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司馬懿はどうしてメジャーになれないのか?

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 18:38:08 ID:roMK96qx0
ちゃんと評価してやれ

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 18:51:07 ID:f5mjgOxqO
おつ

3 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/25(水) 20:20:01 ID:uKFqq/0n0
坊やだからさ

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 21:44:55 ID:Eakzsupx0
というより何故某歴史SLGではジジイ顔なのか

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 23:41:31 ID:roMK96qx0
>>4
ボケ老人話が有名だから

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 15:14:20 ID:9CRnPPRU0
俺は仲達は嫌いだ。
人気がないからじゃないか?

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 18:30:56 ID:msxHgFbzO
充分メジャーだと思うけどね
なんか陰険なイメージがあるから人気無いのかもね

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 18:36:15 ID:PSsht4zP0
吉川御大と横山御大のせいで出ると負け将軍だと思われているから

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 10:56:52 ID:BavDBui30
三国演義で、諸葛亮が主人公正義の側に置かれている以上、
どうしても、司馬懿は悪の側に回らざるを得ず、これは仕方のない問題。

また、後の簒奪へと繋がる魏の事実上の乗っ取りも行っているので、
こういう点でも、野心家ということで、人々からは嫌われる原因ともなっているのだろう。

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 13:24:58 ID:5ZA7Fjqp0
孔明が悪い奴という作品が出ればな支持が上がるのだろうけど
実際、無理な北伐とかして蜀の民にはどう思われてたんだろ

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 14:17:05 ID:ZB/RNaZw0
慕われていたとおもうよ。

魏の打倒のための国家が魏を討とうとしなかったらそれこそ失望されるもの。

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 16:52:34 ID:0CnKDMPQ0
魏への討伐を行わない蜀に存在理由はないからね

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/29(日) 01:20:16 ID:B0dY5zbh0
>>11
魏の打倒のためってのは、上の方が言ってるだけで、民衆の意志じゃないでしょ。
北伐がなくなっても「最近兵役がなくて楽でいいなぁ」くらいにしか思わないだろ。

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/29(日) 10:46:02 ID:26deI4230
人気はあまりないだろうけど、
メジャーという点じゃ、十分メジャーだよ。
三国演義のおかげでね。

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 15:33:25 ID:hcpApT7t0
芝居がうにコードのせいだよ

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 01:27:32 ID:0mlzsPSx0
司馬懿

>>15
普通に出るぞ

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 23:49:11 ID:xrpsZy9D0
>>16
普通はでないよ
司馬い い がでない

司馬懿が主人公の小説とか作品ないのかな?
陳寿以外で

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 00:10:43 ID:Vdl8wGa10
悪役だからと言うが、同じく悪役の曹操は結構な人気だぞ

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 18:26:05 ID:xlysfc4D0
他の時代の人物に比べりゃ、充分すぎるほどメジャー。

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 20:19:44 ID:X0/J9iri0
>>17
漫画なら火鳳燎原。
でもこの作品はもう一人主人公がいて、司馬懿よりもそのキャラの方が
目立ってる。

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 18:59:56 ID:bqBESAl20
それ見たことある!司馬懿が主人公で驚いた

司馬懿カッコイイのになんでメジャーになれんかな?
やはりクーデター起こして、国を乗っ取っちゃったからか・・・
曹操さまは人気あるのにな〜

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 19:09:44 ID:THSjT2jhO
何を考えてるのかよくわからないイメージがあるなあ。
有能なのは間違いないと思うけど

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 20:58:24 ID:9qDtxrCs0
司馬懿のイメージは、例の人形劇ですかね。

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 21:38:35 ID:LlaFp+0bO
コピーバンドがメジャーデビューできる訳なかろう!!

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 23:28:39 ID:qnEyoaMI0
司馬懿の父司馬防って、曹操を都尉に推挙した人物らしいね。
妙な縁がありますな、曹操と。

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 10:19:38 ID:S6FTw7HW0
司馬炎よりメジャーだと思う。晋の初代皇帝よりメジャーなら十分だろ。

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 12:24:35 ID:/i/eXUl5O
みんな判官贔屓なのさ

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 18:03:19 ID:QvRYMu3p0
>>23
あれはひどかったww

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 22:58:11 ID:xw76JA4X0
人形劇の司馬仲達、しかめっ面の
意地悪そうな感じが良かったけどな。

あと、BSでやってた中国中央電視台制作?の
「三国志」の司馬仲達も良かった。
日本語の吹き替えが野沢那智なのも○
野沢仲達は嫌らしさと悪賢さが醸し出されていた。

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 15:24:12 ID:d4A5FXxfO
物語の主人公として、仲達と曹操を比べた時、曹操には旗揚げから死ぬまでに戦場での活躍をメインに出来るからやりやすいけど、仲達は戦場で指揮するのが遅いし、対孔明戦でも華々しく撃退するでもないし、対公孫淵戦は相手が小物過ぎる。

孔明は悲劇の主人公路線が可能だけど、仲達はどう頑張っても無理だし。

やっぱ、物語の主役をはれないと知名度向上やイメチェンは無理じゃないかな。

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 16:33:25 ID:aVrjdx9Q0
>>30
活躍してるけど、地味なのがいけないよな。
諸葛亮との決戦での結局のところの勝因が諸葛亮の死なんだし
公孫淵は配下が優れていることが挙げられても、公孫淵自体のネームバリューがない。

別に地味じゃないと言えば地味じゃないが
じゃあ主役張れるか!と言われたら張れないと思う。

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 16:59:10 ID:aOv3jnhCO
司馬炎より有名でも
恵帝よかマイナーかもしれん

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 03:10:46 ID:xf7YFRRkO
一つ言っておくが、横山三国志の司馬懿は、全然悪者じゃないぞ
ライバルの孔明を尊敬してる
司馬懿の死に際なんて、あの世で孔明に教えをこいたいなんて言って感動する
クーデターにしても、自分の身を守る為に、仕方無しにやったって感じ
皇族側が非皇族側を排除しようとしたから>例のボケ老人の話

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 08:57:24 ID:ZLoz++XD0
でも悪人イメージ
例のボケ老人も狡猾な印象を持った<横山

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 09:48:45 ID:+2A7jxos0
もともと野望なんてなかったんじゃないかな
曹操が強引に招聘しなければヒッキーだったし
一生懸命仕事して売られた喧嘩買ってたらいつのまにか一番の権勢を持ってたみたいな
曹操も禅譲考えてなくて曹丕が実行したみたいに
司馬師、司馬昭の野心が司馬懿の人物像に影響してそう

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 09:51:03 ID:7s6xctnv0
司馬懿太朗

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 10:42:08 ID:xf7YFRRkO
>>34
俺は魏延を焼き殺そうとした諸葛亮の方が恐かった

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 17:22:06 ID:K4niwXe9O
>>36
シバイたろうか?

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 18:51:37 ID:00Sh5nIv0
ホンマ生れついての喧嘩屋やで!

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 19:21:48 ID:S7/lFRUs0
司馬氏の晋は中国史上もっとも陰険に帝位簒奪を実行した王朝。
爽やかさに欠けること甚だしいから、メジャーになれないんだろう。

参考図書:井波律子氏の各著作

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 21:39:23 ID:yg+JbX+u0
そうか?五胡十六国とか南朝の方が酷いぞ。陰険というより冷酷だが。

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 23:36:00 ID:QGISOO+d0
陰険で華やかさもない

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 01:37:08 ID:Yh2H2EI3O
西太后とかもこえーし

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 21:42:13 ID:rKBpgMqq0
>>1
来オフにもポスティングでメジャーらしい

ソースは東スポ

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 09:35:22 ID:xwLxbRj00
>>38
(^ω^;)

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 13:16:57 ID:dzmy8KXgO
>>40
スレ違い、それは息子に言え

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 00:35:28 ID:s8mXn5lx0
司馬炎は孫では?

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 01:19:06 ID:7U7hhQBtO
>>47
その親父が爺さん以上に野心バリバリだったってこったろ

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 02:29:13 ID:HlAktJXf0
司馬炎が無能だとしてもあの状況じゃ簒奪できたからな。

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 04:36:23 ID:kWldCtjJ0
司馬遼なら司馬懿を主人公で書けるだろうし、書きそうだとおもった。
あの人、勝者目線大好きだからね。結果論的なのがw
まあ三国志は陣さんが書いてるから書かなかっただろうけどね。

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 13:15:27 ID:12T38ANq0
ソープ北方先生には芝居中辰を主役にした小説書いてもらいたいもんだ

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 21:43:01 ID:rrbiZvvS0
司馬遼は司馬懿みたいな陰性(っぽい)キャラは得意じゃないのでは。
家康も主人公にしたのは書いてないよね。

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 22:02:26 ID:VuQOP4Bl0
中国が長らく異民族統治国家へと成り下がったのは元はと言えば司馬懿のせいだろ

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 22:29:45 ID:VuQOP4Bl0
>>52
つ覇王の家

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 22:32:57 ID:K3j/CdUKO
>>53
曹操だろう
烏丸、匈奴、テイを内地に移住させたのが元凶じゃないか

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 22:35:06 ID:VuQOP4Bl0
そうそう。書いてから気付いた

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 22:39:39 ID:VuQOP4Bl0
異民族を流入させた八王の乱は内部権力争いという司馬一族の家風を作った
一族の長、司馬懿のせいということでここはひとつ

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 22:40:39 ID:VuQOP4Bl0
書いてて何を言いたいのかよくわからなくなった。
糞して寝るか。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/04(月) 00:11:45 ID:95KQxqrhO
北方司馬はマゾ設定で可哀想だ

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/04(月) 19:02:05 ID:8VXak3QyO
陰湿に曹魏を乗っ取り朝廷を設立し、最後はみっともない崩壊した王朝のパイオニアだからな〜司馬懿がマイナーなのは。

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 07:58:14 ID:yGMZn3wC0
八王の乱は陰湿過ぎて泣けてくるな。
アホかこの一族はと

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 09:42:18 ID:D8dtpChV0
みっともないよな・・・・・
曹魏のほうがマシ

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 11:57:30 ID:VYA4XmyqO
司馬懿は関係ねーだろ

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 12:32:25 ID:wpuhjUh7O
朝廷に対する陰湿さなら曹操も負けてないと思うけどな

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 12:42:35 ID:pt2AQlph0
曹操と信長は対比できるけど、
司馬懿は秀吉とも家康ともタイプが違うんだよな。
強いて言うなら成功した石田三成かな。

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 13:04:54 ID:NsOu2mdy0
>>55
烏丸はそうだが、テイ・キョウや匈奴は後漢のころからすでに内地に移住していて
政治問題化していた。劉淵を出した南匈奴だって、献帝の東帰の時点ですでに介入
してきている。

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 13:38:41 ID:7FY29TvY0
司馬懿は簒奪者というけど
簒奪の方向に動いたのは息子二人だしあくまで魏後期の重鎮じゃね?
本人はどっちかと言うと保身しか考えてなかった気がする

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 14:25:17 ID:LfbQZIuP0
>>67
それはないと思うけどな
強引に大逆罪にしたてて曹爽の三族・一味をごっそり処刑してるのを見るととても野心なしには見えない
自分の代での簒奪は考えて無かったかもしれないが

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 15:17:44 ID:wpuhjUh7O
>>66
問題化してたのを追認どころか推進したわけだ

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 16:26:05 ID:eAI6Tt50O
陳御大風に言えば
「身を守る為には皇帝になるしかない」
ってトコかね
そうなった原因は曹爽の司馬懿潰しだけど
さらに遡れば曹爽と劉放・孫資に遺言を踊らされた曹叡
つーか曹叡の寿命が短すぎたどーしよもない部分から始まってる


71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 18:49:10 ID:VFyESgINO
>>70
はげどー、曹叡があと35年位は長生きしてくれたら。

>>64
明帝と王導の会話を参考にしたら司馬懿は関係あると思うな。

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 22:31:38 ID:yGMZn3wC0
子孫がアホばっかりだったのが残念
息子の代まではかしこいのがいたのに

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/06(水) 01:34:13 ID:GfPiaBi50
司馬一族は漢民族から見たらただの国賊だろ

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/06(水) 02:46:37 ID:A2Ag6ZRi0
224 名前:世界@名無史さん 投稿日:2005/08/20(土) 03:40:01 0
>222
>東晋の皇帝たちが皆せめて50歳ぐらいまで生きてたならば、
>六朝史は随分と違うものになってたんだろうなぁ。

何だかんだ言って成漢があれだけ保ったのも、李雄が長生きしたのがまず
大きいもんなぁ。もちろん、劉宋文帝や梁武帝みたいに晩節を汚しちゃった
例もママあるが、皇帝の長寿は、政権の安定化に概ね結び付くものだ。

もし曹丕と曹叡が二人揃って60ぐらいまで生きてたら、司馬懿の出る余地は
まず無かっただろうな。(でもまぁ、仮に文帝・明帝が長寿だったところで、
その後の歴史の趨勢から見て、八王の乱や永嘉の乱に類したものは
明帝の次かさらにその次の代あたりで確実に起こっただろうが。)

225 名前:世界@名無史さん 投稿日:2005/08/20(土) 17:52:49 0
八王の乱は曹魏政権じゃまず起こり得ないだろ
あれは曹魏の失敗を見た西晋が皇族にしっかり力を与えた故に起こった乱じゃないかね

226 名前:世界@名無史さん 投稿日:2005/08/20(土) 20:22:07 0
>225
乱の根本的な原因は、あくまで九品官人法(とりわけ州大中正)制定以後の、
出世ルート途絶による寒門層の不満爆発にあるわけなんだから、諸王に軍権を
与えて要所に配置したっていうのは、せいぜい事件の引き金にすぎないと思う。

故に、もし仮に曹魏が存続した場合でも、史実で衛権らが進言したような九品官人法改革が
行われない(=寒門層の不満を和らげない)限りは、例え史実の晋のような軍権を保持した
諸王の存在が無くとも、外戚なり異民族なりの抗争に乗じて、史実における王浚らのような
各地に割拠した姦雄たちが(配下の将校や在地不満寒門層に推戴されて)挙兵しただけだろう。

あと、八王の乱はともかくとしても、永嘉の乱の方はほとんど歴史の必然だと思う。
胡族の流入はそれこそ後漢中期以来の趨勢だったから、江統の『徙戎論』のような
根本的解決策さえも机上の空論でしかない以上、胡族の挙兵はもはや時間の問題。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/06(水) 09:39:17 ID:UHNXlZWH0
陸抗最高!

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/07(木) 18:28:28 ID:y4u+z/tU0
曹丕に関して言えば寒門登用を軽視してたとは思えないけどな
結構改革気質だから>曹丕
曹叡はバランス型で治世は上手くいくけど、問題点を残したまんま死ぬタイプ

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 09:51:26 ID:zcSUYwlu0
夏候家も親戚だから冷遇されてたの?

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 20:11:36 ID:1lEsRQey0
>77
kwsk

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/21(木) 09:29:07 ID:0EIdHXP30
普通にメジャーだと思うけど

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/21(木) 11:11:52 ID:Ph73ZbEd0
日本では三国志のおかげでメジャーだよな。

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/28(木) 10:28:08 ID:Ng76660Y0
逆に三国志に伝(本紀?)が立ってないから、パッとしないんじゃない?
俺は司馬三代の戦いは、兵法の「勝ってのちに戦う」を地でいってると思うが
それは「有利な状況を作れれば負けてもOK」ということだから華々しい活躍にはならないよな・・・

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/03(水) 12:17:29 ID:qTBBcLA30
司馬懿スレ
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1167793942/l50

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/04(木) 08:03:13 ID:gq8En2Pg0
司馬家って戦国時代からの名門の家だと聞いた

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/05(金) 21:02:53 ID:YQ0fBVe40
八王の乱(笑)

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/06(土) 13:18:08 ID:Z/l5BCd80
司馬亮

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/15(月) 19:01:22 ID:3VfaK6F80
ふつうにメジャーじゃん

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/18(木) 23:30:58 ID:/JWYzBB80
三国志読んだことない人が
「三国志の有名人物と言えばシバイ」
とは間違っても言わないので
メジャーじゃないでしょ

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/21(日) 01:20:05 ID:fXNYpIda0
悪いけど、充分メジャー。
司馬懿より功績高いけど、司馬懿より知名度低い人物なんて歴史上にいくらでもいる。

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/24(水) 04:41:57 ID:NCWSj9l+0
中国の歴史でも三国志ってかなりメジャーだから、その恩恵を受けてるだろ
ただ>>87のいうように三国志の有名人物、英雄、好きな人物と言われてシバイの名をあげる人は少なそう…というよりいなさそうw

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/25(木) 09:44:21 ID:2pXrWMqB0
司馬懿は受け

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/29(月) 21:47:07 ID:HYHFOzo20
(> <)私もそう思いますー

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/31(水) 09:31:11 ID:uTkoOlnE0
腐女子が沸いたな

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/06(火) 13:10:49 ID:ru5o6rh90
>>88
司馬懿ヲタは、司馬懿の知名度が、
劉備や曹操、諸葛亮らと並ばないと納得しません。
特に諸葛亮とはW

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/06(火) 19:52:43 ID:CXU3Az0WO
蜀軍に捕まり
関羽の神技に悶え
張飛の乱暴に乱れ
馬超の馬なみのマラで口淫され
黄忠の老練の手淫に濡れ
趙雲に赤子をあやすような優しさに恥辱を覚える

司馬イ『ら、らめぇ………!』

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/06(火) 21:29:31 ID:XWs0bv7u0
(  ;ハ;)イイハナシアルー

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 01:30:35 ID:Wp3sCcEh0
司馬懿ファンクラブでも結成するか。

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 02:27:42 ID:XgwC97Yg0
>>96
腐女子厳禁なら参加したい

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 13:26:04 ID:vnsFJKBr0
むしろ腐女子歓迎(^ω^ )

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/14(水) 09:46:03 ID:2G82jKz90
曹丕受けでw

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/17(土) 04:00:40 ID:rlwx+SQX0
100

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/22(木) 02:30:01 ID:B7SzZV7Z0
101匹司馬懿

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/22(木) 11:39:51 ID:HXuylBPk0

>>101

(^ิิ౪^ิ) ウシシシシシ

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/07(水) 23:50:08 ID:pmuyLG0K0
司馬懿と言うか、司馬一族の印象が悪いのは、
群雄割拠の状態を勝ち抜いて天下を得たのではなく、
既に魏によってまとめられた天下を簒奪したからだろうな。
それに、演義で諸葛亮の敵役にされたのが致命傷となった。


104 :pgf@n99:2007/03/08(木) 20:46:33 ID:hLL63fo/O
≫103
同感。孔明が相手となると、孔明の支持の方が圧倒的でしょうね。
司馬懿の方が個人的に好きですが…。

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/10(土) 02:30:48 ID:g7m6adwIO
日本で家康に人気ないのと同質の理由だろうな、似たやり方でトップになったりするし。

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/11(日) 02:15:50 ID:V3XVMx/00
チャンスをモノにするって凄く難しいことなのにね

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/12(月) 23:55:11 ID:vmMeqhK/0
>>1
それは性格が陰険だから。

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 11:22:15 ID:KBQ7hwKc0
逆説的に言えば保身に失敗してたら人気高かったかも。
どっちにしても良い主人を立て続けに失った可哀想な家来とも言えなくも無い。

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 13:01:35 ID:VCwNSQ/00
三国志演義の場合、終盤にしか活躍が無いからね。
そりゃ敵役としても人気は出ないだろう。
ほぼ全編出ずっぱりの曹操ならともかく。

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 19:43:11 ID:0xWaZ3lJ0
曹丕が即位後もちゃんと長生き(というか並の寿命)していたら、きっとしばいも幸せだったと思うよ

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 22:10:31 ID:C+L6sR030
そうかぁ?

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 23:47:49 ID:UAfQOV28O
>>110
曹叡も忘れちゃいかんよ。

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/16(金) 22:29:36 ID:15/sKfxL0
この男の芝居はアカデミー賞級

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/16(金) 22:56:13 ID:62JLbl5H0
>>113

アウアセフセ・・・アウッ!

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 21:19:05 ID:0yQRxrqm0
>>113
そういうことは夏に言え

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/25(日) 07:05:30 ID:pQAiPJlN0
(^ิิ౪^ิ)

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/25(日) 09:12:05 ID:QG5cYtCv0
司馬一族ってさ、曹一族と比べても異常者が多い印象があるな。
死んだ愛妾を文字通り「喰っちゃった」奴もいるし…。

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/25(日) 11:01:46 ID:PNPzrHDo0
今の価値観と昔の価値観は同一に語れないっしょ

昔でも異常だったのかもしれんけど

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/25(日) 11:06:42 ID:IDqi/XDw0
きんもー

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/03(火) 09:31:04 ID:KsGrP8R80
わかってるよw

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/03(火) 19:38:33 ID:n+0A6W+k0
>>117
まじでー

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/07(土) 17:57:33 ID:cYw1jlVl0
>>117
あるあるwww

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/07(土) 19:24:55 ID:TyomPU4p0
こいつって軍事政治人事ぜんぶ天才的にこなすのに、詩だけは子ども並みに稚拙だったんだよな

なんかおもしろい

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/07(土) 21:23:38 ID:Vlr6D1L60
「死せる孔明、生ける仲達を走らす」の故事を読めば読むほど
諸葛亮よりも司馬懿の方が軍師としては上だったと思えてくる。

蜀の補給難を読みきって引兵拒守することで味方の損害をゼロに抑え、
女物の服を贈られるといった見え見えの挑発には決して乗らず、
病床をおして激務をこなす諸葛亮の様子を聞いて仇敵の死を予言。

蜀軍が反撃の構えを見せたときに危険を冒さず深追いを避けたのも
組織の危機管理として正解だし、それを民草に「逃げた」と揶揄されても
「わしゃー、死んだ者の策までは読み取れんわw」と余裕をかます。
現に存命中の諸葛亮の策は全て手に取るように読めていたわけで……。

そんなわけで俺は『三国志』全編の中でも、特に司馬懿のファンである。
だから(贔屓が入るんだけど)「司馬懿はメジャー」に一票w

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/07(土) 23:12:35 ID:N36CcAaV0
>>123
mjd!

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/08(日) 02:09:52 ID:/v/LzJsE0
大企業で出世街道を極めるのも弱小企業を率いて大敵に伍するのも両方偉大。
ただ孔明は機会に恵まれずに実力相応の本懐を遂げられず、
ただ保身のみの仲達はゆるゆると晩節を全うした。それだけだ。

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/09(月) 03:16:20 ID:k7Gt170f0
機会に恵まれなかった人間の実力相応って
ただの妄想以外の何物でもないな

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/09(月) 20:20:55 ID:q4gm6j9S0
司馬懿は十分成功者

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/10(火) 13:40:02 ID:hnF4leBG0
>>126
五丈原以降、その後の司馬懿の政治家人生を見てみれば、
「ゆるゆると晩節を全うした」などとはとても言えないはず。
遼東征伐とか曹爽誅殺とか王淩の乱鎮圧って知ってるか。

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/10(火) 21:20:11 ID:9k/vc8030
本人はもっと生きたかっただろうな

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/13(金) 16:46:33 ID:YsKIU9Hs0
>>124
張郃

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 23:10:57 ID:4B5F/8M70
司馬昭の命令で賈充率いる軍勢にあっさり首を取られた皇帝曹髦

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 23:28:31 ID:Zcn2JMgw0
吉川は微妙だけど横山三国志の司馬懿はかなり愛を注いで
描写してもらってるのが傍から見ててわかる

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/19(木) 20:59:27 ID:X/WE5k/tO
諸葛亮孔明
司馬懿仲達


「懿」の字が難しいからメジャーになれないんだと思う。

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 09:27:17 ID:92ZAkrg80
わははこやつめ

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 22:25:00 ID:AXJcUfkY0
子孫が最悪だしね
親戚同士で殺し合いして異民族に国奪われてちゃな・・

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 22:38:01 ID:q+fxLSCu0
骨肉の争いだな。でも統一勢力でそれをやっちゃあね・・・・

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 13:12:54 ID:iTshHaA10
司馬懿と袁紹って似てない?

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 20:50:31 ID:7BM+ZRaL0
似てない

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 21:27:22 ID:T+5mRRKZ0
どこが似ているのか?と逆に聞いてみたい。

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/25(水) 20:39:42 ID:oq9sX/3C0
マジレスすると、後世に残るような名言を一つも残してないからじゃないか?
何処までも実務畑の人で、リアリストのイメージが。

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 10:38:33 ID:6AdcJFKE0
>>1
有名sだお

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 10:51:22 ID:usDVcAUh0
オレ的には
蒼天司馬懿が最高だと思っている。

あの司馬懿と変態との決戦が見たかった。

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/01(火) 00:07:51 ID:lhY2KD19O
>>134
の理屈にワロタw

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/01(火) 09:23:01 ID:igYwXFn00
司馬炎のほうが有名だな

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 02:25:44 ID:Aqp01ZhfO
懿懿懿懿懿懿懿懿

この字が怖い‥

曹沖が長生きしていればと思う今日この頃

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 16:45:09 ID:sIbiRbSf0
かっこいい字じゃないか 懿懿

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 20:44:00 ID:Aqp01ZhfO
懿とか蟹とか怖い((゚Д゚ll))

でもこのスレに出会ってから司馬懿の事少し好きになれた気がする‥
だから司馬懿FC「竹林のry」

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/30(水) 16:07:01 ID:HLa/fWdh0
三国志・蜀将討議スレッド17
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1180445040/


150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/31(木) 09:46:06 ID:eTykPB9i0

150get!

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 09:22:54 ID:Bivcvo6H0
とっくにメジャー

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/06(水) 18:42:49 ID:FEajn5RZO
懿←この文字が恐い(嫌い)な人に教えてやろう。

懿は美徳を表し、懿徳だと夫人のもつ美徳となり優しい文字てある。

解ったかな?

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/07(木) 11:44:28 ID:GYSV2HgU0
懿とプリントされたシール持ってるが『BEAUTY』とも書いてある。

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/07(木) 20:07:20 ID:Cbko1KPIO
つまり司馬ビューティと。

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 03:17:59 ID:pB3fZvEe0
むしろビューティ司馬の方が語呂良いな

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 09:02:30 ID:gdlqvwwO0
なんという女子レスラー

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 20:43:32 ID:DYURc18n0
新北京プロレスか

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 00:08:53 ID:gJD+BONX0
最近の女子プロレスラーはかわいい子も増えたねぇ

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 19:02:05 ID:oTR7bo/WO
このスレはどこに流されるのやら‥

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 19:13:51 ID:AQzf7ZTj0
NHK国際放送中断事件

http://www.youtube.com/watch?v=RK9jLHB6sZw&mode=related&search=

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 19:13:57 ID:0qd6lpwg0
司馬懿大好きだから、子供できたら「懿」の字を名前につける。

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 21:54:39 ID:9cjNvKQ8O
>>161
瑜懿ちゃん
う〜む‥「懿」って使える感じなのかな?

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 22:03:18 ID:NtaoAVXW0
>>161
「仲」「達」の方を使ったがよくね?

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 00:38:40 ID:wZAfz8KuO
魏王朝の将軍に昇格した司馬懿(仲達)が10日、当地での対蜀戦で初めて
メジャーになった。グレーの衣裳に皮甲なしの姿で合戦開始の約3時間前に
兵車で戦場入り。「こんなにうれしいことはない。自分の采配をしたい」と抱負を述べた。
合戦前には幕舎で各将兵と並んで座り談笑。漢字「司馬」の入ったグレーの
ビジター用旒旗は立てていなかったが、「(旒旗は)合戦前に1人でゆっくり
立てたい」と笑顔で話した。

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 00:39:44 ID:8yzAeoJDO
ビジター用ワロタ

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 01:20:51 ID:uNUZe7rzO
仲達=仲代達矢の略

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 06:52:54 ID:NwfJkzrqO
>>164(ロイター)

「懿」という字の印象が変わったところで首相の「懿の国」発言。

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 14:16:44 ID:DMgqUN9H0
161ですが、
>>162
懿の字は、自分は男の子にしか使わないと思います。懿●って漢字に
多分名前の一文字目に。西太后もたしかこの字で「懿貴妃」と呼ばれていた
ような気が。どこかで「懿」の字はずる賢いという意味もあると小学生の
時本で見た気がします。これからの世の中、ずる賢いと言われるくらいでは
ないとやっていけないと思うので、姓名判断的にいい文字数内に収まるなら
懿の字を使いたいです。あとは、魏の陳羣や荀イクがすきなので彼らにちなんだ
名前でもいいかもと思っています。まだ、予定もなにもないですが、遠い将来。

>>163
八人作って「八達」やってみたいと思っていました。夢だけど、難しそうです。
仲だと、どんな名前があるかなと考えましたが、今のところ思いつきません。
子供の頃司馬遼太郎がペンネームと知らず「日本にも司馬さんいるんだ。司馬さんと
結婚して懿っていう名前付けてみたい」と思った三国志馬鹿です。



169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 18:16:07 ID:NwfJkzrqO
162です
>>168は誠実な方ですな
司馬さんがペンネームだというのは知りませんでした‥
八人は無理でも二王なら叶いそうですね

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 19:53:43 ID:JJxV70KE0
八人だと八王の乱が起こるかも知れませんしな。

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/13(水) 09:40:31 ID:wi+95yfx0
おっと・・・・・

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/13(水) 18:52:50 ID:1v6DziMJO
「美しい懿」で流行語。語尾ちょっと置いてく感じで。

シバチューピカピカー♪

173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 23:09:41 ID:WyE+oqGA0
逆にメジャーな司馬懿とか司馬懿らくしない
孔明のライバルとか、やられ役とかそんなんばっかり
ただ、今なお人を騙し続けてるというのは凄いと思う こいつには勝てん 本当の勝ち組
当時の人を騙し、今の人をも騙し続けてる 最強すぎる

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 23:11:35 ID:RmuC+hV50
>>172
( ^ω^) きんもー☆

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 23:17:50 ID:WyE+oqGA0
【調査】 “好きな「三国志」の武将ランキング” 
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1176114347/

司馬懿10位 結構人気あるじゃん
曹操陣営なら2位(曹操抜いたら1位)だ

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 23:29:34 ID:NaWhwiigO
無双の影響では?
某所のコミュニティ人数が三国無双の武将の中でトップらしい

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 09:05:51 ID:+Xnm0tKr0
三国志ブームを当て込んだ筑摩か岩波あたりで、
晋書の邦訳を出版してくれないかなぁ・・・。

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/20(水) 22:26:00 ID:sJQS6rdaO

史紀:岩波・筑摩
漢書:筑摩
後漢書:岩波
三国志:筑摩

晉書は、果たしてドッチなんだか・・・とにかく我々が生きている間に早く出版して欲しいね。
可能なら筑摩で・・・頼む。

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/22(金) 19:59:08 ID:YCHequ9m0
前四史に比べると晋書はどうしてもマイナーだから、
岩波や筑摩みたいな一般の人文系出版社じゃなくて、
漢学専門の汲古書院から出るっていう可能性もあるな。
ちょうど渡邊義浩氏の後漢書訳もここから出てることだし。
まぁいずれにしても、取らぬ狸の皮算用なんだけど・・・。

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 20:38:07 ID:WL7+ilnE0
西晋<東晋

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/25(月) 05:45:51 ID:bEgFSduDO
晋書は評判悪いから学者さんが訳したがらんのかもね

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/29(金) 23:56:55 ID:T0YNJ8XJ0
既にメジャー

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/02(月) 17:57:59 ID:0JbP2ykf0
司馬懿がメジャーになれないのは、ぶっちゃけチキンだからだと思うぜ。
出仕拒否、死せる孔明、狼顧の相(=振り向き癖)。どう考えても臆病の塊です。
軍記物では最高にウケが悪いw

正に「思考の四分の三は臆病」だ。

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/02(月) 19:10:25 ID:qIXt324iO
演義と史実を混同してる馬鹿がいるのかよww

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/02(月) 19:15:15 ID:kr6aF5uF0
シバイがメジャーじゃなかったら三国志でメジャーなのは10人もいないだろ
教科書にも載ってる人間だぜ

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/02(月) 19:38:08 ID:BD0cgvkY0
教科書にゃ載ってねーだろ
国語の便覧に「死せる孔明、生ける仲達を走らす」は載る

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/02(月) 20:30:59 ID:kr6aF5uF0
教科書によるのかも知れないが西晋の建国者のところに魏の司馬懿の孫司馬炎が建国・・・って載ってた気がする
本人が何やったかは書いてなかったけどな

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/02(月) 21:33:29 ID:0JbP2ykf0
>>184
俺正史だけだなんて一言も言ってないぞw
軍記物ってちゃんと書いてあるじゃん。

そもそも、卑弥呼と壱与(台与)の時代だしなぁ。

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/03(火) 04:35:22 ID:zzq9a+rr0
司馬懿って軍務ばっかりやってる武官って印象があるけど
他にはどんな役職で仕事やってたんですか? 行政面での評価は?

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/04(水) 16:35:39 ID:GAGelZ5cO
現役高校生の自分ですが、世界史の教科書には曹操、劉備、孫権、諸葛亮、司馬炎、張角(黄巾の乱)が記載されていますよ。
しかし、司馬懿以前に、三国時代はたったの十行足らず…。


191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/04(水) 17:51:17 ID:94NYMXnI0
そりゃそうだろ
世界史的に三国志で重用なのは屯田・清談の流行ぐらいだし

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/04(水) 20:27:03 ID:cB3S7Lde0
総じて地味だし謀略、持久戦が主体で派手な活躍が無いせいじゃない?
なんか毛利元就みたい。有能だし凄い人なんだけど歴史の主役にはなれない感じ。

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/04(水) 22:39:52 ID:iU/p/ZMj0
司馬いがメジャーになれないのは諸葛亮が邪魔すっからだろ
周㋴だってけっこうすごいのに諸葛亮がいて影薄くなるし・・・

194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 01:06:04 ID:/g4UkOju0
一般的には三国志って、曹操と劉備と孫権だけ知られてればいいんじゃないの?

>>183
顧狼の相って、人相見で用いることばで、
狼みたいに体正面向けたまま首を180度回して後ろ見られる体の特徴なんじゃないの?

>>189
あんまり聞かないな。>行政
司馬懿は大将軍になってるしもうなんだか武将のイメージな俺無知www
諸葛亮と司馬懿を同じ土俵で比べるのに疑問感じるの俺だけかね。
諸葛亮は為政者としてこそ有能なんだし。軍事で見たら司馬懿の方が圧倒的に優秀だと思う。
比べられんのは演義のイメージが強いせいか。演義あってこその三国志か?
つか三国志には司馬懿の伝無いんだよな…。宣帝だから…。あったらいいのにorz

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 02:15:19 ID:FlMALUJM0
まぁ、演義あってこそだろうな。
伝がないのも手伝って更に地味な印象になってしまう。

196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 12:47:10 ID:/g4UkOju0
でも司馬懿って、読んでみれば結構派手な人だよな。vs孟達の素早さとか、
うって変わった公孫淵との持久戦とか。なんだっけ、戦において出来るのは
敵と戦うこと、戦えないなら守ること、どちらも出来ないなら死あるのみだ、だっけか?
刺客差し向けられても堂々と寝てたり、ボケ老人の振りしたり、演技派だよな。
演義でもある意味、負けてばっかのヘタレ軍師って事で目立って…目立っちゃ困るのか。

俺は吉川三国志で「俺の首はまだついているか!」ってテンパってる司馬懿も好き。

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 19:54:49 ID:Z0CfTObp0
横山三国志の扱いはなんだかんだいってもいいよな
孔明にもたまに勝ってるし、あの超悪人キャラが随分とまぁまともに

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 20:14:19 ID:TbxZi8Oc0
まてあわてるな これは孔明の罠だ も別に司馬懿を貶めては無いしなぁ。

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 21:59:43 ID:6Akov5HS0
敵対した蜀にとっても功績上げてた魏にとっても都合の悪い人だからねこの人。
まぁ息子たちのせいで割り食ってる部分もあるんだろうけど。

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/06(金) 07:08:37 ID:OMedqEoP0
女装したのが不味かった

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/06(金) 20:12:28 ID:uXb3y+v+0
三国フィールドコンバットでぐぐると幸せな予感。

202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/08(日) 18:29:13 ID:BuTFVoRoO
張コウに無理な追撃させたから嫌いになった。
本当かどうかは知らんけど。

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/10(火) 00:33:54 ID:W0ItVCmq0
張コウが言うこと聞かずに勝手に追撃したっつうバージョンもあるんだよな。
実際どうだったのか残ってる書物読んでも解らないんだもんなwww

だが、軍の中で張コウ派と司馬懿派とかいうのがあったらしいから
敵対する可能性のある危険因子を早めに始末した…と考えるとwktkする

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/11(水) 00:34:50 ID:Jp/TlktW0
牛金みたく毒殺すればいいのに、それをしなかったのは何でですか?

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/11(水) 13:57:00 ID:j5paVETe0
張コウのパーソナリティーを考えるとそれはない
見てればすげー堅実な動きを取るから

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/11(水) 14:08:01 ID:xV7sehJV0
八百長三国志だと謀殺だった。

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/11(水) 15:20:22 ID:qjO04mOX0
(先手、孔明の思考)
 やべ…食糧足りね…でも、結果出さなきゃ帰れないし…
 そだ、この高台に罠を張れば、仲達たんはきっと邪魔な奴を送り込んでくれるだろう…
 てゆーかワシなら絶対、アイツとかコイツとかを送るねッ!

(後手、仲達の思考)
 うはwww 孔明すげぇよアンタ露骨すぎるwww
 えーとそうだな、たぶんアイツとかコイツとかを期待してるんだろうけど。
 あ、でも、ここで張将軍とか向かわせたらきっと慌てるぞwww
 将軍がやられたらやられたで結果オーライだし! よしそれでいくかwww

…というような、以心伝心による共同作業説が俺は好き。

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/11(水) 18:44:43 ID:XeEUzU290
司馬懿はもう本当にガッチガチのセオリー野郎だから追撃できる時に追撃最大限にやろうとする
んで失敗して張コウが死んだだけのこと

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/11(水) 23:18:06 ID:Jp/TlktW0
張コウの晩年を思うと胸が温かくなる。
疎まれていたかどうかは別としても、辺境でこき使われて
矢が刺さって悶え死ぬなんてな。

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/12(木) 00:37:59 ID:CssFzkU+0
たしか三回くらい死んでなかったっけ<張コウ

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/12(木) 12:51:48 ID:csg3sWRE0
>>207
それいいな。本とかでその説扱ったのあったら教え頂けないか。

ついでに孔明は魏延も殺そうとした、と。

>>209
股間に刺さったらしいね>矢

>>210
吉川で二回「屠られた」表現、最後が「死んだ」だった希ガス
俺は「屠った」=「ぶっ飛ばした」と解釈したが、屠るって殺すってのとほぼ同義だよな。

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/14(土) 04:15:04 ID:lVaKdyld0
司馬懿ってそんなに謀殺してんの?

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/14(土) 16:01:22 ID:aq+M2w2m0
司馬懿は、自分の中では野村克也氏とイメージが被る。
諸葛亮は長島茂雄氏、所謂向日葵と月見草の関係ですね。

一般受けするのは向日葵なんだけど、
実際に実力で言うと月見草の方が上、って感じも似てると思います。

214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/14(土) 22:00:10 ID:WI9jJJih0
僕は、全然似てないと、思うな。

215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/18(水) 09:15:43 ID:fqGI12ND0
ノムさんwww

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/18(水) 15:58:54 ID:6YkXMEowO
>>134
ワロスww

217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/18(水) 22:46:40 ID:lac1ItqX0
司馬懿が諸葛亮より実力が上って何の根拠があるのかな
あんなにアドバンテージがあるのに守り勝ちしたから、上って…
こいつも曹操と同類。持ち上げられ過ぎ。


218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/18(水) 23:24:07 ID:dfVBBy9V0
行軍速度は異常だと思う

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/19(木) 03:48:37 ID:6GkQTtsR0
>>217
時々は五丈原以外のことも思い出してあげて下さい。

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/19(木) 10:08:48 ID:ogUfpHY30
>>190
曹ヒはないか?

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 00:26:18 ID:Gh+spa6A0
>>219
第四次北伐のことか? 圧倒的に数も少なく、地の利もない諸葛亮に野戦で大敗したのは?
その後の張コウの運命は?
大体、張コウが罠と知り、かかって戦死する馬鹿と思う? 
そういう場合、普通、戦ったふりして引き返すな
司馬懿の失態になるのに張コウを謀殺する理由も分からん
無理に司馬懿の命令に従わされて、戦死しただけだろ
なのに諸葛亮が軍事的に下と言い切る諸兄らの理論はよく分からない。

また、張コウを差し向けた際、張コウに兵法の基本を盾に反論されている
司馬懿は張コウから、素人扱いされているようにも思えるが?

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 18:57:31 ID:Rk4HT2s60
魏の圧倒的戦力で勝っただけでつまらん用兵ばっかしてるからだろ。
金に物言わせて勝ちまくるジャイアンツやレアルみたいだ

223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:24:47 ID:TKsG4LJy0
>>221
済まんな、孟達戦と公孫淵戦のことだ。
それから221が言ってる第四次は、蜀書と晋書で書かれていることが真逆のところじゃなかったかな。

何も諸葛亮との戦いだけ見て司馬懿上って言ってるんじゃないと思うよ。

224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/21(土) 23:53:23 ID:KkGNSKK80
>>201
司馬懿始まったな
歴ゲ板の方でも書き込んでしまったが

225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/25(水) 09:29:35 ID:ZVfepWB30
ハイジマタ

226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/25(水) 14:55:18 ID:S2xsv9CX0
晋書が和訳されればメジャーになるんじゃない?

227 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 13:55:30 ID:j/dBEsCZ0
個人で和訳している人はネット上で見たことあります。


228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/02(木) 09:15:44 ID:wZXDqbeX0
すごいなぁ

229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/02(木) 23:10:39 ID:lAJMJc1fO
『晋書』って、やっぱ西晋と東晋を含む内容なのかな?

全部翻訳しても三国志関連の巻しか売れない気がするなぁ〜

岩波に中国正史の日本に関する部分だけを集めた物があったと思うが、こんな感じで『三国志』のオマケとして、『晋書』の三国志関連の部分だけ翻訳した本を出してくれんかなぁ〜

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/03(金) 11:38:15 ID:hGTEe5KIO
>>1
名前がムズイため

231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/08(水) 09:22:31 ID:CutLDzUf0
それはいかんともしがたい

232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/12(日) 09:05:59 ID:32EHm3Hg0
名前が恐い

233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/12(日) 09:53:59 ID:/N51pFqp0
晋書の地理志だけはおもしろい。 正確さはわからんけど。
晋書は恭帝までが帝紀。俺はこの時代三国志よりおもしろいから好きだ。 

234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/12(日) 12:16:52 ID:8gmNYKUa0
有名だけどマイナー
ってあたりが矛盾してるけど正確な表現かな。
軍事的な功績も保身のための権謀術数も大したものだけど人気が無いのは、
まあ野心はあったかもしれないが、曹操や諸葛亮なんかと違って、
実現したい理想を持たない本質的に極めて官僚的な人間だったからじゃないかと思う。

235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/12(日) 13:00:10 ID:6EZdLiV50
まぁ、元々脅されて仕事をしてただけだからなぁ。

236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/12(日) 13:22:00 ID:/N51pFqp0
司馬懿は官僚というより完全な軍人って感じだな。政治感覚も並以上に
はあると思うけど国家運営という意味での政治眼が優れてるか疑問だ。

遊牧民を内地に入れた魏の政策中、当然遼東には多くの移住者が居たが
これを虐殺したのを見ても外交的な政治能力があるのか疑問だ。
異民族対策は重要なのにそこを考えれば、晋が異民族に蹂躙された遠因
はこれだしそういう意識が希薄すぎる。

その後、すげぇショボイ(文学的には恥ずかしいというレベル)詩を作って
功績を誇ってるあたり。 無骨な野心多き典型軍人って感じ。

軍事能力はこの時代の屈指の人物なのは間違いないけど、後世引き合いに
出される評を見てもそれほどの人物ではないという評価があったんだろうな。

237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/16(木) 04:40:52 ID:UzKWgPqa0
相手が中国史上最強の軍師諸葛亮じゃあな
天才的戦術家を前にしてはカスと変わらないように見えるのは仕方ない
不運だな

238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/16(木) 05:35:18 ID:nsDE/pRv0
>>237
それ演義じゃんw

239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/16(木) 05:39:27 ID:nsDE/pRv0
書き込んだ後で釣りにマジレスしちゃったであろうことに気づいた罠。
皆様方まことに申し訳ない。

240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/16(木) 10:05:41 ID:pg3EBwAB0
240get!

241 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/18(土) 13:40:03 ID:9E+OZTEt0
>>239
んなこたぁない

242 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/21(火) 01:31:00 ID:TF1j1mW50
だな
孔明の前じゃあ李靖も韓信も下等生物に見えるもの
運が悪いんだよ司馬イは

243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/23(木) 09:21:17 ID:yXo/SJqT0
( ^ω^)???

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/23(木) 15:02:22 ID:g8lu+1OD0
司馬懿の評については上に書いてるのが妥当だろうな。(孔明云いの
関係文ではない) 官僚系では全くないな。 

権謀や知略はあるが政治は弱く(司馬炎含む八王全員にも共通)、戦術は一流。
人間性も冷徹で寛容から遠い(捏造されたエピソードすら少ない)
こういうタイプは長期王朝の始祖としては成功しない。

そういえば司馬徽も潁川の出身だけどやはり一族なんだろうか?

245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/23(木) 20:06:10 ID:tD9NDjwW0
シバイは河内の人だから違うんじゃないの?
処刑された司馬叩の子孫だっけ

246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/25(土) 21:27:18 ID:pnNQEch8O

愛知のキチガイ脳糞古川は神だと思っている。

半年ほど前の正月休みに両親と愛知のキチガイ脳糞古川の実家(もんじゃ焼き屋)に 食べに行った時の話。
両親と3人で鉄板を囲んで食事をしているといきなり脳糞古川が玄関から入ってきた。
もんじゃ焼き屋に似合わない勝勝負服ないでたちで。

脳糞古川が「私いつもの〜」と言って二階へ上がろうとすると、
店内にいた高校生集団が「脳糞古川さん!」「脳糞古川さんかわいいー!」などと騒ぎ出し、
脳糞古川が戻ってきてくれて即席サイン会になった。
店内に13、4人ほど居合わせた客全員に店内にあった色紙を使い サインをしてくれた。
高校生達が脳糞古川の母校愛知のキチガイ高校トラウマ部だとわかった脳糞古川は いい笑顔で会話を交わしていた。
そして脳糞古川は「またね〜」と二階に上がっていき、店内は静かになった。

私と両親は脳糞古川の気さくさとかわいさに興奮しつつ食事を終え、会計を済ませようとレジに向かうと、
店員さんが階段の上を指差しながら 「今日のお客さんの分は出してくれましたから。また来てくださいね」と。

あれには本当にびっくりした。

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/31(金) 09:37:49 ID:LWcGjjIA0
>>244
始祖っていうか実際は基盤築いただけじゃね?


248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/04(火) 21:12:25 ID:rBUxGH0e0
始祖は、司馬炎で、問題は司馬炎が大してなにも
しなかったことだ

249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 00:44:53 ID:L4fIF+AFO
孔明や荀イクより仲達や角の方が好きな俺

250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 00:50:24 ID:MxSUYgoS0
>>248
いや、司馬炎は結構色んな政策を実行してるよ。
ただその政策が裏目に出てしまっただけのこと。

251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/07(金) 23:56:40 ID:PqGzdyRMO
まあ、アウグストゥスがカエサル程メジャーになれないのと同じ事

252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/08(土) 00:08:45 ID:f3h1cxgYO
ヤッターマンよりボヤッキーがメジャーになったら困る。

253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/09(日) 00:10:53 ID:X4B+IZPI0
三国志演義が歴史の事実よりも普遍的に受け入れられているから?

でも演義で司馬懿は諸葛亮の引き立て役として目立ってるか

254 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/10(月) 10:33:03 ID:unfJwj3l0
かわいそうです(´;ω;`)

255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/10(月) 20:42:53 ID:fga4niZD0
司馬懿はゆりしーポジなのかw

256 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 14:34:24 ID:ZiOYclOL0
◆司馬懿◆司馬家の人々◆だけじゃない◆
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1189574680/

257 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/14(金) 09:23:07 ID:+tqSkHYb0
>>255
実は腹黒い点しか似ていないなw

258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/20(木) 09:10:56 ID:JBGpamHn0
おっと・・・・

259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/23(日) 23:23:30 ID:s+/G9J2H0
>>257
おまえんち燃す

260 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/24(月) 00:20:26 ID:yrVNMUFB0
                    ,ィ⊃  , -- 、
          ,r─-、      ,. ' /   ,/     }     ち
          {     ヽ  / ∠ 、___/    |
   署     ヽ.      V-─- 、  , ',_ヽ /  ,'      ょ
           ヽ  ヾ、  ',ニ、 ヽ_/ rュ、 ゙、 /
   ま        \  l  トこ,!   {`-'}  Y        っ
             ヽj   'ー'' ⊆) '⌒`  !
   で    , 、      l     ヘ‐--‐ケ   }        と
        ヽ ヽ.  _ .ヽ.     ゙<‐y′   /
   来     }  >'´.-!、 ゝ、_  ~  ___,ノ
         |    −!   \` ー一'´丿 \
   い    ノ    ,二!\   \___/   /`丶、
        /\  /    \   /~ト、   /    l \


261 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/24(月) 13:55:34 ID:dgesFtn50
占い信じて牛金を毒殺するようなところが好きになれん

262 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/29(土) 23:45:23 ID:FvB/yhQi0
イイハナシダナー

263 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/30(日) 11:36:12 ID:j6wChbWg0
司馬懿が戦争上手いと思われてる理由は孔明と互角に戦ったから
だが孔明は戦争下手だった それと互角だった司馬懿も…以下略

264 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/30(日) 18:57:45 ID:EHQLQOl2O
孔明が戦下手というか、兵糧輸送能力の限界の問題。
そして司馬懿はどうだったかといえば、その兵糧輸送能力の問題をついて持久戦に徹しただけ。

265 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/01(月) 19:21:02 ID:3CVaEScC0
司馬懿は遼東遠征とか対呉戦線とかでも実績あるって

266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/06(土) 00:15:49 ID:Ch0QA7kK0
シバイは芝居上手

267 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/06(土) 12:36:58 ID:bXznn0N40
>>266

【審議中】
    ∧,,∧  ∧,,∧
 ∧ (´・ω・) (・ω・`) ∧∧
( ´・ω) U) ( つと ノ(ω・` )
| U (  ´・) (・`  ) と ノ
 u-u (l    ) (   ノu-u
     `u-u'. `u-u'

しばらくお待ち下さい。

268 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/14(日) 15:28:14 ID:JbbV6blx0
(´;ω;`)かわいそうです

269 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/14(日) 17:05:57 ID:hAoJA55T0
マジレスすると
漢民族じゃないから

チベットや東トルキスタンなど

他民族を大虐殺するような漢民族原理主義の国家ゆえ、漢民族である蜀の国をひいき

270 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/14(日) 18:33:54 ID:csRi1dXG0
司馬懿って代々続いてる名門の出なのに漢民族じゃないの?

271 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/14(日) 19:42:11 ID:EHEqMhME0
司馬と言う名はどう考えても漢族姓だね。
モンゴルや満州はもっと異なる名前を持っている。
チンギスハーンとかヌルハチとかいう名は日本人ですら違いがわかる

司馬遷とかいう人も司馬姓の著名人だね

272 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/14(日) 22:05:10 ID:TlPzugWp0
>117
世説新語によると曹丕もやってるよ

あと、匈奴は元々そうゆう習慣がる。王昭君とか

273 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/15(月) 00:19:47 ID:bNlHz0wh0
司馬懿は異民族をボッコボコにした側だろ

274 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/20(土) 23:51:37 ID:03++Zsde0
東晋最高!

275 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/23(火) 08:01:19 ID:wE3DuNGp0
この人、対呉戦線の方が活躍が長いのね。

276 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/23(火) 08:10:42 ID:wE3DuNGp0
朱然とかにも勝ってる事なんて
長らくしらんかった。

277 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/24(水) 11:48:06 ID:DAebGfDx0
>>264
仲達自身を含めた魏の首脳の考えは、
「どうせ補給が繋がらないんだから、適当にあしらっとけ。」

つまり、別に仲達で無くても漢中から北伐なんて不可能だと
いうことが魏にはバレバレで真剣に相手にさえしてもらってない。
仲達の持久戦略は魏の国家としての方針。

孔明がそれでも北伐を繰り返したのは政治的な意味とかも有るんで、無駄な努力とは
一概に言えないが、「戦争」が上手かったとはとても言えないな。


278 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/24(水) 20:03:14 ID:O1GidPsAO
>>277
じゃあ孔明はあと何ができたのかと(ry
大体諸葛亮も「魏にゃ勝てない」ってことくらいわかっていただろう。
もし本気で魏の打倒を考えていたやつがいたとしたら、
それは魏延とショウエン(←こいつも本気で考えてはいないかw)くらいじゃね?
いくら地方政権は宰相といったって、そのくらいのことはわかっただろう。
そうなるとじゃあなんで諸葛亮は北伐したの?って話になってくるんだが…。

279 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/24(水) 23:51:56 ID:tK2+6omL0
北伐の成功率は低いってどっちも解ってたと思うが
魏は大軍繰り出してるのだから適当にあしらっとけって感じではないはず

280 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/25(木) 00:24:45 ID:MAlyOM9H0
四次までは>>277で説明付くけど五次まで同じ戦法でいったのはちょっとなあ
孔明がぽっくり逝かなかったらやばかったんじゃね

281 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/25(木) 04:34:30 ID:xWxCGDLtO
持久戦は明帝の指示。

282 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/25(木) 08:57:58 ID:MAlyOM9H0
五次はそういう魏首脳部の考えを逆手に取ろうとしたんだろうか

283 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/26(金) 12:50:48 ID:u91O92G70
互いの勝利条件が違いすぎだな。
仲達の方は守ってればいいだけ。
魏の国力を考えれば、時間が経てば経つほど、
蜀、呉と差が開いて有利になっていく。

孔明はジリ貧。
魏の方は西部方面軍しか使ってないのに、
蜀はほとんど総動員では負担が大きすぎる。

284 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/28(日) 21:54:20 ID:rn2C/nub0
そうだな・・・・

285 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/30(火) 20:45:35 ID:Wb+XeRTC0
デスノート読んでたら

夜神月・・孔明
L or ニア・・司馬懿 

の構図が思い浮かんだ 

286 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/01(木) 07:09:31 ID:aSfpn5ReO
なんていうか自分の中では魏自体が悪役色強いんだが・・・


287 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/03(土) 23:44:38 ID:74i9HXh10
横山の影響kぁ

288 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/09(金) 13:04:23 ID:qDwGRCpt0
関羽を呉との挟撃で撃破、
孔明の天下三分の計を破綻させ、
圧倒的戦略優位を確保して後は持久戦の末、
孔明の北伐を阻止。

曹操の官渡の戦いの様に一かばちかの勝負はせず、
勝つべくして勝ってきた人物だから面白みにはかけてるね。

289 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/09(金) 23:17:41 ID:k8ofmyYi0
堅実さは売れないわけか

290 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/10(土) 05:20:54 ID:n4iPdMwIO
>>288

勝つべくして勝った人物だから、面白かった

私は、危険な勝ち方をした人より、安全な勝ち方をした人のほうが好きです


291 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/10(土) 09:04:26 ID:rXgxCibW0
本人にしても諸葛亮より勝負師としての勘が優れてただけで、
素の力は及ばないと思ってた節があるように思うけど。
孟達強襲はどう考えても博打。
また北伐の戦略的優位を確保できたのは明帝の援助が強力だったから。
三少帝らが指導者ならどうなってたか分からない。

292 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/10(土) 11:49:11 ID:J0rdS1g/0
蜀への遠征は何度も上申しながら生涯一度も認めてもらえなかったあたり
司馬懿では蜀を落とせないと明帝からすら思われてたんだろうな。
臍を咬む思いだったろう。

293 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/10(土) 13:35:01 ID:I9WADYMKO
そんな事やってない。
そもそも仲達は、曹真が生きていた間は、
対呉方面担当。

一度、曹真主導で蜀攻撃が行われたが、
長雨のため交戦することは無かった。

294 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/11(日) 03:42:01 ID:YtnLKe250
>>293
つ 辛ピ伝

295 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/11(日) 13:12:49 ID:Mo9eDKaG0
それポーズだけって、
孔明自身言ってなかったっけ。

296 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/11(日) 14:30:35 ID:YtnLKe250
そういう記述は目にしたことがないが。何伝だろうか。

297 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/12(月) 13:21:14 ID:IQdLXsEC0
>>294
それ。「司馬宣王が諸葛亮と戦いたいと言ってきたが、明帝は許可しなかった。」
というやつのこと?

それは蜀の攻略がどうのという話じゃなく、
五丈原での対陣中のはなしだぞ。

それについて諸葛亮伝の注の漢晋春秋に諸葛亮が
「そりゃただの演技だ。」と言った記述がある。

298 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/13(火) 01:35:47 ID:Pt9RoMiz0
>>297
丁寧な解説サンクス。スッと理解した。

299 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/13(火) 23:38:42 ID:yOB/ugHQ0
>297
>「司馬宣王が諸葛亮と戦いたいと言ってきたが、明帝は許可しなかった。」

この箇所は辛ピ伝では五丈原対陣中の話とは書いていないよ
事実はどうかわからないが陳寿の書いた文面上では
青龍二年より前のこととされている。


300 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/14(水) 12:21:04 ID:3OrzbKms0
第5次北伐の前に方針は決めてあったろうね。

でも「孔明が出てきたら周りの将軍たちが煩いんで戦ってもいい?」
というのと蜀攻略に遠征にいくのとでは訳がちがうよ。

魏首脳の戦略は持久戦なのに、
長安駐留軍の戦意が高くてなかなか押さえが利かなかったみたいだね。

301 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/14(水) 20:19:42 ID:uSgZHP2H0
戦意は高くとも士気は低かったのか、戦意が高いのに戦えない事でフラストレーションが高かったのか、
兵士と長安住民の間で結構問題が起こってるんだよな。

302 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/16(金) 09:26:45 ID:0ltCf9ps0
兵士は素行悪そう

303 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/24(土) 13:16:31 ID:3eYifyMX0
雑兵はそうだろうね

304 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/29(木) 19:24:50 ID:LDmJIZINO
結局三國志って司馬家の一人勝ちじゃないか?
日本でいえば家康みたいな。

305 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/30(金) 06:41:03 ID:dbsVs2Jy0
なんだかんだで中原への居住規模を拡大した異民族連中が真の勝ち組

306 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/30(金) 09:26:50 ID:UjlB/0990
そうとう後まで考慮したらなw

307 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/30(金) 21:47:51 ID:3TCOELPS0
ある意味じゃ、魯粛が強力に推し進め、諸葛亮が堅守した天下三分は
司馬一族による統一の踏み台なんだよな

308 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/06(木) 09:32:45 ID:bKmidqtY0
NO・・・・・・

309 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/06(木) 10:41:54 ID:xBDcOdHV0
江南開発に成功した孫家が最大の功労者

310 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/06(木) 16:00:38 ID:0HnAE6fs0

■司馬懿 「この俺とて、初めから天下を目指しておったわけではない。」

       「俺は孔明の才に憧れた…。そして命賭けで孔明と渡り合った。」

       「そして孔明が亡くなった…、その時。」


       「まわりを見渡せば、俺より力の有る者がいなかった…。」

       「ただそれだけの事だった。」

311 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/06(木) 16:05:35 ID:YyZZZ6kV0
だったら曹爽と張り合わなきゃ良かったじゃねえかよ

312 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/07(金) 21:31:26 ID:+W7jjUkd0
>>310
これの元ネタって何?

313 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/07(金) 22:14:11 ID:6XISLkfmP
>>312
「花の慶次」の、小田原攻めの後の秀吉の台詞

314 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/13(木) 09:35:37 ID:gnbLwwRr0
ぬお?

315 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/16(日) 15:43:10 ID:c55HwjiwO
司馬すらかつこれをかういわんやいけるものをや!

316 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 09:21:14 ID:3iaP05tw0
漢語でおk

317 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/24(月) 14:27:29 ID:12zZEY5s0
もうメジャーなのに・・・・

318 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/24(月) 23:09:02 ID:ww6uBaZ7O
仲達が孔明と同等かそれ以上メジャーにならんと納得せん奴らがいるんだろう


319 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 00:16:04 ID:FkeCf2hf0
晋書演義を書いて大ヒットさせればいいと思うよ。

司馬懿は軍略家としてはこの時代屈指で、諸葛亮では話にならない。
だけど戦闘指揮がイマイチって感じだ。「良家の坊ちゃん」ってイメージ。

一方諸葛亮は堅苦しい性格のせいか軍略は並だけど、
本人の自負を信じるなら野戦の陣頭指揮は一端のものだったようだ。
(蜀の軍制や軍備も込みでだろう。これも諸葛亮が整えたものだが)

と、考えると、討って出るなという司馬懿の方針やその理由、
北伐で諸葛亮が大敗せず、張コウを射殺するなど局地戦では
何度か戦果があることなど、色々辻褄が合う。

320 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 00:18:23 ID:c4n7cE6f0
>>319
公孫淵討伐や皇族監禁は「良家の坊ちゃん」にゃ到底できないけどな

321 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 00:22:24 ID:FkeCf2hf0
「品行方正」って意味じゃないよ。言葉のアヤだ

322 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 02:54:01 ID:8SO5dCPc0
>>319
その話にならない諸葛亮にフルボッコにされた挙句援軍まで貰わないとヤバイ状況をどう説明すりゃいいんだ?

323 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 04:57:37 ID:FkeCf2hf0
>説明
二段落目に書いた

324 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 09:12:52 ID:8SO5dCPc0
>>323
お話にならない相手に直接フルボッコにされただけならお前の説明でいいよ
でもその後にお話にならない筈の諸葛亮に戦略規模で戦う前に軍を寸断されまくって援軍無しにはいられなかった状況が説明できない

325 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 13:38:06 ID:wA3xtuKH0
それよか無骨な軍人がひたすら突き進むほうが格好良くねぇ?

326 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 15:52:50 ID:MgxQ3NTz0
>>324
いつの話を言ってるの?

327 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 18:00:57 ID:YCOCCF620
>>326
第四次→フルボッコ
第五次→大兵力で望んだはずが戦う前に兵力を寸断されあわや大敗かと思いきや
援軍により難を逃れる

328 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 22:25:50 ID:Phidq1KN0
ところで諸葛孔明が悪役で出ているジャイアントロボはここのスレの人はご存知?
司馬懿もいるとかいう話だけど

329 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/29(土) 18:55:09 ID:z/FXq3YF0
>>317
もともと、諸葛亮のおかげで

メジャー度
諸葛亮>>>司馬懿>>>>>張良>(越えられない壁)>王猛、張賓など

になっているのに満足しない、アンチ蜀か、魏(司馬懿)信者かしらないが、
立てたスレッドだからな

百歩譲ってこいつらのいうとおり、軍事的能力と政争能力が
司馬懿>諸葛亮だったとしても、
(これも怪しいものだが。司馬一族はいくらでも歴史を改ざんできる立場だったからな)

中国史上200位にやっとはいるかはいらぬか程度の能力で、これ以上メジャー
になろうなど片腹いたい。
諸葛亮がメジャーなのは、別に軍事能力や政治能力ではなく、生き方の問題

1よ。司馬懿より、王猛や楊素をメジャーにしてくれ。


330 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/29(土) 19:08:31 ID:PizOTsZT0
弟子「先生、処女を貴重だと思う男は多いです」
孔子「その通りだ」

弟子「しかし逆に童貞は女に気持ち悪がられます」
孔子「確かに」

弟子「おかしいじゃないですか、何故このような意識の違いが生まれるのですか」
孔子「それは一度も侵入を許していない砦は頼もしく、一度も侵入に成功しない兵士は頼りないからだ」

弟子「では30年も侵入を許していない砦は相当頼もしいのでしょうか?」
孔子「建てられてから30年も経つと、砦はどうなるかね?」

弟子「多くは朽ち果て、場合によってはうち捨てられます」
孔子「そのような砦を攻める者はいないということだ」

331 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/30(日) 17:21:51 ID:YlWORLKEO
>328
石川賢のゲッターロボアークも敵軍の軍師が諸葛亮孔明だった

332 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/30(日) 17:58:32 ID:IVuwRwVf0
司馬懿は軍人としてはまぁまぁ政治家としては良い程度
是ではメジャーにはなれないだろ・・・・
司馬懿は運の強さだけは他の三国人物より群を抜いているけど、
やっぱり歴史全体から見ると並みの人物

333 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/30(日) 18:02:07 ID:IVuwRwVf0
司馬懿の存在感は少なくとも(能力的にもね)関羽より上なはずなのに、
関羽が関帝として祭られたのに
司馬懿は関羽より無視された存在として扱われているんだよな。

334 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/30(日) 18:23:09 ID:GKwayu94O
関羽と能力云々で比べたってしょうがないでしょ

関羽が神格化された背景は能力・業績云々より、その生き様やキャラクターによるところが大きい(最初は数ある豪傑の一人に過ぎなかったとしても)

司馬懿の生き様じゃ後世の民衆や士太夫から支持されそうにないし、戦歴にしたって持久戦で孔明を退け電撃戦で公孫淵を討ったくらいで、霍去病や李靖みたいに騎馬民族を破ったわけでもないしね


335 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/30(日) 19:35:47 ID:sTA6cZ1w0
>>333
司馬懿は例え祭ったところでなんの役に立つか分からないしね。
関羽の場合は例えば、そろばんの開発者、元塩業者というところから商売の神
如何なる時も忠節を尽くた義理堅い性格から、国を纏めるためにも有効だったので護国神
当代きっての豪傑であったため武神

など多種多様な尊信価値もある性格だったので自然と神になった。
司馬懿は残念ながら後世では曹操と同じく、天下簒奪の徒としか見られていないんだよね。
しかも、曹操にはあり溢れる文才によって近年若干の評価を得られるようになったのに対し
司馬懿には孫が晋という弱体国家を建てるための礎を作ったという功績しかないからね。
晋がせめて統一王朝として、漢王朝並の歴史を歩んでれば評価も変わったかも。

336 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 01:19:42 ID:RyKAyPAa0
司馬懿はよく家康に例えられるが、
国、時代の違いを考慮しても過大評価だな

日本史で例えるなら、北条時政かな?

これにしても晋が長命を保てなかったところをみると微妙だが、日本には元寇以外に
他国侵略はないから、妥当なところじゃない?

まあ、司馬懿>諸葛亮を定説みたいに言い張る連中は、演義をそのまま信じる人たちよりも
はるかにたちが悪く、勘違い野郎という結論でいいんじゃない?
諸葛亮派の人たちが声高に演義をもちだして、司馬懿を貶めているのは
少なくともこの板でみたことないしな

337 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 10:51:41 ID:Oy5Za3FS0
正史=歴史の真実

こう思い込んでる痛い連中も少なからずいるらしいからな。
正史は当時の王朝が記したものだから本当の真実は歴史の中に
埋もれている可能性が相当に高いわけで。
三国志演義が小説として広く流通したからこその誤解かも知れんが
三国志正史も所詮は晋から見た目線に過ぎないんだよね。
そういう意味では後世で幅広い支持を受けた蜀漢こそ
正統王朝と歴史に語り継がれても違和感は感じないな。
現存する廟なども圧倒的に蜀将のものが多く
妙な贔屓目線を込めなければやはり司馬懿には地味なイメージがあるね。


338 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 22:32:47 ID:MspVHVyW0
>>337
待て待てw
晋代に私撰された三国志は、魏を正統とはしているが少なからず蜀贔屓だぞw
陳寿が諸葛亮を敬愛していたことは確実だ。関係ないが裴松之はさらに傾倒している。
演義はむしろ、のちの蜀正統論が裴松之注と相俟った末に生まれたものだ。
一方、三国志においてこそ、司馬懿は地味なちょい役に過ぎない。だって晋代に分類される人だもの。

演義及び民間伝承と、三国志及び王朝正統史を対立して扱うのは、
いささかならず的を外していると思うな

339 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 11:10:59 ID:q4bImw1f0
でも民間伝承であり、大衆小説である三国志演義の方が
遥かに正統として浸透してるな。
三国志成立間もなくから現代に至るまで長々と蜀漢を
正統としてきた国に対して、正史がどうのこうのといい
それを正統と言い張るのは少々滑稽に見えてくる。
王朝正統史なんて本当に中国で支持してる人がいるのかさえ疑問。
まあ、これは三国志に限りだけど。
演義成立によって、魏=蜀の立場が逆転したと思ってる人は多いらしいけど
それは誤解なんだよね。


340 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 13:52:06 ID:bdpjOsj/0
十年以上も前、演義をそのまま歴史と信じ、諸葛亮を無邪気に完全無欠天才軍師
と信じた人が多かったのを逆手にとったアンチ蜀の異様なまでの増長はひどいな

陳舜臣はまだ、演義と正史の違いを伝えたかったし、曹操の見直しを求めただけだろう。
だが、田中某と○天航路、そして正史準拠ということで、コーエーゲームにおける魏武将の能力向上に
勢いを得た連中が、他国の宗教や文学、民間伝承にまで口出すというのは明らかにやりすぎ。

菅原道真や聖徳太子より、北条時政の方が能力値が高いから評価すべきと中国人がいったら
間違いなくデンパだ。こいつらが言っているのはこれと同じ

338氏はそういう人たちではないと思うが、司馬懿は三国時代の人でしょう。
だって、晋の時にはすでに死んでいるもの。(伝は晋書しかないけど)
確かに、三国志正史は確かに蜀びいきかも知れないが、陳寿だって保身もある。
晋の実質的創始者や、晋の重臣が仕えていた魏をあまり悪くは書けない。
都合悪いところは、後代に消された可能性もある。

司馬懿こそ過大評価されていると思う。
死後も曹操、諸葛亮の恩恵をうけるところが、こいつらしいところだけどね


341 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 18:49:18 ID:q4bImw1f0
陳舜臣はまだ、演義と正史の違いを伝えたかったし、曹操の見直しを求めただけだろう。
だが、田中某と○天航路、そして正史準拠ということで、コーエーゲームにおける魏武将の能力向上に
勢いを得た連中が、他国の宗教や文学、民間伝承にまで口出すというのは明らかにやりすぎ。


同意。
曹操、司馬懿においては価値の見直しを超え、マンセーしすぎによる暴走が目立ちすぎだね。
関羽=神、諸葛亮=国民的英雄という存在に強引に近づかせようとしすぎて
無理矢理な独善的高評価に徹底しすぎてる。
関羽、諸葛亮は長い歴史の中で延々と培われてきた英雄でもあるから
自然と三国志において最高の評価を得るのは当然の事。
司馬懿は確かに徹底堅守で蜀軍を撃退した功績もあるが
後世で石勒が言うように、戦の雄が女々しい事をして天下の土台を築いても
評価とは呼べないのかもしれんね。


342 :338:2008/01/01(火) 20:58:24 ID:sx5gv4TX0
いやー。俺は、そういう正史vs演義の対立軸でこの流れを見る事はできないと言っているんだよ。
ま、そう看做している人が大多数なのが事実だけど。
「演義厨」とか「アンチ演義」とか…もっと踏み込んで言えば、「正史派」「演義派」という区分自体
俺にとってはありえない。「北方派」とか「蒼天派」ならありえるが。
一度、裴注「三国志」を通して読んでみてから演義を読むことをお勧めする。
史書に伝えられるエピソードからの取材の豊かさ、取捨選択と接続の巧みさ、
史伝体を再編成して一本の物語として繋げる歴史的事実への忠実さ、
蜀を正統・正義としつつも多面的に描かれる人物群に驚嘆するから。
三国志-裴松之注-民間伝承-三国演義は、一本の流れとして繋がるものだ。

で、スレタイに戻ると、なぜ司馬懿がマイナーかというと、諸葛亮の敵だからと
いうのが最大の理由だが、次いで、演義が主に取材した「裴松之注三国志」に
おいて司馬懿が脇役だから、が上がると思うんだよね。
「三国演義」内での「晋書」の比重がもしもっと高かったら、もっと面白い
エピソードや活躍が取材されて挿入されただろうと思う。

343 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 22:08:26 ID:QHmt7w8S0
司馬懿が蜀を攻め落としていればメジャー昇格だったけど


344 :340:2008/01/01(火) 22:37:58 ID:4r+9cB5L0
>>338

>「三国演義」内での「晋書」の比重がもしもっと高かったら、もっと面白い
>エピソードや活躍が取材されて挿入されただろうと思う。

確かに、それは自分も思うけどね。晋書の原文や三国志サイトの翻訳された分を読んでいて
もそう感じる。欲をいえば、あと十回増やして、二回を司馬懿とその周辺の分、
三回を魏内戦の分、五回を晋呉時代の分(ほとんど読まれない付録になるだろうけど)
に晋書から出して、費やしてくれていればとも思っている。
曹操に比べて、司馬懿は小説的にライバル描写が少ないので魅力が足りないんだよね

322氏のいうとおり、圧倒的大軍で守備戦をして、少数軍の諸葛亮に翻弄されたのが
実態かもしれないし(晋書は司馬懿勝利は大本営発表なので信用できない)


345 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/02(水) 23:42:59 ID:51Lm3DFK0
演義の難点だよな
諸葛亮の死〜三国統一までの話が大雑把で省略されがち
もっとエピソードが盛り込まれていたら、司馬懿のイメージも大分変わってただろう

はじめて演義(吉川先生のだったが)を読んだとき
何か諸葛亮と戦って負けてた人っていうイメージしか湧かなかったからなー

大方の司馬懿観には拭いがたく「諸葛孔明の付属物」が付きまとってる気がするよ

346 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/06(日) 11:01:05 ID:A3x9gIGrO
司馬懿がメジャーになれないのは、
それこそ光武帝同様に、なんていったらいいのか、
とにかく大衆的注目を浴びれる位置にいないからだろう。
光武帝は非常に優秀でありながら
漢高祖や劉備などと較べると一般的な知名度や人気という点で劣る。
これはドラマ性に欠ける(ようにみえる)からだろう。
人格者で、長期統一王朝の開祖である光武帝がこのざまなんだから
陰謀の臭いがぷんぷんしてくるこいつがメジャーになれるとはとても思えんな。
日本でも有名な諸葛亮と戦って、
更に孫が皇帝になったからって
諡号を贈られ皇帝扱いされながらも
今日このざまなのは仕方がないんじゃないの?

347 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/11(金) 09:45:44 ID:HhDBNBEp0
戦国奥州における最上義光みたいなポジだな

348 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/16(水) 21:39:58 ID:J7fw8qC50
孫家でも無いのに損するわけか

349 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/17(木) 19:29:49 ID:ZCFrNiqC0
晋が弱小国家だったからな。

350 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/23(水) 10:39:26 ID:qyhxdNb00
350get!

351 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/23(水) 13:58:57 ID:pwZwMZxj0
>>349
弱小と言うわけでもないと思うが。

滅び方があれだけど。

352 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/26(土) 10:57:18 ID:X5ce0fnlO
充分メジャーじゃね?
『学習漫画世界の歴史』で、三国志関係の人物で名前が出てきたのは、
張角・董卓・劉備・関羽・張飛・孔明・曹操・司馬懿・孫権
の9人だけ。
この僅かな中に選ばれてるんだから。

353 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/26(土) 18:08:23 ID:+cE4k/V+0
えらく蜀に偏った人選だな。

354 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/26(土) 19:02:29 ID:xQ0s9m8O0
それが世の中の常識ってこった。

355 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/28(月) 20:49:54 ID:NgHkEyXM0
聡亮にして明允、また剛断にして英特。

356 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/31(木) 04:09:43 ID:dlCULz8I0
司馬懿がメジャーになれないのはマイナークラスの器を出きってないから
じゃん。晋書を読めばたしかにメジャークラスな気がしてくるが晋書自体
24史でも評価が糞から数えて何番目だし。

頭は悪くないが高次の政治は弱かった。息子もその点は実は弱かったと
思われる。東晋含めて政治に優れた司馬の皇帝は非常に少ないのでそういう
血統なんだろう。
だから影にソコを強力に補充できる賈充みたいなのが重用されるんだろう。

戦争の時多数の兵隊を指揮するのは優れていた。
が政治的な駆け引きが欠けているため中央とのやりとりが上手くなく
行動が制限されたり超一級の戦功が上げ難く、メジャー昇格最低条件の
蜀攻略をやらせてもらえず建国も出来なかった。

司馬懿の場合 曹操と同年代であったとしても後漢の後を襲う統一王朝
を建国できただろうなという気がしない。
やっぱマイナークラスに落ち着くんじゃねーの。

357 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/31(木) 21:36:38 ID:pJuYirtq0
司馬懿の能力評価にはある程度頷けるが、
だからマイナー、とは繋げられない。
欠点を述べ立てるなら諸葛亮も同じくらい列挙できるからね。
統一できなかったという点を突けば曹操に対しても可能だ。
ていうかこの二人は単身でそんなに「高次の政治」が得意か?
二人とも群に秀でた能力によって求心力を持ったタイプだろう。
晋書の史書としての評価も全然関係ない。

司馬晋と劉蜀のイメージの分かれ道というのは、
つまりは三国演義に至る道筋だろう。
晋が漢魏晋という流れに位置し、統一王朝だったが故に、
その狭間に埋もれてしまったこと。
蜀漢が短期で滅びたにも拘らず南北朝時代の形勢によって
「拾われ」て、「正統」「信義の国」というイメージが醸成されて
演義の成立に至ること。

358 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/02(土) 23:37:40 ID:/WJxIWLV0
どうかな。諸葛亮と司馬懿の能力差云々はお腹一杯だから、
諸葛亮と司馬懿の能力が同等とは思えないがそのことはいいや。
人の能力など曖昧なもの。それに上下をつけるなど下世話な話だし。
(アンチ蜀の諸葛亮に対する誹謗中傷は全て白紙だ。
 正史に対する知ったかぶりどものたわごとに過ぎない)

でも、諸葛亮が貢献した劉備勢力の一県から益州・荊州獲得という躍進
及び漢中における曹操を撤退に追い込むという歴史は、詳細はどうあれものすごくドラマチックだ。
諸葛亮一人の力ではないにせよ、伝説を生んでもおかしくない

それに比べて司馬懿の人生は中国歴史上ではよくある話。隋の楊堅ですら、
決してメジャーではないのだから、十分、評価されている方だと思う。
曹操は悪役とはいえ、強烈なキャラクター。これはメジャーで当然だ。

また、漢の天命が、統一もできず短命に終わった魏に行ったというのも、
天命という概念からいけば、あまり納得いかない話。
蜀漢が後漢の天命を一応、継いで、滅んでから、数年天命が宙に浮いた後、晋に行ったという方が
(中国人の心情として)なんとなく納得できる。
諸葛亮が漢の最期の天命を守ろうとした悲劇の丞相という位置づけも不思議ではないと思う
司馬懿にはそういう物語性がない。しょせんは、天命怪しき魏の実権者。
呉蜀を滅ぼし、皇帝に自分がなっていればメジャー昇格だったとは思うが。

359 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/03(日) 18:11:01 ID:Jz7zo8sZ0
孔明と仲達の対比ねえ。

4流企業をシェア10%までもって行けば立志伝になるが、
最初からトップ企業に部長待遇で入社して、
激烈な出世競争を勝ち抜いて社長についてもあまり感心されないわな。

ただし俺自身の評価は仲達の方が孔明より上だな。
大組織で競争に勝つことの大変さを理解してる立場だから言えるが。

360 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/03(日) 18:53:06 ID:Jz7zo8sZ0
>>358
君にとっては蜀漢程度の軍閥を作るのが「伝説」と評価して
天下の3分の2を占める魏のトップに立って、
一時とはいえ全土統一して150年続いた王朝の開祖になることは「よくある話」なわけ?

余りにも見方が偏りすぎじゃないですか?
州レベルで独立した軍閥を作った人が中国史上どれだけいることか。
諸葛亮がメジャーなのは>>357のいう特殊要因によるものだよ。



361 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/03(日) 19:57:19 ID:lpWN65x50
結局メジャーマイナーて一般人の人気と知名度に過ぎないんだよね。
たまたま三国志という大衆小説でfeat.されたんで超メジャーな諸葛亮
もいれば、李元昊だって十分優れた人物だが知名度0のため超マイナー
なわけでw

能力や事跡とは正比例しないのだ。 司馬懿は三国志のお陰で十分メジャー
でしょ。あの世でほかの英雄達から羨ましがれてると思うよ。

が中国史で彼らと同等以上に優秀で実績があっても一般人に知名度0
なのは腐るほどいる。残念ながら知らないものは評価対象外なので
なんかでfeat.されない限り悲しいかなマイナーなのである。

362 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/03(日) 20:41:36 ID:3W9rJzLLO
日本だと楠とか真田とかの類だね。
やたら有名だが、実績となると神レベルか?
ていうやつら。

363 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/04(月) 17:21:16 ID:hoFX78T20
>>361
やっぱり演義の影響は大きいよね。
この人の軍歴で一番多く戦ってるのは実は呉軍だしね。
呉軍を何度も撃破してるのにそれについて言及されることは殆ど無い。

一方で孔明の方は彼が主役だったとは言い難い益州攻略や漢中争奪戦で
>>358みたいな信者に「伝説」とまで称えられてるんだから。

364 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/04(月) 19:26:08 ID:7y/BQZPAO
朱然は演義だと、
とっくの昔に殺されてるからな。

365 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/04(月) 22:45:20 ID:xc7m19FD0
>>360
よくある話じゃん。十六国や南北朝では似たような話はいくらでもある。
国土の面積の問題とそれが後に統一王朝になったかを除けば、司馬懿程度のドラマ性を持った人物は
いくらでもいるってこと。司馬懿というピンで見ればそう珍しくない。
統一王朝でも権力を握るだけなら、凡庸な人物ですらいくらでも見られるし、
乱世というなら、宇文泰や高歓などの方が司馬懿よりもはるかに波乱と起伏に富んだ人生を送っている。

ここでは、現代の日本のメジャー度をはかっているのではなく、なぜ、同時代の諸葛亮や関羽、曹操に比べて
マイナーかをはかっている。356氏もそういう意味だと思う。
演義だって長い過程で生まれてきているし、すでに東晋あたりから司馬懿を讃える記述はなくなり、
諸葛亮伝説は生まれている。

要は蜀漢の興亡のドラマ性が多くにうけいれられたということ。
一州取るぐらいは歴史上山ほどいるが、すでに中原をとられた状態で
項羽や李存勗みたいな致命的なミスを犯さない乱世の英雄を敵に回して、
これほどうまく立ち回った例を、他には知らない。
しかも、れっきとした漢民族政権で大義名分もある。

もちろん、本当は諸葛亮は主役ではないのだが、そこはあくまでドラマだ。面白いもの勝ち。

要は劉備や諸葛亮を中心としたドラマを面白く、司馬懿はつまらんということ。
だから、司馬懿のエピソードなど聞きたがらず、マイナーだってことだ。
姜維だって演義の最後に主役の話があるのに、マイナー。
これも、答えはつまらん以外なにものでもない。ほとんどの人がそこを読んでいないからだ。

もっとも、好みもあるから、司馬懿がつまらん人物とは言い切れないだろうけど。
それより、諸葛亮の味方をしたら、なんでも信者扱いして過剰反応するなよ。そうは言ってないだろ

366 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/04(月) 23:47:44 ID:KTgmR/bs0
>すでに東晋あたりから司馬懿を讃える記述はなくなり、
これでは遅い。
>蜀漢が短期で滅びたにも拘らず南北朝時代の形勢によって
>「拾われ」て、「正統」「信義の国」というイメージが醸成されて
これと区別が付かない。

367 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/06(水) 16:03:54 ID:e3GQmnvu0
この人の人生って大乱世なのに、
ずっと右肩上がりですからな。

明帝に疑われて、一時官職を剥奪されたというのは創作だし。

368 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/06(水) 16:09:29 ID:o7S/UyP00
>それより、諸葛亮の味方をしたら、なんでも信者扱いして過剰反応するなよ。そうは言ってないだろ
>>358の文章はいかにも信者にしか見えんが。
まあ蜀漢の方が>>359みたいな意味でのドラマ性はあるとは思うね。
結局三国を滅ぼして統一を果たした晋の太祖なんだからもう少し脚光を浴びてもいい位置には
いると思うんだけどそれまで三国のどれに感情移入していてもこいつは横からかっさらって
勝者になるポジションだし史実でも未統一未登極の壁があるから結局演義的にも史実的にも
あんま引き立つ余地がないと言えば言える。

369 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/07(木) 20:59:45 ID:vwbTtS6F0
呉最強!

370 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/08(金) 02:46:45 ID:qz++ax8/0
司馬イは本来は対呉戦線担当の人ですな。

371 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/08(金) 04:08:26 ID:6FYgIKwf0
武帝が死んだ後の晋って孔明が死んだ蜀と同じだよな。

372 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/08(金) 16:18:06 ID:32KIMRs00
色々あっても司馬炎から100年以上も続いてるんだから、
それはそれでたいしたもの。

江南の大規模な開発にも成功。
文化も栄えた。

373 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/08(金) 21:18:42 ID:GiMWP6b40
>>368
アンチ諸葛亮さまの登場か。まだ、こういう人いたんだね

374 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/09(土) 15:11:36 ID:ZOfFKXyK0
そんなことは無かろう。

諸葛亮は天下の一割を平定した地方政権のナンバー2
としてみんなから評価されてる.

天下統一とか中原回復とかの目標とは程遠い結果だが
普通に考えればそれなりに凄い。

375 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/09(土) 19:37:00 ID:3EO83AAnO
司馬懿はどう考えてもメジャーだろ
三国志を軽くかじっただけの人でもみんな知ってる
三国志関係以外で名前がメジャーな人なんて最近の人物を除けば孔子くらいのもんだ
唐とか明とか国号は知ってても建国者の名前なんて知らない

376 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/10(日) 13:45:23 ID:N5w08lV60
始皇帝の本名は誰も知らんし、
チンギス・ハンと劉邦ぐらいかねえ。

ヌルハチとか名前は知ってても何者かは知らないだろうな。

377 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/10(日) 13:48:12 ID:wc2aOCO80
>>376
下手すると「抜かずヌルハチ」のほうが有名かも知れん

378 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/10(日) 13:48:23 ID:TZ8rvgYG0
>>375
>三国志を軽くかじっただけの人でもみんな知ってる
それじゃ、三国志の中でメジャーというだけで、世界史全体でメジャーとはいわん。
三国志を知らなかったら、知らないわけだろ?

379 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/10(日) 14:18:03 ID:aphLIL/s0
>>376
楊貴妃と玄宗皇帝なんかもいるな
後はラストエンペラー溥儀とか

380 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/10(日) 18:06:22 ID:ZvS/UMo/O
>>378
「世界史全体で」なんて定義なら司馬懿程度の業績でメジャーになれるわけないやん

381 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/10(日) 18:11:18 ID:9MIczvye0
世界史レベルなら、始皇帝、チンギス、孫子、孔子、他数人ってとこだな。
そんな話は誰もしていないw

382 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/10(日) 18:32:26 ID:VqqP+8ZyO
項羽と劉邦忘れんな!

それと、麻雀好きなら、股くぐりの韓信は有名人


383 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/11(月) 02:19:57 ID:dH5qhG+C0
オレの印象だと司馬昭は物凄く性格悪いと思う。かじゅうと同類。

384 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/12(火) 01:58:19 ID:M3uJ7r7j0
高校の教科書に載ってたのは曹操・孫権・劉備+孔明だったな

385 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/12(火) 06:26:24 ID:NRF1jZrDO
うちの高校の世界史の教科書に載ってたのは、曹丕・劉備・孫権。

386 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/12(火) 09:58:21 ID:qEo8MZrR0
うちのとこは>>385と同じ解説で
おまけの注釈的な下の※のところにちょこっと諸葛亮の名が少し

387 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/13(水) 09:59:02 ID:oyLvJOyNO
俺は三国志を熟読してたから世界史のこの辺のテストは余裕だと思ってたけど
三国志なんて一問も出ねーでやんの。

388 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/13(水) 11:17:59 ID:WUuORhSh0
そりゃ三国時代なんぞ長い中国史の中のほんの一瞬の出来事に過ぎんしな
世界史の教科書的にはより重要な物事が多かったということ

389 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/13(水) 12:03:33 ID:WerCTrz00
>>385
曹子桓・孫仲謀か…
何ていうか『結果』はそうかしらんが
歴史はその土台になる人や物事があって
当然三国にも曹孟徳・孫文台という素晴らしい人がいたいうのに倅ばっかり…。

390 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/13(水) 12:22:21 ID:vFuDTlHgO
歴史的に特に意義のある人物はその倅のほうだしな。

391 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/13(水) 16:14:03 ID:CYasXYBZ0
曹操はともかく、孫堅は無いわ

392 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/14(木) 23:32:08 ID:JroeMgUe0
秦だって長いことかかって強国になったのに有名なのは最後に統一した始皇帝だけじゃん。
>388
3000年のうちの100年は一瞬とはいえないんじゃないか。

393 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/16(土) 08:13:46 ID:HcHaZlsvO
自分の定めた法に敗れた商央

394 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/17(日) 13:54:09 ID:Bq9j0iFZ0
地元(中国)で人気無いからだ、以上。

395 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/20(水) 09:35:19 ID:6eDv+GCF0
ウボアー('A`)

396 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/22(金) 16:34:51 ID:xclsnaxJO
孫堅なんて大したことしてないじゃん

397 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/22(金) 20:48:12 ID:1KGwSgJEO
合戦の最中に登山して射殺されて、一瞬にして一族郎党を路頭に迷わせたのに、
息子が建国して皇帝になったおかげで、一躍国父扱いに。

398 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/22(金) 22:36:00 ID:K4qni3Gx0
なんで孫堅て好評価なんだろね。 三国志演技があるとしても。
史上無数の群雄の中のさらに小物の袁術のさらに手下でありかつパシリ。
群雄にすら成る前に戦死。

三国時代しかないのならともかく、この程度はいて捨てるほどいる。
たまに時代の寵児!みたいに書いてるのみると笑える。

メジャーかともかくエポックな時代でもない三国時代で重要度だと
曹操、曹丕。
文学で三曹、鍾元常。
次点で九品の陳長文。南朝一番手孫仲謀。

399 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/22(金) 22:58:52 ID:W6HSIeyi0
勿論、孫堅の名が高いのは孫策と孫権のお陰だ。
が、孫堅が掃いて捨てるほどいるレベルの人間だったなら、
孫策の下に二張や周瑜、魯粛らが集まることは無かったし
そもそも袁術に機会を与えられることもなかっただろうね。
董卓の本軍を突破して洛陽まで到達した唯一の人間だぜ。

400 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/22(金) 23:17:28 ID:W6HSIeyi0
あ、もしかして>>398は中国史全体での孫堅の評価のこと言ってたのか?
さすがに歴史全体から見て高く評価しているなんて話は聞いたこと無いなあw
そんなこと言ってる人間はいないと思うぞ? 398以外。

401 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/22(金) 23:51:30 ID:IUvjxmL50
中国史でもトップクラスの400年続いた漢王朝が絶えたのは三国時代があったからで、
何故そうなったのかといえば太守が軍を持てるようになって戦国時代が訪れたからで、
何故軍を持てるようになったかというと黄巾の乱があったからなわけで・・・

張角が一番重要なんではないだろうか

402 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/27(水) 09:39:14 ID:UBF6U6QU0
tんm5t

403 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/27(水) 11:37:40 ID:3oFX6C1D0
高校の頃の漢文の授業で

しばしば司馬懿

という突っ込んでいいのか悪いのか微妙な出だしで
教室がざわついたのを覚えている

404 :sage:2008/02/27(水) 12:18:58 ID:UiHvvLfQ0
それで教室がざわつくほどの知名度があるなんて、素晴らしいことじゃないか

でも歴史上司馬懿のファンを公言した人はいたのかな?
諸葛亮や曹操は西晋時代から、諸葛亮には劉弘、曹操には陸機と大物がファンについている
個人的には好きだが、やっぱり司馬懿はファンに囲まれるタイプじゃないか

405 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/27(水) 12:24:47 ID:7guLuHNQ0
いや、単なる語呂の問題でざわついたんだろう。

406 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/02(日) 12:21:12 ID:fi9t9/eX0
ざわ・・・・ざわ・・・・・

407 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/03(月) 21:01:46 ID:r4KrYOKq0
もうどうでもいいよ。三国志にでてこなければ、ファンがつくほど魅力ある人物じゃないだろ
こいつの生き方見習っても、ただのいやなせこい奴になるのが関の山だし

408 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/03(月) 22:26:41 ID:9b2QlP0R0
創業者らしい明るいエピソードとかあんま無いのな

409 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/04(火) 22:14:13 ID:Y6TwkXQp0
>>398
孫堅は何気に南から洛陽攻略してるのがポイント高い。
ほぼ独力で首都に居座ってた董卓を追い出すのはかなり凄いけどな・・。

それと、この時代の文学だったら一番重要な何晏が出てこないのはどうなのよ

410 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/07(金) 13:58:11 ID:atCah5GE0
( ^ω^)うーむ・・・・・・

411 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 08:28:51 ID:ZtT0TDq60
\(^o^)/オワタ

412 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 10:01:18 ID:OUWV+mPV0
蜀に大勝したわけじゃないし、魏の乗っ取りや呉平定に活躍したのは息子や孫

事跡でハッキリしているのは、せいぜい政治上のライバル曹爽を駆逐して、
晋建国の基礎を築いたというぐらいしかない

あとは、軍事上のライバル・張コウに無理な追撃戦を命じて死亡させたとか、
牛金を毒殺したという噂がある程度でしかない

413 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 10:06:58 ID:xXxEroL70
ライバル?
張コウなんてもう既に官位で追い抜いてるんだが…
それもかなり圧倒的に

414 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 10:23:08 ID:OUWV+mPV0
>>413
当時、張コウは車騎将軍(征西車騎将軍)、司馬懿は大将軍
官位でそんなに差はない

それに、権力という点で見れば歴戦の武将として文官の司馬懿以上に
軍や兵士たちからの支持があったので、司馬懿が専横を働いたとき、
軍事力でもってこれを粛正する実力があった



415 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 10:51:37 ID:OUWV+mPV0
ちなみに、牛金の死因についても俗説の「玄石図(馬の後を継ぐのは牛)問題」ではなく、
牛金が曹仁子飼いの郎党から曹仁によって引き上げられ高位に上った人物であり、
それゆえに曹氏に忠誠心が厚く、それを圧迫する司馬氏を憎んでいた反司馬派の
武将であったゆえに謀殺され、それが玄石図のような俗説となって口コミで残ったという
推測をしている歴史論文は、中国の大学でいくつか発表されている。

416 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 11:53:45 ID:KKWAJGg10
司馬懿の大功といえば遼東平定だろう

417 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 12:36:25 ID:hgXAZluV0
征西車騎将軍ってやっぱ車騎将軍と同等だったんだろうか

418 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 13:50:18 ID:xXxEroL70
>>414
そんなに差はない、だと?
全然違うじゃないか
大将軍は一品官、車騎将軍は二品官
格が全然違う

419 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 16:41:16 ID:OUWV+mPV0
>>417
> 張コウが拝命したとされる征西車騎将軍という官位は、『三国志』張コウ伝においてのみ
> 登場するものであり、征東車騎将軍や征南車騎将軍なども例を見ない。
> そのためこの記述については、「誤植である」「征西の命を帯びた車騎将軍という意味である」
> などの指摘がある。
> なお『晋書』宣帝紀では張コウは車騎将軍と記述されている。
    Wikipediaより

>>418
その程度で「格が全然違う」とかいうような世界じゃないでしょ。
政治的影響力では文官の司馬懿が勝るけど、軍に対する影響力のある張コウは、もし反対派に
まわれば、司馬懿にとって危険。
シビリアンコントロールの日本においても、防衛大臣の石破が制服組に絶対的な影響力を
持ち得ないように、武官のトップ、つまり制服組のトップの張コウは司馬懿にとって潜在的な脅威
になりうる。
軍事力は、簡単に物事をひっくり返すからね。
だからこそ、今は自分にとって反対派ではなくても早めに始末しておくべき対象だったことは
十分に考えられる。
もっとも、あくまで司馬懿が張コウを死地に追い込んだというのは、推測でしかないけどね。

420 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 17:12:36 ID:xXxEroL70
>>419
格が全く違う
一品と二品の間には高い壁がある
特に大将軍は常任の将軍ではなかったので絶大な権限を持っている

第一大将軍は文官じゃなくて武官
元々対蜀担当になる以前は荊北方面の司令官として軍の重鎮だ

421 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 18:02:57 ID:WrKGtT1CO
そもそも張コウはあの時点で老齢だったと思うが。
司馬懿のライバルたりえる存在とはいえないのでは?
司馬懿もあの時点では、まだ用兵に慣れていない感があるから
(戦術レベルでは諸葛亮に負けてる)
単に采配ミスでは?

422 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 20:53:46 ID:4rdePE+VO
そう。
政敵排除のために戦死するように仕向けたなんて、
本能寺の黒幕は秀吉説の類のトンデモ論。
諸葛亮の待ち伏せを見抜けなかった、司馬懿の単なる采配ミス。

423 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/21(金) 09:39:21 ID:sICPNFsn0
張コウはけっこう年輩なほうだよね

424 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/21(金) 13:45:48 ID:xERGumFV0
黄巾の乱の時点(184年)で韓馥の軍の司馬をやっていたので、若くても20代後半、30歳半ばくらいが妥当な線
30歳だとすると没年の231年時点では77歳
20歳だとしたって67歳
当時52歳の司馬懿が忙殺する必要はないだろう

425 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/21(金) 17:04:31 ID:i6yXYp+JO
将兵の信望厚い老練な歴戦の将軍。
恐れるに足りる存在だと思うが。

426 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/21(金) 18:10:35 ID:xERGumFV0
>>425
でも老い先短いしそろそろ引退が近い
大体70歳で「老」(老とは70歳以上という字義がある)いたとされてお役ご免、もしくは引退だから
普通は気にする必要ないぞ

427 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/21(金) 18:25:51 ID:fK1c6F84O
後に曹爽が老齢の司馬懿を疑っていた、ということもあるし、
猜疑心の強い司馬懿のこと考えられなくもないが、
仮に司馬懿が張コウを脅威的存在であると認識していたとしても
「だから処分した」という短絡的思考が妥当とは思えない。

428 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/21(金) 20:40:51 ID:NVzkbxvK0
はっきりした敵対関係でもない限り
自分のミスと見せかけて戦死させるなんて普通は考えないよな
いずれ謀反を起こす時にはもっと邪魔なやつがたくさんいるだろうし

429 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 14:06:22 ID:yq4onQgJO
呉蜀だと七十代でも全然現役に見えるが
魏は違ったんだろうか

430 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/24(月) 09:28:43 ID:lJUc6NMV0
>>429
じゃあその現役に見える例を出さなきゃ
よっぽど代替の利かない人材でもなければ70歳くらいにもなると隠居ないしお役ご免だよ

431 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/24(月) 22:49:42 ID:FRnau/yKO
魏ではトウ艾などはどうだろう?
いずれにせよ司馬懿が張コウを殺すために追撃させたというのは根拠薄弱ではないだろうか?
(なんか小説的だし)
両者が対立していたことを示す記述ってあったっけ?
というかそういう推論は一体どういう発想で出てくるんだ?
司馬懿が後にクーデターを起こしたからだろうか?
しかし張コウが仮に戦死しなかったとしても、
クーデターを起こした年まで生きていたとは思えないし、たとえ生きていたとしても呉の呂岱みたいに現役だったとは思えない。
もし司馬懿が本当に張コウの影響力を懸念していたとしたら杞憂だと思う。

432 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/25(火) 23:33:40 ID:WDDncA9Q0
>>431
ええと、ケ艾は年齢こそ不明なものの208年頃12歳以下だった事は正史から推測できるので、早くても197年生まれ
遅ければ200年代が生年ってことになる
没年は264年で確定的なので、征蜀時でも59〜65くらいで70歳には行ってない
七十老公って段灼に弁護されてるけど、七十歳にもなろうかという老公っていう意味なら間違いじゃないし
むしろこれ70歳にもなるともう先ないから野望なんて持てないっていう意味だから
張コウが70歳近い老人だったらやっぱり野望なんて持てないって事を補強する話に

433 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/27(木) 21:36:46 ID:irdZVwMM0
張コウは長生きだったのでは?

434 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/29(土) 07:53:42 ID:ZZjm/0nH0
司馬懿は、なぜ張コウをむりやり追撃させたのだろう?

他にも武将はいくらでもいる

張コウは魏軍の副司令官でしかも老将

そのうえ、司馬懿の追撃命令に反対している

それを、司令官としての権力をもって無理矢理追撃させた

そんな重要人物に伏兵の矢が直接あたるぐらいだから、与えられた追撃部隊も
さほど大人数ではないのだろう


暗殺説はさておき、そこまでリスクを犯して張コウに深追いを強要した理由は?


435 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/29(土) 11:55:40 ID:ZZjm/0nH0
>>424
> 黄巾の乱の時点(184年)で韓馥の軍の司馬をやっていたので、若くても20代後半、30歳半ばくらい

そんなことはない
地方太守の司馬程度なら10代や20代前半でもいくらでもいる

436 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/29(土) 12:49:39 ID:q+ovL7nJ0
単に流れ矢に当たっただけなんじゃないの、と思うけど。

437 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/29(土) 14:13:58 ID:3zYkCpYA0
>>434
副官的な立場の者があえて反対意見を言うのは普通のこと
誰もが司令に従ってたら考え方が一方的になり過ぎて失敗するから
だから、直前に反対意見を言うのが普通で、反対意見を述べたからと言って使わないなんてことはない
というのが軍隊の常識、古代でもそうなのかは知らんけど
司馬懿が無理に出撃させたんじゃないと思うが

>>435
寡聞なので知らないんだけど例えば誰かな?


438 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/29(土) 17:32:14 ID:IinV8aak0
だよな
http://haikyo.t35.com/list.php

439 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/30(日) 07:51:07 ID:SPdVugbW0
>>437
> 副官的な立場の者があえて反対意見を言うのは普通のこと
> 誰もが司令に従ってたら考え方が一方的になり過ぎて失敗するから

そんな慣習やルールは100%ありません

> だから、直前に反対意見を言うのが普通で、反対意見を述べたからと言って使わないなんてことはない
> というのが軍隊の常識

そんなわけないだろw
三国志やその他の中国の史書読んでみろよ
意見の対立でもめたり、あいてを恨んだりしまくってるじゃん


古代中国はどんだけ開明的・文化的なんだよwwww



440 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/30(日) 08:30:58 ID:SPdVugbW0
>>437
張コウは、司馬懿によって嫌々追撃戦をさせられているよ

裴松之註より
 『魏略』にいう。
 諸葛亮の軍が退くと、司馬懿は張コウに追撃を命じた。
 張コウは言った、「兵法には、包囲の城は必ず道を開けておく、帰りの軍は追ってはならぬ、とあります。」
 司馬懿は聞き入れなかった。
 張コウは仕方なく追撃した。
 蜀軍は高地に登って伏兵を設け、弓と石弓を乱射し、矢は張コウのももに命中した。



441 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/30(日) 10:07:24 ID:hFdQ7Exf0
>>439
だから現代的な軍隊での常識を述べてるんだが…
古代でも通用するかは知らないと言ってるだろ

442 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/03(木) 23:19:00 ID:iAbQrB8HO
>>441
もう来なくていいよ^^;

443 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/12(土) 09:50:39 ID:XH+8mfrw0
【最悪】民主党議連・北朝鮮籍以外の在日に選挙権を与えるべきで一致

444 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/13(日) 03:41:10 ID:rv9DpA4YO
むしろ芝居が適正評価で、米が過大評価だろ。
三国時代の人物は総じて過大評価だが




445 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/15(火) 17:52:59 ID:XQZ/7BSTO
演戯での活躍はこの人の戦歴の一部でしかないしな。

446 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/15(火) 19:38:30 ID:FUE102X80
え、全部網羅してるんじゃないの?
遼東遠征も入ってるし。
むしろガイテイを自分の手柄にするとか、水増しされてないか?

447 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/16(水) 02:18:51 ID:oAOJwewcO
対呉戦線での勝利は大抵省かれるねえ。
実際は対蜀より対呉担当の方が長い位だが。

448 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/16(水) 11:09:43 ID:8rVsCTcQ0
まあ孔明の好敵手として美化されてる部分もあるし、プラマイゼロじゃないかね?

449 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/16(水) 15:33:06 ID:YlBg99VN0
演義で第一次北伐の迎撃に参加してるのは、
結局空城の計に嵌められるためだろうな。

実際は曹仁の役目を引き継ぐような形で荊州方面指令。
実際に諸葛謹率いる呉軍を撃破して、張覇とかいう将軍を討ち取ってる。

晩年には呉軍のエース格の朱然を大破。
朱然は演義では夷陵の戦いであっさり死んだことにされており、
当然演義には無い。


450 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/18(金) 22:51:35 ID:jCDkNE1n0
張コウはやっぱり暗殺か?
「軍法にも敵を囲む際には必ず一方を開けよとある。追い詰められて退却する軍を追撃してはならない」
これはもろ孫子の内容じゃん?
暗殺じゃなかったら司馬イは軍司令官向いてないってことじゃね?


451 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/18(金) 23:07:44 ID:OA9aqQKe0
みんな詳しいなwこのスレおもい

452 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/19(土) 07:49:30 ID:ffVwY6Ss0
みんな詳しいなwこのスレおもい →×
みんな詳しいなwこのスレおもろい→○

453 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/19(土) 07:55:43 ID:deBF8pZt0
普通は追撃圧倒的有利だろ。
殿は必死だろ。退却中なら勝ってあたりまえなんて聞いた事ない。
孔明に上手くやられたんで無理から謀殺論もってくる。ギのオタが。
普通に戦術的に負けたんだよ。司馬ゐと孔明の評価なんて、
どっちかあげてどっちか下げるのは無理がある。
そもそも正史のせりふなんてほんとに言ったのかなんて分かるわけないだろ。
項羽は始皇帝見て、取って代わるべしなんてほんとに言ったのかよ。

454 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/19(土) 09:02:41 ID:skpF6YeE0
正論だろうな
こいつらは正史を引用しているので一見、立派なことを言っているように見えるが、
実は、司馬懿>諸葛亮という結論から入り、それに無理矢理、論理を引っ張っているだけ
別に「司馬懿は圧倒的な有利な状況て目的を達成し、
   諸葛亮は圧倒的不利な状況で目的を達成できなかった」
という結論で十分なのに

ありとあらゆる面で司馬懿が勝り、諸葛亮が劣っていたとしなければ気がすまない連中
過去レスで結論はほぼでているのに、同じことを繰り返す永久ループ
諸葛亮をほめたり、擁護しただけで、「信者」と言ってのけるお気楽単純思考

正史読みの正史知らずとはまさにこのことだ

455 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/19(土) 17:00:07 ID:19KGwHy/O
張コウが死んでも生きても、
たいして意味は無いんじゃないの。

456 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/19(土) 18:15:45 ID:19KGwHy/O
少なくても、
魏として司馬イの行動や指揮の取り方について
問題視されたり失態扱いされてる様子は
まるで感じられない。

457 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/19(土) 21:44:59 ID:Ky5vKpiE0
詳細はともかく当時は魏として負け戦とは全然思ってなかったんだろ。

張コウの死に仲達の重大な過失が有ったなら
張コウを評価して第一次北伐で起用した明帝が、
仲達を「用兵の達人」として第五次北伐、遼東遠征に起用するのは
おかしな話。

458 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/21(月) 15:57:51 ID:MLa8yU7CO
それだけ司馬さんは嫌われてたんじゃない?


オレは張コウ大好きだから陰謀なんかで死んだのでなく

戦の中で不幸にも怪我を負ったと考えたい。

459 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/22(火) 17:24:49 ID:kczw94oW0
曹操に呉との提携で関羽に対処するように進言して、
孔明の天下三分の計を瓦解させる。

孟達を迅速に討ち取る。

長期戦に持ち込んで北伐を阻止する。

ことごとく孔明の邪魔をしてる男だが、
この人自身は孔明を自分のライバルだとかは全然思ってなかったろうなあ。
実際に対峙してたのはほんの数年の話で、
呉軍とやりあってた期間の方が長いぐらいだし。

460 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/23(水) 21:15:00 ID:C7iTzurP0
演義では先帝の悲願を果たさんとする諸葛亮の行く手を阻むラスボスだからな
そういうとこから付いたイメージなんだろう

461 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/24(木) 13:28:00 ID:BwPXYX3e0
ラスボスはメジャ^−

462 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/24(木) 17:45:32 ID:/hLTKKO80
>>459
結局、関羽が死んだ時点で9割がたけりが付いてましたな。

463 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/24(木) 20:40:36 ID:6YDjVbQg0
>457
相手が撤退する勝ち戦が追撃失敗しただけで負け戦に変わるわけない。
なに言ってるのかよくわからん。

464 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/25(金) 11:04:58 ID:s0yjr0yE0
>>463
圧倒的優位の追撃戦で大損害食らうなんて椿事があっても信任されたんだから
その追撃が妥当なものだったと周囲からは評価されてたんだろう

465 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/26(土) 02:53:05 ID:coV+04oR0
>>464
張コウが反対した結果だったらしいし、問題がないとは思えないが。

呉や孟達との戦いで結果を出しており、諸葛亮をとにかく、撤退に追い込んだので、
不問になったのであろう。
戦争中に指揮官を変更するのは大きく士気に関わるし、曹真・張コウ亡き後、
変わるほどの人材はこれといっていないし。

466 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/26(土) 17:14:08 ID:LGbz+2dN0
その辺は晋書だと別の書き方だしね。

張コウが対蜀方面軍では兵士にも将軍にも人望があったことは確かで、
それを重大な過失で死なせたなら、
簡単に指揮を引き継げる筈無いと思うけどね。

郭ワイとか熱心な司馬家支持派になったりしてるしなあ。

467 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/26(土) 21:01:58 ID:lYoHl3FZ0
でも指揮任されたとはいえ「絶対打って出るなよ!」って勅命出されてたから
完全に信用されてたってわけじゃなかったのかも

468 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/26(土) 21:19:06 ID:WckMgl7a0
>>467
いや、それ以前に「諸将の攻めたいって意見があって抑えきれない」ってのがあって
「じゃあ御裁可を仰ごう」→「ダメ」の流れじゃないか

しかも打って出るなよって言われた後も実は打って出てるんだがな、「威力偵察です」と言わんばかりに騎兵で

469 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/28(月) 12:06:43 ID:XCxHwCa20
>>466
まあ司馬懿は張コウと比べれば圧倒的に「名士」なわけだし。

470 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/28(月) 22:45:57 ID:2iLw4t2m0
>>466
司馬懿に関しては、全く参考にしないわけにはいかないが、晋書はあてにならないなあ。
創始者の失態をまともに書くはずがない(唐代にかかれても、史料は晋のものからだろうし)
司馬遷みたいに骨のある歴史家ばかりじゃないし

471 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/29(火) 00:35:39 ID:wVvirePm0
司馬遷は確かに骨があるが、
昔自分を助けなかったから今度は自分が友人の命乞いを拒絶し、
陳渉列伝で「王侯将相いずくんぞ種あらんや」と記しておいて自分の先祖は代々由緒ある史官でございましたとのたまってる
悪い意味で人間くさい

だがそれがいい

472 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/29(火) 19:27:55 ID:GvSnyI2RO
だけど、三国志も陳寿本人はともかく、
注約者は明らかに蜀ビイキ。

と言うか好き嫌いが露骨すぎるだろ。

473 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/29(火) 20:22:38 ID:mPD7Ok3V0
蜀贔屓ってどこらへんが?陳寿のほうがよっぽど蜀贔屓。

474 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/30(水) 19:00:33 ID:sgrEIcjk0
諸葛亮>司馬、陳群

475 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/30(水) 22:01:47 ID:jjKp+DnC0
カクをボロクソに叩いてたのが印象深いな。

そこまで行かなくても仲達のことも好きでは無いらしいが。

476 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/06(火) 18:11:20 ID:79MZicUb0
司馬懿じたいは凄いんだけど
司馬懿の子孫は暗君ぞろい



477 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/13(火) 01:59:09 ID:vt3ln6UPO
筑摩か岩波で晉書の翻訳して欲しい。

478 :劉邦:2008/05/14(水) 10:57:21 ID:u64Tg7540
司馬イは、共ゴウや佐々 成政に似てるね。

479 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/18(日) 05:42:17 ID:TrRNRC/K0
蜀贔屓ってか、司馬懿の功績が北伐に関するものが多かったから、

諸葛亮はすごい!

その諸葛亮を防いだ司馬懿はもっと凄い!

諸葛亮を持ち上げることで司馬懿を褒め称えてるんだよ

480 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/19(月) 07:46:41 ID:LaZr1Lh0O
シバイ「きさまらは ここで しねい」

俺の三国志デビューになったFC版天地を食らうUではラスボスで、顔グラも本宮氏
の書き下ろしでカッコよくて、孔明にも劣らないくらいの認識を植え付けられた

ちなみに、ゲーム内で落雷の計なるものを使って孔明を苦しめ(孔明は風向きを変えたり
雨を降らせたりする程度)司馬師・司馬昭コンビとの連携で暗殺の計とか鬼畜な攻撃をされたw

481 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/20(火) 12:58:53 ID:HGalHrQK0
>>434
呉との戦いで張コウと共に敵を追撃して勝った事があるから、その再現を狙ったんだろうな。
それに、大軍を指揮できる立場にある優秀な武将という意味では最も信頼できる武将が
実績と官位が高く北伐で蜀軍に勝ってる張コウだったんだろう。
その後の呉との戦いでも司馬懿は退却した敵を追撃してるから、単に追撃が好きだったのかもな。

晋書と国淵伝の記述を信じれば、張コウは追撃で1000人くらい蜀軍を討ち取ったわけだから
それなりには戦果があったんだろう。矢に当たって死んだということは陣頭指揮をしてたか
大敗した可能性が高いわけだが、70歳にして陣頭指揮したというのは凄いな。

482 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/20(火) 23:11:23 ID:SXQI0BNu0
SLGやRPGなどで司馬懿が親子で登場した場合は必ず三人とも似たような能力で出る法則
ペガサス三姉妹もびっくりのトライアングルアタックじみた連携もお約束

483 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/21(水) 01:01:10 ID:qAyUeNso0
>>481
司馬懿はセオリー魔人だから追撃できる時には絶対するってニセクロが考察してた

484 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/25(日) 22:36:03 ID:VfYXSvUY0
司馬懿がもう少し性欲を抑えていたら、

司馬肜(梁王)
司馬倫(趙王)

のバカ兄弟は生まれなかったのに
八王の乱〜永嘉の乱も、もっと被害を小さくできただろうに
司馬懿の性欲が、五胡十六国時代が到来する遠因になったかと思うと、
なんか変な笑いがこみあげてくるw

485 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/26(月) 14:38:33 ID:ll1X5yu20
別に特筆するような数でないぞ。

486 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/28(水) 20:18:53 ID:tXbfxEih0
司馬防も厳格な人柄だったみたいだけど
男だけでも8人も産ませてんだな。
どういうセックスしたのか気になる

487 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/29(木) 04:16:37 ID:dtgOrwFK0
どうしても劣化曹操というイメージが抜けませんな

488 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/29(木) 18:06:13 ID:bA6ycji4O
俺は曹操が出張る中、真の黒幕ってイメージだな>司馬懿


489 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/30(金) 17:06:14 ID:lHi/6AIf0
常に立ち位置が最後のボスキャラだからな司馬懿は

490 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/06(金) 13:56:21 ID:0RpspH910
なんで司馬昭って蜀討伐時に自分で兵を率いようとしなかったのかね。
親父や兄の司馬懿や司馬師は結構最後まで自分で出征してるのに。
結果論だけど、親征してればトウ艾鍾会のゴタゴタも防げただろうに。

司馬昭が朝廷から離れられない理由が有った?
それとも単に親父の代と比べて司馬氏の基盤がしっかりしてきてたから
わざわざ親征するまでも無い状況になってた?

491 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/06(金) 14:43:51 ID:/2v5TqdF0
>>486
避妊しなきゃそれくらい生まれるんじゃないか?

492 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/06(金) 22:05:51 ID:8jf3gknO0
生母は八人そろって同一人物じゃないのかな?

493 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/07(土) 06:50:43 ID:fCh2Prbs0
>>484
確かに、八王の中でも(梁王は含めないことが多いが)
この二人の糞っぷりは特筆に値する
司馬懿は家の繁栄第一の男だから、子はたくさん生む主義だったろうが、
できの悪すぎるのを最後に生み出したな

西晋皇帝・八王の評価
英傑 長沙王
賢い 懐帝、汝南王、淮南王、賈南風
凡庸 武帝、斉王、東海王
愚か 恵帝、楚王、成都王、河間王 
クズ 梁王、趙王

東海王、成都王、河間王は人格的には糞だが、能力的には(内政をのぞけば)
そこそこなので少し高く評価したが、基本的に謀略・政争は得意
内政・人格教育は不得意が家風と見える。
得意かどうかはともかく軍事がやたらと好きなところも
しかし、その中で長沙王はガチで英傑
だが、こんな家柄の中ではむしろ彼は冷遇されたようだ

494 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/07(土) 20:57:10 ID:fCh2Prbs0
>>490
まだ、歴戦の将・姜維がいて、後主も暴虐でなく、蜀の人心が特別離れていない
段階の侵攻で勝率は低いと思っていたからじゃないの?
自分が蜀の士大夫なら、政争相次ぎ身の振り方が難しく、言論も弾圧されている
魏よりも国力がやばくても、まだ、気楽な蜀の方がいいと思う
トウ艾の存在なくば、蜀は滅亡しなかった可能性は高いし。

あそこで頑張っていれば、やたらと味方の足を引っ張る体質の西晋相手なら
呉・蜀が同時に残っていれば滅ぼせなかったかもと思うのは自分だけかな?

495 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/07(土) 21:39:21 ID:Sbkd4QNV0
>>494
足の引っ張り合いが出来るのはぶっ契りの勝者だからであって
追い詰められりゃ団結するさ

496 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/07(土) 21:48:33 ID:BjBPqgo90
足の引っ張り合いが本格化したのは蜀を筆頭に軍事的脅威をもつ外敵がほぼ消えたころからだな
内戦がはじまってから即効で外敵が現れたのも笑える話だ

497 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/07(土) 22:34:23 ID:fCh2Prbs0
しかし、鐘会の反乱。トウ艾の無実の罪による謀殺。
(司馬昭はこの結果を見抜いていてやったというエピソードも
 ひそかに、トウ艾・鐘会の誅殺をもくろんでいたとも考えられる)
羊コ・杜預に対する賈充たちの相次ぐ妨害
すでにこの頃から足引っ張り体質はでている
司馬昭・司馬炎に劉秀や曹操のような統率力は期待できるはずもない

ぶっちぎりの勝者なのは呉蜀が残っていても変わらないし
国力から見て追いつめられるのはよほどのことがないと無理
別におかしくないと思うが

ifだから決着はでないだろうが、なんか、この板は司馬政権に甘い人が多い気がする
政治批判を片っ端から排除して殺し、別に暴虐でもなかった魏氏政権を強引に奪い取り、
本格的に逆らうものは軍事力でたたきつぶした政権だよ。

批判されるかも知れないが、ただ、理想もなく政権を奪うだけなら、
そこそこの政治的・軍事的才能と社会的地位があり、人間としての倫理・理想・義理を捨て去る
ことができれば、どんな巨大な政権でも奪える可能性は高いと思う
(それでも一族丸ごと、人生をかける覚悟がいるが)
別に、司馬懿を含め、司馬一族のやったことは偉業とは思えない。
ただ、運良く統一王朝になれたので過大評価されているだけとしか思えないんだけど

498 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/07(土) 23:34:56 ID:Kr85hnOT0
そこらへんが有るから蜀漢正当論とか出てきたんだろうな。
西晋が不甲斐なかったってことも有るんだろうけど。

499 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 10:00:53 ID:oQ6P90Yo0
>別に暴虐でもなかった魏氏政権を強引に奪い取り、
明帝の土木工事好きが暴虐ではなかったと?
曹爽が司馬懿を殺そうと謀ったことはスルーですか?

>理想もなく政権を奪うだけなら、
具体的な理想を持って政権を奪った人って誰がいたっけ?
ああ、王莽wですね、わかります

>>498ってさ、北方三国志の信者だろ?

500 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 12:57:25 ID:sHq/L20S0
>曹爽が司馬懿を殺そうと謀ったことはスルーですか?

曹爽は司馬懿を無力化したけど暗殺を企てた話なんてあったか?

501 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 16:17:29 ID:1xQXv8Z1O
明帝の土木工事は経済の建て直しを目論んだものではあるが、果たして暴虐とみなすべきものなのだろうか。

502 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 17:22:39 ID:ZBAsvTb00
そもそも司馬一族が弑逆やら簒奪を図った相手は明帝じゃないしな。

503 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 17:24:29 ID:5HZBlh5z0
>>501
その証拠があると言えるのか
まあ言えたとしても、あそこまで諫められまくりで無視しまくりというのは少なくとも当時の認識では十分暴君だろうな

504 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 19:34:57 ID:hdEPhFFJ0
曹操に召抱えられ、曹ヒの重臣となり、曹ヒに曹叡を託された四将の1人
魏そのものの成り立ちが漢からの実質的な簒奪だったから司馬一族もそれを
真似たまでとはいえ、劉備に後を託された蜀の諸葛亮や孫策死後の周ユの身
の処し方と比べるとちょっと寂寥感があるのは否めない

505 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 19:38:13 ID:pU/Tf8+h0
>>490
皇帝を殺したばっかりだからクーデターが怖かったのかもね

506 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/09(月) 14:41:23 ID:bjLRmUuw0
魏の簒奪は爽やかな簒奪
晋の簒奪は汚濁だらけの簒奪
だからその報いを受け、匈奴ごときに滅ぼされる羽目になった
千年に一人の英傑・曹操の血を蔑ろにするからこういうことになる
司馬懿なんて生まれなければ良かったんだ

507 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/09(月) 17:43:26 ID:0uJZhzcsO
魏に関しては自業自得とも言えるのであんまり同情出来んな
自分がしたことと同じことをされただけだろ

508 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/09(月) 18:42:09 ID:lseDgUnP0
そしてそれが後300年は同じことの繰り返しとなるわけだな
禅譲という政権交代の慣習を作ったという点では曹魏や司馬晋の意味は大きかった

509 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/09(月) 19:54:42 ID:obTt33dcO
>>506
宮城谷乙

510 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/09(月) 21:26:16 ID:zGBt6Nss0
>>490
二十二史箚記の「魏晉禪代不同」に詳しいよ。
都にいたり親征させたのは、事変を恐れて皇帝の車駕から離れられなかったからだ、とか。

511 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/09(月) 22:15:29 ID:i0GAS+CF0
>>510
>>490じゃないけど、やっぱりそういうことなんだろうね。
司馬懿はともかく司馬師、司馬昭は簒奪者一直線だなあ。
そこらへんは読んでて結構楽しいんだけどw

512 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/09(月) 23:09:16 ID:HkEdXh3c0
因果応報だよな

あえて違いを言うなら曹操はほとんどイチから領土を回復させて乗っ取ったのに対し
司馬一族は内部でのし上がって強大だった魏をそっくりそのまま頂いたってことか

禅譲させたのは曹ヒだが…

513 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/09(月) 23:14:27 ID:HkEdXh3c0
>>507へのレスね

514 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/10(火) 01:21:42 ID:rJ7NYExg0
ある意味では因果論というのは当たっているからな
三国志平話という演義の元ネタでも魏晋から匈奴の漢に奪われたのは因果応報という事になっている

515 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/10(火) 20:55:43 ID:Fv9t6ZmD0
>>499
中途半端な知識をふりかざし、煽りをつけ、すぐに人を信者よばわりする輩にレスなど
不用だが、こういう反応があるのは分かっていたよ
歴史人物の行動は全て功利にもとづいており、その背景を(無理矢理にでも)推理する歴史観が
流行りだし、かっこういいという風潮だからな
偏った英雄史観以上に危険だと思うが、それはいいだろ
魏は確かに自業自得だが、魏に高官として仕えた司馬氏には自業自得ではないな

それより、499氏は先帝から後事を託されながら、(百歩ゆずって)暴虐だった明帝を諫めもせず、
息子が魏を乗っ取る準備を整え、
自分にこれといった妨害を加えなかった曹真の子にあたる(むしろ引き立ててくれた可能性すらもある)
自分を左遷させたが、(甘さゆえとはいえ)殺そうとしなかった曹爽兄弟を皆殺しにした
司馬懿の行動や思想を全肯定できるらしい

さぞや、あなたなら、邪魔な上司や同僚を引きずりおろし、出世を思いのままにできる人生を歩めるだろう

516 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/11(水) 02:26:56 ID:O2Q0+d1OO
纂奪に良いとか悪いとかあるの?

517 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/11(水) 18:03:48 ID:R2xPJAec0
515はあると思ってるんだろ
わざわざ長文でご苦労なことだ・・・・・・

518 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/11(水) 20:07:32 ID:gGqiPpXZ0
簒奪と禅譲の差異が分からないんだよな。
廃された帝を生かすか否かの違いで良い?

519 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/11(水) 21:12:05 ID:tfki25HaO
前任者が心から譲りたくて位を譲るのが禅譲

内心、譲りたくないけど仕方なく譲ってしまったのが簒奪

単純にいって、こんな感じじゃまいか?

520 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/11(水) 22:01:11 ID:qUugR+SJ0
歴史で善悪語るのはナンセンスだけど、敢えて語るとしたらってところだろう。
託子までされてるのに結局簒奪に至った司馬氏はあんまり気持ちいいものじゃない。

521 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/12(木) 21:05:39 ID:Vy6sUgZt0
皇帝なんておいしい+プライドの超高い身分を存外自分から譲るヤツはいないしな

形式上は禅譲だが歴史上ほとんどの場合が簒奪

522 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/12(木) 21:36:27 ID:vG7QOTc50
正しい意味での禅譲をした例って、伝説上の五帝以外にあったかな
後周→宋が一番正しい意味での禅譲に近い気がするが

523 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/12(木) 23:30:35 ID:0qX4tooH0
>>522
それどう見てもクーデタにしか見えんのだが。千載不決の議も意味不明な経過だし。

524 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/13(金) 01:32:28 ID:+IXtlvCU0
>>522
それなら王莽だって同じだよ
幼帝即位→王莽(趙匡胤)の方がよくね?→そうだそうだ→本人に即位をお願いする

525 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/13(金) 02:46:50 ID:8TV5dypc0
趙匡胤が周囲に推されたのってヤオなん?

526 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/13(金) 08:07:22 ID:6TrF1O6Q0
>>524
記述を鵜呑みするなら王莽と趙匡胤じゃ全然違うんじゃね。

527 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/13(金) 12:50:31 ID:8tm5FenT0
イメージ大事だしな
その王朝を簒奪しようと(結果的にみて)動き始めたのは仕官して何代目(または何年目)か?
託子みたいな絶対の信頼を寄せられていたのか?
禅譲後、前王朝皇帝一族の待遇面はどうか?

全てで「ちょwwwおまwww」なのが司馬氏

528 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/14(土) 00:21:52 ID:3u/I89WV0
>>527
司馬氏は
>禅譲後、前王朝皇帝一族の待遇面
は多分史上最高だったよ
魏では漢の皇族を公職に就かせなかったけど、晋は漢、魏の皇族の公職追放を解いているし、漢、魏、蜀、呉全ての君主とその末裔に捨扶持与えてる
もっとも禅譲前の魏の皇族への扱いは最悪だったけどな

529 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/14(土) 21:18:38 ID:VVsQGH/z0
周の後裔も、ちゃんと衛公として保護してるしな>晋
まあ、魏晋革命の頃は厳しかったみたいだけど

ただ、後漢〜晋代の皇帝権力は中国史上最低レベルなんで、
他の時代と簒奪の経過を比較するのは違和感があるなぁ
魏と晋の禅譲は、当時の第一人者が代表して登極した感がある
結局のところ、名門貴族に抑制されてるんだよね、魏晋の皇帝は

余計な話ですまないけど、「晋書」石苞伝には晋の簒奪前後における
司馬氏の地盤の弱さを示すエピソードが記載されてる

諸葛誕が敗死した後に石苞が淮南を鎮撫したとき、石苞が反乱を起こすと
いう流言があって、司馬炎が軍を動かしたことがある
このとき司馬炎側で動いたのが、

司馬望(義陽王)
司馬伷(琅邪王)
羊祜(司馬氏の姻戚)

の三名
つまり、遠方の乱に対して近親者しか起用できない状況だった
本来なら、「建国の功臣」の誰かが都督に任ぜられるべきなのに
魏から簒奪した後、その正当性について疑問を持つ人が、宮廷の
内外に多かったためだと思われる

賈充が高貴郷公を殺害したことを、庾純が酒の席で賈充と喧嘩したあげく、
「高貴郷公はいずこに在りや?」
と口走って官位剥奪された事件などと合わせると、司馬氏は皇室と言っても
貴族たちに対する威権は相当軽い部類だったように見えるんだが…

530 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/14(土) 21:35:21 ID:3u/I89WV0
>>529
そいつは、禅譲直後の三公や曹氏一門でさえ漢の消滅を悲しむ顔を隠さなかった魏にも似たことがいえると思う
結局、名士から貴族になりつつあった当時の士大夫をまるで抑えられていないんだよね、魏晋の皇帝は
なんとか敵に回らないように苦心しているというか

531 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/14(土) 23:21:00 ID:SG3OlPCk0
そこら辺は三国志とその前後の時代に総じて言えることだけどね
それだけ門閥の権威が強かったんだろう

532 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/18(水) 20:47:29 ID:H7bMc93x0
この時期の君臣関係はある意味、
やるかやられるかだな。

仲達自身は国家の元老として確固たる地位でも、
彼が死んだ後に司馬氏が魏で曹氏と上手くやっていけたかどうか。

呉の陸遜みたいに国家が固まった後に用済み扱いされた功臣は腐るほどいる。

やるなら明帝から国家を託されて「曹爽の悪政を正す」という名目が使える
自分が生きてる内にと思ったんだろうな。

533 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/19(木) 10:24:38 ID:g2NmxJR70
まあスレ違いなんだけど、
陸遜は用済みとされたんじゃなくて、単純に孫権と仲違いしただけじゃね?
その後陸抗とは和解して、陸遜の件を謝罪してるんだし。
功臣粛清とはニュアンスが違うと思う。

三国時代はそういうベタな意味での功臣粛清ってあんまり無かったように思う。

534 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/19(木) 16:17:02 ID:Pp6DqftAO
ある一定の功績を上げてしまうと、
自分が皇帝になるか、粛清されるか決断を迫られるのが
中華のどうしようも無い所だな。

535 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/19(木) 23:57:01 ID:8x3e201m0
その辺は日本でも似たようなもんだから万国共通ともいえる
ある程度実権もっちまうとどうしてもその上に行くのを目論ませる奴も出てくるのよ

536 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/20(金) 16:35:22 ID:9zfe7cGQ0
奪われた権利を取り返しただけじゃない?
丞相の座は固辞してるし。

537 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/20(金) 17:31:20 ID:3dUgnDxA0
一臣下として生きるには、勢力がでかくなりすぎた感じだよなー
ぶっちゃけ、「わたしは魏の臣下として〜」と聖人君子を貫いたら、
おそらく曹爽がどうこうならなくても、魏の「忠臣」たちがしゃしゃり出て、
司馬氏の誅滅を画策&実行していたと思うんだが
その場合は、司馬懿は史書で韓信になぞらえられたんだろうな
「天の与えたものを受けとらなかったから、一族滅亡となった。悲しいことである」
とかなんとか、そんな感じで
もしくは、幼帝の後事を託された故事から、霍光との違いを云々されたかも

まあ、司馬懿が汚いとかそう言う前に、司馬懿に対抗できる才略を持った
忠臣を育てておけって話だよね
歴史はけっきょく相対的なものなわけで、「○○の悪行を断罪する」みたいな
考えは、個人的にはナンセンスだと思ってる

538 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/20(金) 20:23:19 ID:lwk1DAS30
そんなにでかいか?
相対的に魏の皇族の力は弱かったろうが。

つーか司馬一族の場合は忠臣云々関係無いじゃん。
士大夫はどちらかというと率先して司馬一族を持ち上げた。
魏の皇族に力と求心力が無かった。

539 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/20(金) 20:25:34 ID:lwk1DAS30
そもそも同時代でも隣国の諸葛亮や陸氏などかなりの権力を持ってた臣下はいるけど
結局簒奪に至ったのは司馬一族だけなんだしさ。
司馬一族だけ、どうしても簒奪に向かわなければならないなんて状況に置かれてたとは思えないんだがな。

540 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/20(金) 20:54:16 ID:5hdnwzhLO
呉の方は、
皇帝が幼くて、独裁者がでるのと
粛清の繰り返しだろ。

541 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/20(金) 21:13:28 ID:Bx35zncq0
>そんなにでかいか?
>相対的に魏の皇族の力は弱かったろうが。
日本語になってないお
魏の皇族の力が弱い=相対的に司馬一族が大きく見える
という並びならわかるが
それとも、
司馬一族は弱っちい=相対的に魏の皇族も弱っちい
という日本語が成り立つのか?

文欽! 毌丘倹! 諸葛誕! あとオマケで王淩&令狐愚!
お前らは魏のため司馬氏と戦ったのに、魏の皇族には力と求心力が
無かったらしいぜ!
お前ら全員ゴミだ! カスだ! マイナー一直線だ!
そういうことなのか!

>諸葛亮や陸氏
蜀呉が小国だってことを忘れてないか
だいたい、蜀と呉は権力構造が魏よりもずっと不安定よ?
簒奪騒ぎをやったら収拾がつかなくなる可能性大よ?
速攻で魏に攻めこまれるお

542 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/20(金) 23:11:13 ID:Bk3oWc3T0
孔明が皇帝になってみたが国内は劉禅派と孔明派で内乱になり
魏と呉の同時侵攻を受け蜀壊滅で終わる孔明のIFENDを描いたゲームなんてのもある

すぐに攻め込んでくる外敵がいる状況下の国内での権力闘争は自滅フラグのようだな

543 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/21(土) 00:54:03 ID:1LAXsOFa0
まあ魏の方にしたって信頼できる配下を育ててキッチリポジションにつけとくのはムリだよね

文帝と明帝が早死にしすぎだもん

544 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/22(日) 08:31:15 ID:gXTs1L/60
文帝、明帝が長生きしてれば、
仲達は普通に名臣、名将として名を残してたかもな。

仲達からすれば後ろ盾がなくなってしまった。

曹爽一派に対抗するためにはやるしか無くなったのも事実だろうし。

545 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/22(日) 22:05:19 ID:xAljsNiV0
目を付けられちまってやられる前にやるしかなくなった面はあるよね

546 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/23(月) 17:47:02 ID:RuCfiuzj0
とはいえ司馬懿に生命の危機は有ったのか?という疑問は有るが。
あんまりクーデーターを正当化するのもどうよ。
なんだかんだと政治家としての権勢欲というか上昇志向が無けりゃ行動でに出ないでしょ。

547 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/23(月) 17:56:49 ID:lOmOCwnu0
史実では一応粛清される危険があったから挙兵したわけではないようだしな

548 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/23(月) 21:27:40 ID:x1RMh4fH0
まったり隠居してんのにチラチラ監視しに来るからキレたんだろw

549 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/23(月) 21:29:33 ID:G6m/Vb/J0
>>548
その隠居は演技じゃないか
曹爽を陥れる気マンマンです

550 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/23(月) 22:13:21 ID:j/5NPP6t0
それこそ権力欲がなかったら素直にご隠居やってりゃいいんだしな

ハラに一物あったのは確かだ

551 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/23(月) 23:43:36 ID:twAkwt7L0
腹に逸物もつようになったのは、いつ頃なんだろうな

552 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/23(月) 23:58:40 ID:G6m/Vb/J0
>>551
戻ってきてみたら明帝が臨終でしかも若造と二人だけで幼帝を補佐することになったときから
「あれ?これって曹爽いなかったら王莽と同じじゃね?禅譲フラグktkr」

553 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/24(火) 17:37:28 ID:nB2I75XVO
考えすぎ。

仲達も明帝死の時点で
自分が70過ぎまで生きられる事を
計算して乗っとり計画なんて立てられる訳がない。

554 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/24(火) 20:44:29 ID:ChhbzpYq0
>>546
少なくても当時はある程度は正当化される情勢だったからこそ、
クーデターは成功したんじゃないのか?

555 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/24(火) 21:51:03 ID:KXeRWMhw0
少なくとも曹爽一派には少なからぬアンチが魏の中にいたことは間違いない

556 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/24(火) 22:33:43 ID:CD2c1MCM0
>>554
「勝てば官軍」という言葉は有るが「官軍だから勝つ」わけではないんだぜ。
太后っていう大義名分を得てるしな。

正当化される状況だったかどうかはともかく、士大夫の反発自体は少なかったんだろうな。

557 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/25(水) 14:41:00 ID:HR0BBjKe0
>>552
どっちかといえば「うはwww禅譲おkwww」と思ったのは
息子の師、昭じゃないか?

558 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/25(水) 17:45:23 ID:EA2ctukL0
>>546
司馬懿が乗っているとされる輿だか御所車だかに
矢がびっしり刺さったが、司馬懿は後ろの荷物の箱に
入っていて無事だったと何かの本で見た。
何あんあたりのしわざなのだろうか。

559 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/26(木) 13:13:06 ID:SAI/ZcmG0
>>558
それは初耳。是非詳しく知りたいので頑張って思い出して欲しい。

560 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 07:41:57 ID:cWFqlERl0
諸葛亮死後以降は理念や理想のないグログロとした露骨な権力闘争ばっかだからなあ
司馬懿のクーデターなんてそれの典型だな
そりゃ人気出んわ

561 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 13:53:48 ID:FO+4Sop20
諸葛亮あたりまでは理念や理想で動いているように感じているだけで、実態は同じようなもんだけどな

562 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 15:08:59 ID:F8iluV5L0
そんなもん人類が文字を発明したあたりからずっとそうだよw

563 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 16:14:28 ID:WK/qvUxH0
>>561-562
こういうのって、ネット界の歴史学の主流思想だが、実際はどうなんだろ?
俺とて、理念や理想を全く無視して生きているわけじゃないからな
権力者にも全くないと考えるのも無理があるんじゃねえの?
司馬懿には全くないかもしれんがw


564 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 21:38:57 ID:F8iluV5L0
そりゃ本能だけで生きてたら動物と一緒だしな
ただ花より団子、最後の最後で取るのは実利だしウェイトをおくのも利害だよ。すくなくとも政治に関してはね。

565 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/30(月) 23:38:08 ID:tCQUymB10
自分は閑職に追いやられて、無能な人間が権力握って政治が腐敗してたらクーデターくらい起こしたくなるだろ。
世のため人のためのクーデターだろw

566 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/30(月) 23:55:28 ID:4VWfOpLW0
司馬氏の末期は曹氏の専横なんかよりよっぽど酷いがな。

567 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 06:01:29 ID:Z4oqtC6+0
八王の乱と専横をどうやって比べるのかわからない・・・。

568 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 16:40:31 ID:ayugkjqc0
所詮世直しだとか言ったってクーデターはクーデターってこったろ。勝ったモン勝ち。


まあ司馬イがメジャーにならんのはタナボタだからだろう。家康より信長の方が有名だし。

569 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/04(金) 18:03:39 ID:DPt96PS00
海外では家康のが人気あるぞ

570 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/05(土) 06:09:28 ID:+nC5B5P60
理念や理想がないっていうか、正統な漢室がなくなった時点で
守るべきものがなくなったって感じかなあ
劉禅がもう少し名君だったらフインキも違っただろうが

571 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/05(土) 23:37:46 ID:d7mcLdIl0
>>569
そりゃあアメリカさんは結果的に勝ったヤツが好きだからね。

572 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/05(土) 23:39:21 ID:d7mcLdIl0
アレ?自分で言っててアレだけど外国ってひょっとしてアメリカさんじゃない?

573 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 01:56:43 ID:x2OTvASk0
>571-572
バカだって自覚があるなら黙っておいた方が良かったな

574 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 02:23:00 ID:6eQeOJ7X0
司馬一族の誰でもいいから曹一族みたいに文学に優れてたとか何か特技あったら
印象も変わってただろうになあ…ネクラすぎるぜ


*「趣味、特技はなんですか?」

司馬懿・司馬師・司馬昭「 権 力 で す 。」

575 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 14:47:56 ID:fl7syjbV0
>>574
おいおい、特技は180度の首回しですぜw

576 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/08(火) 12:19:24 ID:yeotlTmt0
だな

577 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/08(火) 18:30:07 ID:iT8v/ZUM0
趣味は権力 特技は簒奪・180度回転

578 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/08(火) 22:49:46 ID:YLlC786P0
>>573
あ?なに因縁つけてんだテメエ?

579 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 04:24:04 ID:4/PCSFf60
司馬一族(懿・師・昭)って性格が合理的理性的すぎて面白みがないっていうか
見栄も愛嬌もなくいつも醒め切ってて
名誉欲独占欲以外に何も興味を示さず淡々と行動してて
なんていうか不気味で不敵で人として気持ち悪い

580 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 00:53:28 ID:4rjLJe+b0
たしかに人間味を感じさせるエピソードに欠けるな>司馬氏
司馬炎以降は悪い意味で人間臭いやつらばっかだけど

581 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 01:30:09 ID:ZBbtSJY+0
人間味のあるエピソード=ボケ老人のフリ

582 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 06:37:03 ID:Da503rZD0
そういうのは人間味って言わない
計算され尽くした計略だ

583 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 08:42:21 ID:lfaQFmkV0
張春華夫人にも人間味はないな

584 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 09:39:32 ID:n3LeJKLs0
歴代王朝の立国者で司馬一族よりネクラで陰険なヤツっている?

585 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 12:53:41 ID:nvoAURsl0
人間味のあるエピソード

・公孫淵を滅ぼした嬉しさのあまり、京観を築く。
・我が家の行く末を心配するあまり、占いを信じて牛金を毒殺する。
・好敵手の諸葛亮が好きなあまり、自分の子供に「亮」の名前を付ける。

>>584
メジャーな所だと明の太祖朱元璋かなあ。

586 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 14:07:32 ID:jz11HJwHO
中国って他人にあやかってその人と同じ名をつけるのってご法度じゃなかったっけ。
上司や親しか呼べない名を自分の子につけて呼ぶ=相手(名をもらわれちゃった方)を侮辱するってことで。


587 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 20:54:18 ID:OHIkPf3Z0
>>585
・公孫淵を滅ぼした嬉しさのあまり、ヘボい詩を詠む

ってのもあったなw

588 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 22:47:52 ID:Ln0YHYpE0
>>586
顧雍と蔡ヨウの例もあるからそこまで厳密にダメではないんじゃないかな?


589 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/11(金) 19:24:10 ID:+/2gVnA30
司馬亮って三男でしょ?厳密には四男だけど。
司馬昭が生まれたのが211年
司馬イ油が生まれたのが227年。
司馬亮が生まれたのは211〜227の間ということになるけど、その間に司馬懿が諸葛亮をそこまで意識するような出来事ってあったっけ?

590 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/12(土) 10:05:31 ID:o7jPPpn20
ちょっとあとにはあれだけぐちゃぐちゃになった司馬一族なのに
師と昭が全く争わないのもある意味人間味のなさだろうか

591 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/12(土) 12:22:34 ID:xgFJ0Ze30
師と昭の個性の違いがわからんよな
どっちも同じ人間に見える

592 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/12(土) 13:57:05 ID:e9FKxCV40
>>590
兄弟で争わないと人間味がないとか、どんな世の中だよ。

593 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/12(土) 16:26:15 ID:o7jPPpn20
>>592
そんな世の中だよ
魏晋南北朝は

594 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/12(土) 16:35:00 ID:nr+gKkpn0
師と昭はあっちの関係あったんじゃないの

595 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/12(土) 16:52:20 ID:e9FKxCV40
>>593
自分はあまり詳しくなく、数えるほどしか思い当たらないので、それが当たり前だという例をあげて欲しい。

596 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/12(土) 17:45:28 ID:1Bl2XHgPO
>>589
名前って生まれてすぐにつけるんだっけ?
あと、一度つけた後に改名もある。

597 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/12(土) 18:21:43 ID:sIeAJXcE0
>>593
争うことが普通に起きたからといって、争うことが当然だと思っちゃいけない。
「争うことが”普通に起きる”」と「争うことが”普通である”」はまったく意味が違う。

598 :名無し:2008/07/12(土) 20:16:08 ID:ppKIxWDh0
>>1
漢字が難しくて一般受けしないからだろ。

599 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/13(日) 00:04:43 ID:bS2AKvSL0
>>591
目の下にタンコブができたかどうかで判別。これ最強。

600 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/13(日) 02:02:35 ID:OjcQw5o+0
>>596
>>589の推測だと、司馬亮が生まれたのは漢中でゴチャゴチャしてたり、曹操の後継者問題でゴタゴタしてた頃になるね。
この頃はまだ劉備や関羽が存命中なので、諸葛亮自身あまり表立った活躍はしていない。
同じく司馬懿も大きなことはしてないし、お互いがお互いの名前を噂で耳にしたことがある程度だったんじゃないかな。
んでしっかりと認識しだしたのが北伐開始前後だとしたら227年前後。
仮に司馬亮を217年生まれとしたら10歳で、名を生まれてすぐにつけないとしても10歳まで幼名だけってことはないと思う。
認識しだしたのをもっと前、たとえば劉備が死んだあたりとしても223年で6歳。
これでもさすがに年単位で名をつけないってことはないでしょう(知識がないので断言はできないけど)。
あとから改名したとしても、「前は○って名だったけどあとから×って名にしたよ」ってのがどこかしらに残ってるだろうし。
好敵手の名と同じ名の子どもがいるってのは結構面白いと思うけど、司馬亮の場合はたまたま被っちゃったってだけじゃない?
それに個人的には、司馬懿が好敵手と同じ名を子どもにつけるとかいう、ある種のドラマやロマンを感じるようなことをする人間だとは思えないw

ってこんな長文でわざわざ考証まがいのことをするような話題じゃなかった……?
スベってたら申し訳ないorz

長文ついでに、人間味のあるエピソードに
・司馬懿と張春華の夫婦喧嘩
を挙げてみる。

601 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/13(日) 04:22:15 ID:8wNye3W70
そういや司馬懿って奥さんと2人きりでお墓入ってるんだよね。
ツ・・ツンデレなのか・・・?

602 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/13(日) 11:25:24 ID:OjcQw5o+0
夫婦で同じ墓に入るのは別に珍しくないんでない。
ババアになろうがなんだろうが、張春華が正妻であることには変わりないし。

603 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/13(日) 12:48:45 ID:Z5cVDXgI0
懿はわかったから、師と昭のエピソード教えて

604 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/13(日) 15:57:47 ID:8wNye3W70
>>602
珍しくないのかな。
遺言でわざわざそれを命じた人をほかに知らないから何とも言えないと思うけど、遺言自体残ってる人が少ないですもんねー。

605 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 01:50:34 ID:yasNYfvb0
司馬懿は首陽山に埋葬せよって遺言してなかったっけ。
と思っていろいろ調べてみたら、高原陵って首陽山の一角っぽいのか。
妻が先立った夫と同じ陵墓に合葬されるのはよくあるけど、確かにその逆は珍しいかも。
と、いうことは首陽山には曹丕&郭氏夫妻と司馬懿&張春華夫妻が埋葬されているのか。
……なんかすごい組み合わせだなぁ。

606 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 14:48:26 ID:QwF+H5ee0
>>600
司馬亮が生まれたのが222年以降だとすれば、夷陵の戦いで魏に降った黄権から
話を聞いて、ということも考えられる。
「黄公衡は快男子です。いつもよくあなたの事を賛美して話題にしています」
とわざわざ諸葛亮に手紙を送るぐらいだから、よほど印象に残ったんじゃないか。

まあ、名前の件はネタとしても、司馬一族の諸葛亮好きは異常w

司馬懿…「天下の奇才なり」
司馬昭…陳[思]に命じて諸葛亮の兵法を学ばせる。
西晋武帝…「もしこの人を得て補佐役としたならば、今日の苦労はなかっただろう」
東晋簡文帝…「太子を補佐して欲しい。諸葛武公、王丞相の如く」

607 :600:2008/07/14(月) 15:18:12 ID:pggnmwFnO
227を217と勘違いしてた……。
あんな長文書いといて恥ずかしいorz


608 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 19:30:04 ID:B6a121zuO
>>606
曹操の劉備好きみたいなもんだなw
「天下のナンバーワン、ナンバーツーは僕らだよね?ねっ!」って感じw

609 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 22:37:54 ID:0ZjKpSqk0
そりゃー自分が勝った相手=凄かったと吹聴しないと自分の威厳もあがらないし。

610 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/15(火) 00:32:47 ID:lhYuHwzv0
>>601
あの女と一緒の墓には入れないでくれって言ってたような

611 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/15(火) 02:56:56 ID:8Kk27yvt0
>>606
司馬一族はネクラで陰険だけど、他者の才能を認めてそれに敬意を払うことのできる人々でもあったと思う。
だからこそ権威を掌握でき、簒奪という形でも王朝を立てられたんじゃないかな。

>>610
あとから死んだ家族は埋葬すんな、は遺言に入っていたけど、それとは違う?

612 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/15(火) 04:10:42 ID:znrgUJIz0
>>610
初耳。どこの資料?

613 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/15(火) 13:04:03 ID:T4M8QWJS0
>>605
首陽山って邙山?

614 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/16(水) 01:43:07 ID:8fC0trwf0
>>613
手持ちの地図を見ると、邙山という山脈のなかに首陽山があった、もしくは邙山のやや手前に首陽山があったのかと思える。
地理に疎いから断言はできないけれど。申し訳ない。

615 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/16(水) 09:26:59 ID:xKXnEKVF0
>>614
丁寧な解説ありがとう。邙(亡β)山に司馬懿の墓があると
どこかで見たことがあったんだよ。

616 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 11:23:05 ID:lqw8mW+s0
司馬家の専横に対して起こった反乱や暗殺計画を
全部防ぎ切ったのはすごいな
あんだけやられたら普通どれかで死ぬだろ

617 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/23(水) 17:31:42 ID:qVUe1Mfh0
そんな司馬昭に抱かれたい

618 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/24(木) 08:06:53 ID:JANwFjhWO
>>616
でもどれも散発。
あと皇帝の求心力がすでに地に落ちているとはいえ、
魏に忠臣いなさすぎ。
明帝のコミュ能力が低いのと劉放・孫資の専断で股肱の臣が作れなかったのと、
皇族に権限を与えなさすぎたのと、
大宮殿建設で有識者から総スカンくらったのがデカいね。

619 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/24(木) 11:26:07 ID:bgXT0qv/0
>>618
有識者って竹林の七賢とか?竹林の七賢のゲンセキだっけ。
司馬炎と娘の縁談を断ったの。
左フンは有識者の娘だけど司馬炎の側室だよね。
有識者連中の動向がよくわからない。

620 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/24(木) 15:33:53 ID:rul/fbAB0
有識者というと漠然としてるが、当時盛んに諌言の上奏がされてるな。
明帝は度量がある、というか超然としてて怒りもしないけど。

621 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/25(金) 18:05:45 ID:HwFnYVud0
もし司馬昭が殺されたら誰が変わりになっただろ?

622 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/25(金) 19:01:37 ID:2C2d6UpTO
どの時期に殺されるかによるだろうけど…
どっちにしろ大混乱だろうな。
三国統一はしばらくお預けじゃない?

623 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/26(土) 02:18:15 ID:AwlTp7+60
司馬仲達だの司馬炎だの、名前はやたらとかっこいい。

624 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/26(土) 08:13:13 ID:1WXWrOgd0
司馬昭は名前がオヤジ臭い

625 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/26(土) 14:52:17 ID:5YtLAZxq0
>>621
司馬炎

626 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/26(土) 22:18:54 ID:e8ySgKAb0
>>618
それよりなにより曹丕と曹叡の統治期間短すぎ
二人合わせて20年もない。しかも丕が早死にしすぎ

これじゃどう頑張ってもまとまらんよ

627 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 18:34:27 ID:od4UfDd10
>>622
三国が統一されずに五胡十六国時代が早く到来するだけかと。
劉淵や段一族あたりが活躍しそう。

628 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 18:36:35 ID:od4UfDd10
あと禿頭樹機能とかいたな

629 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 18:37:35 ID:od4UfDd10
禿髪樹機能の間違い

630 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 18:44:17 ID:od4UfDd10
いや、司馬昭の頃なら劉淵じゃなくて劉豹の代か
俺テンパりすぎ

631 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 20:04:39 ID:KrD7HKe+0
案外普通に魏による統一がなされるような気もしないではない。
別に司馬師、司馬昭は英雄的に統一事業を進めたわけでもないんだし。

632 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 21:13:58 ID:NVg4g1ns0
晋の統一王朝をもっと長生きさせることは無理だったのかな。
五胡十六国から南北朝を経ての統一というのが歴史の宿命だったのか

633 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/28(月) 11:44:52 ID:pNcurVCM0
・異民族の台頭
・戦乱による人口減

と、西晋崩壊を宿命づけそうな要素は結構有るけど
もうちょっと長生きくらいはできたんじゃないかなあ。
五胡十六国当初の国々見る限り、後々の遼とか金とかみたいに
統一王朝に喧嘩売って勝てるほど強力な国ってあんまり無い気がする。

634 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/28(月) 19:30:33 ID:+aTGlPgmO
三国鼎立の軍事的緊張が続いていて、司馬衷みたいなのが出て来なかったらどうなったか分からん。
でも五胡の南下に合わせて蜀呉も北征したら、結局は華北は夷狄に取られたのだろうか。

635 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/28(月) 22:21:17 ID:iiYwH6d40
蜀呉に魏を攻める力が残ってたのか微妙だけどな
末期は魏よりもさらにヒーヒーだったみたいだから

636 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/29(火) 18:57:02 ID:WMGxoblGO
五胡の南下時期の頃には劉禅も孫皓も消えてマシになってたかもよ?

637 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/30(水) 13:39:02 ID:8FoEFPZr0
歴史にifはイチモツさ

638 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/30(水) 14:00:30 ID:BECw2BFR0
劉禅と孫皓の残した後が酷すぎる…

孫皓が就任当初はマジメにやろうとして失敗したように、マジメにやっても立て直せないレベルまで来てたからな。

639 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/30(水) 16:13:07 ID:VtG139ES0
蜀の場合は
最終的には劉禅のせいかもしれんが
主に無茶攻めをした姜維のせいだろ

640 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/01(金) 17:32:19 ID:jLjYI5PO0
宦官べったりになっちまったらダメさ

姜維以外にもいろいろ問題はある。ワイロも横行してたみたいだし

641 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/01(金) 18:11:13 ID:pnx04tPC0
司馬懿と司馬浮-サンズイの関係ってどうなんでしょう。

642 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/05(火) 10:11:45 ID:aZNB1X7C0
司馬フは司馬昭に苦言を呈していたような

643 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/24(日) 18:33:12 ID:I8MssAiq0
まぁ演技の姜イの持ち上げられ方にはさすがに無理を感じる

644 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/29(金) 01:52:12 ID:sT3I85jT0
諸葛亮の死後の蜀と、武帝司馬炎の死後の西晋がダブって見える。
姜維と黄皓に翻弄される劉禅、カ南風に支配される恵帝司馬衷。
司馬昭が、重臣を粛清して、三男の司馬ユウを後継ぎにすれば
国は長持ちしたと思う。兄の炎より学問で出来て人望も厚かった。
結局、カ南風が殺され、恵帝が病死した。その後は地獄だよな。
司馬炎の25男の司馬熾(懐帝)が処刑され、孫の司馬業(愍帝)も処刑された。



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