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【反骨の】 魏延 【相】

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/13(金) 17:21:36 ID:z3Bx58R40

とりあえずwiki

「魏延」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AD%8F%E5%BB%B6

この人も演義の被害者の一人だね

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/31(木) 14:50:12 ID:c0mYe7Q+0
>31
魏延は単に兵卒を叱咤激励し戦場での駆け引きに賭ける将ではない。
張飛を抑えて漢中太守に任命された時の話から

どのような戦争になるのか
それにどうのように対応するか
平時からどのように準備すべきか

これらを考え遂行できる人材であることがわかる。
つまり平時から敵情偵察、密偵による情報収集、必然的に諜報戦にも理解があり
地形の精密な測量を積み重ね、また兵站について膨大な書類を決裁できる。
聡明な頭脳と煩雑で単調な事務作業に耐えられる忍耐力を兼ね備えているだろう。

単に武のみの人材ではないのは明らかだ。

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/20(水) 10:29:15 ID:VIBZv2xz0
>>32
軍の司令官として、地方を一つ任せても安心できる人材ってこと?
劉備配下だった人物で、そこまでの能力のあった人って
他にいるんだろうか。
関羽は違う気がするし(最古参&顔、文斬った勇名で荊州任された印象)。
張飛は部下の把握が下手だから問題外だし。
教委もアレだからなぁ…

すごい出世スピードだったのは、劉備の配下にそういう人材が本当に
いなかったのも関係してるのかな?

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 00:39:02 ID:cCVKdtPX0
総合的な能力でかなり秀でていたってことは、
蜀における諸葛亮の立場を脅かす可能性もありそうだった?


35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 05:26:55 ID:tK5xemM40
>33 関羽は文醜を倒していない。 それは曹操の軍勢の手柄。

最重要地の荊州を任せられる人材は、
能力だけでなく人物の格というか扱いについても絶妙の判断が求められただろうが
劉備の下の人物では やはり関羽が至善とは言わずとも次善だっただろうな。

曹操や孫権にも武勇だけでなく、知略に優れた人物だと買われているし
だからこそ実際に将軍位を与えたり侯に封じたり婚姻を結ぼうとしたという事もあるのだろう
(能力だけで上記の扱いを受けたとも思わないけど)

張飛も下っ端には厳しかったが士大夫層に憧れていたようで そのために学問も修めたようだし
実際に施政も悪くなかったと聞く。 最期で評価がだだ下がりしたのだろうな。
関羽も張飛も、補佐する人物がいたらもう少し変わってきたかも

姜維は出自はともかく、蜀ではガチガチの武官だからな。 前任者ほどの才気は無かった
(まあ費イに匹敵する人材は中々いないわな)

>34 いやあそれは・・・ 諸葛亮は言い方は悪いが独裁に近い立場を固めていたし、
諸葛亮に気に入られていたのだからわざわざ脅かす必要性も薄いだろう。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 12:03:10 ID:rl99u8LR0
反骨の相八百長説はどこかで見た。
おまえらこれから裏切るなよという芝居だったと。
寧ろ孔明に信用されていた証拠。

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 14:23:20 ID:QK4j5sIG0
というか単に演義を書く上での後だしジャンケンにも思うんだが。

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 15:17:07 ID:D3mP+05G0
演義で一番割を食ったのは魏延より陳式だ。

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/28(木) 18:40:41 ID:NrHngCRi0
魏延って劉備の事は何て呼んでたんだろ?
劉備が帝位に就いてからは当然変わったんだろうけど

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/11(水) 11:44:55 ID:bo1/0wiO0
>>32
俺も魏延は司令官の器だったと思っているんだが、
そこまで買い被る理由をkwsk


某トンデモゲームではないけれど、魏延は劉備のこと慕ってたんじゃないかな。
長安急襲の拙作や孔明死後もいたずらに戦争を続けようとした事など、
魏を倒し(まではいかなくても長安・洛陽を陥し)て漢朝の正当な後継者になるという劉備の遺志に固執しすぎてるように取れる。

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/11(水) 14:17:05 ID:oy0t4b+4O
\(~o~)/

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/11(水) 15:38:20 ID:xV7sehJV0
そして其の手柄で禅譲、蜀の新皇帝となる、と。

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/12(木) 00:05:50 ID:SgPqzkSd0
そりゃ劉備の事は慕うだろ。 取り立てられているわけだから

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/12(木) 03:30:48 ID:lCj14VJG0
正直なところ諸葛亮時代の魏延は劉備を慕う云々よりも
自分の自尊心への固執と言った方が適切な気がする。

例えば長安急襲案は魏略を参考にするならば「俺を見れば敵は逃げるよ」
っていう自分を趙過大評価した部分に基づく部分が大きいし
それ以後も韓信の故事に習いたいと別働隊を要請し続けた事や
それを却下されると自分の才能を使いこなせないと諸葛亮を「臆病者」って批判したり
仲が悪いとは言え楊儀に刀を向けたり
諸葛亮死後には「丞相が亡くなられても自分がいる」「楊儀ごときの指揮を受けれるか」
と言ったりと自分に自信が在り過ぎるのが問題かと
また蜀将スレでも書いたけど、あんまり大将の器って感じじゃないね
なんにせよ諸葛亮死後の撤退で、味方の退路を断つのはやり過ぎ
下手すれば全滅の可能性もあったろうに

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/12(木) 10:23:15 ID:0vav5VMc0
同意だね。
良くも悪くも一軍の将というしかないな。

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/13(金) 21:25:51 ID:TeLC108z0
魏延「わしを○せる者があるか!」
馬岱「ここにいるぞ」
魏延「なにっ」

○に入る文字を答えよ(5点)
1.倒
2.殺
3.愛
4.犯

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/14(土) 10:03:32 ID:vqhwd94+0


48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/15(日) 02:51:42 ID:GCbkuqv20
外征のセンスがあったの?

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/19(日) 11:11:15 ID:5YZjLQHH0
魏延はきっとパフォーマンスの上手い、
つまりは自身のアピールに長けた武将だったと思うよ。

実際の戦い続けていれば、どっかで転んだ予感。

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/23(木) 04:15:13 ID:25QeUFCpO
現場の人間として、明らかに戦争知らないようなバカが間違った指揮取りゃ反論もするし反抗もするわな。
長安急襲にしても、圧倒的国力差がある相手に正攻法で攻めるとか愚の極みな戦略よりかだいぶマシだろ。
と言うか魏に勝つには奇策に次ぐ奇策を成功させていかなければまず勝てない国力差があるのは事実なんだから。

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/23(木) 13:23:37 ID:W5vyZ9BP0
北伐は示威行為で本当に魏を討つつもりは無かったのかもな
魏延はやる気だったかもしれんが

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/23(木) 20:20:03 ID:6gjDXT+D0
示威行為ですらない。あれはただの運動会

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/23(木) 20:22:13 ID:duEWzvT30
>>52
運動会ワロス

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/23(木) 20:25:25 ID:6gjDXT+D0
夢も希望も無い民衆に生きている意味と愛国心を与える為に
オリンピックやワールドカップを現代は行っているだろ。
つまりそういうことだ。

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/27(月) 14:44:17 ID:xHS1BQn+O
とりあえず実力としては、少なくとも劉備の目から見ると
関>魏>張
だったわけだ

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/27(月) 15:08:40 ID:le33eMWe0
魏延  ・・・・・・ 岳飛
諸葛亮 ・・・・・・ 秦檜

さすがに無理あるかw


57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/27(月) 21:31:15 ID:MAjq6VOzO
つまり魏延さんは出師の表を間に受けてたんだね・・・
溢れんばかりの孔明への愛だな。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/08(土) 09:58:01 ID:xRy6bexu0
もし関羽以外の者が荊州を守っていたら?
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1189212296/

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/19(金) 23:30:01 ID:4oBLl8o+0
魏延って意外とまじめな人物だったんじゃないのか。

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/17(月) 13:06:27 ID:XaZ9ES1f0


61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/10(木) 17:42:32 ID:Tj5GD83M0
孔明の出師は心底やる気でしょ孔明に能力がなかっただけで
チャンスがあったのは最初の北伐くらい
あの時は蜀をなめきって魏は何の対策もしてなかったし

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/10(木) 20:03:52 ID:RQYDBujKO
魏延は小人匹夫だと思う

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/29(火) 00:15:20 ID:ecSdJ8qXO
>>61
蜀漢は北伐(反魏活動)しなくちゃいけないから
嫌々やったんじゃないか?

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/29(金) 16:49:49 ID:vV7gbmgoO
h

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/29(金) 17:09:04 ID:Ml4kTD3FO
>>63
そんな気がする。
孔明本人としては蜀の防備と政治体制を固めて
地方に割拠したいだけだったのかもね。
特に劉備死後は前線で戦える将軍もおらず
攻勢に出る危険を熟知していたと思う。
でも遺詔だしなぁ…てな感じ。

66 :党国精英西門慶:2008/02/29(金) 22:42:00 ID:/3asWitp0
易中天:魏延謀反疑案(1/3)
http://www.6rooms.com/w/trqFA4ZYYLQY9xeurlbnqA

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/02(日) 15:08:44 ID:msO594ZGO
>>65
北伐や、漢の再興をうたい文句にしないと、求心力を保てない政権で、
戦争したくありませんなんて、どんだけバカな政治家だよw
だったら端っから劉備を担ぎ出さなきゃ良かっただけの話し。

可能、不可能を問わず目標をたて、一致団結する。
内心の不平不満は、この際おいておき、一心不乱に国政に打ち込む。
余所から来た流民集団と、地元の集団との連合政権を維持させる手段がなかった。
北伐以外に、どうやるんだ?
それぞれの利害関係や、派閥の問題をどう解決するんだ?

北伐は手段であって、目的じゃない。

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/06(金) 10:37:50 ID:SYFjguds0
>158 :名無し曰く、:2006/12/29(金) 22:40:19 ID:K3p8KBsB
>魏延はプチ関羽みたいな所があるよね、傲慢でプライドが高くて、でも言うだけの
>力はあって。さぞ扱いにくいタイプだったとは思うよ。劉備にしか心服しない、劉備に
>しか使いこなせない爆弾だったんじゃないか。 魏延の能力は惜しい、でもあまり
>力を持たせすぎると自分の死後こいつは抑えを失って絶対に暴走する、孔明は
>そう考えたのかもしれん。馬謖を抜擢したのも姜維を重用したのも、魏延に対抗できる
>重石たる人材が欲しかったのかも。

この意見、ちょっと納得。

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/06(金) 21:58:28 ID:HwVb1IwN0
>>68
馬謖は自分の派閥の若手を抜擢して勢力拡大したかっただけ
姜維は、・・・諸葛亮に重用されたっけ?

諸葛亮が魏延を嫌っていた、という話が無い以上、諸葛亮が魏延を排除したという話は妄想という他無い
・・・諸葛亮は魏延を後継者と考えていた、と同じくらいにはな

こういうことを想像するのは楽しいが、ちと現実味がないんでね?

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 09:24:17 ID:+Cx9uXet0
北伐は上手く行かず、人材登用でも馬謖や李厳、楊儀などミスの多かった諸葛亮を引き立てる為に
武功も多く、劉備の新任も厚かった魏延を悪者扱いしてるような気がする


71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/09(月) 09:36:17 ID:7ftDL8g8O
李厳なんて劉備時代からの重臣中の重臣だろ。
諸葛亮の登用の責任とかいう話じゃない。

>>67
ほぼ同意だが、蜀漢政権の中に益州人と荊州人の綱引きがあった、みたいな話だけは疑問。
そもそも劉二牧自体が益州外から来た人間である上、
益州の土豪たちとの紛争の記述もある。
そして、配下にしても雍州出身者(法正)、荊州出身者(李厳)などマチマチだった。
また劉備の臣下となった益州人にも荊州への留学組も多く、益州人とはいえ色々な立場があることが窺える。
孫呉だって華北出身者が多い。
曹魏にも荊州出身者がいる。
なんか蜀だけ内部対立の火種を抱えていた、まとめあげる求心力が必要だったみたいな考え方にはピンとこない。
(国内をまとめあげるためだけの北伐だった、みたいなよくある意見には特に同意出来ない)


72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/09(月) 09:41:28 ID:BLEsVbW4O
http://www9.uploader.jp/user/nikoman/images/nikoman_uljp00045.jpg

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/09(月) 23:01:42 ID:b3W9FoUpO
魏延は陳寿を始め色々な方面から庇ってもらえているが、ただでさえいい
ところのない夏侯ボウの評価を更に下げているのは魏延だよな。
誰も文句言わないが、中々罪深い男だよ。

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/26(土) 19:59:54 ID:BP+Zc6Zo0
反骨っての自体が眉唾だろう

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 01:11:06 ID:36JpoJHL0
そもそも反骨は小説のみで、
かつ、諸葛亮が他にも裏切り者がいるのに魏延にだけ文句つけた時にでた言葉だ

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/28(月) 10:45:05 ID:p4BNrBErO
>>71
魏呉はどちらも現地出身者がトップ〜重臣に多い政権
蜀はトップ、中期までの功臣がほぼ外来出身者による政権

この差は小さくはないのでは

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/31(木) 06:28:02 ID:rXvnxo580
魏延さんと高順は男の中の男。

異論は認めない事もない。

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/31(木) 08:46:39 ID:FLcsD3Wg0
>>76
そうなんだよな、蜀は蜀で独自性ってあったしそれを荊州から劉備が
乗っ取ったみたいな感じになったわけだし、人材統制は難しそうだよね

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/31(木) 20:48:23 ID:t/sdLm7L0
結局、元々の益州の人間は一度劉備に降伏してるから
魏が攻めて来ても

(また降伏すりゃ良いんじゃね?)

って思ってる節があったんでは。

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/05(火) 13:21:14 ID:vTGkHzoK0
処女じゃないからレイプされてもいいや
みたいな発想ですね

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/05(火) 17:21:44 ID:b5uf6xIR0




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