいよね。ただサルじゃねえかなって気はするよね。
つーかアイツが炊きつけたんじゃねえのかってちょっと思ってるけどね(苦笑)

:最後に一言
織田  まあ火も迫ってるしね、特にないけど、ただ比叡山のみなさんには
ちょっと悪いことしちゃったかなみたいなね。
俺も若かったし、やりすぎちゃったかなみたいなとこはあるよね。
じゃ、こんなもんでいいかな?敦盛舞うからそこ空けといてね。



844 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/06(金) 20:51:57 ID:3sdffxjU
信長バージョン、信忠バージョン見たので、
次は光秀バージョンか毛利新助バージョン見たい。

845 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/07(土) 11:41:08 ID:DhLg1lEK
ちょっと聞くんだけど
○○黒幕説というのは、上下関係の下厳命したものなの
それとも使嗾しただけなの。




846 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/07(土) 12:05:16 ID:DwPWJxQ9
>>845
陰謀説はほとんど全部、そのへんの考察がいい加減か、あえて有耶無耶にしている。

847 :サイコメトリー:2008/06/07(土) 16:04:46 ID:ppC5RZxF

どうもアホ扱いされたり、扱き下ろされている様ですね、自分が・・・。
>>822に関して言えば、反論ご意見下さいと、前フリしてあるわけですから、
ご指摘通り、私的な意見(消去説)です。元々自分は歴史好きなだけで、
豊富な知識も持ち合わせていません。だからこそ、フロイスの日本史等の
信憑性はここに出入りする方に教えてもらいました。ましてや文面の書込
方等は不得手で要らぬ誤解をまねいてる可能性があります。申し訳ない。

ですが、あくまで自分がスレ立て者なので、自分先導で行かせてもらいます。
気分の悪い方等は、>>836さんを引用させて頂きますが、異論を持って書込み
して下さい。そうじゃないとダダの荒らしと同じだと思いますので。

>>824
桑田氏の説はどなたかに批判されてますか?
桑田氏の怨恨説は各文献の信憑性を拠り所にしてるどころか逆に本人も信憑性は
薄いと自覚した上での説です。

>>824>>826
桐野氏の件ですが、朝廷黒幕説を撤回してるのは承知してますが、>>825
仰るとおり、研究者でもあるわけですから、研究の一時の結果として朝廷
説が出た以上、説論者として名前を挙げる事に問題があるとは思えません。

>>831
書き方悪い件、スイマセン。

>>843
和やかな雰囲気にして頂き、感謝です。

>>845
ちょっとよく意味が分からないのですが、基本的に黒幕説全般は消去しても
妥当ではないかと思ってます。


848 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/07(土) 22:26:59 ID:JzQijRZV
まぁどの世界にも批判君はいるからね。たぶんそれが生き甲斐なんだろうね。

849 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/08(日) 01:24:01 ID:lhwgM8K4
自分のHPでも持ってやられたほうが良いんじゃないでしょうか?
ここはいろんな人がいろんな事を書くところですし。
どうしても自分の意に沿うように話を進めないと気に入らないという方には合わないと思いますよ。
それか、スレタイを「サイコメトリーの〜〜」みたいにするなり、>>1の文章に
「私の思い通りの発言をしない人は荒らしとみなします」みたいに書いとくとか。
そうじゃないとスレタイの話題について語りたい人や興味がある人が普通に発言して良いのかと勘違いすると思うので。

850 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/08(日) 06:28:20 ID:34GtZIx/
>>1を批判した者を叩いて喜んでる連中も、
何も自論を述べず、一切建設的な書き込みをしてない件。

まあ、もう百ちょいで埋まるし、スレ主様登場の>>822以降糞スレ化ということで
適当に放置でいいんじゃあない。
大体>>827の言うようなとこに落ち着いちゃって、今更話すこともあんまりないし、
これまでまともに議論してきた連中も去ってしまっただろうし。

851 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/09(月) 00:40:31 ID:F6eS57C4
真相は藪の中だよ

852 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2008/06/09(月) 14:40:00 ID:G8x/VbD+
兼和が変当日に光秀に会って「在所の儀」一切を光秀に頼み込んでる

変後、京を出て坂本へ向かう光秀の軍勢を追いかけて、兼和みずから馬を駆り

わざわざ粟田口にまで出向いて光秀に面会を求めてお願いしなければならなかった

「在所の儀」とは一体なんだろうな

ヴぉけ

853 :人間七七四年:2008/06/09(月) 16:07:35 ID:VXyyhUC1
>>852
確か桐野(PHP)本に書いてあったが、兼和の荘園の飛び地が
粟田口にあって、そこで兵隊が乱暴狼藉働いている(=在所の儀)
からなんとかしてくれってお願いだったと思うが。

>>847
研究者である以上は説を撤回しても批判の対象にされるのは当然だが
、氏は学研本で単独犯説に改説されPHP本での前書きでは「ファラ
オ本を世に出したことに忸怩たる思い」があるっていってんだから、
「桐野旧説」が妥当だろ。

854 :人間七七四年:2008/06/10(火) 09:08:12 ID:0URgrTs9
>>850
そう言うあなたも、人に意見してるだけで、変について何も述べてないけどな。
まぁ意見してるだけだから、それで良いと思うんだけど、問題にしてんのは、
人の説や意見(変に関する)に批判する時は、別説や別論を言わなきゃ、話に
ならないとの事でしょ。まぁ当然だわな。

俺の私論では、光秀単独(多少の野望((畿内制覇)))+突発+多少の怨恨
って所だと思う。
黒幕や協力に関して言えば、里村やら光秀昵懇の者は事前に知っていた可能性
は否定出来ないが、察するに彼らからすれば、耳を疑い、耳を塞ぎたくなく心境
だったと思う。つまり、知っているだけで、なんら共生していたわけではないと
思う。

855 :人間七七四年:2008/06/10(火) 10:32:09 ID:Ir2QZKrH
黒幕とか無い無い。

だれが黒幕だったとしても信長と信忠を同時に殺さないと意味が無い。
なのに信忠は完全にノーマーク。御所に移動できるぐらいノーマーク。信益も簡単に逃亡してる。御所に居座らず、四国遠征軍に合流したり安土城に移動することも可能だった。

明智光秀が天下を取るにしても信忠を殺さないと意味が無いし、今の研究では光秀の年齢は本能寺の変時点で60代後半だったとなっているし、野心があったのかも怪しい。

856 :人間七七四年:2008/06/10(火) 13:36:48 ID:cIgDkRIn
信益??
うらくの事??

857 :人間七七四年:2008/06/10(火) 14:14:20 ID:nWHMrZ/8
織田信益
十郎左衛門信清の二男。
美濃経略の先陣として十九条城の守将となる。
永禄5年、洪水により孤立し、稲葉又左衛門の家臣野々村三十郎に討たれる。



じゃあなくて、長益さんのことだろうね。

858 :人間七七四年:2008/06/10(火) 15:56:12 ID:Ir2QZKrH
失礼。間違えた。長益です。

859 :人間七七四年:2008/06/10(火) 19:23:12 ID:KlbwUPDX
お前ら、ここでは怨恨説以外語るのは荒らしだぞ

860 :人間七七四年:2008/06/10(火) 20:07:02 ID:0URgrTs9
>>857
お詳しいですね〜。戦国初期はよくしらないんだよね・・・。

861 :人間七七四年:2008/06/11(水) 09:44:19 ID:/MKWOiF4
それにしても、長益やら荒木村重やらは戦国武将と言えるのか?

862 :人間七七四年:2008/06/11(水) 10:53:42 ID:0xVOOJrr
>>861
意味がわからん。

863 :人間七七四年:2008/06/11(水) 11:26:47 ID:X+uIst8b
>>861
言えますが何か?

864 :人間七七四年:2008/06/11(水) 12:05:47 ID:/MKWOiF4
所業が武将らしくないって事。
まぁ武将は武将だが、好きじゃないって事。2人の事、好きな人いる??

865 :人間七七四年:2008/06/11(水) 12:24:51 ID:5omOLxSp
荒木は好きだな。三好の家臣の池田の家臣から摂津一国の主までのしあがったあたりが。
最後はお粗末なやつだが

866 :人間七七四年:2008/06/11(水) 12:46:24 ID:n38PF02w
有楽だって茶ばかり飲んでいたわけじゃなく、関ヶ原では麾下の手兵を率いて参戦した。その数450

867 :人間七七四年:2008/06/11(水) 12:47:47 ID:t/WZD6YN
まぁ光秀の最期もしょぼいし仕方ない

868 ::2008/06/11(水) 12:49:49 ID:t/WZD6YN
>>865

869 :人間七七四年:2008/06/11(水) 12:54:54 ID:0xVOOJrr
荒木村重は、同時代ではあの戦場放棄は非難されていない。
それどころか秀吉の時代になると、むしろ尊敬を集めている。

現代人の感性で村重の行動を批判するのは間違いなのであろう。

870 :人間七七四年:2008/06/11(水) 14:49:11 ID:/MKWOiF4
>>869
戦場放棄!? 戦として抜城や撤退等は当然の事でしょうね。村重のそれは、
その事じゃない、一族・女房衆を見殺しにした所が問題でしょ。

清水宗治等の様に自身の命と引き換えに、家臣や一族の助命を懇願する武将
も存在する分けだから、比較のしようもない。また、道糞と称し自身を卑下
した事からも自責の念も窺えるしね。

誰に尊敬を受けてたか知りませんが、それは憐れみの間違いではないのかなぁ。
村重批判に現代も戦国時代もなかろうと思うが。

871 :人間七七四年:2008/06/11(水) 15:00:02 ID:0xVOOJrr
>>870
それこそ秀吉とかから思いっきり厚遇されているわけだが。
一族家臣の見殺しというが、それも結果見殺すことになったと考えたほうが自然だろ。
清水宗治の例を出されても、おかれた状況も戦況も違うわけだから、一概に比較なんて出来ないし。

872 :人間七七四年:2008/06/11(水) 15:03:18 ID:gNC3kFjW
>>870
「道糞」と称したのは自責というより、秀吉に媚びてる印象。

俺も、誰に尊敬を受けてたのかは知らんが、
誰が村重批判をしてたのかも知らん。
そこんとこの根拠よろしく。

873 :人間七七四年:2008/06/11(水) 15:18:30 ID:/MKWOiF4
>>871
秀吉に厚遇されてた事が何? 秀吉の温情でしょ。それか利休の口利きか。
秀吉に厚遇されていた事が、村重の尊敬を生んでたの?

>>872
そうですね、自分も道糞って名はアピールだと思います。
村重批判に関しては、織田右楽同様、京童に揶揄されてましたし、歌にまで
なったものが、山上宗二記に出ていた様な・・。正確じゃないので早めに
確認しておきます。


874 :人間七七四年:2008/06/11(水) 18:01:03 ID:nMSf9oQM
信長の性格やったらわかる。どっかでホリエモンとにてるような気がする



875 :人間七七四年:2008/06/12(木) 09:37:57 ID:BeO0ANe1
トヨタの正体

自動車雑誌は、トヨタ車の批判は書かない。いや書けない。なにせ売上高21兆
369億円、純利益は1兆3721億円(2005年度3月末決算)。その一部の約900億円
を広告費として使うだけで、どの会社よりもテレビCMを流し、新聞や雑誌に広
告を打ててしまう。日本中のあらゆるメディア、広告会社という信号機は、その
潤沢なトヨタマネーの前に青信号ばかりを点灯させる。信号無視のトヨタ車に赤
信号を点灯させるのはこの本だけである!

【内容の一部】
クルマ雑誌が書けないトヨタ車の評判/レクサスの中身/仕掛けられたプリウス
神話/トヨタのエコ戦略のまやかし/政治好きで出世した奥田会長/税金使って
道路から空港まで/過労死とウツ病だらけのトヨタマン/トヨタ“凄惨”方式/
外国人労働者急増の豊田市
http://www.labornetjp.org:80/news/2006/1151125165532iseki-kaihatu


トヨタ営業利益二兆円を支える「奴隷労働」!
http://www.green.dti.ne.jp/protest_toyota/other/061108support.htm

876 :確認者:2008/06/12(木) 20:28:28 ID:sZJQgtTq
光秀の気分でやった。
重臣が賛同した。
信長が手薄だった。
信忠も都合良く来た。
信長殺せば、多少でも味方になる者が居ると思った。
小さな野望もあった。
小さな怨恨もあった。

上記すべてが光秀が決起した理由です。皆があーでもないこーでもないって
言ってるから、直接聞いて来ました。


877 :人間七七四年:2008/06/12(木) 21:04:41 ID:EOhSJYdO
876さん、気持ち悪い事書かないで下さい。戦国史初心者だからここ勉強になるし
楽しみにしてるのに。妄想ともいえる説でも皆で討論していたら、別の説にたどり着く
かもしれないから、ささいな考えでも書き込むのはいいと思うのですが、
本当の妄想はアウト。

878 :人間七七四年:2008/06/12(木) 21:48:02 ID:2QpdfUSr
あとは
コーエーにでも
任せねえぃか?

879 :人間七七四年:2008/06/13(金) 01:33:22 ID:pOJO9hV4
毛利と間違って攻めちゃったんだよ。光秀も歳だしうっかりしちゃったんだよ。

880 :人間七七四年:2008/06/13(金) 10:15:19 ID:E2/Y1s7j
俺もここのスレ好きで、ちょくちょく覗いてたが、最近は建設的な話がなくなり、スレ違が増えて、以前の様なバトルが見れず残念。スレ主さん、何か新しいスレ立てお願いします。

881 :人間七七四年:2008/06/13(金) 10:32:36 ID:JIYQxGEL
スレ主がスレ主だからな
まともな人がちゃんとした話が出来るスレ立てた方が良いかも

882 :人間七七四年:2008/06/13(金) 11:06:11 ID:gjMbC+ID
>>880
ここの住人の意見は落ち着くとこに落ち着いた感じだし、
今さら話す事もあんまりなくなってるとおもうからなあ。
なんか自分の仮説を発表するなり、質問をしてみりゃ、反応あるんじゃない。

とりあえず、ここ使い切るまでは新スレ立てないでいいと思う。

883 :人間七七四年:2008/06/13(金) 11:19:12 ID:gjMbC+ID
ここ使い切っても、本能寺のスレ他にもあったな。
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1149962316/l50

>>1が勝手な理由で重複させちゃったようだが、
ここが埋まったら、あっちのスレをまず使い切るのが筋じゃない?
過疎ってきたからまた新スレ立てて乱立とか、おかしいだろ。
当分は新スレとか必要ないなあ。

884 :人間七七四年:2008/06/13(金) 13:54:43 ID:wmiKVdbF
>>882>>883
その本能寺スレ4月から伸びてないじゃん。しかも、立てたの2006だし〜。
ここのスレは今年の4月に立ってすでに約900に伸びてる分けだけだから、
それなりに皆が注目してたって事でしょう。
本能寺スレがすでに有るからとかの問題じゃなく、内容の問題でしょ。
休眠状態のスレを使い切るのが筋? どこからそんな筋が発生したが分からんが、
あんたがスレ立てに付いて、講釈垂れる事自体がおかしいと思うがな。


885 :人間七七四年:2008/06/13(金) 17:14:10 ID:gjMbC+ID
ん?新スレ立てるのは現行スレが埋まりそうになってからとか
同内容のスレを乱立させないとか、この手の掲示板の常識的なマナーと思ってたけど違うの?
古い重複スレをageてまず使い切るとか、普通にやることじゃない?
そんな頭に血をのぼらせるほど気に食わないことか?

886 :人間七七四年:2008/06/13(金) 17:48:58 ID:wmiKVdbF

2chに常識的なマナーが存在するとは知りませんでした。

887 :人間七七四年:2008/06/13(金) 17:56:35 ID:Z2Xx4Yxj
>>886
君みたいなのがいるからそう言うイメージもたれるんだろうね。

888 :人間七七四年:2008/06/13(金) 19:35:24 ID:00+TmQxe
>>878
あそこは結構ミスするからダメですよ。

889 :人間七七四年:2008/06/13(金) 19:45:12 ID:wmiKVdbF
>>887
んじゃ君の2chに対するイメージ教えてくれ?


890 :人間七七四年:2008/06/13(金) 19:48:20 ID:ZytEp8uh
>>889
つ[清く正しく美しく]

891 :サイコメトリー:2008/06/17(火) 11:27:47 ID:d73Vp2Vt
>>877
感謝します。あなたの様な方が居るだけで、このスレ立てた意味が有ります。

新たなスレ立てしても構いませんが、残り100以上書き込めるので、もう少し
ここで継続したいと思います。最近は、人の出入りが少なくなって来てしまいましたが、
地道に続けてみます。私的意見ですが、また、ご意見願います。

今まで、光秀が信長を襲った理由に付いて、あれはない。これはない等と
消去法で各説を考えていましたが、光秀が決断に至った間違いなかろうと言う状況を
再検証してみようと思います。(今更ですが、お付合い下さい)

@信長の身辺状況の把握(手勢及び直臣の少なさ)
A方面軍の点在
 ここでひとつ疑問なのだが、秀吉・勝家・一益軍は急遽戻る事が出来ないと
 判断していたと思うが、信孝と長秀軍の事は光秀が気にしていなかったのだろうか?
 状況からみて、信澄と事前打合せが出来ていたとは思えない。自分はこの一点だけ
 でも高柳野望説を否定したい。

B自らの状況(万軍以上を京近くで動かす事が出来る状況)
C与力衆の状況(変前には、少なからず筒井・細川は自軍に付くと踏んでいた)
D本能寺周辺の状況把握
E足利義昭の存在(存在自体)
F反信長勢力(各方面軍が一益軍の様になるだろうと・・)

こんな所でしょうか? 


892 :人間七七四年:2008/06/17(火) 12:16:20 ID:S5gKNxTp
>>878
確かに、変後の光秀の動きからすると信澄との共謀はなかったでしょう。
しかし、信澄との事前の打ち合わせがないから野望がないという意見はいまいち意味がわかりかねます。
四国遠征軍は変時には住吉にいたとはいえ、信孝は伊勢2郡しか所領がなく伊勢の浪人衆はては丹波まで
軍役を課していた書状があることからすると内実は寄せ集めの軍勢で、副将の丹羽・蜂屋の身代も10万石
以下であることから、光秀にとっては四国遠征軍に信長親子が合流しさえしなければ筒井軍で対応できる
と考えていたのではないかと思います。
すなわち、四国遠征軍は光秀にとってはさほどの脅威ではなく、彼の野望の妨げにはならないということ
です。四国遠征軍はこの点が未成熟で、他の中国・北陸・関東遠征軍と性格が大きく異なるからです。
また、光秀は変後は山城・近江・美濃方面には派兵していますが、摂津方面には派兵をしていません。こ
れは摂津方面には関心がなかったからではないでしょうか。
ちなみに私は、桐野氏の新説を支持していましたが、桐野説をベースに作家の津本陽氏のノイローゼ説を
支持しています。
桐野氏の説では光秀の政治的地位の低下が信長殺害するほどの動機たりうるかの説明が欠けているし、利
三の帰属問題は光秀にとっては勝訴なのでこれを殺害の動機にするのは失当だからです。
光秀は丹波平定後は3年間、方面司令官としての仕事はなく、同格の柴田・羽柴と己を比較して「主君に干
されているんじゃないか」と思いつめてもやむをえない感があります。
そして、自分より格下で出世が頭打ち状態の丹羽が四国平定軍の副将に抜擢されたことで、鬱積が爆発した
と考えています。つまり、今度の仕事も甲斐平定と同じく信長の護衛まがいの軍役で手柄に直結しないもの
だと想像をめぐらせて、仕事をしない武将にたいする信長の過去の仕置き(多分改易)を回避するため、即
物的に謀反に走ったと考えています。
光秀の内心など資料で確認することは不可能で、光秀の織田家での地位の変化等から想像しただけなので反
論は甘受します。

893 :人間七七四年:2008/06/17(火) 12:17:50 ID:S5gKNxTp
>>891
で、>>878誤爆スマソ

894 :サイコメトリー:2008/06/17(火) 14:18:19 ID:d73Vp2Vt
>>892 レス感謝です。
信孝・長秀軍に付いては、確かに、その他の方面軍と比べるまでもないですね。
確かに摂津方面に自軍を割いてないですね。仰る通りです。

自分の野望説否定は、高柳野望説否定です。自分なりの解釈では、光秀の用意
周到のなさが、どうしても解せないのです。天下を望むべく決起した光秀が
細川・筒井・津田信澄に何らの事前説明、事前要請もなく事を起すでしょうか?
↑でも上げてる通り、自軍に付いてくれるだろうとの過信があったとは思うの
ですが、事それが野望説となると、軽はずみな判断はしないと思うのです。
ですから、変の一因は突発的な行動と考えています。

光秀の政治的な地位の低下が顕著だったと事ですが、仰る通り、対長宗我部に
関しては、光秀は少なからず憤慨していたハズですね。しかしながら、干され
てた感はあるでしょうか? 確かに方面軍としての戦役は無いですが、馬揃え
を取り仕切り、正親町天皇の前で面目を施した役目はある意味、戦役以上に重要
だと思われます。

元々光秀は、義昭の取り成しから信長に乗り換えた男ですから、折衝や故事典礼
に長けていた武将です。信長の構想では今後、そういう方面で彼をより使おうと
考えていたんではなかろうか との説があるサイトにありました。自分としても
同意出来る所です。ただ実際、光秀がそう考えていたハズもなく、展望不安に陥
っていった可能性は十分にありますね。

895 :人間七七四年:2008/06/17(火) 14:31:24 ID:uyrbcNC/
>>892
>光秀は丹波平定後は3年間、方面司令官としての仕事はなく、同格の柴田・羽柴と己を比較して「主君に干
>されているんじゃないか」と思いつめてもやむをえない感があります。
方面軍司令官の仕事はなかったが、そのかわり中央の政局に関わる仕事に携わっている。
軍事面で仕事がないからといって、それで即干されたというのも短絡なような気がします。
そもそも信長にとっての怠けるというのは、信長から命じられた任務に手を抜くというもので、
光秀は与えられた仕事は十分に果している。信長から軍事命令がこない以上、戦働きがないから
という危機感はさすがに抱かないと思う。それいったら丹羽だって戦働きはたいしてこなしては
いないが、安土城建設など軍事ではな重要任務を授かっている。
それに武田征伐だって、信忠軍だけで決着がついてしまったのが嬉しい誤算であって、信長の
考えとしては光秀を含む信長本軍も十分に戦働きがあると想定しての編成なのだから。
武田征伐で光秀が軍功を樹てられなかったのは幸運な想定外で、信長の意思としてはむしろ、
光秀を武田との決戦兵力としてつかうつもりだったと考えられる。
ちなみに西国遠征に関しては、単に毛利との決着、だけでなく、四国や九州までを睨んだ大遠征
の予定だった。それに従軍するのなら、光秀の軍が護衛で功績を立てる機会がないというのも
考えにくいと思うが。

896 :892:2008/06/17(火) 18:06:20 ID:coxmT8Qn
>>894>>895
レスありがとうございます。
軍役を賦課されていなくとも、政局方面の重要任務を任されていたのはご指摘のとおりです。
しかし、光秀は近畿方面に組下武将を従えた大身の大名であることもまた事実です。政局方面
の仕事は大軍を率いなくてもできる仕事ですし、光秀の甲斐の軍役・西国遠征も後方支援にす
ぎず、方面司令官から遊撃指揮官へ地位の低下を実感したとしても飛躍した想像ではないと思
います。また、桐野氏・谷口氏が指摘していますが、織田側近・連枝衆の近江掌握構想でもっ
とも不利益を受けるのは京都にもっとも近い坂本・亀山を所有する光秀で、四国政策などのさ
まざまな要因で、光秀の頭がテンパッったとしても不思議ではないと思います。
それゆえ、光秀の能力を今後の天下統一事業に使うつもりだったという信長の思いが、光秀の
鬱積ゆえそれを受け止めることが出来ないほどの状態であったと思います。このような心証形
成には信長の家来に対する仕打ちが大きく影響していると考えるのも飛躍した想像ではないと
思います(信長と消えた家臣たち 谷口克広 中公新書参照)。
信長は秀吉と光秀を競わせるように(ほかには前田・佐々)起用していたことは、多くの文献
から明らかです。たとえ、光秀に対し行政官僚としての将来に信長が期待していたとしても、
九州遠征で彼を起用するつもりだとしても、中国の秀吉の援軍にしか起用されなかったことで
長年の競争相手である秀吉に大きく水をあけられたと光秀が絶望的な気持ちになったと考える
のはやむを得ないと考えます。また、彼は「当代記」によれば67才で、息子の十五郎は「日本
史」によれば13才です。彼の年齢からすると四国遠征軍の司令官に起用されることが戦功を立
てるラストチャンスだったと思います。当然ながら息子に司令官や行政官僚の仕事ができるは
ずもありません。仕事のできない息子の将来は明白です。

彼の脳岱を支配していたのは野望でもなく怨恨でもなく、絶望です。

897 :892:2008/06/17(火) 18:25:24 ID:coxmT8Qn
若干の補足です
>それに武田征伐だって、信忠軍だけで決着がついてしまったのが嬉しい誤算…
これはない。
信長は信忠軍団の後詰にすぎず、信長は家督を譲って以降自ら干戈を交えたこと
はありません。甲斐平定は信忠仕切りの仕事で、だからこそ信長と共に甲斐に進
軍した光秀軍の士気がぐだぐだったという記録があります(ソースは谷口・桐野
本)。
信長本隊は決して戦に参加しない、この護衛軍は兜首ひとつ取れない、これが正
算です。

898 :人間七七四年:2008/06/17(火) 18:33:58 ID:e619V63q
変の前に前田と佐々を競わせた話はまともな史料には無いです
立場違い過ぎます
本能寺以降ぶつかる2人なのでごちゃ混ぜになってる文献も確かにありますけどね

899 :人間七七四年:2008/06/17(火) 18:41:33 ID:d3JbuVwM
>>896
光秀長男は信長か信忠の小姓に出仕させる話とかはなかったのだろうか…?

900 :はんじ:2008/06/17(火) 20:04:06 ID:FOZa/IeJ
俺が居たら、光秀も信長も死んでたな。

901 :人間七七四年:2008/06/17(火) 20:16:25 ID:uyrbcNC/
>>897
信忠軍の進撃スピードをみて、信長から滝川に宛てた「自分が来るまで待て、信忠を抑えろ」という書状が
残されているわけですが?
しかし信忠はそれを無視して一気に甲斐に侵攻、信長が濃信国境を越える前に武田を滅ぼしてしまった。

それから谷口に氏の近江掌握構想は知ってますが、近江の所領を失うのは光秀に限った話じゃない。
柴田に丹羽、羽柴だって近江の所領は将来的にだが収公予定だった。近江のすぐそばというのなら柴田
だってそうだが、別に彼にはそんな絶望はなかった。
それから出世競争というが、援軍として派遣されることが、その下に配されると限った話でもない。
例えば明智自身、過去に秀吉への援軍として播磨に派遣されたことがある。この時は佐久間も一緒に。
秀吉の元に援軍派遣された佐久間が秀吉に下風に立たされることになんてなってない。

902 :人間七七四年:2008/06/17(火) 20:48:09 ID:WJx76FWx
実際、方面軍司令といわれる柴田勝家にしろ羽柴秀吉にしろ信長の指示は絶対遵守。
北陸方面では佐々・前田らが援軍として播磨や摂津に出陣しているし、
本願寺との和睦の際には柴田に加賀攻めを奨励している。
中国方面では上月城攻防戦の件や宇喜多帰属問題の件がある。

信長の中国征伐の軍事行動と考えれば明智・池田・細川は先発隊じゃないかな?
秀吉の配下に属すという方がむしろ不自然のような気がします。

ところで細川って援軍命令が出ていたのに何で援軍の用意していないの?




903 :人間七七四年:2008/06/17(火) 21:52:10 ID:dd+P79ib
なんだかあっさり創作扱いのようだが
1.光秀の讒言で佐久間信盛親子追放
2.他の佐久間一族全員自主謹慎
3.勝家のとりなしでその佐久間一族の謹慎が解かれる
4.この一族の中の最有力者は佐久間盛政で加賀一国を任されている。勝家とは師弟関係と言って良い存在で将来性も抜群
5.明智を良く思う筈も無い盛政を勝家は保護する筈である。又勝家家臣には多くの佐久間名が見られる
6.光秀は佐久間氏の反撃=筆頭家老柴田の圧力となり織田家ではこれ以上出世が見込めなくなる
7.自身の年齢、息子や明智家の将来を悲観した光秀は信長に恨みは無いが本能寺へ
8.光秀との関係に疑念が無い信長は無防備に明智軍の接近を許す
この線は消えてるの?

904 :人間七七四年:2008/06/17(火) 22:03:49 ID:htQFnRGs
>>903
その内容の肝である

> 筆頭家老柴田

ここがもう間違い。柴田も方面軍司令官の一人に過ぎないよ。信長の政権中枢に影響を与える立場にはいない。

905 :人間七七四年:2008/06/17(火) 23:36:09 ID:2eVpe4Yf
903
佐久間の反撃?
何をどう反撃するのよ?
佐久間信盛贔屓はすぐに讒言を引き合いに出すが、何の信憑性もない。
百歩譲って、讒言が事実だとしよう。立場逆にしても光秀が讒言で追放される事はない。
勝家の件は904に同意。
盛政の件に到っては冷笑。

906 :人間七七四年:2008/06/17(火) 23:58:24 ID:WJx76FWx
>>903
全部消えてかまわないと思います。
困る人がいるのかな?




907 :奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM :2008/06/18(水) 00:01:45 ID:gX8QwK2l
信盛系と盛政系は同じ佐久間でも別の家だよな。
盛政系は柴田一門として見た方が自然だろうし。

908 :人間七七四年:2008/06/18(水) 01:56:05 ID:RSi3gypr
でも盛政は柴田に救われてる話しはあるな
一応佐久間閥は存在するんじゃね?

909 :人間七七四年:2008/06/18(水) 02:34:35 ID:WHj9IHp0
織田家内での考えられる派閥
佐久間・柴田の派閥(古参の武将)
羽柴・丹羽の派閥(織田家と縁組)
滝川・池田・森の派閥(織田家に縁がある)
明智・荒木・細川の派閥(相互縁組)

他にあるかな?




910 :人間七七四年:2008/06/18(水) 02:40:04 ID:vPBNNe9/
>>909
信長の頃の織田家に、派閥らしい派閥は存在してないよ。
ほぼ完全な信長の独裁。派閥がないことが秀吉の乗っ取りを可能にした。

911 :人間七七四年:2008/06/18(水) 02:42:40 ID:lnKRg9LR
確かに信盛は織田家重臣で派閥も存在しただろう。だが勝家と違い、古参の驕りがあった。『信長の事はハナタレ時代から俺は知ってるんだぞ〜』『勝家と違い裏切った事ないよ〜』ってね。信長の追放命令は古参というだけで、ある意味の影響力を持つ過去の遺物の排除。

912 :人間七七四年:2008/06/18(水) 02:51:20 ID:Gl07T3s/
にっしゅうは このえどこへと とめゆきて 
          ほそかわもなき やぶにざすゆめ 

913 :908:2008/06/18(水) 03:25:17 ID:RSi3gypr
ごめん軽はずみなレスした
盛政の父は佐久間信盛、佐久間大学と従兄弟同士だった
信盛は盛政のおじさんにあたるな
加賀攻め命じられ制圧が4月・信盛追放が8月・金沢城主任命が11月
父亡く信盛信栄追放なので一応佐久間家筆頭つーことですな

914 :人間七七四年:2008/06/18(水) 10:14:42 ID:lnKRg9LR
その筆頭が猪突猛進して、賎ヶ丘の敗因となった分けだか・・。
まぁ何にしても、信盛が光秀より器量が上ではない事は間違いない。

915 :人間七七四年:2008/06/18(水) 11:46:06 ID:vPBNNe9/
>>914
賤ヶ岳の敗因は前田の勝手な舞台撤収じゃん。佐久間じゃねえ。

916 :人間七七四年:2008/06/18(水) 11:49:01 ID:FoaDA1A2
裏崩れね

917 :892:2008/06/18(水) 13:05:31 ID:oMaLcVsy
>>901
>信忠軍の進撃スピードをみて、信長から滝川に宛てた「自分が来るまで待て、信忠を抑えろ」という書状が
残されているわけですが?
信忠本隊は2月14日には岩村から木曾に入り、友軍の徳川は2月中旬・北条は2月下旬には武田領に侵攻
している。ところが、光秀が京都を通過したのは「晴豊記」によれば3月4日で明らかな後詰。
信長が訓戒したのは、この戦が信忠仕切りの初めての大戦だからで、不慮の事故が起きないように補佐
役の老功滝川に注意をしたのでしょう。もし、信忠が軍令違反をすれば、少なくとも滝川は信長から処
罰されたはずだが、そのような資料は存在しない。

>それから谷口氏の近江掌握構想は知ってますが、近江の所領を失うのは光秀に限った話じゃない
司令官3名の本拠地で比較すると、秀吉:播磨姫路・勝家:越前北庄・光秀:丹波亀山で、亀山は京
都の咽喉の口丹波にあるから収公の順序では3名では一番先でしょ。
越前なら要衝敦賀の収公がありうるが、敦賀は遊撃指揮官武藤康秀の所領で勝家どころか北陸平定
軍ともなんら関係がない。あくまで「比較の問題」で光秀が一番不利ってことです。

>秀吉の元に援軍派遣された佐久間が秀吉に下風に立たされることになんてなってない。
その秀吉自身がかつて北陸柴田軍の援軍に派遣されるも、勝手に戦場離脱したのはなんでかな?
いずれは信忠が本隊を率いて中国に下るので(信長自身は淡路国まで出馬するとしかいってない)
、信忠指揮下に入れば秀吉の下風に立つことにはならないが、私自身「下風」とは言っていない。
秀吉に水をあけられたといっているだけ。
中国は山陽・山陰とも秀吉の仕切りで、四国の取次の一部も秀吉に取られている。光秀が四国遠征
に起用されなかった以上、官僚稼業に専念でもしない限り中国平定では秀吉とバッティングするの
は明らか。そこで主導権を取れるのは中国取次である秀吉だと考えるのは飛躍した想像とは思えないが。


918 :サイコメトリー:2008/06/18(水) 15:29:41 ID:Iik7dO3y
>>917
確かに光秀と秀吉は出世争いをしていて、ご指摘通り、山陰・山陽どころか、
三好を介して四国取次ぎに関わっていたのも事実で、光秀としては惨憺たる
想いだったでしょうね。

しかしながら、光秀はその出世争いに固執してたでしょうか?917さんが仰る
ラストチャンスですが、自分としては光秀が四国取次ぎ一連事業に関して、
悔しさは当然あったと思いますが、そこまでのこだわりはない様に思えます。

前記した様に光秀には多方面との折衝間接業務があり、他国切取り以外にも
自力を発揮出来る面がありますが、秀吉は固執せざる得ない状況だと思います。
所領維持及び加増に於いても、家康が自軍四天王にした様に武断派には、さほど
多くない所領与える様な方向に信長もしたんではないかと勝手に思ってます。


919 :人間七七四年:2008/06/18(水) 15:59:31 ID:WHj9IHp0
私も勝手ながらなの考えで申し訳ありませんが、
柴田や羽柴のような方面軍司令だけが出世争いではないと思います。
佐久間追放後、柴田や羽柴には目に見える成果を信長に見せなければいけなくなりましたが、
明智には柴田のような謀反人の経歴、羽柴のような軍令違反はありませんので、
それほどあせる必要は無かったと思います。
逆に中央に残り大和検地や天正九年御馬揃のような大掛かりな政務の方に出世争いを感じていたと思います。

>>918
>所領維持及び加増に於いても、家康が自軍四天王にした様に武断派には、さほど
>多くない所領与える様な方向に信長もしたんではないかと勝手に思ってます。
柴田には上杉、羽柴には毛利と大敵がいましたから軍事力増強のためにも所領加増は必要。
明智の場合は畿内に大敵がいないので必要以上の加増にメリットは無い。
それ故に所領加増は必要ないと思います。

武田征伐従軍リスト
明智、丹羽、蜂屋、細川、筒井、池田、中川、高山、武藤、西美濃衆、原、金森など

信長本隊の中でも明智の軍勢はかなり大きいのでこれ以上は不要かな。




920 :917:2008/06/18(水) 16:39:49 ID:6ZFeZs1c
>>918
私の見解では、主たる原因はあくまでノイローゼであり中国派兵の件はノイローゼを引き起こした要素
の1つとして挙げただけです。
@四国派兵決定での信長との対立
A斎藤利三帰属訴訟
B中国派兵命令
(C近江掌握構想)
@からBの問題は天正10年4月から5月末に集中しており、すべて光秀にとって憤慨・落胆させるものです。
フロイスの記録にある「信長の好みにあわない要件で足蹴云々」はこのいずれかの問題がテーマだったと思います。足蹴が
事実かは自信がありませんが、信長との関係が悪化したことは事実だと思います。
これらの難題が集中的に光秀に降りかかり頭がテンパったというのが私の意見です。

確かにご指摘の通り、光秀は朝廷との交渉能力という他の司令官にない能力をもっていますが、前にカキコしたように交渉
に組下武将は不要ですし、所領は軍役を果たすためのものなので軍役に固執しない限り加増は望めません。
秀吉は後継者に於次丸を迎えているので、軍役でポイントを稼げなくとも即減封とはならないと思いますが、光秀には少年
にすぎない実子しかいません。自分の働けるうちに軍役でポイントを稼ぎたいという光秀のあせりは何となく理解できます。
では、中国平定でポイントを稼げるかですが、中国は秀吉の手あかのついた仕事場で、加えて信忠本隊が中国に到着すれば、
「信忠に花をもたせてやれ」的な指令が下ることも予想されます。
さらに、桐野氏によれば九州の大友氏と天正7年末に周防長門の領有権と引き換えに従属関係を形成する書状が交わされ、加
えて毛利氏の同盟国の長曽我部氏は本土決戦で援軍派兵の余裕もありません。
すなわち、毛利征伐は信忠・大友はさみうちであっさりカタのつく「おいしくない仕事場」だと考えています。
よって、四国遠征から外されたのはラストチャンスを逃すものだとカキコしたのです。

まあ、推測ばかりの私論で穴だらけなのは承知ですので、その点ご容赦。

921 :人間七七四年:2008/06/18(水) 17:06:23 ID:WHj9IHp0
>>920
毛利と長曾我部って同盟していたの?
知らなかった。
願わくはいつから同盟していたのか教えて下され。




922 :人間七七四年:2008/06/18(水) 17:53:30 ID:6ZFeZs1c
>>921
確か織田と長曾我部氏が断交状態となった天正9年以降だと
何かの(小説じゃない)本に書いてあったが

923 :人間七七四年:2008/06/18(水) 18:07:59 ID:WHj9IHp0
>>922
>確か織田と長曾我部氏が断交状態となった天正9年以降だと
>何かの(小説じゃない)本に書いてあったが
それより毛利と長曾我部の同盟の方が知りたい。
伊予方面で対立しているのにどうやって和解したのかな?

そこのところよろろん。




924 :人間七七四年:2008/06/18(水) 19:29:19 ID:F723etSU
>>894
細川や筒井に限らず、事前にクーデター計画なんて知らせたら
信長に通報される。
この2者は変後に合力もしなかったんだし。

925 :人間七七四年:2008/06/18(水) 20:00:00 ID:dSxww367
>>917
>信忠が軍令違反をすれば、少なくとも滝川は信長から処罰されたはずだが、そのような資料は存在しない
だから「嬉しい誤算」なんですよ。本来なら先陣役だった信忠軍だけで決着がついてしまったから。
信忠だけで片が付くと思っていたのなら、なんで明智だけでない、池田や丹羽や蜂屋といった大軍勢を用意
したんですか?

926 :人間七七四年:2008/06/18(水) 20:53:07 ID:90v8kTFS
>904 織田中枢に影響力の無い織田重臣って何者です?当時に方面軍などという名称は存在しませんよ
>905 讒言は光秀のと百歩譲ってもらう前提になりますが
光秀は信盛の仇となりますよね?盛政だけでなく兄弟も養子などで散らばっているわけで
しかも一国を任されているレベルの味方武将に恨み又は警戒心を持たれている訳です
光秀なら耐えられる相手でも自分亡き後息子が生き延びれるか心配になりませんか?
その注意しなければいけない相手を復活させたのは信長になります
>913 説明ありがとう

信盛以外の佐久間氏は皆命を捨て戦うメンバーばかり
これは譜代家臣全般に言えることですが実際死亡率が異常に高くこれを信長は高く評価しています
朝倉攻めで敵将を裁く時でさえ死を選ぶ相手を褒め称えているくらいで
そこに光秀のような跡取に不安のある死ぬ気で働けない武将が遅れを取ったと感じても不思議ではないような気がしたのよね
ちなみに私信盛スキではありませんw

927 :人間七七四年:2008/06/18(水) 22:29:19 ID:WHj9IHp0
そこまで言っておいてスキではないとは。
佐久間信盛、世の無常を感じます。




928 :人間七七四年:2008/06/18(水) 23:42:47 ID:lnKRg9LR
だから信盛と光秀は比べるまでもないのよ。
それにさぁ、子供が幼くて不安。心配。将来をそこまで悲観的に考えてたら、何も出来やしないし、そもそも本能寺で信長討ちもらしたら、荒木村重の二の舞になる事くらいは考えてたべ。

929 :奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM :2008/06/18(水) 23:45:31 ID:gX8QwK2l
配下に名門を作りたくないのは当然。

930 :人間七七四年:2008/06/19(木) 00:08:46 ID:K0Sb7lqs
>>926
>讒言は光秀のと百歩譲ってもらう前提になりますが〜
仮にこれが事実だとしたら。自業自得の末の逆恨みになるな光秀の所業は。

信長からしたら、なんで活躍した家来への行賞に、光秀の内心の事情を憚ら
なければならないのか。

931 :サイコメトリー:2008/06/19(木) 09:52:05 ID:CM0Rpn0u
>>924
確かにその恐れはありますね。
自分の見解としては、具体的な内容をダイレクトに伝えるのではなく、家康が
関ヶ原決戦前に黒田長政や福島正則におこなった様な事前交渉です。


932 :人間七七四年:2008/06/19(木) 10:36:06 ID:pWdiiSXJ
光秀は跡継ぎに不安あったとして何故養子を取ってないのかな?
譜代の連中は皆養子縁組でガチガチに繋がっているじゃない
織田家臣で言うと羽柴蒲生前田なんかは織田家と繋がり

933 :人間七七四年:2008/06/19(木) 10:54:35 ID:pWdiiSXJ
途中でおくってしまた
織田家とも譜代重臣とも繋がりを持たない光秀が筒井細川の降将のみに期待してる時点で
織田での計画性がまったく見えないと思った

934 :サイコメトリー:2008/06/19(木) 11:08:14 ID:CM0Rpn0u
>>932
同意です。
光秀はあえて織田家との縁組をしなかったのだろうか?そう考えると、
また様々な想像が出来るね。


935 :人間七七四年:2008/06/19(木) 11:11:12 ID:K0Sb7lqs
正式に養子なのかどうかは知らないが、配下で明智姓を与えたのが何人かいる。

936 :917:2008/06/19(木) 12:21:29 ID:b2V935V0
今回は四国政策を中心に私論を展開したいと思います。

892でカキコしたように、桐野・谷口氏の説は四国政策等の問題が光秀に謀反に走らせるだけの動機として弱いのが欠点です。
そこで氏は、光秀の家老である斎藤利三が「今度謀反随一」(言経記)と公家の日記に記録されたこと、及び捕縛後に「車沙汰」(宗及会記)
という極刑でのぞんだ秀吉の措置は利三が謀反の首謀者であることを裏書するものだとして、謀反を逡巡する光秀の背中を押したのは利三だと
いう立論をしています(無論著書での立論はより詳細です)。
確かに、利三は稲葉との訴訟では信長に自害せよと命じられたこともあるし、四国政策の転換により利三の姻戚の長曽我部一族滅亡が現実実を
帯び、彼が信長に深い怨恨を抱くのは当然でしょう。そして、前者の問題は光秀勝訴判決が5月27日に下され解決済みですが、後者の問題は未解
決です。
一方、光秀は西教寺文書で明らかなように家来思いの主君であり、いくら訴訟までして獲得した利三とはいえ1家臣の恨みを晴らすために謀反を
実行して明智一族・家臣団を滅亡の危険にさらすのはまともな人間のやることではありません。かつ、姻戚関係であった荒木一族が皆殺しにされ
る際に、荒木家に嫁した自分の長女が危うくその1人にされそうになったという経験の持ち主でもあります。


937 :917:2008/06/19(木) 12:23:31 ID:b2V935V0
では、なぜ利三の謀反の教唆に応じたのか。
それは、かれがこの時「まともな精神状態ではなかった」からです。根拠は光秀が甲斐から帰還後「在庄」すなわち休暇を与えられたのに急遽家康の接待
を命じられた点です。おそらく、光秀の気鬱を発散させるため信長が気楽な仕事を与えたのでしょう(その点でノイローゼ説をとる津本氏(および氏の指
南:二木教授)に賛成です。もっとも、氏の立論は俗書の引用が多く結論のみしか賛成できませんが)。
しかし、四国派兵の決定が光秀を絶望に追い込み、接待業務はこれを癒すものではなかったと考えます(この点では中国派兵の失望より大きいと考える)。
四国平定軍は「日本史」によれば信長が15000クルザ‐ドの大金を支出し、浪人・農民を徴募して組織した雑軍です。光秀軍団が余剰戦力として存在するのに
雑軍を投入してまであえて排除したのです。他方、中国戦線が光秀軍団投入を要するものでないことは917で立論した通りです(毛利氏相手に羽柴軍団・
明智軍団・信忠本軍・大友友軍を投入するのは過剰です)。ここに四国政策をめぐる信長と光秀の断交というべき対立が看取できます。
そこに、心が折れた光秀が利三の教唆を丸のみした素地が生じたといえます。

なお、ノイローゼ説にも欠点はあります。谷口氏が指摘するように、精神病者光秀が愛宕山であれだけ教養に富んだ連歌を詠めるかとい
う点です。私論はこれに対する反論を持ち合わせていません。



938 :917:2008/06/19(木) 12:39:19 ID:b2V935V0
>>922
昨日心あたりの書物で探しましたが発見できませんでした。
よって、「脳内同盟」ってことで撤回します。スマソ

>>925
新たな日本の支配者織田信忠仕切りの戦を喧伝するため
でしょ。相手は天下の強豪武田氏で東国大名を威圧する
ため大仰な編成を組んだだけ。池田や丹羽や蜂屋は「信長
公記」によれば信長本陣付の武将で、極端にいえば単なる
装飾品。
スレ違いになるが、堀新が指摘の通り信長が右大臣辞任後
朝廷に復官を要請されるも断った際、広橋右大弁宛・勾当
内侍宛で述べた理由で唯一共通するのは「信忠の顕官起用」。
甲斐平定の総大将は信忠で、決して信長ではない。

939 :人間七七四年:2008/06/19(木) 13:45:42 ID:YgUz7fTY
↑なんかよくわからんが、形式的な事じゃなきゃ、織田家のすべての戦は信長がトップでしょ。

940 :人間七七四年:2008/06/19(木) 13:45:57 ID:K0Sb7lqs
>>936-937
>四国政策の転換により利三の姻戚の〜
戦国時代、姻戚関係なんて幾層にも入り組んでいて、ただそれだけで恨みに思ったとするには弱い。
ついでに長宗我部問題は、経緯を追っていくとどう考えても織田政権に対する長宗我部の敵対行為と、
交渉に失敗した明智自身の責任になる。それを恨んだというのなら逆恨みだ。

>荒木一族が皆殺しにされ〜
人質である以上、裏切られば処刑はこの時代の常識。恨むのなら殺さざるをえなくなった信長でなく、
殺すように追い込んだ荒木自身だろうこの場合。特に荒木一族に関しては、信長だって助命しようと
すらしているのに、それを拒んだのは荒木。

どうもね、あなたが言う恨んでいる云々というのは、戦国時代人ではなく、現代人の認識によっている
としか思えません。

>氏の立論は俗書の引用が多く結論のみしか賛成できませんが
前提に不安があるのに結論は賛成するっておかしくない?

>中国戦線が光秀軍団投入を要するものでないことは〜
天正十年後半の西国遠征は、毛利だけでなく四国さらに九州までを予定とした大遠征です。
毛利を始末したあとは大友とともに竜造寺島津との対戦が控えている。別に大軍団を動員する
のに不思議なんてないな。
特に武田攻めでは後詰であっても、西国では羽柴とならんで先鋒になるのなら、活躍すれば功績を
たてる機会も全くないなんていえるもんでもない。

それともう一点言わせて貰います。あなた、後詰という任務を軽い、たいしたことない、戦う機会も
たいしてない気楽な簡易なものだと思ってませんか?それは大きな間違いであると言わせてもらいますよ。

941 :人間七七四年:2008/06/19(木) 14:16:14 ID:b2V935V0
>>940
>交渉に失敗した明智自身の責任になる。それを恨んだというのなら逆恨みだ。
失敗したから恨んだとはいっていない。取次ぎは和戦双方と担当する仕事であって、
和平工作が失敗したなら、戦闘も取次が中心でやるのが通例ってこと。
なのに、四国平定軍主将からはずされたのが恨みってことだよ。

>前提に不安があるのに結論は賛成するっておかしくない?
だから、桐野谷口の根拠と「殺意」との因果関係をノイローゼで
補強しただけ。理由を一個足しただけだから前提を採用する必要はない。

>どうもね、あなたが言う恨んでいる云々というのは、戦国時代人ではなく、現代人の認識によっている
> とか思えません。
荒木云々は謀反人の末路を眼前にした光秀が謀反に踏み切るのは尋常ではないという意味、
この反論は筋違い。

>それともう一点言わせて貰います。あなた、後詰という任務を軽い、たいしたことない、戦う機会も
>たいしてない気楽な簡易なものだと思ってませんか?
自分仕切りの戦と脇役の戦でどっちが士気があがるのかってこと、後詰も大事な仕事なのでこの点
は認識の誤りを認めます。しかし、あなたの意見は後詰仕事の甲斐平定戦で明智軍の士気がしょぼしょぼ
だったという「晴豊記」の記述を覆すには足りない。


942 :人間七七四年:2008/06/19(木) 19:24:27 ID:xjUWZM/N
>>940はそもそも桐野・谷口の本は読んでるのか?
読んでないなら読んでから批判するように。


943 :人間七七四年:2008/06/19(木) 19:38:33 ID:Eyxc5Eb5
横レス失礼
織田信長の場合、和戦含めて担当者が一度決まれば、その担当者が窓口を務めています。
いい例が、中国戦線における羽柴秀吉です。宇喜多家等は、羽柴秀吉に敵対したり、和睦して味方したりしています。
これまで、四国方面は、明智光秀が担当者でした。これまでの通例でいけば、明智光秀が四国方面を担当するのが筋です。
しかし、これから、明智光秀は外され、神戸信孝を主将とする四国方面軍が編制されます。
更に、自らは羽柴秀吉の後詰に行くように言われます。
当時、羽柴秀吉は、備中高松城攻めを圧倒的優位に進め、毛利家に無条件降伏を迫る勢いでした。
そんなことはない、と言われそうですが、当時の毛利家は村上水軍が離反する等、がたがたです。
備中高松城救援にも、やっと1万人の援軍を送りこめたのみです。このため、中国大返しを見過ござるをえませんでした。
こうした中で、腹心ともいえる丹波衆まで、四国方面軍に吸い取られ、羽柴勢の応援に行け、と言われたのです。
自分が明智光秀の立場でも、腹心を援軍に差し出せ、自分は不必要なライバルの応援に行け、と言うのか、と腸が煮えくり返る思いがします。

944 :人間七七四年:2008/06/19(木) 21:11:44 ID:7PjRuVTx
943
確かに光秀は快くは思ってはいなかったでしょう。
しかし、光秀の遠征派兵命令は決しておかしくはないよ。むしろ当然と言える。

945 :人間七七四年:2008/06/19(木) 21:35:48 ID:K+lRvyJs
援軍命令を受けることってそこまで深刻なのかな?
明智光秀にしてみれば数ある援軍命令のひとつのような気がしますが。

中国平定が成功した後に秀吉の配下になれとかだったら抵抗はあるけど。




946 :人間七七四年:2008/06/19(木) 21:37:10 ID:xmMseLYo
>>945
> 援軍命令を受けることってそこまで深刻なのかな?

ヒント:「深刻である」って前提を作らないと、この人達の全ての仮説は成り立たない。

947 :人間七七四年:2008/06/19(木) 21:42:39 ID:qxuAUciX
援軍命令って別に珍しいことじゃないんでしょ?

948 :人間七七四年:2008/06/19(木) 21:42:58 ID:K+lRvyJs
>>946
なるほど。
了解しました。




949 :人間七七四年:2008/06/19(木) 21:59:37 ID:0azOBjHY
>>940
>毛利を始末したあとは大友とともに竜造寺島津との対戦が控えている。

寝言ですか?

既に九州勢は織田政権に好を通じており(停戦命令に従っており)、長宗我部に
対するような領土問題も持ち上がっていなかったから、信長も西国の平定は
造作も無いと公家たちに言ったんだよ。
立て続けに九州に攻め込むようなことはなかっただろうね。

九州で戦闘が行われるとすれば、毛利や長宗我部を下した後に信長が領土問題に
介入し、それに対して彼らが異議を唱えるようであったらだろうね。


950 :人間七七四年:2008/06/19(木) 22:01:03 ID:0azOBjHY
>>940
>毛利を始末したあとは大友とともに竜造寺島津との対戦が控えている。

寝言ですか?

既に九州勢は織田政権に好を通じており(停戦命令に従っており)、長宗我部に
対するような領土問題も持ち上がっていなかったから、信長も西国の平定は
造作も無いと公家たちに言ったんだよ。
立て続けに九州に攻め込むようなことはなかっただろうね。

九州で戦闘が行われるとすれば、毛利や長宗我部を下した後に信長が領土問題に
介入し、それに対して彼らが異議を唱えるようであったらだろうね。


951 :人間七七四年:2008/06/19(木) 22:01:33 ID:0azOBjHY
>>940
>毛利を始末したあとは大友とともに竜造寺島津との対戦が控えている。

寝言ですか?

既に九州勢は織田政権に好を通じており(停戦命令に従っており)、長宗我部に
対するような領土問題も持ち上がっていなかったから、信長も西国の平定は
造作も無いと公家たちに言ったんだよ。
立て続けに九州に攻め込むようなことはなかっただろうね。

九州で戦闘が行われるとすれば、毛利や長宗我部を下した後に信長が領土問題に
介入し、それに対して彼らが異議を唱えるようであったらだろうね。


952 :人間七七四年:2008/06/19(木) 22:18:19 ID:K0Sb7lqs
>>943
昔の通説そのまんま

>>949
九州の停戦令なんて、天正六年の耳川合戦でとっくに崩れている。
信長自身の発言として、
「まず四国にわたり、長宗我部討伐の指揮をとってから、毛利を屈服させ、そのまま
九州まで攻め込む」
との史料があります。だからこそ、本能寺直前には博多商人を呼んで会見している。

953 :人間七七四年:2008/06/19(木) 22:52:37 ID:s5+MwPdp
東は徳川、北条、伊達、蘆名
西は九州まで抑えていたのか

光秀GJと言わざるを得んな

954 :人間七七四年:2008/06/19(木) 23:11:11 ID:kF4V8ICr
好を通じているから戦いの心配はないというのは早計だな
北条だって織田と好が通じていたが・・

955 :人間七七四年:2008/06/19(木) 23:13:51 ID:xmMseLYo
関係ないけど秀吉は九州征伐の段階で既に、大陸出兵ふまえた行動をしているが、
そこから考えると信長政権においても天下統一後の大陸出兵は既定路線だったのだろうな。

956 :人間七七四年:2008/06/19(木) 23:37:13 ID:jQX+jbBV
本能寺の変の原因に四国問題があるなんてことは
それこそ戦前から主張されている。
現在でも光秀単独犯説を採る学者・研究者はたいてい
その見方。
信長の四国政策の変更によって光秀が苦渋の立場に
追いこまれたということだ。
あらゆる黒幕説を斬りまくった鈴木眞哉・藤本正行の
「信長は謀略で殺されたのか」は、謀反の原因には
踏みこんでいないが、この四国問題を検討の価値があると
している。
こうした学史・研究史を無視して「君の説は」とか
言って切り捨てるのはどうか。
学者・研究者の言うことが全て正しいなんてことは
もちろんないが、素人はそれを踏まえた上でそれが
正しいか間違いかを考えるべき。
学者・研究者より自分は偉いとのたまう>>940のご尊顔を
ぜひ拝見したいものだ。
それと批判するのはいいが自分の考えは言っていないな。
黒幕説か単独説か、そしてその事情は。
ぜひ披露してくれ。

957 :人間七七四年:2008/06/20(金) 00:15:38 ID:2cOt9HCu
>>956
>それと批判するのはいいが自分の考えは言っていないな。

このスレでよく見る「俺の意見を批判するなら、お前の自説を述べよ」という意見だが、
相手に何か言わせて、揚げ足取りをして仕返ししてやろうという気満々でよいな。
仮説に対する批判・検討と、仮説の提唱は別物。ただの論点のすり替えでしかないし。

いかに相手をやりこめようかという、2ちゃんらしい、いい駆け引きだW
>>940の反撃に期待。

958 :人間七七四年:2008/06/20(金) 01:05:15 ID:QRWqomX1
どの説も信忠を殺害できたのは偶然であるということから説得力がない。ノイローゼが一番しっくりくる。

959 :人間七七四年:2008/06/20(金) 01:22:32 ID:cA0x6aWy
まあ、光秀の反乱理由も、最近流行らなくなった海外がかかわっているのかもしれない。
といってもアジアだが。

後年、秀吉が天下統一のめどがつくと、もうまっしぐらに大陸進行の準備をしている。九州征伐の時点で既に
布石を打っている。
信長の構想以上のことはほとんど何もしなかったといっていい秀吉のことを考えるとやはり、大陸進行も
信長の既定路線になっていたのではなかろうか?そして光秀はその路線を「冗談じゃない何で海外にまで」と
嫌ったのではないだろうか?そしてそれが本能寺のきっかけとなった。

などと特に根拠のない妄想をしてみたり。

960 :人間七七四年:2008/06/20(金) 02:19:08 ID:QRWqomX1
>>959
秀吉が信長コンプレックスだったって説を採用したら解決

961 :人間七七四年:2008/06/20(金) 06:12:25 ID:v1uNwQyx
深く考えずに素直に畿内の覇権を牛耳る為に謀反を起こした。
天下統一とかは考えずに三好家の様に振る舞うつもりだったのでは?
と私見でつ

962 :人間七七四年:2008/06/20(金) 07:21:16 ID:sk57SJt5
>>958
信忠を殺害できたのは偶然とはいえない、と考える。光秀は、信忠が京都にいるのは把握していた。
本能寺の変の経過をたどれば、確かに信忠が脱出する機会はあったが、確実に脱出できたとまではいえない。
そもそも、物事を計画するのに、失敗すると考えて実行する人はいない。
光秀は、信忠も殺害できる、と考えて実行したと考えても、特におかしくはばい。

私としては、光秀の怨恨というよりも、織田政権の組織が破綻したという方が、本能寺の変の最大の原因だと考える。
佐久間、林等々、古くからの重臣といえど、明日にはいきなり追放されるかもしれない。
何十年も勤務し、退職金をもらう等して、安楽に老後を送りたい、と思っていたら、社長の機嫌一つで、すぐ懲戒免職されるようなもの。
今なら、部下もおり、一か八かの賭けもできる、大成功すれば、自分が天下を握れる。
光秀にしても、人並みの野望はあったと思う。
私としては、組織破綻+野望が、一番、本能寺の変の真因として、しっくりくる。
そもそも、人間が行動するのに、一つしか動機がないとは限らない、むしろ複数あるほうが多いと考える。

963 :人間七七四年:2008/06/20(金) 08:58:34 ID:W1VgNWeO
基本的にここまでの流れは、複合説だよ。

964 :917:2008/06/20(金) 09:39:40 ID:ASF/6Fx/
>>922
「謎解き本能寺の変」藤田 p49
該当箇所を読んでも、私にはあやつけないでね。

>サイコメトリーさん
このスレも残り少ないし、そろそろあなたの怨恨説を開陳いただけませんか。


965 :人間七七四年:2008/06/20(金) 10:52:30 ID:pbpg5W+W
初めから謀叛起こすつもりだった
親と子同時に討ち取るチャンスだった
本当は殺すつもりではなかった
そこに光秀はいなかった
はぁ

966 :人間七七四年:2008/06/20(金) 11:24:50 ID:samtet+u
>>963
多分なんらかの野心があっただろう。
それに、現状に対する不満や、将来に対する不安、
信長に対する怨恨の一つや二つもあったかもしれない。
そうしたものによる、精神的なストレスも溜まってたかもしれない。
そこら辺の要因が重なって、あの絶好の機に謀叛を起こした。

そんな感じの野心をやや主とする複合説、というのが一番このスレで支持されてた気がするね。

967 :人間七七四年:2008/06/20(金) 11:27:27 ID:cA0x6aWy
>>966
人間は複雑だしね。単純に一つの理由で、と割り切ることのほうがおかしい。

968 :人間七七四年:2008/06/20(金) 13:04:36 ID:FiCa0HvN
そもそも謀反なんて野心や怨恨があり将来の安定性を求めるのことが普通なのでは?




969 :人間七七四年:2008/06/20(金) 13:12:38 ID:samtet+u
>>968
そいうこと。
別にごくありふれた理由の謀叛でも問題ないんじゃあない?

歴史ミステリーに仕立て上げられたことと、その事件の影響力から
ありきたりな謀叛という結論では物足りず、アッと驚く真相を望むむきが多いけど、
光秀も、なにも後世の人間に娯楽の種を与えるために謀叛起こしたわけじゃあないしW

970 :人間七七四年:2008/06/20(金) 13:29:21 ID:PJpN5H8l
968 969
その手の意見は前にも出たんだけどさぁ、安定性を求めるなら、信長襲わず、主従してた方が安定性が高い。信長から追放命令出てた分けじゃないしね。

それに、そのありふれた理由が何かって事を皆で語る場所じゃん、ここ。

971 :人間七七四年:2008/06/20(金) 14:04:12 ID:FiCa0HvN
>>970
ああ、すまない。
一般論で書いたつもりで明智限定ではないよ。

>それに、そのありふれた理由が何かって事を皆で語る場所じゃん、ここ。
一つに拘らず複数でもいいんだよね?




972 :人間七七四年:2008/06/20(金) 14:07:13 ID:samtet+u
>>970
ちゃんと読んでる?
ここまでの流れで、安定性を求めるためだけに謀反を起こしたと言ってる人なんて誰もいないよ。

973 :人間七七四年:2008/06/20(金) 14:14:49 ID:FiCa0HvN
>>970
ところで明智光秀にとっての安定性ってなんですか?




974 :人間七七四年:2008/06/20(金) 15:03:58 ID:TOpdF/Z1
現代でいうところの公務員か?

975 :人間七七四年:2008/06/20(金) 15:37:11 ID:W1VgNWeO
君が安定性といったのが発端ではあるが‥、俺が思う光秀の安定性とは、現状の自領(自領相当分)維持。

976 :人間七七四年:2008/06/20(金) 15:47:22 ID:FiCa0HvN
>>975
>俺が思う光秀の安定性とは、現状の自領(自領相当分)維持。

レス>>970の人ではないみたいだけどお答えありがとう。
その安定は将来性があると思ってのお答えでよろしいですか?
何か補足等がありましたらよろしくお願いします。




977 :人間七七四年:2008/06/20(金) 16:33:20 ID:TOpdF/Z1
>974
時代すっ飛ばしたレスだったな、光秀がんな勤務形態知るわきゃない、スマソw

978 :人間七七四年:2008/06/20(金) 22:01:05 ID:QRWqomX1
>>962
脱出できたとは言えないって・・・変を知って二条城に入れるほどフリーだったのに

979 :人間七七四年:2008/06/20(金) 22:50:10 ID:CiaSuIHl
>>952
またまた寝言ですか?

>信長自身の発言として、
>「まず四国にわたり、長宗我部討伐の指揮をとってから、毛利を屈服させ、そのまま
>九州まで攻め込む」
>との史料があります。

誰の小説かな?
その「史料」とやらの書誌名を教えて欲しいものだね。



980 :917:2008/06/21(土) 11:43:09 ID:u8y39cUn
>>952
>九州の停戦令なんて、天正六年の耳川合戦でとっくに崩れている。
信長は天正8年8月に薩豊和平(大友・島津間の停戦命令)を命じ、天正9年6月
に島津はしぶしぶながら停戦命令を受諾している(島津家文書・詳細は桐野PHP本参
照)。
批判するならせめて資料よんでくれ。

981 :人間七七四年:2008/06/21(土) 12:28:43 ID:dLU+3zy0
読んでくれと言わずにその島津家文章晒してくださいな
地方大名でも中央から離れすぎで知らない人も多いかと

982 :人間七七四年:2008/06/21(土) 12:47:23 ID:u8y39cUn
>>982
>読んでくれと言わずにその島津家文章晒してくださいな
「だれが信長を殺したのか」桐野作人 (PHP新書 452)に原文が掲載されてるから、
内容を知りたいなら自分の目で確認したらどうかな。

2ちゃんのカキコにソースを求めるとは…あきれれた人だね。





983 :人間七七四年:2008/06/21(土) 15:05:39 ID:QBGjYSVE
次スレ

本能寺の変
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1149962316/


984 :人間七七四年:2008/06/21(土) 20:57:45 ID:3Vwf5k2l
何でそこに誘導したいんだ?
そこのスレ主なのか?

985 :人間七七四年:2008/06/21(土) 21:19:06 ID:OTDYv+tr
重複スレだから、まず古いのを使い切ってから新スレを立てる。
特になんの問題もない、当たり前の誘導だと思うが?

何でそこに誘導されるのが不満なんだ?
そこのスレに私怨でもあるのか?

986 :人間七七四年:2008/06/21(土) 21:22:07 ID:nEh/UKGC
いやいや、あんたが決める事じゃないと思うがな。

987 :人間七七四年:2008/06/21(土) 21:30:20 ID:3Vwf5k2l
じゃあ、正直に言おう。
そこ盛り上がってないもん。つまないのよ〜。

988 :人間七七四年:2008/06/22(日) 09:13:43 ID:1qw2hHSh
>>956
>信長の四国政策の変更によって光秀が苦渋の立場に追いこまれたということだ

別に追い込まれてないだろ

追い込まれたとすれば、備中戦線に出向いて、
政敵の秀吉の指揮下に入らざるを得なかった事だろ

それが織田家重臣達にとっていかに嫌悪すべき事かは、
勝家指揮下の対上杉戦線から無断帰国した秀吉の事例で明白

ま、光秀謀反に朝廷が一枚噛んでいたのは、
光秀敗死後の公家連中の狼狽逃亡で証明されている



989 :人間七七四年:2008/06/22(日) 09:36:36 ID:grZHVCB5
>>988
> ま、光秀謀反に朝廷が一枚噛んでいたのは、
> 光秀敗死後の公家連中の狼狽逃亡で証明されている

またすでに否定されまくった論法を…

990 :人間七七四年:2008/06/22(日) 09:51:58 ID:1qw2hHSh
>>989
>すでに否定されまくった論法

根拠なしのはったり、虚言か・・・
違うというなら誰がどのように否定しているのか一例を挙げてみよ

991 :人間七七四年:2008/06/22(日) 09:56:04 ID:grZHVCB5
>>990
何動揺してるんだ?昨今の本くらい読めよ
↓これとかならお前でも読めるだろ。

「信長は謀略で殺されたのか 本能寺の変・謀略説を嗤う」

992 :人間七七四年:2008/06/22(日) 10:29:05 ID:1qw2hHSh
>>991
単なる一個人の見解を妄信しているお目出度い野郎だな
それって上っ面な事象を羅列してるだけの内容じゃないか
信長暗殺の真相など書かれてないだろーが

本を紹介する程度のことしかできない能無しか
哀れな野郎だ

993 :人間七七四年:2008/06/22(日) 10:32:41 ID:grZHVCB5
と、自称「俺こそは信長暗殺の真の真相を知る男」である>>992さんがおっしゃっておりますよ。

994 :人間七七四年:2008/06/22(日) 10:34:07 ID:oiQy31Ds
今時朝廷説はないわぁwww

995 :人間七七四年:2008/06/22(日) 10:40:59 ID:1qw2hHSh
>>994
では、何説が今時の主流なんだ?
聞かせてみろ
どうせ、何も提示できねえんだろ


996 :人間七七四年:2008/06/22(日) 10:44:50 ID:grZHVCB5
>>995
君はここまでのこのスレの流れすら読んでないのね。

997 :人間七七四年:2008/06/22(日) 10:48:07 ID:1qw2hHSh
>>995
論旨とは関係ないたわ言をホザき、はぐらかしを謀る薄っぺらな野郎
お前の中身の無さはミエミエだ

998 :人間七七四年:2008/06/22(日) 10:48:26 ID:oiQy31Ds
>>995
そもそもが朝廷朝廷って朝廷の誰よ

999 :人間七七四年:2008/06/22(日) 10:49:12 ID:oiQy31Ds
>>997
冷静な自己分析乙

1000 :奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM :2008/06/22(日) 10:49:31 ID:ognOJWmA
1000

1001 :1001:Over 1000 Thread
      /    `ヽ、
      ー┬――─‐ァ
      / ̄ ̄ ̄ ̄,l,
    _/     ,、r'" _」
.    | ̄ ̄ ̄ ̄ ,、r:''゙ヽ、
   /`'''''''''''''''''''" ヽ::::::::::ヽ
   /  秀家    ゙ヽ:::::::::',   ごくろう。このスレはみごと統一された。
  ゙|゙゙゙'''   ‐‐''""'  ';:::;r==,、  さすればおぬしらには次スレの攻略を命ずる。
.  |エi> ,'  イiエ>  レ'゙,r .,l }  
  i.  /         Y./ノ   さあ泳いでゆけ、現代のもののふたちよ!
  l  {  .、          /      
  ',  ` ''  '       rTヲ
   '、 `'ー‐''"    / lzュ、__
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