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 【太宗】 李世民 【貞観】

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 15:49:47 ID:atgdntZJ0

太宗(唐)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E5%AE%97_(%E5%94%90)

中国史上最高の名君?

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 16:16:55 ID:tPWJIL+H0
後世の人間に自分を名君に見せようと頑張った人だね。

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 17:04:59 ID:yBmgP+8y0
宋太祖に勝ってる部分は虚栄心だけ

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 17:25:40 ID:CwPdBKCB0
>>1
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E5%AE%97_%28%E5%94%90%29
の方がわかりやすい。

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 17:28:51 ID:+VfEoaPuO
「晋書に俺も書く」とか言い出した時は臣下一同ニガワラ状態だったろうなぁ

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 17:33:19 ID:eYjXH1Ep0
>>3
あと戦術指揮能力もかなり勝っている。
趙匡胤は個人武勇にものを言わせた破壊型だから。
軽騎戦術での連戦連勝は李世民ならではのもの。

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 18:11:06 ID:Ooz8jJqI0
趙匡胤は元々海軍の将校だぞ?
海戦でどうやって個人武勇にモノを言わせるんだ?

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 18:16:11 ID:eYjXH1Ep0
>>7
おい。清流関と滁州の戦いを知らんというのか?

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 18:35:39 ID:Ooz8jJqI0
おい。元々という字をしらんのか?

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 18:50:11 ID:eYjXH1Ep0
>>9
悪い、言わんとしていることがよくわからない。
趙匡胤が水軍を統率したのは、北伐行の時だし。
揚子江で南唐軍と対したときはあれど、それ以前の清流関〜滁州〜六合、
さらには、楚州の攻防戦と、地に足をつけて戦うことが多かったと見えるけど…?
しかも、自身はハデ好きで、異様に目立ついでたちで乗馬にまたがっていたし。
元々海軍の将校というより、水戦にも長じているところが認められたから、北伐のとき統率を任された
ということと理解していたが、違ったのか?

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 22:14:09 ID:T01c1X0x0
地に足付けて戦ったと言うなら韓通の立場無くね?

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 22:17:40 ID:/nNiDMhI0
そもそも中国で水軍と陸軍の将校はしっかりと分かれてないでしょ

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 22:22:08 ID:T01c1X0x0
趙匡胤は父親に勘当されて彼方此方就職活動してるからな
その辺りでも武辺者のイメージに一役買ってるんだろう
飛龍伝は極めつけで、宋太祖起源の武芸も結構あるみたいだし
李世民はやんやかんやで八柱国のプリンス。苦労知らずの貴人・君子のイメージが先攻する

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 22:27:06 ID:eYjXH1Ep0
>>11
それはですね。
韓通は後周の征淮南には従軍していないからですよ。
韓通は後蜀との秦・鳳奪還戦の援軍として赴いたあとは、京城の守備と外城建設を担当していた。
開封は柴栄の軍師として名高い王朴と韓通によって守られていたということ。
柴栄は韓通を、契丹防衛ラインの建設も含めて、戦場ではないところでその能力を用いていた。
親征の多い柴栄だけに、そういった頼れる将軍としては韓通があった。
趙匡胤は手元に置いたし、向訓は柴栄が戦線を離れるとき、替わりに遠征軍を統括させたし、
李筠、王景らは、それぞれ北漢、後蜀方面に睨みを利かせて動かせなかった。
韓通だけが、あっちこっちいろんな任務を任され、よく果したわけ。
韓通が陸戦部隊を統括したのは、趙匡胤が水軍を率いた北伐行だった。
征淮南においての、趙匡胤の爆裂勇猛ぶりは語り草。でも、その頃がピークのような感じ。

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 23:09:11 ID:LXxzI9QX0
>>13
李世民は父親が隋の皇帝の従兄弟だからね。

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 23:25:38 ID:nruOtwW30
陸の韓通、水の趙匡胤と呼ばれたからこその陸軍総括だろ

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 23:50:32 ID:yBmgP+8y0
康熙帝のほもがすごい

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/21(月) 08:49:33 ID:cvX0OAYn0
>>16
だから、それは北伐行のときだけだっつうの。
淮南平定直後は、帰徳軍節度使(宋州。趙匡胤より前にここの節度使)、侍衛馬歩軍都虞候。
柴栄の禁衛、侍衛軍の副将だったわけ。
対して趙匡胤は、殿前都指揮使。
少数精鋭のもうひとつの禁衛軍副将。

北伐行のとき、陸路都部署に充てられ、柴栄が趙匡胤と一緒に運河を水軍で遡っているのに平行して、
韓通は高懐徳、石守信らを率いて陸路をいった。
後周軍のそのときの左右両翼が、韓通と趙匡胤だったので、陸の韓通、水の趙匡胤と呼ばれたわけで
別に陸戦のみが韓通と決まっていたわけではない。
基本は、二人とも後周軍の主力である二つある禁衛軍のそれぞれの責任者だった、ということ。

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/21(月) 12:15:42 ID:TpgH3KeI0
>>15
李世民の妃の一人に隋の公主がいたけど、
考えたら再従兄妹の関係になるんだね。

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/21(月) 19:23:26 ID:15w9h3Xj0
韓信って劉邦の部下じゃないの?

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/21(月) 21:26:10 ID:Gn1Nn6Jd0
>>19
煬帝の娘だね。
呉王李恪を産んでいる。

ちなみにこの人は世民死後に冤罪で長孫無忌に殺されている。

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/24(木) 23:59:23 ID:qiwvqoeQ0
弟の李元吉の妃も自分の後宮に入れたけど、
皇后の候補にしたぐらいだから、
相当に気に入っていたのかな?

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/01(金) 14:03:16 ID:wSyIbL0GO
建成が後を継いでても、大差無かった気がする

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/01(金) 19:13:58 ID:UdJ/k2Yd0
イナゴを食ったのもネタだよね?

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/01(金) 20:43:05 ID:ZfeVrkFe0
この人の美談の大半は許敬宗の捏造だよ。

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 11:31:52 ID:FCt+nzv00
この人2ch評価低いね

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 11:57:33 ID:4BD8xRfH0
へそ曲がりが多いからじゃないの?

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 14:10:20 ID:rhDYg+KE0
評価は低くない
嫌われてるだけ

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 15:50:01 ID:4BD8xRfH0
まるで秦檜のようだ。

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 02:06:40 ID:cWOO/YrZ0
>>26
こういう世間一般的に高い評価を受けながら、
実はそれほどでもないという人物は、
特に叩かれやすい傾向があると思う。
戦国板でもそれが顕著だけど。

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 12:32:11 ID:2j+0cD2l0
>実はそれほどでもないという
ワロス

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 13:16:26 ID:fHB159hP0
李世民はただその時にたまたまその地位にいたってだけの凡人

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 13:38:18 ID:lAVFc5SE0
貞観の治とは言うけど、
実は則天大聖皇后の方が政治上手かったりして。
建国時の軍人政治家と、平穏時の政治家を
較べるのは無理があるか。

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 14:17:24 ID:l9v7l/8h0
でも中国の歴代皇帝を平均化したら、それよりは上に行くだろう

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 15:29:52 ID:fHB159hP0
始皇帝>康熙帝>漢武帝>洪武帝>宋太祖>武側天>雍正帝>永楽帝>隋文帝>宋太宗>漢文帝>順治帝>漢高祖>唐太宗>その他

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 15:40:18 ID:5GhkhSOV0
>>35
なんの基準かによりけりだけど、宋太祖が唐太宗や弟より上ってことはないだろ。
一体、何やったんだ趙匡胤は。
軍才においてさえ、唐太宗は宋太祖より上だと思えるが、どうだろうか?
漢文帝が唐太宗より上かも、というのはわからんでもない。
宋太宗と唐太宗はほぼ同レベルとみる。
自分をかっこよく見せようとしたところや、酒が飲めないこととかw

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 17:01:42 ID:lAVFc5SE0
ワーカホリックの雍正帝以上に働いた奴は居ない。洪武帝ぐらいか。
しかし部下を上手く使うのが皇帝の仕事とすれば、
唐太宗は1、2を争う能力がある。

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 17:12:28 ID:c5ajRgzc0
蘭亭序を墓に入れた人ですか。

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 17:40:01 ID:ZW+HtchEO
部下を上手く使えてたなら魏徴は……

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 18:17:57 ID:gHY+RHFk0
>>35
自分も李世民は好きじゃないが、さすがにこれを見たら可哀想になってきたな。
一時期の諸葛亮みたいだ。(今でも粘着アンチがいるが)
せめて軍事的才能ならば、永楽帝をのぞけば相手にならないとフォローしとこう
李靖ですら戦争からすれば、ある意味、李世民の弟子であった可能性も捨てきれない
(逆かも知れないけどね。実質は李靖はしきっていたとか。
 そうであっても、あの連戦連勝はすごすぎる)

41 :国重高暁:2007/06/03(日) 19:45:45 ID:rVMUguUK0
長安がイナゴの害に遭った時、
「すべて朕の責任だ」と言って
これを呑み込んだという彼。
かっこよすぎると思いません?


42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 20:00:15 ID:5GhkhSOV0
>>40
好きでない理由はどんなの?
一応、後学のために教えてもらいたいのだけど。

>>一時期の諸葛亮みたいだ
よくあることだね。
で、それがひととおり終わると、どういうわけか再評価が始まるという…

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 20:23:27 ID:76h9C12WO
李世民は名君のイメージを後世に残そうとして色々と工作したから余計に評判が悪いんだろうな

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 21:05:38 ID:M3rqG10d0
そこが一番嫌われる理由だろうな。
積極的に(何も欠点の無い)兄殺して、親を幽閉した癖に
聖人君子を(狡猾かつ現代に至るまで)アピールするっていう性格はおよそ好かれないだろうと思う。

対して、自分を飾らない創業者が多いからね(劉邦・劉秀・趙匡胤・朱元璋)
テストで100点じゃないと気が済まないタイプ

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 21:21:30 ID:idV6eoYVO
晋書に自ら賛を書こうというのは流石にかなりのDQNだと思うなあ

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 23:30:53 ID:l9v7l/8h0
>>43
しかもその工作はかなり成功してしまって、一般的には名君として定着している。
それが余計に反発を大きくしている。

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 00:44:55 ID:mimzvTh40
自信過剰な所は多分にあるが、名君なのは事実だろう。
兄弟殺しても、史書に自慢を書きたがっても、名君に変わりは無い。
政治能力・軍事能力とは関係の無いことだ。

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 01:21:11 ID:98yHU5s/O
>>47
俺に限らず、大方の論旨は「軍事能力とかはあるけどどうしようもなくDQNだよね」と言ってるんだと思うんだ

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 01:28:33 ID:mimzvTh40
正直言ってDQNの意味が良く分からんなあ。
チンピラとか、頭悪いとか、常識が無いとかって人じゃ無いからな。
謙虚じゃない、自信家って意味なら合ってるかな。
でも諫言を結構聞いてるけどね。

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 01:35:30 ID:pZzelEPC0
DQNというより中二病
もう他人の目が気になって気になって仕方なく、世界は自分を中心に回ってて
失敗が恥ずかしくて恥ずかしくて仕方ないのは中二病でしょう

隋末の抗争で、自分の敗北を部下に擦り付けたり
諫言聞かずに遠征したり
多分、一歩間違えば名門高校に入ってプレッシャーで母親の首斬るような男

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 02:03:06 ID:VlSzuHMR0
十二国記の斡由

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 07:31:07 ID:iNzo7wve0
日本人的なケンキョリズム第一な人たちには嫌われてるんだろうなあ。

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 08:38:06 ID:+eEVxaxn0
>>50
だが、失敗したにしても、節度を保とうとか、自制しようとする心構えは、中二病やDQNには根本的にない部分でしょ。
そこまで短所にハイパーブーストかけてクローズアップするなら、長所や成功したことも大いにクローズアップしないと公平ではないと思うぞ。
少なくとも、名君を演じようかっこよく見せようとして、失敗あるいは崩壊したのに比べれば、はるかにマシといえるもの。
偽善もできるくせにやらないよりはやったほうがいい。

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 14:45:22 ID:POOOqUAv0
>>44
兄殺しの問題は中国でもしばしば指摘されるが、
ある意味武則天、呂后にも通じるけど、所詮宮廷内部の紛争に過ぎず、
国内の政治は上手く行っているからさほどマイナスにならない。

ただ、それで人気云々になるとまた別の話。

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 17:02:05 ID:18YBaQ8zO
>>53
そんな風に下をみて〜よりはマシと程々に考えるにはプライドが高すぎたな
人を信用するが信頼しない男だろ。貴人人の心を知らずってな
小説の題材にはこの手のタイプは面白いんだけどね

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 17:14:24 ID:pZzelEPC0
>>54
武則天も呂后も自分のやったコトを自覚して、怨みなら怨みで受け入れてる
自分の殺した男の娘を腹心にしたり、青い猫を自分の殺した愛人の霊と認めたり
清濁呑み合わせる王者の風格と言うべきなんだろうか
李世民は自分を正当化しようとしてる時点で、王者ではなく現代の政治家に通じるものがある

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 17:32:24 ID:+eEVxaxn0
>>現代の政治家に通じるものがある

それは思いっきり多くの帝王がやっていることだから、今更驚かんが…
劉邦や朱元璋のことはよく知らないが、李世民を批判するとき、多くのひとが趙匡胤を持ち出している。
彼が先の皇族を保護したからなのだろうが。
だが、実力をもった政敵はきっちり排除しているのは、両者ともなにも変わらないのだ。
一方は好意的にみて、他方は嫌いだという。
それは個人の好悪の念だから仕方ないが、持ち出し方に公平さが欠けているのが鼻につくときがある。

それを持ち出すときの拠り所といえば、『小説・十八史略』だろう。
あるいは『中国の歴史』か。
あれで陳氏は李世民の為政者としての能力は認めつつ、友達にはしたくない、とはっきり書いているw
対して趙匡胤には非常に好意的だ。
その思想に影響されている人も多いかと。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 17:50:03 ID:pZzelEPC0
趙匡胤はふらっと家にやってきて酒飲もーぜ!って言うヤツだw
キレて料理人殺したりするけどw

>それは思いっきり多くの帝王がやっていることだから、今更驚かんが…
まあ皇帝全てを対象に入れるなら多いでしょう
でもそんな平均値のような場所に李世民が居るとするコトは誰より李世民をショボいとキミが思ってるのかしら?

>だが、実力をもった政敵はきっちり排除しているのは、両者ともなにも変わらないのだ
一応、建成は同じ唐という中の味方だった訳で。趙匡胤が“排除”したのは匡胤が自立した時点で敵になった連中だろ
曹彬らと話し合いで軍権を返上させたのは、誰がどう見たって穏健なやり方
無論、李世民の立場だってある。彼は次男で、殺さなきゃ自分が独裁者にはなれない。建国の功臣は約束されてたとしても
だからクーデターを起こした。それは自分の欲だろ。これは誰がどう見たってね
それを粉飾する姿を大抵の人間は好きとは言わないだろう。不公平かい?

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 18:59:38 ID:+eEVxaxn0
>>58
いやぁ、李世民をそれほど過大に評価もしないが、反面、ケチつけるほど悪くもない、と思い、為政者としてポーズをとったにせよ、破綻していないのが、最終的に評価できるところだな、と。

一応、李世民のあの兄殺しについては、持論では、あれは粛清される側の反撃、という見解なんだ。
分かりやすく言うと、源頼朝に排除されそうになった義経が、黙って殺されず反撃し、しかも兄よりよい政治をしようと心がけた、という感じ。
日本では、そういう手合いを激しく嫌うがね。既得権益や権力者に反抗するもの、として。
粛清される側がいつも黙ってやられてばかりではない、というひとつの事例だと思っている。
ただし、それをもって、人道的に優れているなどとは思わんけどね。
むろん、粛清した側にも、所詮は権力の亡者、というイメージを拭い去ることなどできないが。

>>自立した時点で敵になった連中だろ

名望が他に打ち勝ったのだろうとは思うが、趙匡胤より(たぶん)年長で経験も豊富な禁軍の司令官を立てるのではなく、自分がなった。
しかもその人が会見を望んでも承知せず無視し、反乱もやむない状況に追い込んだのは、やり口としては李建成に近いといえる。
ただ、李重進は李世民にはなれず、趙匡胤のために攻め滅ぼされたが。
悪意に取ろうと思えば、取れる要素は誰にだってある。
しかしまぁ、それこそどこに基準を置くか、だな。

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 19:28:11 ID:fVU14Ixc0
最初に次男の手下を讒言して喧嘩を売ったのは長男の側。
弘義宮が目障りだとしても、どこまでも我慢するしかない。

ヤるしかないなら汚名を恐れずに、初っ端から奇襲を掛けてぶっ殺すに限る。爪が甘いんだよ長男は。
また次男に徐々に勢力を削がれるのを黙って耐えろというのは、淮陰侯の末路を辿れと言ってるのと同じ。
ヤられる前にヤれ、はケンカの基本だが、それ以上に安目を引かないのは鉄則。

手柄に応じた報酬の配分がある。
長男も良く出来てる方だが、次男の手柄はそれにも増して破格。
なので、弘義宮の特権を認める必要が東宮にはあった。
杓子定規に「正常化」しようとすると、こういう悲劇がおこる。
次男が欲目で行動したことを自分勝手と非難するなら、長男にも同様の基準を適応すべきだろう。
俺には長男が嫉妬心にかられて、馬鹿な行動で既得権益を失っただけにしか見えないが。

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 19:40:33 ID:pZzelEPC0
特権を認めたら既得利益を守れないだろうが
徐々に勢力を削ったり、減らしたりは別に不味い手じゃないよ。失敗した例もあるが成功した例もある
李世民が劉蒼になりたくなかっただけだろ

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 19:49:32 ID:18YBaQ8zO
李世民の配下の方が熱心だった可能性だってある
アホ兄説も欲弟説も個人の想像の域をでないわ
平行線だからアンチスレでも立てることをオススメする

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 20:01:25 ID:+eEVxaxn0
いや、平行線だからと、アンチやマンセー呼ばわりする気はない。
どっちにしても、反対意見は貴重だから、よくよく耳にしたいと思う。
アンチスレなど不要。

それに自分も、李世民の個人としては別にして、為政者としての態度はあまり好ましいとは思ってはいない。
李世民と趙匡胤、どっちがいい? と言われれば趙匡胤だし…

>>李世民が劉蒼になりたくなかっただけだろ

劉蒼ってのを知らない無学者だけど、それなら李建成だって皇太子の座を手放したくなかっただけ、と言える。
手柄あるものを排除せず、譲渡するという聖人君子な選択肢はどちらにもないのだろうけど。

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 20:14:03 ID:fVU14Ixc0
>>62
部下に罪をなすり付けるのは李世民個人への弁護としては最悪だろ。
最終的な責任はこの兄弟両方にあると思うが。

>>61
特権を認めずに争うのが安目ではなかろうか?
世民死後の後継者たちの盆暗ぶりをみると、子の代まで持ち込めば解決したのではと思ってしまう。
もちろん結果論だけどさ。
弘義宮は所詮李世民一人の力で成り立つあだ花でしかない。
勝負を引き伸ばして建成が勝てたかは分からないが、
実力行使の決断を促して、弘義宮を東宮にそのままスライドさせたのは最悪だろ。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 20:30:04 ID:pZzelEPC0
>それなら李建成だって皇太子の座を手放したくなかっただけ
こんなコト言い出す時点で公平性なんて持ってないでしょ?
それこそ陳御大じゃないが「建成は元から皇太子なんだから、普通にしてればいい」
皇太子であるのが当たり前なのに、なんで手放す必然がある?建成が全くの無能で、唐朝設立に何の貢献もしてないなら兎も角。
これも李世民の情報操作の賜物だけど、唐朝設立が李世民によるプロデュースの如くされてるが
李淵、李建成、李世民、みな非凡だったからなしえたことだろう
確かに、李世民は虎牢で敵対勢力を纏めて葬る大金星で唐朝の統一を加速度的に上げたが。
(そういや、秦王時代の李世民なら高句麗遠征はしなかったと思うんだけどな。皇帝になると視野も変わるんだろうね)

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 20:33:54 ID:98yHU5s/O
劉蒼になる気がない弟と劉彊になったら殺される兄のデスマッチ

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 20:43:32 ID:fVU14Ixc0
李淵≒粛清の必要が無い劉邦
李建成≒相続権のある蕭何
李世民≒寝技にも強い韓信

とみると三者の役割分担と帰結が分かり易い気がするが。

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 21:07:22 ID:iNzo7wve0
何気に良スレですな

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 21:50:06 ID:+eEVxaxn0
>>65
すまないね、そこは過剰に反応してみせた。
つまるところ、皇太子と決まっている方が(つまり既存権力者が)、そうでないほうを粛清するのはいいが、その逆はダメとする論法に疑問を持っている。

李建成が凡人の平均より無能、というのではなく、この場合李世民と比べてどうか、というところが問題となる。
仮に李世民がおとなしく飼い殺されたとしたら、それは権力者の傲慢でしかない。
自分に叛逆されたら嫌だから、相手のちからを殺ぐ、というのが論法だね。
クーデターは李世民側の粛清される危険を感じ取った側の、生きるための手段とすれば、
生き死にのギリギリのところでは、李世民のほうに軍配が上がったとみる。
その後、政治を混乱させてたら、李世民はなんの言い訳もできなかったろうけど。

道徳で言えば、肉親を殺しているわけだから、政治の功績でそれが払拭されるわけがないが、それでも無責任に落ち込まなかったあたりを評価できるということ。
これは政治の成果を言っているのだけどね。
態度としては、皇帝としての矜持の高さをびんびんに感じ、かっこうにこだわっているあたり、たしかに気に食わないところもある。
遠征については…… 老害??w

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 22:12:13 ID:pZzelEPC0
>つまるところ、皇太子と決まっている方が(つまり既存権力者が)、そうでないほうを粛清するのはいいが、その逆はダメとする論法に疑問を持っている。
中世の時代の価値観に現代的視点で疑問を持たれても……
大体、建成が世民を粛清するって決定事項的な見方をしてるし

>李建成が凡人の平均より無能、というのではなく、この場合李世民と比べてどうか、というところが問題となる
それこそ源頼朝と義経じゃないけど、両者をどちらが有能かなんて比べようが無い訳だし
皇帝としての李世民は後継者問題を多いにしくじってる。少なくとも李家の家長としては落第だった。

>仮に李世民がおとなしく飼い殺されたとしたら、それは権力者の傲慢でしかない。
>自分に叛逆されたら嫌だから、相手のちからを殺ぐ、というのが論法だね
コレを否定すれば皇帝独裁権も中央集権も成り立たない
コレに疑問を持つようなら、歴史を読んでてイライラしっぱなしだと思うけど?
劉邦も劉秀も趙匡胤も朱元璋も、全員やり方に疑問をもって傲慢だと思うってコトだし

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 23:09:59 ID:c2i8gYhk0
この人は父親としても失格w

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 17:15:44 ID:UXNPv2z60
>>69
>その逆はダメとする論法に疑問を持っている。
個人的に思うのは自由ですが、法の立場からすれば疑問なんて生じません。

それと、建成と世民を頼朝と義経に例えているので誤解が生じてしまいますが、
別に、建成側は無抵抗で従順な弟を無理やり弾圧粛清しようとしたわけではない
でしょう。弟側は功績を盾に皇帝位を狙った。すでに皇帝位の継承を法的・制度的に
約束された兄側は己の権益を侵害しようとする者の排除を必要とした。

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 19:27:57 ID:vqsiQyi20
>>70
粛清については、当方その線を拠り所としているから、李世民の単なる野心としているあなたの論拠とは、交わる点が少ないのは確かだ。そこは今さらながら気がついた。

李世民が李建成より、というのは政治手腕では比較はムリですわな。
どこが李世民が勝ったか、といえば…
クーデターとするならば、そこは謀略のあたりから、駆け引きにおいて、李建成は相手がそう出てくることを予想していて出遅れた…
あるいは、それさえも予想せずただおとなしく自分の命を聞くと思っていた。
李世民の部下を異動させて動揺を生んだのなら、それを活かしきる必要があったように思う。
どちらにせよ、甘さが出ているのは否めない。
誤解されそうだけど、クーデターだから立派、といっているわけではないよ。
その後で、李世民も単なる破壊者だけだったなら誰も誉めないだろう。

>>歴史を読んでてイライラしっぱなしだと思うけど
しっぱなしだね。いやほんとに。
あるいは失笑の連発か…
だけど、カタルシスを与えてくれる帝王がこの歴史にはいる。
自分が評価している類の帝王というのは、その政権内での一番の実力者であることを行動で証明し続けている人物ということになる。

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 19:33:05 ID:4RNYS9JL0
実効力の無い御法度なんてものは酒の席での口約束と同じようなものだ。

唐太宗は根は煬帝や永楽帝と似たようなものだが、
一般の常識から鑑みるとその両者に比べて余りにも批判は少ないね。
自己弁護的な改竄宣伝による効力は大きかったと見るしかない。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 19:40:44 ID:vqsiQyi20
煬帝は完全に責任放棄した無責任な皇帝だから、批判の内容がずいぶん違うように思えるが。
李世民と煬帝の違いと言う点は、そのあたりかと。
改ざん宣伝は、唐という国が一旦女性に主権を握られて、その不名誉(と士大夫は思っている)でさらに加速したということはないのかな?
どちらにせよ、本人も後世の人も、それぞれすごかったんだぞと言い募った結果でしょうがね。


76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 19:58:51 ID:4RNYS9JL0
>>75
その三人は動物としては一様に優れてると思います。
ただ人間として唐太宗だけが似非君子の仮面を被ってる為に、
ほとんど批判を免れてるように感じます。
高句麗遠征は幕僚の誰もが反対したのに何故やったんでしょうね。
魏徴に依存してた面が大きいのでしょうか?

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 20:26:32 ID:vqsiQyi20
優れている=完全無欠というわけではないから、失敗もあるだろう。
遠征の真なる理由まではわかりませんけど、なにかもっともらしい理由付けがなされているのでしょうよ。
権力者のエゴとして起こしたものと思いますがね。
1回で終らせるならともかく、3度やっているのは、そうとしか思えない。
ブレーキ(魏徴)がなくなったからだけど、そのブレーキをともかくも用いていたのは、かっこうだけであれ、うるさいと切り捨てる皇帝が多い中では、まぁ立派でしょう。
権力者には制度上でもブレーキが必要だからね、絶対に。
そういう意味では、北宋初期はよい国家体制だったと改めて思う… しかし長く続くと腐るのは人間社会での運命ですかね(これは脱線だな)。


78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 20:34:18 ID:1buh7sO10
永楽帝には優秀な息子が居たからね

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 21:33:44 ID:iqpZ5ohM0
李世民は現代日本に生まれたたら日大に一浪で入って2部上場企業のサラリーマンとしてブスな嫁と子に囲まれて一生を終える。 

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 21:39:05 ID:1buh7sO10
慶応とか学習院とかだろう
血統的に

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/07(木) 13:40:11 ID:ax5ca7SG0
実際今の事情を考えてみてください。
○○宮様に男子が生まれた以上、
x太子様は「元から皇太子なんだから、普通にしてればいい」
と言われても、実際どうかな。
事情は違いますけど。

そりゃ公では誰も異論を挟めないが、
こそこそいっそうXXXXすればいいと言う人はそれなりにいるだろう。

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/07(木) 19:24:54 ID:1mLVR3FI0
中国の歴史の中で20代で天下をとったのは項羽とこの人だけなんだっけ?
それだけ見ても相当なモンだと思うけどな

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/07(木) 21:43:29 ID:aGVXEPJr0
だから、現場での手腕は相当なんだけど、態度が悪いから嫌っている人がいる。


84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/07(木) 21:49:22 ID:kvOmIs/s0
天下をとったのは李淵ですが?
李淵の天下取りに李世民が大きな功績を立てたのは事実ですが、だからって
実質的な建国者だのなんだのと李世民を持ち上げる(李淵を貶める)のは李世民の
罠にひっかかってるとしかいいようがない。

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/07(木) 22:00:05 ID:aGVXEPJr0
>>84
いや、>>82がいっているのは、天下を取ったことで、それは歴史認識にのっとってのことでしょ。
李世民が強引に帝位についたのは28歳(単なる世襲としてでなく、ね)。
実質的な建国者というニュアンスで言ったのならそうだろうが。

ちなみに>>83はあくまでも戦場においての評価を言ったまで。

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/07(木) 23:15:21 ID:p+KDX+Za0
親父:大人
長男:君子 次男:英雄 三男:病弱 四男:豪傑

と親子そろってキャラが立ってる。
正直な話、長男が後を継いでも、貞観の治の内実は大して変わらなかっただろう。
乱世に共に立ち向かうことが出来たのに、治世を共に過ごすことが出来なかったのは悲しいことだ。

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 08:40:19 ID:uIHJDYc/0
それって長男が貶められている反動での、過大評価というわけではないの?
誰がやっても似たような政治って、登用される官僚の質にもよるんだから、そんな簡単に言えることなのか?
李世民の場合は結果として残っているが、長男の場合は希望的観測のような気がするが。
なんか、生前にその片鱗があるのなら、ちょいと教えてくれまいか。

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 10:42:31 ID:e1O1UEOI0
>>84
重箱の隅みたいだけど、李淵は天下統一してないですよ。

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 11:12:07 ID:PMHQ7fB20
誰がやっても、とは言ってない。
建成は世民ほどでないにせよ、部下の人心は得ていたのは確かだ。
相続上の優位と並よりマシな人間性、まともな補佐があれば、
二代目としての合格点を出すのは、そう難しいことではない。
世民に比べて建成の詰めが甘い点は否めないが、穏健策と国力の休養を国策とするならば、トップがそれくらいで丁度いい。
最初から何もかも与えられた役立たずのボンボンが継ぐわけではないのだから、まったくの希望的観測とも思わない。
お約束どおりなら、対突厥での成功も、対高句麗での失敗もない無難な治世だったと思われる。
まあ唐太宗とは違った地味な二代目なのは確かだろうよ。
過小評価の反動であることは仰るとおり。

どうであれ、世民は兄弟と甥を皆殺しにして父を幽閉し、天下を奪った。
余人なら何の弁護もされない類の非道である。
その是非は俺にはどうでもいいことだが。

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 16:22:48 ID:DroRoOpQO
建成は本拠地で対外交渉も行なっていたろ?
李家の蜂起の際に突厥の兵隊を借りたけど、その後彼らは建成を窓口にし、兵隊は建成の指揮下にあったことを考えれば
世民の対突厥戦線はいわば自分の蒔いた種以外の何物でもなく
高句麗も突厥もいわば世民のせいで起きた戦争と言えるんじゃないか?
それを功績とか派手とか言うのは壮大な自作自演なんてなw

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 16:50:20 ID:uIHJDYc/0
>>89
レスをどうも。
まぁ想像と願望の範囲を越えることはないなぁ、記録に残されなかった人のことは。
そういうところが、歴史の影の部分で、脚光を浴びせたくはなるんだが。
なんというか、こう李建成の統治下ではいい状態だった、とかそういう記録はないのだろうか。
抹消されている?

>>並よりマシな人間性、まともな補佐、穏健策と国力の休養を国策とするならば
それが終始たゆまなければ、兄・建成も名君足りえるのだろうが。
当初の意気込みから崩れていく皇帝、あるいは統治者というのは多いから、なんともねぇ。
当初、見込みありそうな皇帝でも、まともな補佐をしだいに遠ざけるのもいれば、外戚を抑えられないようなのもいる。
ま、その可能性があったことはよくわかりました。

>>90
よく知らんのですが、突厥って劉武周を後押しして太原落としませんでした?
その後の始末を李建成がしたということ? 違ったかな。
ところで、征服戦争というのは、ほとんどが侵略する側の都合でしょ。自作自演といえばそうなのだろう。
漢武帝もそういう意味では、あんまりいい印象はないようだし。
漢光武帝のように、匈奴の略奪区域から住民を避難させたほうが、評価されてしかるべきなんでしょうね。

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 20:04:04 ID:D9BwTPOO0
光武帝と比べるのはあまりに武帝に失礼すぎる

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 20:36:57 ID:WCTAIZjf0
2ちゃんの李世民アンチと朱元璋好きの多さには驚いた

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 21:02:25 ID:qZItksgw0
元から多いよ

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 21:08:02 ID:ADS6n9En0
康熙帝が一番かな

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 21:55:04 ID:hTlrElLU0
名門の御曹司で才気煥発、自分が権力を得るためには
親兄弟も平気で陰謀にハメ、帝位についたら自己宣伝に励む。

まあ、嫌われて当然ではあるな。
俺は好きだけど。

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 15:55:18 ID:Y4oWJEps0
>>96
>名門の御曹司で才気煥発、自分が権力を得るためには
>親兄弟も平気で陰謀にハメ、帝位についたら自己宣伝に励む。
こういったヤツは他にも吐いて捨てるほどいるけど、この人の場合
他のヤツよりもなまじ成功して評価されてるのがここで嫌われる原因なんだろうか?

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 16:55:16 ID:ACqAsSYJ0
李世民はツラが気に食わん

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 17:52:24 ID:gY9x34/t0
李世民嫌いなやつに聞きたいのだが、秦檜をどう思う?
おれは、どっちも気に食わなくて・・・
殺された岳飛のほうに同情と、言い分があるように思えてね。
秦檜も政治はよかったかもしれんが、結局は李世民とやってること一緒じゃんって。

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 19:23:33 ID:IgUNl8ex0
>>99
俺は李世民は嫌いじゃない(好きじゃないが)
秦檜は嫌いだな。
秦檜スレでは秦檜擁護派が勝ったみたいだが、ただの粘り勝ちで全然納得していない
(というか岳飛擁護すると右翼と決めつけられるのでいやになった)
李世民が政治がよかったのはある程度間違いないが、秦檜は証拠はどこにもない。
軍事費がなくなったから良くなったであろうとか、孝宗の時の繁栄は秦檜の力であろうとか
ただの推測に過ぎない。秦檜に本当は彼なりの正義があるのならもっと人材が集まっても
よい気がするのだが、それもない。
ただ、李世民はそのままでは兄に始末されたかも知れないし、兄が名君であった保証もない。
秦檜は岳飛が国家の邪魔になる可能性はあっても、クーデターを起こす可能性はまずない。
2ちゃんの李世民アンチもやりすぎだが、秦檜シンパは行き過ぎ。
南宋はこれといったまとまった資料がなく、学術書は秦檜擁護論をどうしてものせたがるので
勉強した奴は秦檜擁護に偏る。これでは公平な論議はできない。
確かに、李世民と秦檜は似ているところもあるが、むしろ李世民に失礼じゃないか

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 19:51:10 ID:NUpAAn3v0
>その後の始末を李建成がしたということ? 違ったかな。

武徳三年以降、唐の北辺防衛の責任者は李建成と思われる。
詳細な記録が失われてるので、指揮官としての手腕を確認することはできない。
突厥兵が李建成の指揮下にあったというのの根拠は知らないが(劉文静つながり?)
ただ、唐建国期に突厥が中国内地まで侵攻してきたことが二度あり、
どちらも李建成が前線に不在だった時期であることから、
北辺の守備隊を李建成はよく掌握していたのではないだろうか、
という推測がしばしばなされる。

後、玄武門を「暗殺」→「残党による反撃・軍事衝突」→「詔による停戦」という
通説の流れと史料の記述を見る限り不自然な点が多く見られる。
確証は無いが、最初っから長安城北部で太子軍・秦王軍の衝突があり、
その中で李建成は暗殺ではなく、戦死したのではないだろうかと、
最近、思っている。

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 20:15:33 ID:5mX4/7yM0
>>100
俺は不戦論を妥当と主張しただけで、秦檜なんぞを擁護した訳じゃないのですが。
また、劉裕の北伐⇒旧都回復⇒禅譲の故事がある以上、
岳飛のクーデタが有り得ないなんてのは希望的観測にすぎないでしょう。
府中の指示に従わない軍閥の、党首一個人の忠誠心など、その疑惑と脅威の自己弁護には成りゃしないんですよ。

李淵が、李世民に天策上将の称号と弘義宮を与えた時点で、玄武門の変は不可避です。
世民一人を殺せなかったために、二人の息子と十人の孫を失った、と陳御大は仰るが、そうではない。
長幼の序と論功行賞を一緒くたに扱ったのは李淵です。
どこまでも彼の失策であって世民もまた被害者の一人でしょう。
もっとも当事者であることで、競争相手を皆殺しにして、最大のメリットを得たことが、
世民が嫌われる理由なのかもしれませんが。

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 20:36:47 ID:NUpAAn3v0
>>102
岳飛と秦檜の場合、相反する政策の主張ってのが間に挟まる分、
ダーティさは強まってるんでね?
とりあえず金の間牒説は置いておくとしても。
しかも雄々しいこと言ってるのは主戦派の方だしさ。
秦檜の方は絵的に陰湿さが映える。
後は民族主義的な思想が芽生えたせいで、「俺らの」裏切り者つう色が
出てるところもマイナスポイントかね。

あったかもしれない、という理由すらなく大虐殺ってのも少なくないんで
秦檜をどう思うってのを、特別悪いのか?という意味だとすると、
他にも悪い奴はいっぱいいるんじゃねえ? という結論に向かう。
まあ、善人であったとも手がきれいな政治家であったとも思わないけど。

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 21:16:01 ID:3e65yVd+0
というか李世民と秦檜にゃ殆ど共通点ないだろ

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 21:26:19 ID:gY9x34/t0
なんか変な方向に導いてしまったな。すまん。
ぶっちゃけ、秦檜とやらの和平策も岳飛謀殺も、おおもとは高宗の意なんだから、秦檜だけが悪人というわけではない。
でもそうすると、和平以降の経済発展や文化の伸張も高宗の手柄としなければ片手落ち。
で、秦檜に残るのは、科挙の登用で自分の息を吹きかけ派閥を強固にしたことと、私財の貯蓄。岳州の改名など、姑息なものが多い。
これはちょいと三戦でやったことだけどねw
つまり、そういうところが、唾を吐きかけられる原因だろうよ。

>>100
内容のある返事参考になったよ。thx
李世民は政争に勝利した岳飛なんだな・・・
岳飛に政治闘争できる余地があれば、だけど。

>>101
太子軍・秦王軍の衝突
それを招いてしまった李淵はどうしてしまったんだろうか。
父親としてはいい父親でも、皇帝としては落ちる・・・ 私人としてはよい人でも公人ではいまいち、というのに似ているな。
しかしその説は目からうろこだった。これもサンクス。

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 21:30:24 ID:3e65yVd+0
むしろ逆だと思う
父親として駄目親父で皇帝としてはまずまず>李淵
秦檜は別に後世に対して自己弁護も自己装飾してなくね?
そういうのは悪役好き層に一定の支持されると思う
朱元璋も似たような感じで

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 21:31:55 ID:5mX4/7yM0
反吐の出るような下衆野郎同士ってとこだろ。
その評には勝ち組へのルサンチマンが幾分混じってるようにも思うが。
自分の命を賭す分だけ世民は大分マシ。(たとえ自分の為だけとはいえ)
讒訴して陥れるくらいなら決闘して殺す方がマシ。

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 21:43:21 ID:gY9x34/t0
>>107
ワロタ
それは権力のないものが常に持っておき、権力者に政治や統治の緊張感を与える、かなり重要なファクターなんだよな。

>>106
ネラーは朱元璋好きが多いよな。
でも、自分の手で掴み取った皇帝位と、皇帝に信任された宰相位とでは、やはり違うな。
この場合、宰相は忠誠無比・清廉潔白でないと気に入らんwwwww


109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 21:48:21 ID:5mX4/7yM0
>>107>>104宛ね。打ち忘れた。

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 21:59:32 ID:44QPREqL0
2ちゃんでと言うよりも、朱元璋自身の再評価が始まっているからだと思うけどね
三代目の倅含めてだが、暗君輩出しても揺ぎ無い政権基盤、システムの確固たる地固めをした
朱元璋がこれまで陰湿な粛清者、権力の妄執者としてしか評価されてこなかったことの方が異常

逆に劉秀や趙匡胤は持ち上げられたり、宣伝されたりはしているが
その「作られた人物像」が鼻につきずぎるあたり、あるいは「恵まれた生育環境」あたりで
広範囲の支持が得られない原因じゃないかと思う
たとえ粛清されてもいいから、俺は流民、貧民のために秩序の再生者となった朱元璋を支持する

李世民はやってることのスケールは巨大なのに、歴史歪曲とかやたら小者チックなところが勿体無い

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 22:04:55 ID:3e65yVd+0
昔から朱元璋は「聖悪併せ持つ」と評価受けてるから
今更2ちゃん人気とか再評価とかは、単に朱元璋を今まで知らないだけじゃないのかね?


112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 22:08:36 ID:X1Vgjihc0
>ネラーは朱元璋好きが多いよな。

ゴロツキヤクザで盗賊のような汚職官僚にベタ褒めされてる趙匡胤よりは、
そのゴロツキヤクザで盗賊のような汚職官僚をバッサバッさと斬り殺して
は恨みつらみを並べ立てられている朱元璋の方がマシに見えるだろ?

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 22:10:58 ID:3e65yVd+0
いや、朱元璋は官僚に幻想を抱いた後の逆ギレだしw
それに趙匡胤の人気はむしろ民間の方が根強いよ

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 22:16:47 ID:5mX4/7yM0
>>110
「作られた人物像」kwsk

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 22:26:13 ID:3e65yVd+0
占いで人殺したり、料理人殺したり?とか
どちらかといえば知られざる人物像ってか。浅いかw
どっちも当代の人間が作った訳じゃなくて、今の人間がいいトコだけクローズアップして話すから
イメージ先行してるってだけだし
>>110の光武帝、宋太祖存命の頃から作られた人物像に対する知識を期待するしか

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 22:27:08 ID:gY9x34/t0
>>112
おれは、そういう意味でなら、朱温大好きになるのだがなw
趙匡胤はたしかに民間人気だな。
水滸伝の花和尚は、それをモデルとしているとのこと。
だが、ネラーには趙匡胤マンセー派が多いのも、事実(あくまで今のところだけど)。

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 22:46:00 ID:5mX4/7yM0
ttp://www.geocities.jp/kaysak864/

このサイトの管理人氏のマンセーぶりはどうだろうか?
俺としては馬援へのを讒言を真に受けて名誉剥奪してるのに、
娘の馬氏を息子の嫁にしてる件が何がなんだか全く良く分からんのだが。

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 22:51:08 ID:44QPREqL0
>>114
日本で紹介されてる両名のイメージの話だから
大して通説覆すようなわけではないが

劉秀に関しては、知名度はイマイチながらも名将・名政治家というイメージが日本では強いが
(本国では知らん)
洛陽奠都による国防圏の後退→諸羌の司隷侵入につながる、という政治的失策があんまり
話題に上がらないのは、やっぱイメージ先行なおかげかなと思ってしまう
特に班超や馬賢といった個人の軍才に頼らなければ国防を運営できない時点で
後漢の西方防衛はヤバイ(馬賢登場まで三輔を回復できないんだから)
無理してでも長安〜河套で国防圏を維持すべきだったんだがな

ちなみに後世洛陽に都を置いた西晋でも、山西からの匈奴侵攻に為す術も無く蹂躙されている
八王の乱の余震とは言え、洛陽が国防上戦争期の首府には向かないことを誰も認識できて
いなかったのか?

趙匡胤の禅譲はヤオ、これは賛同を得れると思っていたんだが……

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 22:51:41 ID:gY9x34/t0
ttp://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1162029599/

こっちで言ったほうがよくないか?
おれにはよくわからん。

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 22:58:13 ID:gY9x34/t0
>>118
趙匡胤の人気は禅譲のそれもだけど、泣き言と同情を買うことによって、平和裏に兵権を奪ったこととか、逆上して殴っても、あとで気になってうじうじするとか…
心配性で趙普がどう思っているのか気になって眠れず突然軒先に現れるとか…
そういうところが………
なんか書いてて情けなくなってきたぞw

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 23:01:41 ID:3jvaXHVpO
兵権奪うアレって一種の脅迫じゃない?
「いや俺は引退しないよ」ってあの宴席で言ったとしたら、無事に自宅に帰れたのだろうか?

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 23:09:01 ID:NUpAAn3v0
>洛陽が国防上戦争期の首府には向かないことを誰も認識できて
>いなかったのか

北側(山岳地帯)から攻められることが思考の範囲外だったのでは?という想像。

李淵挙兵の際、洛陽を攻めるか、長安を攻めるかで
李世民が長安攻撃を支持した。天才の発想だ、
みたいな意見を時々見るんだけど(ソースとか不明)、
地形図に当時の交通インフラを考えてみると、
太原からなら汾水に沿って南下して、長安に出る方が遙かに早そうなんだよね。
河東から洛陽に出ようと思うと、長安へ向かうより障害が多くなるし。
洛陽は抗争中だし、ましてや太行山脈を越えてゆくことは考えただろうか、という。

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 23:54:01 ID:IgUNl8ex0
>>102
100だけど、自分が言っているのは岳飛が兵権を返した後の話だよ。
私兵が集まってきたらしいが(これもソースは不明だが)
さすがにあの時点ではクーデターはないだろう。
一番仲の良い韓世忠が『あり得ない話』と言ってどなりこんでくるのだから
(心当たりがあったら、さすがにそんな危険はしないわな)
その時点で秦檜は岳飛を殺している。これはひどい話だ。

それに、人を右翼だと決めつけ、秦檜は民のために良い政治をした、とか
金軍の方が圧倒的に軍事力が上で押していたのに、岳飛はただの好戦主義者だの
たいした根拠もない話で無理矢理、秦檜スレで議論を勝利に持っていった輩は貴公ではないだろう。
別に秦檜擁護論者を責めているわけではない。不戦論を否定しているのと違う。
その手の輩がいやなだけだ。権力者に対する盲従精神が感じられるしな。

それよりも李世民の話だが、では、あの時、李淵はどうすればよかったのだろう
@李建成にさっさと皇位を譲る(李世民は干されるか、殺される)
A李世民を皇太子に。李建成はただの王か、宰相に。
B李世民を天策上将に(歴史のまま)
C国土が広すぎるので李世民を突厥対策に北方に送る
D同じく、李世民を洛陽か江南、もしくは山東に封じる
E李世民を皇太子に。李建成はいいがかりをつけて、廃する。
Fその他(誰か教えてくれ)


124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 00:37:48 ID:JBdQbjhM0
@慕容垂
A曹植or劉蒼
B李世民
C永楽帝
D蕭繹
E煬帝

まあ順当に言えば@かC

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 10:16:25 ID:Omo6c0qj0
永楽帝とは似ているところがあるかな?

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 16:07:07 ID:qc6Jmzba0
>突厥対策に〜
しばらくはおとなしくしてるけど、時期が来たら・・・ってことでは?

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 20:52:56 ID:A+5Za5df0
>>123
李淵の立場で言うのなら、@もしくはCかDだろ。
李淵は建成を皇太子としてそれを揺るがさなかったのだから。
(李淵が兄弟相克に対して表立って執った処置は、世民側の重臣を左遷させたこと)

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 01:04:04 ID:WewBIgDy0
李世民の権力基盤は天策上将じゃなくて、
長安の秦王府と洛陽の陝東道大行台だと思うのだが。

で、旧李密軍閥を抱き込んでることや、
玄武門時、洛陽の行台で軍勢に出撃体制をとらせていたこと、
さらに、李元吉の発言を信用するなら、
この人、河南を押さえた頃から「自分の権力・軍事力」を
確立しようとしている形跡が見られる。反逆の根は凄く深いと思うのだな。

とするなら、李淵が彼に対処しようとするには、
殺すか徹底的に失脚させる、しか無かったと思う。
事実、洛陽陥落後(というか天策上将とかやらかした後)は
李世民に大権を与えないようにしているんじゃないかとも
思われる節がある。警戒していたのかもしれない。
でも、李淵は宇文家や楊家同様に、皇室で軍事力を掌握しようとしてたため、
李世民に代わる皇子の誰かを見つける必要もあった。

その辺のジレンマを解決できないうちに、李世民一派の反逆への動きは加速していった。
多分、人事では解決できない問題だったと思う。
やっぱ元凶は天策上将とかやっちゃったことで、その時、すでに兄弟相克は不可避になった。

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 22:12:48 ID:BWYTLVeC0
本国中国ではこの人どんな評価されてるんだろう?

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 22:14:42 ID:U0x2YwJd0
むっちゃ美形のアニメがあったっけ…

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 18:44:33 ID:U9BQ82zf0
太宗と煬帝を冷静に比較して、先を見据えた構想力や実行力、学問や文学の素養などは煬帝の方が勝り、太宗は為政者として煬帝を越えるものはいくらもない

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 19:02:41 ID:zx1Ysgj50
自制心と叩き上げであることからの人生経験は李世民の方が上でねえの?

唐太宗は暴君になりうる資質を持ってたけど、それを発露させなかった。
部下も同様で
隋煬帝のブレーンたちも十分に有能な人達だったが、煬帝が職務放棄した後は
彼らにも何も出来なかった。
太宗の部下は太宗の死後、永徽年間の重臣が晩節を汚したくらい。

つうか、煬帝期の偉いさんて、お坊ちゃま多いから。
楊玄感の乱に加わった連中の動き見てると、世間知らず臭が漂ってる

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 19:27:48 ID:uyd8S41t0
>>131
自分の保身を疎かにする先見性や構想力のどこがすぐれているのか?

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 19:28:54 ID:pihe4Syk0
>>131
負け惜しみにしかみえんという。

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 21:41:11 ID:LZuucmCF0
太宗は美化されすぎ
煬帝は悪く書かれすぎ

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 22:24:12 ID:pihe4Syk0
責任放棄しておいて、悪く書かれすぎも何も。
もっと書けって言いたいくらい。>責任放棄。
李世民が美化されているのは同意。

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 23:10:40 ID:j7znD+TY0
まー、煬帝は悪く言われても文句言える立場じゃないな。

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 19:28:27 ID:jSKX0E/a0
>>123
秦檜スレで主張が通らなかったからって、ここで愚痴を吐くなよ
単に能力は同じで、いうこと聞かない軍人と、従順でいうこと聞く軍人
がいてうるさい方を潰しただけだろ。
李世民のように反乱できなかっただけだよ。
それがヒゲみたく民間に広まっただけだよ



139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 19:42:56 ID:qGOC30Kb0
>>うるさい方を潰しただけだろ
すごいな。クールとはいえ、そういう理由で殺されることに怒りを感じないのだな。


140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 22:49:04 ID:Bv1SKxo90
李世民は同時代に曹操がいたらケツの穴を舐めてでも許しを乞うただろう

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 23:23:51 ID:dsHISITY0
>>140
釣りか?
アンチ李世民か
増殖中の曹操信者か

だが、これだけはいえる。
李世民は自分の才能に自信を持っているから敗北しても許しを乞わないだろう。
だが、もし、曹操があの調子で李世民を武将として受け入れるならば
その時こそ、曹操の命はない。
曹操は李世民にケツの穴を舐めさせてはいけない。

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/22(金) 00:28:04 ID:kjOr4ett0
李世民ってかなり光武帝のことを意識してたらしいけど、曹操のことはどう思ってたんだろ

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/22(金) 01:29:52 ID:KW8tmd1E0
>>142
さあ? 李世民と曹操を繋ぐような記録はあったっけ?

だけでもつまらないので、余談になるが、
李世民のみならず唐朝が「漢朝の後継者」を強く意識しているので、
その間にある時代を漢朝以上に好意的に捉える可能性は少なそう。


144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/22(金) 06:18:13 ID:JJZtY7f20
曹操との共通点といえば異民族政策かな。
いろいろ宥和政策を取っているが、
結局魏以降の南北朝五胡十六国、
唐以降の五代十国も異民族を巻き込んでいる大乱世になった。

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/22(金) 12:36:47 ID:6t/XTQPN0
なんで曹操との比較が続いてるの?
さすがに李世民>>>>>>>曹操だろ

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/22(金) 19:35:51 ID:jQJOGtlK0
曹操は千年に一人の逸材と評価されてるけど。

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/22(金) 23:34:46 ID:89tkmqL80
じゃあ兄殺しは半万年に一人だな。

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/22(金) 23:40:41 ID:DO8T9hPV0
西洋史で李世民に相当するような人物って誰になるかな?
似たような人っていたっけ?

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 02:48:47 ID:pwpZTcwT0
相当って言うのが、李世民の何を指してるのか判らないので、語り様が無い。

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 15:48:04 ID:PUT7A9MY0
>>146
曹操は人生全てをかけても天下を統一できなかった
李世民は二十代で天下を統一した

曹操の魏は百年持たなかった
李世民の唐は二百年以上続いた

これだけ見ても李世民>>>>曹操は明らか

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 17:37:09 ID:cJNBtTeN0
↓↓曹操のライバルは凄かったけど、李世民はそうではない。って感じの擁護

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 17:47:59 ID:0Ly4Nldt0
                                                    _,,,...-―- ..,,_
                                    ,. ‐''"" ̄゛゙''-、        ,/ ⊂⊃⊂⊃ \
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    ,r'          ヽ      _,,,,,,.... --―ァ     _,,..i  '-===-'   i-...,,,_     '、'、  ゙'''''''''''゙   //
    i'r‐;;;;''''''''''''''‐;;;;-,゙l    l ̄        >,,.-‐''"´  ヾ;-、,,,,,_,,,,,..-;;ツ   ``'-、  >,ー- ...,....、..-‐'っ
    l.l,r;ニミ`'Y''≦、ヽl.l     l i'''へ、 ゙゙̄,.へ'''iiン"       ゙'''ー─‐'''"゛       `ン ~/~゙゙(_i_)゙゙~ヾ~ ヽ
   i´l iソ;i 人 iソ;i ,ゾi    ,l.,l 'iソ;ヽ .ィノ;i'' l、                       / i /       ', i ',
    ',i`''ー''" ン゙''‐''" iノ    i ;'  l;。l   l;。l l i  ,                   l,/ l l         l l  ',
    ゙、   ,;:=:、   ノ     '、i   _,^,,,_  ','  l,,,_                 _,,. . -‐l  l l           l l   l


153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 17:51:42 ID:0Ly4Nldt0
     曹操   李性民

統率  98    93
戦闘  95    90
政治  99    97
知力  96    75
魅力  90    60

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 19:26:33 ID:2Z9PY6lu0
李世民は騎兵適性がSSSくらいありそうだな。
あの緩急のある用兵をされると、曹操もそれを打ち破る算段をたて辛いだろ。
部隊攻撃力と言う点では、秦・尉遅の門神コンビがあり、程知節・羅士信もいいじゃないか。
徐世勣の軍略は当代に冠絶レベルだから、曹操陣営だけで立ち向かうのは厳しそうだよ?

と、ゲームレベルで語ってみる。

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 21:06:09 ID:313W3pB90
李靖と李勣がいる時点で曹操陣営に勝ち目は無い

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 00:09:56 ID:vtWV3IHj0
曹操のライバルも所詮、中国統一ができない連中。
李世民は実際にライバルを倒し、中国を統一した。

という反論も可能だね。
>>153に至ってはアホすぎてレスする気にもならない。

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 10:02:36 ID:Fnzjy44D0
三国志のレベルの高さは異民族をほぼ相手にしていない点を見れば明らか。
離籍なんて朝鮮にも負ける程度のレベルの将。

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 15:38:17 ID:oU/wTdjD0
スキタイ型遊牧帝国の東アジア版が匈奴帝国
メソポタミア型農耕帝国の東アジア版が秦漢帝国

遊牧帝国の全盛期とは最強の戦争指揮官を推戴し、部族集団が組織化されることと同義だ。
近代化以前ではそんな集団は戦争において無敵なので、農耕帝国側では誰が采配を取ろうが負ける。

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 19:22:02 ID:/vGpETdJ0
>>157
日本に至っては、その朝鮮に負ける程度のヤツにも惨敗だったがなw
それはともかく、三国時代のレベルが高いというより、周辺のレベルが低かった、と取れなくもない。
突厥の崩壊などを踏まえ、唐の中期頃から異様に周辺勢力が活発になってきて、文明面でもかなり発達していった。
それは中華だけが最先端ではなくなりつつあるという予兆だった。

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/25(月) 01:26:16 ID:OAv15pUE0
南匈奴が白波賊と同盟組んでたりしてるんだけど>三国時代の異民族
言うまでもなく、長安と洛陽の間辺りのバッチリ中国領土を荒らし回ってる。
ここまで進出した異民族に対して、戦争ではなく移住権利を認めて妥協したのが曹操

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 01:32:27 ID:nztw1AQr0
移住権利を認めたのは曹操ではなく、それ以前の後漢政府なんですけど

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 11:50:37 ID:FZzyaQza0
それを継承したのは紛れもない曹操なんですけど

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 17:17:34 ID:nztw1AQr0
そしてその後の魏も晋も受け継いだ。
なのに批難するのは曹操だけという不思議。

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 17:41:05 ID:FZzyaQza0
エン紹が逆の政策取ってたからね

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 18:06:30 ID:loUxWBXAO
>>163
匈奴以外のこと忘れてる
あと江統の徙戎論を読むといい

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 19:41:35 ID:jOskDY7+0
曹操以上の人物は中国では始皇帝と康熙帝と朱元璋だけ

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 19:45:42 ID:019QgXvk0
曹操の行った異民族徙民政策が最も大規模であり、より内地深くに徙したものであったらしいよ

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 20:01:11 ID:rl99u8LR0
李世民単体で評価するのはどうかと思います。

周りにいる群臣、其の時代の雰囲気、「人生意気を感ず」の詩句…
ある種の理想化された傾向はあるが、やはり政治の時代という雰囲気
はかなり特出している。そして、その後続いた唐代の全体的な評価も
加点される。

169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 22:19:38 ID:eUT14gH10
>>153
     曹操   李世民

統率  98    196
戦闘  95    97
政治  99    157
知力  96    94
魅力  90    160

光栄数値を基準にするなら、このくらいになるかな。
曹操が李世民に勝てるのは知力くらいのもの。
ちなみに俺はアンチ曹操ではないよ。曹操は高く評価しているよ。

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 22:29:03 ID:Cmq0dz+s0
軽い気持ちでいいのだが、>>169よ、曹操が知力で勝つと思うのはなぜ?

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 22:34:06 ID:eUT14gH10
それは『孫子』の注釈者たるに敬意を表してだよ。

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 05:04:52 ID:qT0am3bP0
太宗:( ´_`)。o (魏徴 UZEEEEEE !!!!

173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/28(木) 15:43:56 ID:yOLPy2lA0
この人の場合、兄弟殺しは英雄ていうのは残酷な面を持っているものだ
とある意味納得できるのだが、せっこい歴史改ざんがいやなんだよなぁ

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/28(木) 18:36:19 ID:5Ltc1Xuy0
功臣の粛清をしないで、後に晩年になって長孫無忌ら門閥貴族に
頭押さえつけられて後継者選びに失敗している辺り
苦労知らずの名門のボンボンという感じがする。

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/28(木) 19:33:59 ID:C+2ZYes90
悪く言おうと思えば、いくらでも言えるなw

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/28(木) 21:50:23 ID:YcsqkjiZ0
褒めるところと言えば、南北朝時代、皇帝と側近が独占していた行政についての
執行権を整備された官僚制に委譲してったことか?
おかげで、長孫無忌が失脚しても、武周が滅んでも、韋后が中宗を弑殺しても
唐という(もしくはそれに基づく)国家は滅びなかった。

軍事的手腕についてはわからんな。優秀ではあっただろうけど
詳細が残ってるのは劉武周との戦闘だけだし。
長安侵攻は李世民が主導したとは思えないしな。

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/16(月) 16:20:28 ID:6iv6D1c+0
現実の李世民はデブオタ

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/16(月) 17:29:02 ID:tIiydcJz0
>>177は宋の太宗

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/16(月) 18:25:57 ID:0vbUxYpc0
>>178
上手い!

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/16(月) 22:02:27 ID:yDwe2j3w0
玄奘とホモダチ

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/22(日) 17:47:33 ID:+IWNI2740
なんかオタクの巣みたいだね
(´・ω・)(・ω・`)ネー

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 12:37:10 ID:d+7+XujJ0
中国アニメ「隋唐英雄伝」
http://image.haotushu.com.tw/3-movie/big/8/908.jpg

真ん中の顔が大きいのが李世民で、右の女の子は長孫クーニャン

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 20:52:06 ID:bjCcLicq0
>>182
これ、大陸側が作ったの?
絵が日本の少女マンガにそっくりだw
見てみたいなw


184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 21:15:18 ID:nq/sklvz0
日本語版ローカライズしてくんないかな

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 21:23:51 ID:KOk4+Ybz0
>>182
ちょwwwwwww
金髪キャラ誰wwwwwwwww

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 22:17:15 ID:qqd7EfZl0
王世充じゃなかったっけ?
確か西域出身だっけな。

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 22:41:20 ID:miEE0uhy0
むう・・・

http://image.haotushu.com.tw/3-movie/big/1/30.jpg
http://image.haotushu.com.tw/3-movie/big/1/32.jpg
http://image.haotushu.com.tw/3-movie/big/1/33.jpg
http://image.haotushu.com.tw/3-movie/big/1/35.jpg

http://image.haotushu.com.tw/3-movie/big/9/27.jpg
http://image.haotushu.com.tw/3-movie/big/9/28.jpg
http://image.haotushu.com.tw/3-movie/big/9/29.jpg
http://image.haotushu.com.tw/3-movie/big/9/30.jpg
http://image.haotushu.com.tw/3-movie/big/9/33.jpg
http://image.haotushu.com.tw/3-movie/big/9/34.jpg
http://image.haotushu.com.tw/3-movie/big/9/36.jpg

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/25(水) 00:03:29 ID:5DM9iERh0
>>187
上から三段目。タイトルや軍装してることから、中央のおねえさんは
平陽公主かと思うのだけど、パツキン・碧眼に近世ヨーロッパのドレス風の上に
庶民的なフレアースカート。帯剣はイスラムかペルシャか。
どこのどういう人だよw

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/25(水) 19:44:35 ID:G3nQ0FZp0
ジャパニメーションの影響力って大きいんだな。

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 23:55:43 ID:sPLD0G0Y0
日本アニメは今や武侠小説の最強のライバルになっているからな。

191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 11:45:24 ID:qTBd6FKo0
日本語で李世民について、
書かれた本とか教えてください。

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 14:40:09 ID:nrGYCyxI0
小説が出されていたけど、あんまり評判よくないらしいな。


193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 17:46:10 ID:qTBd6FKo0
なんかオタクの巣みたいだね
(´・ω・)(・ω・`)ネー


194 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 01:33:35 ID:z0Mf4uN60
>>191,192
芝豪の「太宗李世民」だな。「李世民」だったか?
毒にも薬にもならん出来だった。
PHP研究所から出てるような歴史小説が許容範囲内ならOKだと思うよ。

195 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 10:52:41 ID:UOE/4Pi50
小前亮(講談社)もあるだろ。同じく毒にも薬にもならんけど。

196 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 13:47:27 ID:8ohtAJjI0
そうか?
どっちもそれなりに読めたけどな。
小前の方は盛り上がりに欠けた記憶が。
歴史事実を気にしすぎのため、ドラマティックさがなくなったのでしょう。

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/31(火) 22:37:33 ID:K2l0Irq20
PNAS野郎め!

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/14(火) 15:05:13 ID:gOsiIIu10
李世民の詳しいことしりたい

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/14(火) 23:18:56 ID:dzZGfQFc0
>>198
詳しいことって具体的にどういうことを?

概要だけなら、陳御大の小説十八史略と中国の歴史の該当部分を、
さらっと読んでおけばいいと思うけど。

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/15(水) 15:12:53 ID:EbOPAQLB0
小説は史実を表してないから興味ない。
漢文はやや苦手なので、
日本語のわかりやすい注釈があるとありがたいのだが。
要は史実にのっとった李世民の参考書。

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/15(水) 16:41:22 ID:BIUeKHE40
我是中国人,你们日本人不是东西,谢谢

202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/15(水) 16:46:39 ID:BIUeKHE40
日本人,不好,都是畜生,我看不起你们~
我们会把日本变成中国的一个附属国或者说是一个省~
等着吧

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/15(水) 23:28:51 ID:y5m1SPsu0
簡体字って文字化けするから面倒やな

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/16(木) 13:33:24 ID:/dSMq4F+0
李世民とソンツェンではどっちが凄いかな?

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/16(木) 13:46:36 ID:pcOPgOmv0
>>200
安価なところでは
「つくられた暴君と名君 隋の煬帝と唐の太宗」清水書院
かな?

別に李世民を貶めようとする本ではなく、史実から真面目に考察しようとする本。

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/16(木) 13:55:59 ID:/dSMq4F+0
竇建徳を殺さなければ三年早く天下統一できた
いや劉黒闥がすごいのか。

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/16(木) 23:12:08 ID:KlUYk/hB0
NHKで北宋滅亡時、福建省まで逃れてきた李世民の自称子孫の村の特集をやってた
なぜか一族の集会所には秦の李シの肖像画までかけてあったw

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/17(金) 01:40:32 ID:e0/CaQ/p0
>>206
だからと言って、もしかしたら竇建徳が逃亡に成功して、
再び反乱を起こすなんて可能性もなくはないんだし、
一概には言えない。

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/17(金) 08:20:29 ID:YqIeHZN10
>>207
あ、みたみたw
李姓の偉人は皆先祖かい! とか思った。

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/17(金) 12:50:20 ID:ehxjxohd0
孔明の子孫の村とかもあるしな
あちこちに自称偉人の子孫の村ありそうだな

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/17(金) 13:34:34 ID:nOqB6/yK0
名乗ったもん勝ちw


212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/26(日) 23:26:54 ID:ORT4sq+F0
諸葛ぐらい珍しい姓ならともかく李なんてゴロゴロしてるのにな
一億人はいるであろう張さんはみんな張良と張飛の子孫だな

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/27(月) 22:35:42 ID:m6oL+4+k0
コンプレックスを持っていた英雄
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1188220987/

214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/29(水) 17:44:23 ID:HUvhYuyN0
理性民

215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 08:46:42 ID:MQaMWFLF0
宋みたく、兄で統一→弟継承だったら良かったのかな?

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/21(金) 12:10:37 ID:95QC9W6T0
兄で統一 → 弟継承

って、それこそ血塗られた手を使わなければ、皇帝位に手は届かないのでは?

217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/24(月) 16:05:59 ID:hlTLjXOd0
俺が李建成なら、即位まで漕ぎ着けさえすれば、同母弟2人は絶対に殺すな。

218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 13:58:12 ID:WFIeCJkn0
李世民ってなんか好きになれない。兄貴と弟を殺すし
自分の家を一番立派にしようとするし。


219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 17:21:52 ID:ms9SfEsX0
>>218
気持ちは分かるけど、世の為政者の多くは
それに準じた、あるいはそれ以上でもあるよ。
李世民はそれを糊塗しようとしたところが嫌われる原因と思える。


220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 18:55:08 ID:r3z9Tv350
他の皇帝もばれなかっただけでみんなやってるだろ

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 23:30:05 ID:EQRrfONq0
劉裕なんぞは「うちは漢室なんかとは無縁の貧乏人」と明言しちゃってますけど。

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/27(木) 20:18:44 ID:u3CgETbL0
>>220
まあ、宋太宗も兄殺しの疑惑を持たれているしね。
しかし証拠というものがほとんどない。

223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/27(木) 23:18:36 ID:Gp9DIfoL0
【世界】隋唐【帝国】
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1190784441/

224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 12:00:33 ID:upY9d/Tl0
>>222
しかも南宋で兄一族に戻ってるんで、印象薄い

225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 15:01:23 ID:zGgwqHBR0
李世民は建成・元吉の息子たち皆殺しにしてるもんな。その辺は徹底している。

226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 15:08:14 ID:c1K2SUpV0
兄がする、弟殺しやその親族殺しは往々にしてあることで
李世民のこれはその逆という。

宋太宗については、その政治的識見や手腕はまぎれもなく兄を凌いでいるので
兄殺しの疑いの件はなおさら薄くさせられる。
これで凡君や単なる野心家で政治を混乱させてたら、いったいどんな非難を
あびていただろうか。


227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 19:43:47 ID:rX9pln+T0
光武帝だとかと宋太祖あたりの後ろ暗さが少ない皇帝は絶対歴史改変してる

228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 20:12:51 ID:c1K2SUpV0
>>227
宋太祖は改変してない。する間がない。
している可能性があるとすれば太宗の方。
その太宗でさえ、太祖の徳「だけ」は完全に認めている。

229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/29(土) 09:42:06 ID://x1dEtX0
おれも太宗はやってるが、太祖はしてないと思う

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/29(土) 09:43:52 ID://x1dEtX0
ただ太宗が改竄した結果、太祖も改竄されたことはあると思う

231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/29(土) 16:52:44 ID:scf4LNRR0
光武帝も、あまり改竄に手を出してる余裕はなかったと思うがな。
太祖や光武帝の事跡に改竄がないとは思わないが、やったのは子孫でしょう。

比べると、当の本人が改竄に積極的に手を出している李世民はどうしてもね。

232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/29(土) 19:27:00 ID:0UDa1tqe0
>>230
その改竄の場合、たぶん逆改竄でしょう。
悪く、というわけではないけど「徳」と腕力以外、あんま評価してなさそうなのは
太宗自身の述懐からうかがい知れる。

たぶんだけど、太宗は太祖のちゃらんぽらんで、そのくせ小心なところが
結構嫌いだったのではないかと思うんです。
戦場の勇者であっても、人間関係や政治の場面では、結構小心で繊細かつ神経質な面を
太祖は垣間見せているから、その辺、太宗との相性はどうだろうと考えてしまう。

家系の改竄というかこじつけは、ふつうに太祖からやってるけどね。
宋州節度使だから宋となった以外に、宋州が春秋時代の宋の故地であり
殷(宋代では商という)の末裔だったうえ、父親の名前が「趙弘殷」だから
その殷の王室との関連を強める作為があった。
さらに言えば、涿州の趙氏を、戦国時代の強国、趙王室の末裔と位置づけた。
国号をならば「趙」とすればいいところだが、先の王朝が周王室の「周」を名乗っていたので
その跡となる趙では格式が下がるから、遡って殷にちなもうとしたらしい。
その点で、宋という国号は都合が良かったようだ。

これは山東貴族より劣る李家を、それより上にしようとした李世民と、さして変わらない。

233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/02(火) 08:26:53 ID:xa2ahqH+0
家系の改竄(僭称)は、皇帝どころか、群雄・一武将までやっているからな

234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/02(火) 23:28:41 ID:THKwxFsD0
李世民って意外とアンチが多いのな

235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/02(火) 23:50:43 ID:p/2h4+5l0
別にアンチじゃないけど。
史書では褒められすぎだから、再評価の過程で批判が出てきただけ。
歴史屋が求めるのはあくまで実像よ。

236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/05(金) 21:13:08 ID:b6UyTGzO0
李世民って、長孫皇后が死んだ後、元斉王妃、つまり弟の嫁だった楊氏を、
後継の皇后に立てようとしたらしいけど、そんなに仲が上手くいっていたのかな?

李元吉は玄武門の変で、5人の子も殺されているけど、
それって楊氏の産んだ子ではなかったの?

237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/12(金) 23:27:41 ID:Y6qBhHMT0
>>236
こうゆう行為をするということは李氏が伝統的な漢族ではなく
北方民族(鮮卑)か鮮卑(漢)化したものだという証拠だね。
私は唐朝李氏=鮮卑説を採るけど。

238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/13(土) 00:37:17 ID:ALfN4gkE0
>>237
突厥が当時の唐をして「タブガチ」と呼んだ。
これは「拓跋」の音である。

239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/13(土) 15:53:04 ID:Tpv7vz7J0
この時期の鮮卑族って、ちょうど今の満州族みたいだな。
決して民族弾圧を受けているわけでもないのに、
漢化が進んで、民族が消滅しつつあるような。


240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/14(日) 19:52:31 ID:3mzTej2w0
遊牧民は数が圧倒的に少ないからね。文化的な同化をはじめたら、漢民族に吸収されてしまうよ。
それでも数世紀単位の時間が必要だったともいえるけど。

241 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/15(月) 20:11:43 ID:lGsQGp/Z0
遊牧世界で農耕世界に伍する人口を養うのは無理だからね。

242 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/18(木) 04:16:56 ID:IF+ZFL6u0
>>236
まあ実の兄弟をぶち殺し父親を幽閉して皇位を簒奪するような外道のことだから
弟の子をぶち殺して嫁を孕ませることくらい何とも思わんだろ。

243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/19(金) 15:47:52 ID:3l4UD9iZ0
皇后に立てようとするぐらいだから、よほど気に入ったのかな、元弟嫁。

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/06(火) 00:25:51 ID:6ne8vJEs0
NHKカルチャーアワー歴史再発見 『皇帝たちの中国史』
NHKラジオ第2 毎週火曜 午後9:30-10:00
再放送     毎週水曜 午前10:40-11:10

2007/11/06(火) 李世民


245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/06(火) 23:50:53 ID:1oZEHPdT0
>>244
見逃したけど、どんな内容だった?

246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/07(水) 23:56:18 ID:i8qwap8S0
>>245
テキスト発売中

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/15(土) 07:16:54 ID:e1NvFeRE0
貞観政要読むと、理想的君主に書かれているね。
政治制度もよくできている。

でもこの人死んだらすぐ唐は駄目になっていったね。なぜだろう。
マキャベリの言葉「その生前だけでなく、死後も国家が永続するようにしなければ名君ではない」。

248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/15(土) 22:32:40 ID:eRmVf0Bu0
すぐと言うほどでもないと思う。
簒奪はされはしたけど。

249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/17(月) 23:40:04 ID:GgAUlg0r0
初唐→盛唐→中唐→晩唐だっけ。

250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 00:29:33 ID:yhac9zkX0
ついでに残唐。

251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 14:28:11 ID:dwEuZTuN0
>>249
そういう言い方をするのは唐だけだっけ?

252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 14:44:31 ID:s3Gr24WY0
漢や宋は、前後(東西)、南北で分けるしな。

初明 → 盛明 → 中明 → 晩明

ってのも何だか、変だ。

253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/27(木) 21:04:58 ID:cIwuaR+30
201的兄弟,偶也是中国人,可是拜托你冷静冷静,呵呵

254 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/27(木) 23:50:26 ID:APcPY04F0
李世民って、李靖の手柄をかなり自分のものとして取り込んでいるな。

255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/28(金) 00:18:48 ID:E79h1C9I0
まぁちゃんと使いこなしたんだからある意味じゃ李世民の手柄の面もあるけどな。

突厥やったあたりで警戒されて殺されるか干されるぞ、普通。

256 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/28(金) 07:17:49 ID:OrxAkNWd0
まぁ、無能な君主の下では、それほどの活躍はまずできないな。
部下がいきいきしているのは、使っている人が有能な証拠。

257 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/28(金) 07:43:21 ID:eaVglB//0
部下の能力を自在に操る、って意味では
李世民は中華皇帝の中でもトップクラスなのでは?

258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/28(金) 09:55:59 ID:A5yTdhYTO
名君っていうのは総じてそんなもんだろ。
劉邦にしろ曹操にしろ…

259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/28(金) 13:00:39 ID:U5b2obTj0
曹操は人材を集めることには熱心だったけど、
自在に使いこなしていたかについては微妙

260 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 19:02:35 ID:3XjjB2/10
関羽と太宗どっちが優れる?

261 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 19:15:42 ID:ZTmRyiRa0
戦術で言ってるんなら、李世民。
李世民は二勢力を同時に壊滅させたことをお忘れなく。

262 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/10(木) 21:31:29 ID:M0LjjHZF0
この人、息子の教育には悉く失敗してるな。

李承乾→素行不良で廃嫡
李泰→兄を蹴落とそうして、自分まで廃嫡される
李治→武則天に頭が上がらないヘタレ

263 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/10(木) 22:19:07 ID:m9oJhYqg0
人格にやや難があるとは言え、父親自身は
偉大すぎるほどの人物だからな。
息子はなおさらボンクラに見えるのだろう。

264 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/11(金) 00:14:22 ID:zqP+/ov0O
李治は確かに武則天の尻に引かれたが、母ちゃんみたいな皇后を迎えてたら、
唐の最盛期の皇帝になったかも。
その分、貴族政治は長く続き、唐は早く滅亡したと思われる。

265 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/11(金) 22:09:07 ID:AhsfVV5i0
長孫無忌に簒奪されるのがオチじゃないか?

266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/11(金) 22:17:30 ID:z+SqzGqa0
>>265
さぁ、どうだろうか。
簒奪したがるヤツと、皇帝を意のままにして、体制のもとで権勢を奮いたいという
寄生虫なヤツとがいるからねぇ。

267 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/12(土) 00:09:54 ID:Jp9gOCSXO
>>259
> 曹操は人材を集めることには熱心だったけど、
> 自在に使いこなしていたかについては微妙


ここで勝ったら統一って戦いにまで、自身が出ばるっていったい…

268 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/12(土) 00:17:57 ID:Jp9gOCSXO
>>265
> 長孫無忌に簒奪されるのがオチじゃないか?


母ちゃんがどういった性格で、親族に対して、どのような扱いを旦那に求めたかは知ってるだろ?
その辺のバランス感覚はあったでしょ。
たぶん、長孫無忌は幅をきかせない。

269 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/12(土) 09:09:27 ID:zL0sRflh0
>>267
一臣下としては当然だと思うけど?曹操は魏王でしかない。
李世民も秦王として、統一までは自身の割り当てられた方面では、陣頭に立ってる。

270 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/12(土) 20:45:57 ID:PyfKwc/90
部下を臣下として使う制度が成立(つまり王朝成立)しない限り、
自分自身で出張らないと中軍は統率できないだろうからなあ

271 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/12(土) 20:50:18 ID:VEpoKUBZ0
漢の高祖は皇帝になってからも陣頭指揮してる
中国では皇帝でさえ自分自身が戦場に出ることも必要なんだよ

272 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/12(土) 21:44:07 ID:EhDTs+iE0
宋の太祖、太宗の二人も南は曹彬他に任せたが北漢の時は出張ってるな。

統一戦の大事な局面だと自分でやろうとしない皇帝の方が少ない気もする。
最初のお方はお任せタイプだったけどw

273 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/12(土) 22:18:46 ID:zL0sRflh0
>>271
劉邦の陣頭指揮って、どの記述?
親征したのはどっかで聞いたが、陣頭指揮は初めて知った。

>>272
宋太祖も太宗も、前線に出たけど、陣頭指揮はしていない。
そもそも親征だけなら、多くの皇帝がやってることだけど(統一間近とかそんなの関係なく)
矢石を冒しての陣頭指揮をやってるのは、珍しいと思う。

あと、遠征を安心して任せられるのと、任すしかない(内政に追われて)という場合もある。
宋太祖の場合、即位当初から、遠征はほとんど部下に任せっきりで、例外が上党の李筠の
挙兵に対処したときと、南が落ち着いた後の北漢か。
上党戦は討伐軍が負けたんだからしょうがない。
この頃、内政も急務だし、統一の気運も高まっていて、好機だったわけだから
同時進行しないといけなかったのだろう。
本来、趙匡胤なら陣頭に立ちまくっていそうなんだけどね。

274 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/12(土) 22:41:14 ID:/PVAVw850
>>273
英布戦は前線まで出張ってて、矢傷を負ってしまうほどの苛烈な戦だったらしい
(結局、その怪我がもとで死んでしまうことになる)
戦下手なイメージがある人も多いと思うが
第一線であれだけ長い期間戦い続けられる王侯ってのも珍しいと思う
決着がつくまで、一回たりとも本拠地の関中に帰ってないんだから
案外、馬上の方が落ち着くタイプだったんだろうか?

275 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/13(日) 00:29:09 ID:/hbekRr40
出張るってのを陣頭指揮に限定してる人と親征含めて取ってる人とで微妙に話が食い違ってるよーな。

ま、劉邦なんかだと統一までの戦で陣頭指揮の決戦したら一発で死んでるよな。
相手アレだし。

276 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/13(日) 01:27:38 ID:h5BeOCPg0
柴栄とか劉秀とか陣頭指揮皇帝は結構居るじゃん

277 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/13(日) 10:07:21 ID:Sft4JezN0
↑あと石虎か?
でも、それだけだと思うよ、自ら兵の前に立って敵兵を斬る皇帝は。

278 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/14(月) 16:52:44 ID:hSmkjSTs0
>>277
ネタですか?

279 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/14(月) 20:19:55 ID:zK9ki3Yi0
明の永楽帝なんかも結構陣頭指揮してる。

280 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/14(月) 20:27:10 ID:TlpdgLnb0
皇帝になってからも? どんな戦いで?

281 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/14(月) 21:19:09 ID:1hshPL3p0
皇帝になってからの陣頭指揮は、あまり褒められた行動でないかも。

皇帝に独裁権力が集中している以上、
万一のことがあったら、国が大混乱に陥ってしまう危険がある。

282 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/14(月) 21:35:26 ID:TlpdgLnb0
>>281
だから普通は、まわりの臣が止めるし、自身もしないようになる。
皇帝となったとしても、実際には中国と認識されている地域を併呑していない場合
つまり、まだ地方軍閥のときであれば、皇帝でも陣頭指揮しなければ
将兵が従わない場合がある。
そういうときの姿は英姿だと思うな。
光武帝は誰よりも先に敵陣に切り込み、勇武を示し
後周世宗は自らの背を将兵に見せることで、無言の叱咤をする。
石虎? 知らんw
永楽帝はどうなん?

283 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/14(月) 22:11:22 ID:zK9ki3Yi0
永楽帝は燕王時代に北方防衛で活躍し、朱元璋に「朕に北顧の憂いなし」と賞賛されているし、
靖難の変で建文帝に勝利できたのも、彼の軍才があってのこと。
皇帝になった後もモンゴルに五度も親征している。

284 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/14(月) 22:13:49 ID:HOHPmn+U0
一方子孫の英宗は親征して土b(ry

285 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/14(月) 22:53:27 ID:TlpdgLnb0
>>283
李世民も秦王時代なら前線に出張りまくりだな。
高句麗では親征したにもかかわらず、惨敗だったが。
親征は将兵の士気を高める意味で、重要なんだけど
親征して負けたときの反動もすごそうだね。

柴栄の場合、親征して負けそうになって、その状況を打開するために
随従していた文官が「こうなったら陛下みずから第一線に立つしかないですよ〜」
と言って、最前線に送り出された経緯がある。
もちろん望むところだった柴栄は、甲を着込んで最前線で督戦したわけだ。
ずいぶん危険な進言をするもんだけど、そのおかげで前線の兵たちの士気が
爆発したってわけ。
後方の将帥らも、自分らだけ安全なところに居ていいものか、と奮起したし。
その後も、馬を駆って敵陣に乗り入れたり、城壁ぎりぎりのところで指揮したり。
はては500人程度しかない本陣を強襲されても、撃退したり。
まぁ趙匡胤の奮戦が第一だけど、これは。
皇帝としては軽率かもしれんが、こうでもしないとまとまらない時代だけに。
敵に胸をそらし、味方に背をみせるって、かっこいいじゃろ。

286 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/14(月) 23:44:33 ID:S8/7RwLH0
言ってしまえば「王」だったら変わりは幾らでもいるからね

287 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/17(木) 15:37:52 ID:1xHWRlec0
初唐の皇太子は李建成を始めとして殺される確率が非常に高い。
李淵→李建成 李世民→李承乾 李治→李忠、李弘、李賢

288 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/17(木) 23:51:54 ID:KgGVOBcq0
>>287
鮮卑としての習慣も関わっていたりするかな?

289 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/17(木) 23:55:00 ID:uWAXPJH00
李治の時代なんか三人も皇太子が殺されてるな。

290 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/18(金) 14:05:46 ID:yPFBWFbi0
李承乾は別に殺されてはないだろ。

291 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/18(金) 17:10:01 ID:Yljarxuu0
廃嫡された2年後に憤死したけどね。

292 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/18(金) 20:01:12 ID:FTRmDFrK0
皇太子の謀反って不思議な現象だw

293 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/19(土) 17:37:11 ID:GVyPRacw0
>>285
いつも、思うのだけど、李世民の高句麗討伐って惨敗なの?
遼東も奪っているし、結構、敵軍も降伏させて、住民を奪っている
討伐は失敗だとしても、痛み分けか、勝敗つけるなら、判定勝ちのような気がするけど

294 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/19(土) 17:59:35 ID:+1PbJXdP0
侵略に勝利など無い

295 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/19(土) 18:12:13 ID:kFWGwYxd0
>>293
三回の征旅に出て、目的を果せず、ただ物資を浪費したに終ったということで
評価できないことになるんじゃないかな。
つまり、軍事を弄んだ、という話。
征服がなっても、本国の経済状況悪化を招けば、また無用の出兵という評価にもなる。
勝てばいいとか、そういう次元ではないよね。



296 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/19(土) 19:09:13 ID:o+dF66Gn0
>>295
その評価が正しいなら、失敗と言うべきで惨敗と言うのは不適当ってことか

297 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/19(土) 19:31:12 ID:kFWGwYxd0
>>295
あ、そうだね。
そもそもの問題点はそこだったか。はぐらかしちまったな。
たしかに、惨敗というほどでもないかもしらんが、三回やって三回失敗ってのは
戦略的には惨敗と言っても良さそうだけどね。
4回やった隋は、そのあげくに国が崩壊したという先例もあることだし。
崩壊しなかったことを注視する必要もあるが、そもそもいくさを起こさなければ
もっと国内が安定できたのではないか、というあたりが批判の入りドコロだろう。
現に魏徴にはダメって言われていたし。李靖も消極的反対意見だったし。

298 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/19(土) 21:04:27 ID:yrT/pudO0
>>294
侵略も成功して、治世を長期間安定化させれば、征伐になってしまうな。
遼東は現在でも中国領であるし、高句麗びいきかも知れないがあまりそれは大きくない論点だと思う。
>>297
でも、惨敗って言い方はないような気がする。
曹操みたいに、敗北した上ですでに占領した土地を失っても、多くの人が『撤退に過ぎない』
って言い張って、擁護されているのに。
もちろん、同じ人ではないだろうが、李世民だけ一方的に責めるのはどうかと思う。

299 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/20(日) 08:04:47 ID:ScowmoOe0
逆に考えるんだ。曹操は過失が多すぎるから赤壁の失点を
軽めにしてあげないとただのバカになってしまうが、
李世民の場合は高句麗遠征を惨敗くらいにしておかないと
間違いなく完全無欠の皇帝になってしまうんだ、と。

300 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/20(日) 12:43:23 ID:BGRxHWUm0
キングゴンタによると曹操>>>>>>>>>>李世民

301 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/20(日) 13:16:21 ID:EEMjWvUm0
>>298
別に一方的に責めちゃいないよ。
ただ、その失敗は回避したほうが良かったと思うもので
しかも3度の失敗は惨敗と呼ぶにふさわしいと思うのだけど
まぁ、その表現が過剰なら、撤回するにやぶさかではないよ。
そもそも自分は李世民ファンなんだが、その言い方だと
なんか自分が、敗北の一点をもって、李世民そのものを貶めている
ように読めるが…?

>>300
そんなん言ってるの? まぁゴンタだからな。
どうせ、曹操の次の時代は飛びまくって毛沢東とかになるんだろうよ。
ゴンタがそうかは知らんけど、そういうのよくいる。どうして真ん中が抜けるかね。

302 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/20(日) 14:46:22 ID:WapQaHCV0
>>301
>まぁ、その表現が過剰なら、撤回するにやぶさかではないよ。
>そもそも自分は李世民ファンなんだが、その言い方だと
>なんか自分が、敗北の一点をもって、李世民そのものを貶めている
>ように読めるが…?

ごめん。そう読めたなら謝る。
ただ、この時代の専門書でも、結構、学者さんたちにもアンチ李世民はいて、
この高句麗遠征失敗を『完全無欠気取りだが、手ひどい敗北』などと記述されていることが多く、
また、韓国の歴史書(『三国史記』は唐書の記述そのままなのに)でも、『圧倒的大勝利』なんて
書いてあるので、つい、過剰反応してしまった。

この上のレスでも300の内容に書いてあるようなものもあるし、
なんか、曹操だけ他スレでも、異様なまでに擁護されるのと差を感じて、疑問を感じただけ
あなたにぶつけた形になり、すまなかった。

自分も、あの高句麗遠征は無用だったのは同意。
基本的に李世民の「煬帝超え」願望と(上のレスでもあったが)
親征による国内引き締めに起因すると思っている。
ひょっとしたら、軍事能力の見せつけや、内政に飽きた李世民の気分転換もあったのかもしれない

>>301
ゴンタがいったかどうかは知らないが、李世民は曹操をもちあげるのに、かませになることが多いね。
他時代を比較するなんて、ほとんど意味ないのに。
ただ、より時代の希望の応えたかの比較なら、李世民>曹操になるだろうな
曹操は長い戦乱時代の原因者、李世民は終焉者の位置づけだろうから


303 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/20(日) 15:57:12 ID:EEMjWvUm0
>>302
まぁ、一瞬そう読めてしまったw
しかしながら『完全無欠気取りだが、手ひどい敗北』は、現実ですよ。
李世民はエエカッコシーだから、そういう皮肉もありでしょう。
でも、自分はそんなところだけで李世民をみてはいない。
ファンは必ず全肯定しなければいけないわけじゃないんです。

>>曹操は長い戦乱時代の原因者、李世民は終焉者
魏晋南北朝というひと括りの分裂時代の果てに、隋唐があるわけだから、まっとうな意見だね。
正確には、曹操が分裂、乱の起因というわけではないけど。
それにしても、曹操を持ち上げるひきあいが李世民って…
かえって空しくならんのかね。

304 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/21(月) 22:08:12 ID:MYKQO7200
>>302
ちょっと待ってくれ。李世民の評価がどうかはひとそれぞれだけど
>曹操は長い戦乱時代の原因者
これはないだろう。
後漢末の戦乱の原因はどう考えても曹操にはない。彼はその混乱をある程度
収束させた功績はある。その後の永嘉の乱から続く戦乱の原因は司馬氏だろう。

305 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/21(月) 22:12:23 ID:KOuIjKNe0
>>304
その永嘉の乱以降の遠因が曹操の政策だということと、混乱収束が「ある程度」で止まったことを指すんだろう
まるで全ての原因かのような言い方は間違いだと思うが、全て司馬氏のせいで曹操に問題がなかったと言うのも難しいと思う

306 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/21(月) 22:16:42 ID:PZGlb3020
>>304
そこは、曹操は国内最大勢力で、乱を収束できる可能性が一番高かった。
だが、できなかった。
ということで、魏晋南北朝という長い分裂期の、最初の分裂した一方の雄であり
当時、最大の権勢家として、302が起点に曹操を持ってきたのかと読んだ。
で、終点には、李世民をもってきたのかな、と思った。
原因という言い方は当たらんから、一応つっこんではいるけど。

307 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/21(月) 22:39:16 ID:pN0Uw4z80
曹操は千年に一人の超世の英傑。
彼に比肩できるのはカエサルとチンギスハンだけ。

308 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/21(月) 22:54:38 ID:Ud/2woZh0
千年に一人の英雄が中国の2/3しか制圧できなかった件について。

あ、そんけんもりゅうびも千年に一人の英雄だったんですよね?
すごいなあ三国時代って。

309 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/21(月) 22:56:40 ID:PZGlb3020
千年に三人の英雄ですか…
まるで英雄のバーゲンセールだぜ。

310 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/21(月) 22:58:24 ID:veJEjLSI0
釣られやすい住人を見て李世民を見る

311 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/26(土) 23:12:09 ID:ocRpATwF0
302だが。
>曹操は長い戦乱時代の原因者
といったのは、305氏と306氏の内容の通りだよ。
曹操だけに原因があるのではないのは知っているけども。
時代をリードするものは、その時代全体に対する賞賛を受ける権利があると同時に、
非難される義務があると思っている。
もちろん、色んな時代背景の違いはあるだろうけど、直前の漢王朝が長い統一政権を
立てていたのを後継できず、分裂させたのはやはり、曹操の責任が大きいのじゃないかな
劉備や孫権のせいにするのは負け犬の論理。
司馬一族みたいな元家臣に責任をかぶせるのは英雄として、むしろ恥だろ
しょせん、個人論だけど

長孫無忌に唐を牛耳られ、李治が功臣排除のために、武照に主体性をとらせ、
唐王朝の存続が危うくしてしまった責任の一端が李世民にあるのと同様、
非難してもいいのではないかな?

312 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/27(日) 01:14:35 ID:+gw5pFh50
なんつうか、そう言ってしまうと
「そういう状況だったから」「そういう動きだったから」というのにまで
個人の責ばかりを要求するだけになってしまうと思うよ。
一個人の才覚がシステムを凌駕できるとは限らないわけだから。
秦漢型中央集権から貴族制への動きは曹操の責任ではないわけだし、
関隴閥抜きにして李世民政権というか唐王朝の存立があるどうかもあるし。
責任を原因と言い換えるなら、そういう見方もあるだろうねと言えるけど。

313 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/27(日) 01:26:13 ID:+gw5pFh50
原因じゃないな、要因とか要素。

314 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/31(木) 00:13:43 ID:4K/wBMRG0
>>311
曹操を後漢末の混乱をまとめ切れなかったとして避難するのはわかるんですが。
それでも彼には混乱した社会をある程度はまとめたという功績もあるわけで、
原因としてしまうのはどうかと。
あといわゆる永嘉の乱以降南北朝にいたる混乱の原因は、やはり司馬氏にあると
思いますよ。少なくともここまで曹操の責任にするのは無茶かと。

もう一つ、李世民を纏め上げたといってますが、それが天下統一のことをさして
いるのなら、その功績は厳密には李淵のものなのでは?世民はたしかに李淵の元で
統一事業に最大の功績は樹ててますが、だからって李淵を無視するのはひいきが
すぎると思います。

315 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/31(木) 08:49:12 ID:MB75EjQj0
>>314
厳密と言えば、天下をおさめたのは隋の文帝になる。
でも、隋唐を取り扱う場合の考え方は継承路線でいくので
李世民の代で完成されたと見るのがいいのではないかと。
文帝から太宗の間の皇帝は治世が短いから。

「織田がつき、羽柴がこねし天下餅、すわりしままに食ふは徳川」
ではないけど、まぁそれに近いかな。

316 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/14(木) 01:14:00 ID:1p0g7WuQ0
「命」の危機 世界で表面化
ttp://www.yomiuri.co.jp/zoomup/zo_080213_01.htm?from=yoltop

乾ききった地面の上に、場違いな木造の桟橋がぽつんと取り残されていた。米南西部のネバダ、アリゾナ両州にまたがるミード
湖。船着き場ははるか400メートル先だ。異様な光景が目に焼き付いた。
 「つい6年前まで、この桟橋の近くで本当に釣りができたんだ。信じられないだろうがね」。60キロ先のラスベガスに水を送る
「南ネバダ水組合」職員、ジェイシー・デイビスさん(42)が真顔で言った。
 ミード湖は1935年にコロラド川をせき止め、フーバーダムを建設した時にできた米国最大の人工湖。2000年以降、水源のロ
ッキー山脈の雪解け水が年々減少、水量が豊かだった83年のピーク時と比べ、水位は29メートルも下がった。



 中国の内モンゴル東部にある西湖では、かつての湖底で枯れたヒマワリが揺れていた。養殖のコイがおいしいと評判だった
外周約50キロの湖は、干ばつで01年に干上がった。「昔はにぎやかでよかった。今は水がないのに湖の管理ですよ。悲しい
ことです」と西湖管理所の李世民主任は声を落とす。
 管理所で働く100人の最近の仕事は、湖底でのトウモロコシの栽培と植林。04年に干上がった山西省の文瀛(ぶんえい)湖
にも今はトウモロコシ畑が広がる。



 氷河と雪の減少が進むアフリカ最高峰キリマンジャロ(タンザニア)。昨年11月、本社チャーター機から見ると、山頂のあちこち
で山肌が露出し、気候変動の影響をうかがわせた。
 昨年、記録的豪雨による洪水に見舞われたウガンダ東部の国内避難民キャンプでは、ドイツの緊急援助隊が作った井戸に人
々が列を作っていた。井戸が壊れ、水不足に陥った被災者の一人はこうつぶやいた。
 「水がなければ食事も作れない。水は命だ」
(環境ルネサンス取材班)
(2008年2月13日 読売新聞)

317 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/14(木) 07:34:36 ID:5zHTMu+n0
>西湖管理所の李世民主任は声を落とす。

太宗・・・

318 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/14(木) 08:30:56 ID:l5AsXOIE0
俺的にはかなり受けた…。( ^∀^)

319 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/14(木) 09:22:20 ID:Qi+9pEXp0
なんでこのスレに?って思ったが、そういうことかw

320 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/14(木) 12:53:26 ID:abLww77X0
これはたいそう凄いニュースですね

321 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/14(木) 13:51:53 ID:Ex7QC9em0
>>316の記事、昨日の夕刊見てて、吹いたんだよなw


322 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/25(火) 01:43:26 ID:Td003EyW0
>>316
織田さんが息子に信長ってつけちゃうようなもんだな。
本人大迷惑w
水がないのに湖の管理って思いっきり閑職だし。

323 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/12(月) 16:25:59 ID:50jjPypZ0
内モンゴルで水のない湖の管理主任てw
玄武門失敗して流罪になったか

324 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/20(水) 15:01:05 ID:GC4+6Afa0
子どもの頃、学校でからかわれただろうなw

325 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/23(土) 03:46:42 ID:siAcUJuvO
>>118
若干スレチだが、劉秀のその失策については常備軍の大幅削減の比重も大きい。
ぶっちゃけ、個人の力量によらない防衛力ってのは数にも大きく依存するからな。
でもあの時代人口低下対策で奴隷解放をやるくらい労働力が少ないから、
経済がやばくて、そもそも『無理』することが出来ない状況だったんじゃないかね。
匈奴その他にゃどうしても直接戦争する余裕ないから堅壁清野の計をやってるわけで。

326 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/23(土) 04:50:46 ID:E2UpwvW90
これはアメリカのゲームです。1度やってみてください。
これは、たった3分でできるゲームです。試してみてください。
驚く結果をご覧いただけます。
このゲームを考えた本人は、メールを読んでからたった10分で願い事が かなったそうです。このゲームは、おもしろく、かつ、あっと驚く結果を 貴方にもたらすでしょう。
 
約束してください。絶対に先を読まず、1行ずつ進む事。
たった3分ですから、ためす価値ありです。
まず、ペンと、紙をご用意下さい。
先を読むと、願い事が叶わなくなります。
1.まず、1番から、11番まで、縦に数字を書いてください。
2.1番と2番の横に好きな37の数字をそれぞれお書き下さい。
3.3番と7番の横に知っている人の名前をお書き下さい。(必ず、興味のある性別名前を書く事。男なら女の人、女なら男の人、ゲイなら同姓の名前をかく)
必ず、1行ずつ進んでください。先を読むと、なにもかもなくなります。
4.4,5,6番の横それぞれに、自分の知っている人の名前をお書き下さ
い。これは、家族の人でも知り合いや、友人、誰でも結構です。
まだ、先を見てはいけませんよ!!
5.8、9、10、11番の横に、歌のタイトルをお書き下さい。
6.最後にお願い事をして下さい。さて、ゲームの解説です。
1)このゲームの事を、2番に書いた数字の人に伝えて下さい。
2)3番に書いた人は貴方の愛する人です。
 
3)7番に書いた人は、好きだけれど叶わぬ恋の相手です。
4)4番に書いた人は、貴方がとても大切に思う人です。
5)5番に書いた人は、貴方の事をとても良く理解してくれる相手です。
6)6番に書いた人は、貴方に幸運をもたらしてくれる人です。
7)8番に書いた歌は、3番に書いた人を表す歌。
8)9番に書いた歌は、7番に書いた人を表す歌。
9)10番に書いた歌は、貴方の心の中を表す歌。
10)そして、11番に書いた歌は、貴方の人生を表す歌です。この書き
込みを読んでから、1時間以内に10個の掲示板にこの書き込みをコピー して貼って下さい。そうすれば、あなたの願い事は叶うでしょう。もし、 貼らなければ、願い事を逆のことが起こるでしょう。とても奇妙ですが当 たってませんか?

327 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/23(土) 17:53:15 ID:dOWUj/wW0
長安は更始帝軍や赤眉軍の狼藉で目茶目茶になってたからな。
荒れ果てた長安を再建する上に防衛線を維持するコスト考えたら、敢えて放棄したのは
失策とは言い切れないんじゃないかと。
唐だって隋末の混乱で長安が荒れ果ててたら都を置いたかどうか。

328 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/23(土) 18:53:01 ID:2cz6cGAk0
とはいえ、隋の煬帝以降、長安の地理的条件は、かなり意味をなさなくなっていたから。
唐こそ長安じゃなく、洛陽に都したほうがよかったのじゃないかと…
隋末は河南が一番荒れてたから、長安をまず手中にしたとはいえ。

329 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/23(土) 23:47:34 ID:CRiYxl2p0
>>262
李承乾は李世民が李泰ばかり可愛がるから廃嫡を恐れて蜂起した。
息子達に玄武門と同じ轍を踏ませてしまったわけだ。

330 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/24(日) 00:39:35 ID:6dovNoiK0
>>328
突厥対策もあるからねぇ

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